[{"data":1,"prerenderedAt":28},["ShallowReactive",2],{"metaeast_zhouyigaodaoyd_ja-gaodaoyiduan-12":3},{"slug":4,"archived":5,"date_created":6,"date_updated":7,"title":8,"seotitle":9,"seodescription":10,"htmlcode":11,"number":12,"content":13,"title1":14,"content1":15,"title2":16,"content2":17,"title3":18,"content3":19,"title4":20,"content4":21,"title5":22,"content5":23,"title6":24,"content6":25,"title7":26,"content7":26,"seo_keywords":27,"og_title":8,"og_description":10},"gaodaoyiduan-12",false,"2026-08-11T01:18:20.586Z","2026-07-04T14:35:12.000Z","天地否。否：否の道は人にあらず。君子が正道を守るのに利あらず。大いなるものが去り、小さいものが来る。","高島易断 第12卦 天地否――卦辞原文と解卦――東方玄学庫","高島易断第12卦・天地否の解卦。卦辞「否は人にあらず。君子の貞に利あらず。大往き小来る」に、断辞と実占例の詳しい解説を付す。","&#19915;",12,"12　天地否 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「否［64］」という字は、「不」と「口」から成る。「不」は拒む意で、「弗」と通じる。「茀」とは車の後部にある遮蔽物であり、これで口を覆って呼吸を塞ぐという意味を会意したものである。医書にいう「心下痞硬」の「痞」も同じで、まさにこの意味を取ったものである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 否：否の道は人にあらず。君子が正道を守るのに利あらず。大いなるものが去り、小さいものが来る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ▲ 「否」の篆書 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝に曰く：「否の道は人にあらず。君子が正道を守るのに利あらず。大いなるものが去り、小さいものが来る」とは、天地が交わらず万物が通じないことであり、上下が交わらず天下に国がないことである。内は陰で外は陽、内は柔で外は剛、内は小人で外は君子である。小人の道は伸長し、君子の道は衰えるのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦は、乾である天が上、坤である地が下にある。天地の実体から見れば、上と下に位置するのは自然に正しい。しかし、この卦が取るところは形ではなく気である。天の気が降りず、地の精が昇らず、陰陽の呼吸がふさがって通じない象を、名づけて否という。天地陰陽の気が互いに通じなければ、造化でさえ働くことができない。その交通が正しくなく、上下がふさがることは、数十年、数百年の間にも時に起こる。かつてある時代の中ごろ、夏に大旱魃があり、太陽の色は丹砂のように赤く、五穀は実らず、天下が飢饉に陥ったと聞いた。これは天の気が降らず、地の精が昇らない、否の時である。「否」の字を分ければ「不」と「口」であり、凶作によって万民が口にする食を得られないことをいう。彖伝は「天地が交わらず、万物が通じない」と説く。泰と否の二卦では、彖伝が初めて「すなわちこれ」という語を用いる。原因はただこのようなものに過ぎず、ほかに原因があるのではないという意味である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を人事に当てはめる。一家の中では、上卦を父兄、下卦を子弟とする。父兄が剛猛に過ぎ、子弟が愚かで柔弱に過ぎれば、上下の性情が合わず、何かにつけて反目し、万事が道理に背く。往来する者はみな奸邪となり、召使いや妾までが背逆を働く。根もない訴訟が起こったり、理由もなく思いがけない災難に巻き込まれたりする。財産は損耗し、名声は破れ、家運は日ごとに衰える。実に、時運が否に入ったためである。否運が極まれば、年月には風雨が調わず、病気には胸やみぞおちがつかえ、商売では商品が売れにくく、名を求めても試験を受けるたびに退けられる。善人であってもどうすることもできない。だから「君子が正道を守るのに利あらず」という。君子もただ変化に順応して守り、災いを避けるほかない。初爻では、君子は同類と連れ立って退き、正道を守る。二爻では、道に従って身を処し、自分を屈して人に従うことを肯じない。三爻では、位に居ながら禄を食むことを恥とする。四爻では、否が極まって泰が来ようとするので、初めて時に乗じて動くことができる。五爻では、否が終わろうとしているが、なお「滅びるのではないか」と戒める。上爻では、否が傾き、終わるので「後に喜びあり」という。否に処する困難はこのようなもので、少しでも慎みを欠けば、必ず災いが続く。これが「小人の道が伸び、君子の道が衰える」時である。人がこの否運に遭えば、最後まで道を守り、天命を安んじ、時運が通じるのを待たねばならない。それでこそ君子であり続けられる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を国家に当てはめる。乾が上、坤が下にあり、陽気は上へ浮いて降りず、陰気は下へ沈んで昇らず、上下二気が隔絶している。これは君臣の志が通じないことである。小人が内にあって政権を握り、君子は退いて外にいる。一時の勢いに乗じて権勢を得る者は、みな君子ではないので「人にあらず」という。