[{"data":1,"prerenderedAt":28},["ShallowReactive",2],{"metaeast_zhouyigaodaoyd_ja-gaodaoyiduan-26":3},{"slug":4,"archived":5,"date_created":6,"date_updated":7,"title":8,"seotitle":9,"seodescription":10,"htmlcode":11,"number":12,"content":13,"title1":14,"content1":15,"title2":16,"content2":17,"title3":18,"content3":19,"title4":20,"content4":21,"title5":22,"content5":23,"title6":24,"content6":25,"title7":26,"content7":26,"seo_keywords":27,"og_title":8,"og_description":10},"gaodaoyiduan-26",false,"2026-08-11T01:18:23.438Z","2026-07-04T14:35:14.000Z","山天大畜。大畜は、正を守るのがよい。家で食禄を受けず、吉。大河を渡るのによい。","高島易断 第26卦 山天大畜_卦辞原文と卦の解釈_東方玄学庫","高島易断第26卦・山天大畜の解釈。卦辞「大畜。貞に利あり。家食せず、吉。大川を渉るに利あり」に、断辞と実占例の詳しい解説を付す。","&#19929;",26,"26　山天大畜 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「大畜」は、下に乾、上に艮を置く卦である。乾は健やかさ、艮は止まることを意味し、畜もまた止めることである。「大」は「小」に対する語である。小畜は巽が乾の上にあり、陽五つと陰一つで、一つの陰が乾の三陽を畜える。巽の体は柔順で、その力は固くないため小畜となる。大畜は陰二つと陽四つで、艮の体は篤実であり、蓄えを厚くできるため大畜となる。雑卦伝には「大畜は時なり」とある。大畜とは、艮をもって乾を畜える卦である。乾の純陽は進んで止まらないが、大畜はそれを畜えられる。これは、その進行を望むべき時がまだ来ていないからである。止めるだけでなく動くことも重要である。健やかでありながら動くことが、無妄が災いとなる理由である。動くだけでなく止まることも重要である。健やかでありながら止まれることが、大畜が時にかなう理由である。序卦伝には「無妄があって初めて畜えることができるので、これを大畜で受ける」とある。これが大畜が無妄の次に置かれる理由である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 大畜は、正を守るのがよい。家で食禄を受けず、吉。大河を渡るのによい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 大畜は陽をもって乾を畜え、その正を得ている。止めて蓄えることは用いるのに適しているので、「正を守るのがよい」という。外卦の艮は居所を表し、家の象がある。三・四・五爻の互卦は震で、百穀を表すため食物の象がある。二・三・四爻の互卦は兌で、その口が外にあるため「家で食禄を受けない」象がある。内卦の乾では、初爻が震であり、震は行くことを表すため「渡るのによい」象がある。乾の二爻は坎に変じ、「大河」の象となる。徳を蓄えて朝廷で用いられ、鼎で煮炊きして養われるので、「家で食禄を受けず、吉」という。才能を蓄えて時勢を救い、舟や櫂を用いるので、「大河を渡るのによい」という。畜の意味は単に止めることだけではない。養うことでもあり、蓄えることでもある。止めるとはその健やかな力を制すること、養うとは徳を育てること、蓄えるとは才能を備えることである。「家で食禄を受けず、吉」には賢者を集め養う成果が現れ、「大河を渡るのによい」には世を救う功績が現れる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 彖伝は言う。「大畜は剛健にして篤実、輝きがあり、その徳は日に日に新たになる。剛が上にあり、賢者を尊び、健を止めることができる。これが大いなる正しさである。家で食禄を受けず吉なのは、賢者を養うからである。大河を渡るのによいのは、天に応じるからである」。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 大畜は艮をもって乾を畜えるので、畜の中でも大なるものである。乾は天を表し、天の徳は剛健である。艮は山を表し、山の体は篤実である。乾は大いなる明るさを表して輝きがあり、艮は星々を表して、やはり輝きがある。艮をもって乾を畜えるなら、「剛健・篤実・輝光」という性質を乾と艮に分けて考える必要はない。すべてこの大畜の中にある。だから光彩は外に発し、盛んな徳は日に日に新しくなる。これがこの卦を大畜という理由である。艮の陽が上にあるので「剛上」といい、艮は止めて畜えることができるので「賢を尚ぶ」という。乾は健やかで止めにくく、巽には止める力がないので畜は小さいが、艮は止められるので畜は大きい。艮が止められるのは、その正を得ているからであり、「大正」という。大正とは、すなわち「正を守るのがよい」ということである。下卦が変じて震となれば頤である。頤の彖伝は「賢を養う」といい、象伝は「何を養うかを見る」といい、家で食禄を受けるのではないことが分かる。上卦が変じて坎となれば需である。需の彖伝は「渡るのによい」といい、先に「天の位にある」と述べるので、「天に応じる」ことが分かる。したがって艮は止めるだけでなく育てることもできるので、賢者はその才能を用いられることを喜ぶ。艮は止めるだけでなく道を通すこともできるので、どのような険難も救い渡せないものはない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を人事に当てはめると、彖辞はまず「正を守るのがよい」と説く。「利」は和、「貞」は正であり、和して正しいことこそ人事の最も重要な要点である。卦徳は、止まることによって健を畜え、静けさによって動きを畜える。これが畜の大なるものなので、彖伝は「大正」と言う。畜える道は、すべて「大正」にある。この「大正」があってこそ大畜となる。君子が自分を正して人を正すというのは、まさにこの道である。「剛健」は天の徳、「篤実」は山の性質である。人が山の性質にならい、天の徳を蓄えるなら、徳性は充実し、輝きは外に現れ、自然に日々進んで限りがなくなる。内に巻けば一心に蔵され、外に放てば万事に発揮される。このようであれば、「家で食禄を受けず、吉」とは、家で食するだけでも吉ということであり、危険を渡らなくてもよく、危険を渡ってもよい。これが天に応じる人事である。六爻の内側三爻は乾で、強く進もうとするが艮に畜えられて止められる。外側三爻は艮で、止めることによって乾の健を畜える。そのため初爻は危険を恐れて自ら止まり、二爻は進んではならないと知って止まり、三爻はすでに進んでいるが、なお「艱難」にあって警戒できる。人事において一歩一歩余裕を残し、焦って進ませないのと同じである。四爻は初爻を畜え、幼い牛にくつわを掛けるので、まだ畜えやすい。五爻は二爻を畜え、去勢した豚の牙のように、畜える要点を得ている。上爻は三爻を畜える。三爻がすでに進むのによければ、雲上へまっすぐ昇るので、畜えないことが畜えることになる。人事において何事も慎重に、機宜に合わせるのと同じである。そもそも人が事を行う時、ひたすら強引であれば行き過ぎ、ひたすら止まれば及ばない。行き過ぎれば事を破り、及ばなければ事を成し遂げられない。孔子は求が退こうとした時には進めといい、由が人に勝とうとした時には退けといった。まことに艮の止まる意義を深く理解していたのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を国家に当てはめると、上卦は政府を表し、艮山の性質を保って止まり、みだりに動かない。下卦は人民を表し、乾の健の性質を帯び、急いで国家の進歩を図ろうとする。進んで上位を犯そうとするところを、五爻の君主が、四爻と上九の補佐を得て、心を合わせ志を一つにし、下の民の剛強で鋭い進出を抑え止める。これが畜を大とする理由である。五爻の君主は温厚で恭しく、「賢者を尊ぶ」ことができる。上九と陰陽相応し、言葉を聞けば計略に従うので、爻辞の「去勢した豚の牙、吉」とはこのことである。上九は天下の重責を身に負い、天の位をともにし、天の職を治め、天の禄を受ける。上から三爻を畜えるので、その畜はますます大きく、ますます正しい。したがって「天の大路に通じる。亨る」という。四爻は艮の始めにあり、正しい位を踏み、上九とともに五爻の命を受ける。初爻を畜えるが、初陽はまだ幼いので、「幼牛にくつわを掛ける。大いに吉」と言う。内卦の三陽は性質として健やかだが、いずれも外卦の畜止を受け入れられる。初陽はまだ微弱なので、進めば危険だと知り、畜えられるのを待たず自ら止まる。二爻は中を得て五爻と正しく応じ、五爻が畜の盛んな位置にあることを知るので、これを犯さず、難に遭えば止まる。だから「咎なし」という。三爻は上から畜えられ、畜が極まる。畜が極まれば通じ、その徳はすでに成るので進むことができる。だから「良馬が追い走る」という。国家がこの時に当たれば、君臣は一つの徳を共有し、下では焦って進む患いを免れ、上では位を盗むとのそしりを受けない。五爻の君主が「吉」と言うのは度を得ているからであり、上九の臣が「道が大いに行われる」と言うのは、天に応じ人に従うからである。まことに千載一遇の機会であり、聖人の畜でなければここには至れない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を通観すると、六爻はもっぱら畜えて止める意味を説いている。初九は剛健な乾の徳を抱き、初陽はまだ微弱だが、六四の畜を受け入れ、難を知って自ら止まる者である。だから「危うきことあり。自ら止まるのがよい」という。九二は中位を得て時を知る明があり、その功は急には成し遂げられないと知って、止まって進まない。だから「車の輹を外す」という。九三は陽位に陽で居り、志は強く才能も盛んで、鋭く進み過ぎる嫌いがある。ただ「艱難を守る」心で身を処し、進むべき時を見て進めば、世を救い、身を保つことができる。だから「艱難を守るのによく、進むところがあるのによい」という。六四は大畜の任に当たり、艮の始めにいて、乾陽が初めて漏れ出すのを止めることができる。だから「幼牛にくつわを掛ける」という。六五は尊い位にあり、悪を制する道を得ている。柔が剛を制するので吉である。だから「去勢した豚の牙」という。上九は「剛が上にあり、賢者を尊ぶ」と言われる者である。高く顕れた地位に居り、至公の道を体現し、己を捨てて人に従い、賢者を引き立てて用いる。