国家がこの否運に当たると、君主は驕り、臣下はへつらい、国事は日に日に悪化し、正道も日に日に壊れる。内では権臣が政治を専断し、外では強敵が国境に迫る。年々の収穫はなく、飢饉が相次ぎ、兵役は止まず、領土は日に日に狭くなる。だから「天地が交わらず万物が通じず、上下が交わらず天下に国がない」という。どうして国家を治められようか。この時、君子はただ易に従って命を待ち、独り身を善くする。いわゆる「国に道がなければ隠れる」であり、だから「君子が正道を守るのに利あらず」という。小人は意気揚々として、さまざまな策略を繰り出す。その巧妙な者は、内に奸邪を抱きながら外には正しさを装い、悪を覆い隠して善らしく見せる。これが「内は陰で外は陽、内は柔で外は剛」である。また君子を集めて翼を広げる者もいる。王莽が賢者や下士に礼を尽くしたように見せ、それを奸悪を飾るために利用したのが、二爻の「包承」である。こうして小人は日に日に進み、君子は日に日に退く。これを「小人の道が伸び、君子の道が衰える」という。「道」という字には、天の陰陽、地の剛柔、国家の治乱、内外への処置、進退得失が含まれ、その意味は極めて広い。これによって、否の運はすべて陰陽が調和して交わらないことから来ると明らかになる。易の繋辞では、泰はその状態を天に帰し、否は人の責任とする。だから泰の大象は「財を整え、変化を助ける」と言い、天の功をむさぼらない。否の大象は「君子は徳を倹約して難を避け、禄によって栄えることを求めない」と言う。聖人の戒めは深い。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を通観すると、下の三爻は否の時で、小人が政事を行う。上の三爻は否運が極まり、泰へ向かうきざしが始まる時である。初六は小人がともに進む時ではあるが、君子がまったくいないわけではなく、君主も士を求めないわけではない。下にいる君子は君主を忘れるに忍びず、進むべき機会を見て進むので、「正しくあれば吉」という。六二は否の時であり、君子は本来退いて避けるべきだが、時には道を曲げて権宜を用い、身を屈して世を救うこともある。漢の陳平が諸呂に対したこと、唐の狄仁傑が諸武に対したことなどがそれであり、否を救うに足りる。ゆえに「包承」という。「包」は包み込むことでもあり、「包承」とは包まれたものを受け入れることである。濁世にあって君子はしばしば、廉潔の節を独り守る。そのため小人に恐れられ、忌まれる。身を守れないだけでなく、国家にも不利となるので、清らかな節を隠すため、しばらく小人の賄賂を受けることがある。流れに従い、波に乗る者を「包承」という。また、小人を憎み除こうとしても、勢いが許さないため、ひとまず利益で誘い、その凶悪な勢いをひそかに消そうとすることもある。この道を曲げた権宜の策も「包承」という。小人の側で君子を「包承」できる者は、小人の中の君子である。君子の側で小人に「包承」される者は、君子の中の小人である。大人が否に遭えば、決してその包みを受けない。だから亨る。六三は小人の中でも最も悪い者で、もとは君子を傷つけようとしていたが、まだ蓄えて実行してはいなかった。今、君子の徳に感じて内省し、恥じるので、「包羞」という。君子が凶暴で頑なな者に出会ったなら、恐れさせるより恥じさせるほうがよい。九四は陽が戻り始め、泰へ転じるきざしである。上には九五が近く、君子は泰の機がすでに動いたことを見て、出て否を救おうとする。だから「命あり、咎なし。志が行われる」という。九五は明君が上にいて、ゆったりと否を体現する者、すなわち中興の君主である。だから「否を休める」という。上九では否運が傾き消え、泰が来る時に及ぶので、「否を傾ける」という。「否を休めた」後にも、正しさが再び邪に陥り、治まったものが再び乱れることを恐れ、「桑の根に結びつけよ」と戒める。天地は生を好むことを徳とし、聖人は治を思うことを心とする。君主がこれを知れば、必ず災禍の端緒を防ぐ方法を考える。臣下がこれを知れば、邪正の分別を厳しくする方法を考える。小人がこれを知っても、やはり変わる方法を知らなければならない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦は泰の反対であり、泰の次に置かれている。人情は安楽になると驕りを生じ、驕りは凶咎を生む。これは自然の勢いである。だから序卦伝は「泰とは通じること。物事はいつまでも通じ続けることはできないので、これを受けて否となる」と説く。しかし人が天命を畏れ、時に応じ、中庸の道を守るなら、たとえ時運が否であっても、それを転じて泰へ向かわせることができる。否から泰へ転じ、泰を保って否に戻らないことを願うのが君子の心である。泰から否へ転じ、否に任せて泰への回復を願わないのが小人の心である。この卦では、天の気が地へ戻り、隔てられて否となる。否運が来るのは天運の働きによるとはいえ、君子はそれを天に任せようとはせず、必ず道を尽くして否を救おうとする。泰卦はまず往来を語り、時に関する。否卦はまず「人にあらず」と語り、人に関する。泰は時が作り、否は人が作る。このことから、天道は本来、長く泰であることを望まないことがないのに、実際には人がそれを否にしているのだと、いっそうよく分かる。それはなぜか。君子だけが人の力によって天に勝つことができるからであり、天と人は常に互いにより合っているのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 大象に曰く：「天地が交わらないのが否である。君子は徳を倹約して難を避け、禄によって栄えようとしてはならない。」 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「天地が交わらない」とは、陰陽二気が閉ざされ、呼吸を止めている時である。この時、君臣は背き合い、上下は離反し、内政は修まらず、外乱が相次いで迫る。これは無道の極みである。いわゆる「天地が閉じれば賢人は隠れる」という時であり、君子はただ身を潜めて徳を修め、隠居して禄を避けるべきである。それでもなお利禄に心を絡ませれば、禄のあるところには必ず禍が伴う。