これが大畜の意味であり、君子の道が大いに行われる時である。だから「天の大路に通じる。亨る」という。総じて、初九は乾の始めに居り、陽がまだ幼いので「幼牛」と称し、その進みを戒める。九二は剛位に柔で居り、位は剛だが勢いは弱く、進むことができない。九三は純粋に乾の徳を受け、乾は馬を表すので「良馬」と称するが、なおまっすぐ急進することを恐れている。君子が進むことの難しさはこのようなものなのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 大象は言う。「山の中に天があるのが大畜である。君子はこれにならい、先人の言葉と過去の行いを多く知り、それによって徳を蓄える」。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦では、乾の天が艮の山の中にある。山の中に天地が蓄えられている象であり、その道は広大で、その意味は深く遠い。たとえば君子の胸中に、天地人三才の道理と、古今の事柄の道理が蓄えられ、広く見て多く聞き、それによって日々その徳業を新たにするようなものである。「先人の言葉」とは、教訓や戒めが伝えられたもので、徳の華である。「過去の行い」とは、功業が明らかに示されたもので、徳の実である。よい言葉と立派な行いは、いずれも徳が外に現れたものだ。君子が道を学ぶ時は、残された跡を調べ、その用いられ方を観察し、身をもって実践し、心で確かめる。その言葉から、なぜその言葉を発したのかを黙って理解し、その行いから、なぜその行いをしたのかを黙って理解する。そうして自分の徳を蓄え、完成させるのである。だから徳は日に日に積み重なり、大きくなる。「先人の言葉と過去の行いを多く知り、それによって徳を蓄える」と言うのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 戦争について問う。精力を養い、力を蓄え、時機を見て動くのがよい。そうすれば自然に戦えば必ず勝ち、攻めれば必ず利があり、大勝を得る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。今は心意が放縦すぎて、まだ動く時ではない。必ず二年後まで待てば、運が巡り福が至り、駿馬が空を駆けるように、進むところすべてに利がある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う。しばらくは現状を守るのがよい。近ければ三か月、遠ければ三年で、次第に事業を広げ、日に日に積み重ねて新しくなり、利益の源は尽きず、大いに喜ぶことがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。住まいは山の近く、あるいは峠の上、または谷の中がよい。代々豊かな家であろう。近ごろは名声が高まり、家業も日に日に盛んになっており、大吉の兆しである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。若い頃は意気盛んだが、多少の妨げや抑制は免れない。三十歳を過ぎれば、一挙に名を成して雲上へまっすぐ昇る。国と家のために治め働き、その才が輝いて現れる。まことに大任を担う器である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれ、しかも貴い身分となる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う。初めは屈し抑えられるが、後には理が明らかになり、正当な扱いを受ける。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。初爻から五爻までならすべて吉だが、上爻なら寿命の根に妨げがある恐れがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。大吉。","初九。危うきことあり。自ら止まるのがよい。","初九。危うきことあり。自ら止まるのがよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝は言う。「危うきことがあり、自ら止まるのがよい。災いに触れないからである」。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この爻は乾の体で、剛健でありながら下位にあり、鋭く進もうとする勢いを持つ。しかし初爻の陽はまだ微弱で、主爻である五位からは遠く、応じるのは四爻である。四爻は艮に属し、艮は止まることを意味する。初爻は進もうとするが、四爻がこれを止めるので、応爻は互いに助け合わず、すべて敵対する。初九が危険を知って止まることができるから、「災いに触れない」と言う。これが「危うきことあり、自ら止まるのがよい」の意味である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う。攻めずに守るのがよく、そうすれば害はない。四爻の援軍が力を発揮するのを待ってから、大きく進んで勝利できる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う。今は資本がまだ乏しいので、慎重に現状を守り、災いを避けるのがよい。後には助け手を得て、自然に利益を上げる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。