その段階になって初めて難を避けようとしても、もう間に合わない。だから君子は必ず光を韜み、彩りを隠し、貧しく慎ましく身を守り、できるだけ遠く避けるのである。禄を持って来て「包承」しようとする者がいても、君子はその包みを受けない。徳を栄誉とすることだけを知り、禄を栄誉とすることを知らないからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う：目下、諸事に利がない。慎重に守り、みだりに動いてはならない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う：買い入れるのがよく、売り出してはならない。隠して値上がりを待てば、後に利益を得られる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う：攻めるのは不利で、退いて守るのがよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家業を問う：ただ倹約と勤勉に努めてこそ、災いを免れられる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う：痞えて隔たる症状である。飲食を節制すべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 出産を問う：男児が生まれても、育たない恐れがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う：恐らく取り戻せない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う：離別の象がある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 事業の成否を問う：成就しない。","初六：茅を根ごと引き抜く。同類を伴ってである。正しく守れば吉、通る。","初六：茅を根ごと引き抜く。同類を伴ってである。正しく守れば吉、通る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝に曰く：「茅を抜く。正しく守れば吉」とは、その志が君主に向かっているからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「茅を抜くに、其の類を以てす」とは、『泰』初九の下の解に詳しい。この卦は『泰』卦と同じであるが、ここでは内外を分け、気の運行と時勢の変遷によって説く。下卦の『坤』は『否』の中の否であり、上卦の『乾』は『否』の中の泰である。この内卦の三陰が連なっているのは、あたかも『泰』の内卦の三陽が連なるようなものである。だから初爻の辞は、『泰』の初爻と同じなのである。ただし、この爻は陰柔な小人についていう。三陰が連なっているため、一陰が起これば多くの陰が一斉に起こる。大奸が志を得て、群奸が競って進むようなものである。これを「茅を抜くに、其の類を以てす」という。初めの時には、小人の悪事はまだ形に現れておらず、しかも四爻と応じているので、改めて君子となろうとする心もまだある。そこで聖人は、これを絶ち捨てよとはせず、貞正であれと教える。もし邪を払い正に従い、道によって時勢を正すことができれば、吉にして通達することもできる。『象伝』に「茅を抜くに貞なれば吉、志は君に在り」とあるのは、小人が初めて位を得た時にも、君に忠じ国を愛する心がまったくないとは限らないということである。もし君子とともに進み、君子の道に従うことができれば、君子となることもできる。これは、自分の身だけを知り、君を知らない者とは大いに異なる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う：吉。共同で事を計るのがよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う：新しく始めた事業では、人を用いるのに慎重であるべきだ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う：左右の陣営を率い、隊列を合わせて進む。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う：親戚が同居することを示す。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う：伝染性の病を患う恐れがあるが、害はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う：見つかる。","六二：包み承く。小人には吉、大人には否なれども亨る。","六二：包み承く。小人には吉、大人には否なれども亨る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』にいう。「大人は否なれども亨るとは、群れを乱さないことである」。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「包み承く」とは、上に対して承順することをいう。下が上に従い、臣が君に仕え、陰が陽に包まれるという意味である。「小人」とは、占う者の徳と位、また事柄の大小を指していう。臣下にも一様ではなく、君に身近に仕える者、国家を安んずる者、天の民たる者、大人たる者などがある。六二は、君に仕えてその歓心を得ようとする者である。この爻は柔順・中正で、上は九五に応じている。才知のある小人は、上を包み承け、へつらい悦ばせて君の寵愛を得る。爵禄の高きこと、賜物の豊かなことは、吉といえよう。しかし陰柔で才がなく、否の時にあって、閉塞を開き、騒乱を除く力はない。ただ上下二陰とともに、陽に包まれているだけである。それでも君子を包容し、賢者を敬い、下士に礼を尽くし、それを頼みとして進もうとする点では、正しい者を憎み賢者を妬み、君子を害する者とは、もとより隔たりがある。だから「包み承く、小人には吉」というのである。