新築の家で、前方の山勢に押さえられているため、家をあまり高くしてはならない。しかし咎はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。才能と学識は高いが、初めて名を求める時なので、早くから力を出し過ぎてはならない。自ら抑えるのがよい。大器は晩成することが尊い。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 子宝を問う。一人目は男児と出る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う。強引に進めてはならない。強引に進めれば災いがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。初陽は四爻に畜えられるので、夫が妻に制せられる象である。夫がその制に従うことができれば、災いはない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 外出について占う：今はしばらく控え、時運を待つのがよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気について占う：今は病気があっても、心配はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失せ物について占う：後になれば、おのずから見つかる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　某県の名家の某氏が来て、気運を占ってほしいと求め、筮して大畜が蠱に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断にいう。この卦は、山の小なるものをもって天の大なるものを畜止するので、大畜という。初爻は陽位に陽が居り、才能も力量もともに強く、四爻の陰と応じている。四爻の陰は初九の陽を畜止する力を持つため、その計画や望みは、当分の間きっと成就しにくい。もし一意に焦って進めば、恐らく災いがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n その時、某氏は私の断に従わず、みだりに志願を抱いて、ある高官に取り入ろうとした。書記官の説明にも従わなかったため、三日のうちに警視庁に拘留された。その後、某氏は自ら過ちを悔い悟り、初めて易の道理の神妙さに感嘆した。","九二。車の輹が外れる。","九二。車の輹が外れる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。車の輹が外れるのは、中を得て咎がないからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「輿」は車であり、進行の意をたとえる。「輹」は車軸をしばる具である。天の運行には大車の象がある。「輿、輹を説く」とは、車の輹が外れて、乗り走らせることができず、進行の用を廃することをいう。この爻が変じると離となり、離脱の意があるので「説輹」という。艮は乾を畜して、下々の者が無謀に進むのを止め、自ら止まらせる。二と五は相応し、五は畜止の盛んなところにあるから、犯してはならない。勢いが許さないことを知って進まないのは、風を知り時を識る者といえる。象伝の「中を得て咎なし」とは、中を得て、焦って進む過ちがないことをいう。初九の「危うきあり」は語調が緩やかで、九二の「車の輹が外れる」は語調が急である。初と三が応じ、初は乾の始めで、初陽はなお柔らかいので語調が緩い。二と五が応じ、五は尊位にあって勢い犯しがたいので語調が急なのである。まして五が二を畜するのは、ただ二が進むから止めるだけではなく、賢者として重んじ、用いようとしているのかもしれない。時には盛衰があり、勢いには強弱がある。易を学ぶ者は、無理に動かしてはならないことを深く心得るべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 戦争について占う：鋭気のまま直進すれば、車の轍が乱れ旗が倒れる災いを招き、大敗して二度と立て直せなくなる恐れがある。退くことを進むこととすれば、咎はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売について占う：どのような商品でも、早めに売り切るのがよい。大きな利益はなくても、損失もない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅について占う：きっと破れ衰えた旧家である。しかし退いて自らを守ることができれば、家業はおのずから再興する兆しがあるので、咎はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名について占う：時を待ち、焦って進んではならない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻について占う：小畜の三爻は「車の輹が外れ、夫婦が反目する」とあり不吉である。しかしこの二爻は中を得て五爻と応じ、五は尊位にあるので、きっと身分の高い婿であり、大吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気について占う：きっと腹の病で、しばらくは治りにくいが、害はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 懐妊について占う：男児が生まれるが、足の病に注意。