大人の場合は、ただその否を固く守り、窮居して道を楽しみ、決して身を曲げてこのような承順をまねようとはしない。身は否であっても、道は自ら亨るのである。志は高く品格は清らかで、決して流れに従って波に揺られ、小人の群れに混じることはない。ゆえに『象伝』は「群れを乱さない」という。君子が否の時に身を置いても、その道を失わないことが分かる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う：目下は順調である。寛容をもって人に接すれば、万事吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う：売買ともに利益がある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う：贈賄や偽造などの弊害に注意せよ。初審は不利でも、上級審に控訴すれば吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う：家族は平安である。高齢の家長に病がある恐れはあるが、害はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う：必ず勝てる。ただし大将に小さな害があるかもしれない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う：包みの中を探せば、必ず見つかる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 出産を問う：女児が生まれる。産婦は病む恐れがあるが、差し支えない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】明治二十二年の春、親友の某氏が私の山荘を訪ねて来た。某氏は蚕糸の販売を業としており、こう言った。「今年は横浜の生糸相場が大いに上がり、日ごとにますます騰貴する勢いです。郷里の奥州へ帰って大量に買い付けたいと思います。大きな利益を占ってください」。筮して『否』が『訟』に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断じていう。この卦は天が昇って上にあり、地が降って下にある。これを物価にたとえれば、高低が大きく隔たる象である。『彖』は「大往き小来る」といい、まさに支出する金は大きく、受け取る利益は小さいと明言している。この占によれば、損失はあっても利益はない。あなたは生糸を商う身であるから、この時機に手をこまねいているわけにはいかない。そこで、利益があって損のない策を授けよう。爻辞には「包み承く。小人には吉、大人には否なれども亨る」とある。私はあなたに奥州へ帰り、生糸を売買する際には仲買人のようなやり方を勧める。今日買ったものは今日売るのである。利益は小さくても、損失は必ず避けられる。決して一度に巨万の金を投じて大儲けしようなどと思ってはならない。「包み承く、小人には吉」とは、少利ならば吉だということを明らかに述べたものだ。もし必ず万金を投じて買い入れようとすれば、商品を買い入れた途端に相場が下落する恐れがある。しかも各地の蚕糸が集まれば、品が余って相場は下がり、後日ふたたび騰がるとも限らない。これが「大人には否」という意味である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n その後、某氏は福島地方へ赴き、生糸の売買に従事した。一時は生糸相場が騰貴し、人々は争って買い求めたが、ほどなく相場は急落し、買い手は皆大きな損失を被った。氏だけはこの占を信じたため、元手を失わず、しかもわずかな利益を得た。","六三：羞を包む。","六三：羞を包む。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』にいう。「羞を包むとは、位が当を得ていないことである」。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 羞とは、非を恥じることである。「羞を包む」とは、恥辱を覆い隠すことをいう。この爻は内卦の陰の極みにあり、悪はすでに深く、時を察することにも暗く、自分を量ることにも乏しい。今や『否』の中の否は去り、『否』の中の泰が来ようとしている。有為の士が世に出て、治を図り、その才力を施そうとしている。まさに乱を治め、国家の否を救うべき時である。ところが六三は陰柔で才がなく、中正でないうえ、陽の位に居るので、六二よりもさらに凶険である。六二はまだ君子を包み承けようとしていたが、六三にはすでに善人を傷つけようとする意がある。しかし否の運はすでに転じ、悪勢は衰えている。害そうとしても害せず、君子を見ると、かえって自分の恥があらわになる。それで曲折した手段を用いて覆い隠す。これを「羞を包む」という。内には羞恥を抱き、外にはそれを包み隠すので、その心中の凶険はまだ測り知れない。凶と言わないのは、すでに恥を知ったなら、必ず自分の凶険も知るはずだからである。『象伝』の「位が当を得ていない」とは、中でも正でもなく、柔が陽位に居て、その位置が不相応だという意味である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う：今はまさに好運が来ようとする時である。慎重に自分を守り、恥辱を避けるべきだ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う：内部にひそかな損失があり、それを外部には隠している恐れがある。人の用い方が不適切だからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う：家庭内の行いが修まらず、垣根の茨のような恥がある恐れがある。また妾を妻にしてはならない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う：敵軍に包囲され、苦境に陥る恐れがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う：寒が熱を包む病に注意せよ。