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟について占う：敗訴するが、その後和解する。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　親友で某県人の某氏が来て、気運を占ってほしいと求め、筮して大畜が賁に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断にいう。内卦は乾天で、剛健にして鋭く進もうとし、外卦は艮山で、鎮まり動かない。山をもって天を畜するので、大畜という。現在の政府は、才能ある者を登用したくないのではない。浮ついた者は大器でなく、性急な者には実功がないことも知っている。だから抑えて用いないのである。それなのに、時を待たず登用を急ぐ者は、互いに売り込み、高論を吐き、公卿に取り入り、権勢を求めて奔走し、栄達の梯子を登って恩寵を乞うなど、何でもする。そのため権力の道にある者から、ますます軽んじられる。今、九二は時が進むべきでないことを見極め、退いて自らを抑えている。これを「車の輹が外れる」という。車は物を載せて進むものだが、その輹を外すのは、もはや用いられないことを示す。つまり自ら進んで身を隠し、時の到来を待つのである。だから「中を得て咎なし」という。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 某氏はこれを聞いて言った。爻辞は私の意にまことによく合う。これに従おう。果たして大いに都合よく事が運んだ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　明治三十年の国家財政を占い、筮して大畜が賁に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断にいう。この卦は山の小なるものをもって天の大なるものを畜止する。上卦の一陽が下卦の三陽を畜止しており、その畜止の大きさが十分に見える。今、財政を占ってこの卦を得た。乾は金なので貨幣を主り、艮は山なので蓄蔵を主る。九二は坎の爻で、坎は車を表すので「輿」という。「輹が外れる」とは、用いられないことを示す。わが国の昔からの貨幣は一億を超えなかった。開港以来、兵器・器械・船舶などを購入して、一時は現金を大量に支出したが、政府に財政を処理する人材がいたため、次第に旧来の金額を回復した。清との戦争では、民間が一億五千万円の公債を募集し、不足分は政府の予備金で補った。戦勝後、三億五千万円の賠償金を受け取った。世界の情勢を見れば、強国が同盟して弱国を分割しているので、軍政を拡充せざるを得ず、その賠償金を軍備に充てた。政府にとってはやむを得ない措置であった。しかし人民は、これほど巨額の賠償金を得たのだから、軍備の拡張と戦士への賞恤にのみ用いるものと思っていた。国債を清算できず、商業も振興できないうえ、銀行の貸出は多少緩やかになっても利子は再び高騰し、諸産業の発展はついに抑えられ、人民は大いに失望した。これはまさに、内卦の乾天を外卦の艮山が畜止する象である。辞に「車の輹が外れる」とあるのは、車が輹を失って進めないこと、あたかも金銭が別に蓄えられて民用に応じられないことをいう。政府の施策はこのようであり、中を得たといえるので、象伝に「中を得て咎なし」とある。本年の財政は、貨幣の流通が中止され、商工業が困難になる占いである。後日、果たしてこの占のとおりになった。","九三。良馬が並んで進む。困難の中でも正しさを守ればよい。毎日、車の御し方と護衛を習えば、進むところがあってよい。","九三。良馬が並んで進む。困難の中でも正しさを守ればよい。毎日、車の御し方と護衛を習えば、進むところがあってよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。進むところがあってよいのは、上と志を合わせるからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 三の辰は辰にあり、上は軫に当たる。軫は車駕を司るので、「馬」「輿」「衛」がある。また三は坎の中央に当たり、坎は艱難を表すので「艱貞によろしい」という。内卦は乾で、乾は馬を表す。「逐」は並んで進むこと。乾の畜止が三爻に及べば、その徳はすでに成り、進むことができる。だから「良馬が並んで進む」という象になる。「閑」は習うこと、「衛」は不測の事態を防ぐもの。外卦の艮は止を表し、これが衛の象である。三の応は上にあり、上は「天の通路」の亨通にいて、道は大いに開け、進行に妨げがない。それでもなお、必ず艱難の中で正しさを守り、自らを戒めなければならない。馬を調教する者のように、自由に疾走できても、なお毎日、車の御し方と護衛を習ってこそ、「進むところがあってよい」となる。伝に「上と志を合わせる」とあるのは、畜止が極まって通じる時だからである。乗馬に長けた者は落馬し、水泳に長けた者は溺れる。意のままになる時ほど、最も慎むべきである。平常でさえそうなのだから、大畜の時ならなおさらである。「良馬」は鋭く進む意を示し、「輿」はゆっくり進む象を明らかにする。