薬が症状に合わない恐れがあるので、急いで良医に診てもらうべきだ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う：弁護や申し立てが適切でなくなる恐れがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う：盗人が恥じて自害し、かえって面倒な事になる恐れがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 行人を問う：その人は女色に心を奪われ、しばらく帰らない恐れがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】明治維新以来、すでに二十余年が過ぎた。文運は大いに興り、学者は立派な人物が次々に現れた。しかし漢学と欧学を兼ね通じ、古今に通達し、博士の栄誉と尊敬を受け、一世の士君子の模範となった者は、私の敬宇先生ただ一人である。先生の諱は正直、幼名は敬助、姓は中村であった。父は豆州宇佐美村の人で、農業を営んでいたが、二十歳前後に学問を好んで江戸へ出た。その後、武州幸手宿の農家の娘を妻に迎えた。数年住んでも子がなかったので、小石川の牛天神の祠に祈願し、ついに一男をもうけた。それが先生である。先生は生まれつき聡明で、わずか三歳で字を書き、七歳で詩をよく作った。当時、賢明な太守である徳川斉昭（水戸藩主）、島津斉彬（広島藩主）、鍋島斉正（佐賀藩主）は皆その早熟の才を聞いて驚き、召し出して詩を作らせた。詩ができると声律は整い、句意もともにすぐれていた。三侯は驚嘆して言葉もなく、あるいは父があらかじめ教えたのではないかと疑った。そこで十日ほど留め置き、別の題で再び試したところ、作はますますすぐれ、三侯はさらに驚き、神童として敬った。少し成長すると昌平学校に入り、勤勉さは同輩をしのぎ、学業はますます進み、ほどなく助教となった。二十二歳の時、幕府は彼を布衣格に列するよう命じ、老臣たちは皆その才を羨み敬った。幕府が外国と条約を結ぶと、蕃書調所を設け、先生を頭取に任じた。その後、先生は命を奉じ、秀才の生徒数十人を率いて欧州へ赴いた。帰国する前に国勢が一変し、王室が中興した。先生は帰国後、静岡県下に住居を定め、『西国立志編』を著して世に公にした。先生が口述して翻訳し、夫人の某氏が筆記したものだという。先生が翻訳した書物は、世の人々が競って買い求めて読み、そのため紙価が上がり、先生は大きな利益を得た。先生は、この資金は学問によって得たものだから、また学問のために用いるべきだと言った。そこで同人社を設立し、多くの後進を集め、教師を招いて教授を受けさせ、その薫陶を受けて世に出た者は数え切れない。私は以前から先生の名を聞き、一目会いたいと強く願っていた。明治十二年、栗本鋤雲、向山黄村両氏の紹介によって、初めて知り合うことができた。先生は温雅で純粋、端正で厳かであり、一目で徳行ある君子だと分かった。先生と交わりを結んでからは気性がよく合い、まるで旧知のようだった。ともに『易』を語り、何日話しても飽きなかった。私はひそかに先生を有益な友として敬い、会うたびに心から楽しみ、何のわだかまりもなく交わり、その関係は十余年変わらなかった。明治二十四年、私は気ままに京摂を遊歴し、数十日滞在して帰った。その時すでに夜であったが、突然、急信を携えた者が来た。受け取って見ると、先生の息子である吉氏からの書簡で、先生の病が重いことを知らせるものだった。私は驚き、胸を痛め、その夜は眠れなかった。翌朝早く起きて、すぐ先生の邸を訪ねた。その時先生は中風を患い、寝床の中で苦しんでいた。私が来たのを見ると、うれしそうに目で迎え、何か言おうとしたが、舌はこわばって縮み、声を発することができなかった。右手を上げて「占」の字を書き、私に示した。私はその意を悟り、『否』が『遯』に変じる卦を筮した。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断じていう。この卦は内卦が地で、下へ沈み、外卦が天で、上へ高く昇る。これは心魂が天に帰り、形体が地に帰る、すなわち心身が離れる象である。さらに「否」という字は「不」と「口」から成り、口がものを言えないことを表す。まさに気息が絶えようとする時である。今、六三は上下の境にあり、これが変ずれば『遯』となる。先生は俗世を避け、仙界へ超昇しようとしているのである。九四は翌日の未来を表し、その辞に「命ありて咎なし、畴祉を離く」とある。「命あり」とは、いわゆる生死には命があるということ。「咎なし、畴祉を離く」とは、まもなく極楽に逍遥し、永遠に天神の福祉を享けるという意味である。変じて『観』となる。『観』は祭祀の卦である。先生が亡くなった後、世の人々はその徳を慕って祭祀するであろう。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 占いによって、先生が翌日亡くなることをすでに知っていたので、私は『否』六三の辞を書いて示した。先生はもとより『易』の理に通じており、一目見ると首肯して目を閉じた。その様子は、自ら天命を知り、その正しい定めを順んで受け入れたものだった。翌日、果たして静かに仙去したので、神として祭って葬ったという。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ああ、君子は死を帰ることのように見るというが、私は先生にそれを見た。","九四：命ありて咎なし、畴祉を離く。","九四：命ありて咎なし、畴［66］祉を離く。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』にいう。「命ありて咎なしとは、志が行われることである」。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「命」とは天命であり、「畴」とは同類である。「畴祉を離く」とは、同類である三陽がともに福を受けることをいう。