馬で急進することと、輿に乗って衛を備え徐行すること、この二つの意を合わせて見るべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 戦争について占う：馬が到着して功を成す象がある。ただし、まず事に臨んで恐れ慎めば、進むところすべて不利はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売について占う：三爻は応爻と志を合わせるので、売り手と買い手は必ず心が一致する。「良馬が並んで進む」とあるので、受け渡しはきっと迅速である。「艱貞によろしい」とあるので、危険に遭っても憂いはない。大吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名について占う：雲の彼方への道を得る象がある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅について占う：勤勉と倹約によって家を興した家であろう。今はその地位を正しく踏み、家業は日に日に進み、なお安きにいて危うきを忘れないので、何をしても不利はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻について占う：三爻は上九と応じ、上九は畜止の極みにあるので、全盛の象である。婚姻を占ってこの爻を得れば、男女は志が合い、大吉の兆しである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気について占う：慎重に養生すれば、心配はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　ある日、友人の某氏を訪ねた。某氏は言った。かねて車馬用の良馬を買う約束をしており、今日は必ず誰かが引いて来るはずだ。その馬の駿足か鈍足かを占ってほしい。筮して大畜が損に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断にいう。内卦は乾で、乾は馬を表し、また健でもある。だからこの馬は必ず健やかで足が速く、よく走る良馬である。しかし御し方に通じていなければ、乗りこなすのは難しい。そこで「毎日、車の御し方と護衛を習い、進むところがあってよい」という。言い終わらないうちに、馬を引く者が来て、大声で言った。この馬は剛健で疾駆する良馬です。友人は見るなり鞭を当てて試そうとした。折しも対岸に繋いだ舟が轟音を立て、馬は驚いて逃げ出した。御者が力を尽くして抑えたが止まらず、しばらく後退した末、溝に落ちた。友人は大いに驚き、買うのをやめた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　某県の土族の某氏が来て、気運を占ってほしいと求め、筮して大畜が損に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断にいう。無妄での乾は天徳を表し、大畜での乾は賢才を表す。士は乾を手本としてこそ、才徳を備えることができる。乾を手本とすれば行いは健やかで進みは鋭くなるが、鋭く進む者は遠くまで到達できない恐れがあるので、「艱貞によろしい」という。その識見が深ければ、必ず抑えられることを受け入れ、気を静める。良馬の性質のように、まずつまずいてから馳せ走ることが型にはまるので、「良馬が並んで進む。艱貞によろしい」という。伝に「進むところがあってよい。上と志を合わせる」とあるから、目下すでに時運が到来し、時に乗じて位を得られることが分かる。爻辞に「毎日、車の御し方と護衛を習い、進むところがあってよい」とある。「衛」は守衛で、不測に備え、威武を示すものだ。ひょっとすると、守衛の職を任されるのではないか。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n その後、この友人は実際に某警察部の職に任じられた。","六四。子牛に鼻輪をつける。大いなる吉。","六四。子牛に鼻輪をつける。大いなる吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。六四の大吉は、喜びがあるからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 六四の爻の辰は丑で、丑は牛を表す。四は艮の気を受け、艮は童を表すので「童牛」という。四が初爻を畜し、動けば体は離となる。離は童牛を表し、牛とは初九をいう。「牿」は『説文解字』に「牛馬の牢」とあり、『書経・費誓』の「今、ただ牛馬を牿す」を引いている。大畜の錯卦は萃で、萃には「大牲を用うれば吉」とある。童牛とは天を祭る牛である。『礼記』には「郊特牲」とあり、牛に犢を用いるのは誠を尊ぶからである。『周礼』には、五帝を祀る牲を牢につなぐとある。鄭注では「牢は囲い」であり、禽獣に触れられたりかじられたりしないよう、必ず防備するという。童牛を牢につなぐのは郊祀に備えるためである。「童牛」は初九を指し、それに牿をつけるのが四である。初陽はまだ幼く、進み始めるやいなや押さえる。それは童牛に牿をつけ、突進させないようにするのと同じである。だから吉であり、喜びがある。天下の事は、まだ起きていないものを防ぐのは容易だが、すでに起きたものを制するのは難しい。まさに成長しようとする悪を逆に折り、まだ芽生えない反逆をひそかに消せば、上は禁制に苦労せず、教化が自然に行われ、下は刑罰に傷つかず、悪事も自ずから止まる。