この爻は上に至尊に近く、否を救う才を持ち、否を救う位にいる。もし君命を待たず、功を急いで事を起こせば、たとえ否を救えても咎を免れない。必ず五爻の命を奉じてこそ、名も正しく言も順となり、その才力によって奸を除くことができ、威権もすべて上に帰する。ゆえに「命ありて咎なし」という。事が平らぎ、功を論じて賞を与える時には、決して一人の功ではない。計画に参与した賢者たちも皆ともに福を受ける。ゆえに「畴祉を離く」という。「離」は付くこと、「畴」は否を救う同類の三陽をいう。以前から否を救おうという志はあったが、時を得なかったため実行できなかった。今や上に君命を奉じ、進んで事を起こし、長年の志を実行して、否を救う功を成し遂げるのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う：目下すでに盛運に入っている。意のままに事を計れば、必ず利益を得る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う：大きな転機を得る。ただし意志を固め、市況をよく見極めるべきだ。以前の損失は今や取り戻せ、さらに余剰も得られる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う：家運はすでに好転している。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う：将軍が命を受けて出征する。大吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う：命の根は堅固で、害はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う：日用品の中に紛れ込んでいる。探せば必ず見つかる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】秋田県の根本通明氏は、近世の鴻儒で、経学に長じ、とりわけ『易』の義に精通し、博学洽聞、当世に名があった。私は以前から親しく交わっていた。かつて私が『易断』を著そうと思い、互いに相談して言った。「君は古の聖人・古哲の説によって古『易』を深く究め、その精奥を究め尽くしている。どうか君は『易』の義を書き、私は自得した活断を述べ、ともに世に公にしよう」。氏は大いに喜んだが、その意はあっても筆を執るのを怠り、私が何度催促しても、ついに着手しなかった。そこで私は計画を変え、「君は『易』学に精通していることが世間に知られている。『易』を好む者は必ず君の門をたたく。今、『易』学に精通し、文章にも長じた人がいるなら、紹介してくれ」と言った。氏はそこで斎藤真男氏の名を挙げた。この人はもと倉藩士で、長く滋賀県に奉職し、その後元老院書記官となったが、近ごろは職を離れていた。私は斎藤氏を招こうと思い、まずその人が編述できるかどうかを占ったところ、『否』が『観』に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断じていう。『否』とは塞がることである。これまで面識のなかった者も、友人の紹介と取り持ちによって、今や相会して共同で著作に従事することができる。私は『易』の理に通じ、活断には長じているが、文章は得意ではない。幸い斎藤氏に出会い、長年の志を成し遂げることができる。斎藤氏もまた、この機会を借りて自分の得意とする技を発揮できる。これが「畴祉を離く」という占である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 一行で斎藤氏を訪ね、私の意向を伝えると、氏は喜んで承諾された。こうして『易断』の編纂に携わることができた。『易断』全十巻が脱稿した後、氏は島根県内某郡の郡長となり、たいへん優れた長官との評判を得た。しかし不幸にも肺の病を患い、明治二十二年五月、神戸で亡くなられた。私は悲嘆に堪えなかった。親友と永遠の別れを告げ、過ぎし日々を追憶し、ここに特に記しておく。","九五。否を休めば、大人には吉。『滅びるのではないか、滅びるのではないか』と、桑の根株につないでおく。","九五。否を休めば、大人には吉。『滅びるのではないか、滅びるのではないか』と、桑の根株につないでおく。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』にいう。大人が吉であるのは、その位が正しく適切だからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「否を休める」とは、否の運を止めることをいう。「苞桑」とは、桑が群がって生えているものをいう。「系」とはつなぎ留めることであり、堅固に結びつけることをいう。この爻は剛健・中正で、尊い位にある。その才徳と威望は、否を終わらせて泰を開くに十分である。徳も位も備えた大人なので、「否を休めば、大人には吉」というのである。六二の「大人否」は、六二の時には大人に徳はあっても位がなく、時機もまだ到来していないため、ただ否を守るほかないことをいう。九五に至れば徳と位を兼ね備え、まさに否の時勢に当たる。しかし否がようやく収まり始めたばかりで、泰がまだ完全には回復していないのは、病が治ったばかりのようなものである。痛みやかゆみが除かれても、元気はまだ満ちていない。もし起居を慎まず、飲食を節しなければ、旧病が再発し、災いはいっそう激しく、危亡はたちまち現れる。だから否を休めた後は、内には畏敬と慎みを抱き、外には保護の策を尽くし、天命は知り難く、人心は保ち難いことを常に恐れなければならない。朝夕深く思い、滅亡を身近に感じるほどに警戒し、患いへの配慮を深くし、心を危ういほど引き締め、決して一刻も安逸を貪ってはならない。それでこそ長い治安を保つことができる。ゆえにその危うさを「滅びるのではないか、滅びるのではないか」と形容するのである。繰り返し述べても嫌うべきではなく、戒めの深さを示している。「桑の根株につなぐ」とは、象意では、二爻が巽の下にあるので桑を表し、初爻・三爻と二爻が同類としてこれをつなぎ、桑をその下にとどめ、再び上へ伸びないようにすることをいう。そうすれば根本は揺るがず、三つの陽爻が力を合わせて否を休め、泰の運を開くことができる。道のない君主は自分は滅びないと思うので、必ず滅びる。道を備えた君主は常に滅亡を心に留めるので、滅びない。『繫辞伝』はこの言葉を敷衍して、「安らかな時にも危険を忘れず、存続している時にも滅亡を忘れず、治まっている時にも乱れを忘れない。だから身は安らかで、国家を保つことができる」と述べる。『象伝』は「位が正しく適切である」といい、六二は「位が適切でない」といって「人にあらず」に属し、九五は「位が正しく適切である」といって大人とする。だから六二では「大人否」といい、ここでは「大人には吉」というのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○　時運を問う。目下、次第に好境に入る。ただし安きにあって危きを忘れなければ、万事吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　商業を問う。まさに絶好の機会である。ただし仲間を替え、慎重に進めれば、必ず利益を得る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　家宅を問う。先祖伝来の家業・財産が厚く、吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　戦争を問う。しばらくは休戦するのがよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　病気を問う。障りがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　訴訟を問う。和解する。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　失物を問う。再び得るのは難しいので用心せよ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　旅人を問う。不利。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　出産を問う。大人なら障りはないが、子どもは無事を保ち難い。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】明治十八年五月、出雲大社教正・千家尊福君がわざわざ私の荘を訪ねて来られ、挨拶を交わした後、こう言われた。『近ごろ、政府が人民の帰向を定めるため、国教を制定しようとしているとの風聞があります。いわゆる国教とは、わが国固有の神道でしょうか。それとも仏教でしょうか、あるいは耶蘇教でしょうか。朝議がどれに決するのか、まだ分かりません。これは私どものあえて論ずべきことではありませんが、あらかじめその帰着を知りたいので、どうか一筮をお願いします。』そこでまず神道の気運を占うと、否が晋に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断じていう。この卦は陰が進み陽が退き、智術が盛んに行われ、道徳が次第に衰える象である。また、晋は通じること、否は塞がることを意味する。神道の気運を占ってこの卦を得たなら、神道が閉塞する時である。卦象では陽が上、陰が下にあり、上下が隔絶し、神威が通じない象が明らかに現れている。陰陽の消長の道理は、人の力で左右できるものではない。『序卦伝』にも「物事はいつまでも否のままではいられない」とある。さらに否は遯から来ており、一陰が進めば観となる。その爻辞に「国の光を観る」とあることから、神霊の顕赫を観て、上にある大いなる観が、わが国の国教を再び光輝あるものにすることが分かる。爻辞がいう、滅びかけた神道の気運をつなぎ留めるものは、ただ一筋の苞桑だけである。苞桑は一つの根から数本の幹が群生する。これはあるいは、蓍による占いに用いる神草を補うものではなかろうか。わが国の古代、卜部が司っていた太卜の道を復興し、事あるごとに占って神意を問い、天神地祇を感動させ、国家を守護する。その霊妙さには思議し難いものがある。この神聖な占いによって神道を久遠に伝え、人民が永く神威を仰ぐようにするのである。これはわが国の諸神霊が、特に卦象を借りて世に示しているのである。また、わが国は古く扶桑と称された。扶桑の神教をつなぎ留めて永遠に存続させるので、これを「神道」というのである。近ごろ各国は理学を創興しているが、わが国だけは太卜の神事を崇奉している。それによって理学者たちを敬服させ、さらに実験を示して、世人に神明を畏敬させ、神教がつなぎ留められて滅びない理由があることを知らしめるべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 教正はこの言葉に深く感動された。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】明治十五年某月某日、ある高官が来訪して語った。『現在、わが国には四十万の士族がおりますが、皆、旧禄を失って貧困に陥っています。衣食が足りてこそ礼儀を知るというのは、古今変わらぬ道理です。この者たちは今この窮境に遭い、あるいは転じて不善を働くかもしれず、予測できません。安定して暮らせる方策を代わりに考えたいので、一筮をお願いします。』私は答えた。『私も以前からこの者たちのことを心配していました。謹んで占ってみましょう。』そして否が晋に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断じていう。今日、わが国の士族の貧困は、窮民の惨状よりも甚だしく、至る所に見られる。昔の乞食は、生まれつき貧しく、貧しいのが本来の姿であった。しかし士族はもともと貧者ではない。祖先の功績を受け継いで俸禄を賜り、生涯、生活を営むとは何かを知らず、禄を受け税で食むことを常としていた。維新によって一変し、突然世襲の俸禄を失った。そこで各方面に策をめぐらし、商業に従事する者もあれば、農作業に従事する者もあった。