初陽はまだ微弱で、剛暴の習慣も形成されていないので、六四は労せずしてこれを畜することができる。「大吉」とは、柔が剛を制し、剛があえて犯さないこと。畜止が盛んであり、これ以上の喜びはない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 戦争について占う：強い隣国が小国を圧迫する象がある。幸い四爻と上爻は相応して志を合わせるので、保全できる。喜びがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売について占う：爻に「童牛」とあるのは初陽を指す。新しく出回る商品や季節の商品が利益になる意である。「牿」は牢をいうので、蓄積して堅固に保管するのが利益になる。だから「大吉」という。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名について占う：六四の辰は丑で、上は斗に当たる。石氏は「斗は将相の爵禄の位」といい、また「丑は土で、その禽は牛」という。孔子は「犂牛の子、赤く角があれば、用いるまいと思っても、山川がそれを捨てようか」と言った。童牛は天を祭る牛であり、必ず登用されることは明らかである。だから伝に吉にして喜びありという。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅について占う：乾は門、艮は庭・庵・居・舎を表し、いずれも家宅の象である。「童牛」は初九を指し、それに牿をつけるのが四である。初九は陽の初めなので、必ず新築の家で、四に牿される。門前の道に障害があり、進むことができないのであろう。しかし最後には必ず通じるので、「喜びがある」という。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気について占う：「童牛」とあるのは、老いた牛が子牛をなめるようなもの、つまり災いは幼い子にあるという意である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻について占う：四は丑にあり、上は牽牛に当たる。四は初九と応じ、初九の辰は子で、上は織女に当たる。「童牛」とあるので、きっと若い男女の縁組であり、大吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟について占う：「童牛の牿」について、『説文解字』は「牿は牛馬の牢」と説く。牢獄の災いがある恐れがある。しかし上九に至れば天の通路が通じるので、解放されて喜びがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　私が愛知県熱田にセメント製造所を持っていたところ、その支配人が来て、明治二十三年のセメント販売の商機を占ってほしいと求め、筮して大畜が大有に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断にいう。六四の辰は丑で、丑は土である。艮は手を表し、また厚さを表すので、手で練って厚く堅いセメントにすることを示す。そもそもこの物は石灰と粘土を密に合わせ、焼いて粉末にし、水に入れて長く積み重ねると、石のように凝固する。今、大畜を得たのは、明らかに畜蔵の象であり、今年はこの物が滞ることが分かる。六四の爻辞の「童牛の牿」に従えば、「牿」は牛馬の牢であり、逃げないように畜することをいう。したがって、この物は倉庫に蓄え、二十五年まで値を待つのがよい。上九の「何ぞ天の衢、亨ならざらん」に至れば、自由に通用するようになる。後日、果たして私の占のとおりになった。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　明治三十一年の韓国とロシアの交際を占い、筮して大畜が大有に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く。この卦は内卦が「乾」、外卦が「艮」である。韓国とロシアの交際を占うなら、韓国を内卦、ロシアを外卦と見るべきである。「乾」の陽は進もうとするが、「艮」の止める力に抑えられている。これは、韓国が進展を求めているのに、ロシアに抑止されていることを明らかに示す。六四には「童牛の牿」とある。童牛とは初爻の陽、これを牿するものが四爻である。童牛が牿に入れば、進もうとしても進めない。韓国がロシアに止められている有様は、いっそう明白である。現在、ロシア公使は韓廷を軽蔑し、大国の威力を頼んでこれを抑え止めている。それは、童牛の角に横木を施すのとまったく同じであり、これを「童牛の牿」という。韓国が今この事態に対策を講じなければ、シベリア鉄道の完成後には、その全体を保てない恐れがある。","六五。去勢した猪の牙。吉。","六五。去勢した猪の牙。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。六五の吉とは、慶びがあることである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 五爻は二爻と応じる。九二は坎の爻で、十二支では子に当たり、その真上には室宿がある。『広雅』には「営室を豕という」とあり、『説文』には「亥は豕である」とある。また『分野略』には、「危宿十六度から奎宿四度まで、十二辰では亥に当たり、陬訾といい、これを豕韋と称する」とある。戌・亥は乾の位に当たる［127］。したがって豕は坎にも属し、乾にも属する。