しかし二刀を帯び、絹の衣を着る旧習は消えず、諸々の実務にも不慣れである。何を企てても出費ばかりで利益がなく、衣食の資にも乏しく、家庭内では互いに責め合い、その困苦はほとんど言葉にできない。天下四十万の士族のうち、この窮境に陥った者が大多数である。かつて世襲の俸禄を守っていた時代には、一命をもって君主に報いることを本分とし、事に臨んでは進むことだけを名誉とした。今日まで零落しても、なおその勇気を失っていない。従来の行動様式は農民や商人とは大きく異なるため、農商の仕事には向かない。彼らには適性に応じた産業を与え、その長所を十分に発揮させるべきであり、これこそ当局の責任である。この爻辞の「滅びるのではないか、滅びるのではないか」は、士族の生計が困難で、ほとんど死に瀕していることをいう。「桑の根株につなぐ」とは、滅びかけた彼らを支えられるものは苞桑しかないという意味である。爻象は、彼ら士族に新天地を開墾させ、桑を植え育て、養蚕と製糸の技術に専念させて家計を維持させようとしている。では、その方法を試みに論じよう。関東には荒れた平野が多く、関西には平らな山麓が多い。平野の雑草は肥料に、山麓の柴は薪に利用できる。たとえば南アメリカには鳥糞が多く、価格も非常に安い。政府が資金と船を貸し、これをわが国へ運んで現地の鳥糞と交換し、各地の人々に安く売る。そのうえで雑草の茂る平野を買い入れ、旧士族に開拓させ、桑を植えさせるのである。この事業のため全国に鉄道を敷き、兵士に実地演習をさせる。兵営には村落のように多くの家屋を建て、彼ら士族を移住させる。男子は常備兵役の年限に従って屯田兵となり、軍事訓練を受ける。女子は牧畜と養蚕に励む。大略はこのようである。詳細な処置は当局が計画すればよい。このように施政すれば、今日の貧困士族は安居楽業できる。国家の盛業として、これ以上のものはない。","上九。否を傾ける。先には否、後には喜び。","上九：傾ければ［67］否となり、初めは否でも後には喜び［68］。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』にいう。否はついに傾く。どうして長く続けられようか。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「否を傾ける」とは、否の運を転覆させ、次第に泰の運を回復することをいう。この爻は陽剛の才をもって否の極に居り、否を傾けることができる。九五の君主がすでに否を休める任務を担い、上九はその後にあってこれを補佐し、身を尽くして傾いた国運を回復するので、「否を傾ける」という。否と泰にはもともと循環する機がある。否の極に至れば、その勢いは必ず傾き、塞がりは尽き、泰運が到来する。しかし否の時に、天運に任せきってはならず、最後には人事を尽くさなければならない。だから九五は否の体をいうのではなく「否を休める」といい、この爻も「否が傾く」とはいわず「否を傾ける」という。運の転換には人力の働きが大きいことを示している。天道は人事を開き導き、人事は天道を助ける。乱を治めるには徳が貴く、治を成すには時が大切である。上九は陽剛で、行動する才を備え、否の転機に居て、まさに為すべきことのできる極みにある。だから乱を抜き、正に返すことができる。以前は否塞の乱に苦しんだが、今は康泰の盛運に再び巡り合い、安寧と喜楽を得る。これを「先には否、後には喜び」という。去ったものは必ず戻り、終わったものは必ず始まる。これが天運循環の定理である。仮に否の時、天地が閉ざされ、陰陽が交わらず、天下に道がなく、小人が時を得たとしても、ひとたび否が傾けば泰が来る。これが天地の生生の道である。『象伝』の「どうして長く続けられようか」とは、このことをいう。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○　時運を問う。順調である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　商業を問う。春夏は不利、秋冬は大吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　家宅を問う。転居は大吉、旧居は不利。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　訴訟を問う。本日中に決着する。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　戦争を問う。小敗して大勝する。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　失物を問う。すぐに見つかる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　病気を問う。すぐ治るが、再発が懸念される。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】横浜の商人が来て告げた。『現在、商売上の大事があり、東京の友人と相談したいと思っています。その成否を占ってください。』占うと、否が萃に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断じていう。この卦は天地の気が塞がって通じない時を表す。あなたが人と事を謀ろうとしているが、その人は何かの事情で疎遠になり、心が通じないので、知己の友ではない。しかし今、否の終わりである上爻を得た。これは相手が以前の遺恨を解き、旧交を再び温める兆しである。胸襟を開いて話し合えば、互いに喜び、計画は必ず成就する。これを「否を傾ける。先には否、後には喜び」という。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 後日、その人が礼を述べに来て言った。『東京での話し合いは、果たして貴占のとおりになりました。』",null,"周易、易経、高島易断、第12卦、天地否、六十四卦、卦辞、爻辞、占断",1787044936217]