「豮」は『爾雅』の獣の説明では「豮とは豕の子、豮豕とは小さく幼い豕」とし、郭璞の注は「俗に小さな去勢豚を豕の子と呼ぶ」とする。六五の辞の「豮豕」は、おそらく九二を指す。九二の乾陽はまだ幼いので「猪豕」というのであり、初九に属する童牛と同じである。「牙」は鄭玄が「互」と読んだ。『広韻』も「互」の字の下に「俗に牙と書く」と注している。つまり古人は牙を互の意味に用い、後世の人がそれを牙と書くようになったので、これは誤りである。『周礼』には、修闾氏が国内の夜警と木柝を打つ者を掌るとあり、その注に「互とは、行馬、すなわち人の通行を遮り止めるもの」とある。互は枑とも通じ、『韻会』には「枑とは木を交差させて遮りとするもの」とある。これはまさに止めて蓄える意味に合い、初爻の牿、すなわち牛馬を囲う柵と同じで、どちらも急な進行を禁ずるものである。五爻は尊位にあり、人民や士人が帰服し仰ぐところである。下では九二に応じる。九二の士は輹を外して身を隠し修養し、その徳を蓄え、時を待って動くことができる。そのとき喜びは一人に宿り、慶びは天下に及ぶ。ゆえに吉であり、慶びがあるのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 戦争について。豕は坎に属し、また亥にも属する。したがって必ず、険しく湿った沢地に関わる。十分に警戒して進撃を禁じ、敵軍の猪突を防ぐのがよい。謀を立ててから動けば、自然に吉を得る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売について。「互」には互市の意味があり、財物を交換して市を成すことで、近ごろ通商が開かれる象にまさに合う。「豮豕」は小さな豕をいう。初めての貿易で資本もまだ小さいようなものだが、抑制を受け入れられれば吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名について。これは若者が名声を求め、性急に進みすぎることを免れない場合である。自ら止まるべきを知るのがよい。ゆえに「去勢した猪の牙、吉」という。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅について。豕は亥に属し、亥は水である。前方には必ず二本の水流があり、交わりながら流れている。ゆえに吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気について。六五の辰は卯に当たり、東は木である。また豕は亥に属し、亥は水である。これは木が盛んで水が不足する病であろう。「節」の止めによって調養し、それで初めて慶びを得られる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻について。六五の辰は卯、すなわち兎である。五は二と応じ、九二の辰は寅、すなわち虎である。寅と卯は相和する。爻辞の「豮豕」は豕をいい、豕は亥に属する。亥・寅・卯は木水が相生じ、すべて制伏されるので、大吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】明治二年、友人某が来て時勢を論じ、こう言った。「今や箱館は平定され、天下は安静である。朝廷は各藩の俊士を選抜して人材を登用し、政務を整えている。兵馬の混乱が収まった後、各藩の士族が官に集められたので、互いに権力を争い、騒乱の禍を生じることは避けられない。どういう情勢になるか占ってほしい。」筮して大畜が小畜に変じた。爻辞にいう。「六五。去勢した猪の牙。吉。」 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く。この卦の下卦は乾で、各藩の士族を指し、上卦は艮で、政府を指す。下卦は剛健で、鋭く進もうとする勢いがある。上卦の政府はその性急な進行を止め、さらに俸禄を与えて養う。これが大畜の意味である。兵馬の混乱が収まった時、各藩の士族は初めて俸給を受けた。これは九二の乾陽がまだ幼いことに当たるので、「豮豕」という。「牙」は遮るものをいい、止めて蓄える意味がある。すなわち、英才が身を隠して修養し、大器となるということである。ゆえに象伝は「六五の吉とは、慶びがあることである」と述べる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 後に結果はこの占いのとおりになった。その後、友人と会ってこの占いのことを話すたび、彼はいつも感服の意を表した。","上九。天の衢を荷う。亨る。","上九。天の衢を荷う。亨る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。「天の衢を荷う」とは、道が大いに行われることである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「衢」とは四方八方に通じる道である。「天の衢」とは、いわば天の道であり、広々として障害や遮りがないことを意味し、通達をたとえたものである。案ずるに、上九は艮の爻で、位は丑に近く、その真上には牛宿がある。『文献通考』に「牛宿は七度。日月五星の中道で、その北の二星は道路をつかさどる」とある。ゆえに「衢」という。また乾は天、艮は道なので「天衢」という。「何」は「荷」と読む。「天の衢を荷う」とは、『詩経』にいう「天の休を荷う」「天の寵を荷う」と同じである。この卦では、四爻が初爻を蓄え、五爻が二爻を蓄え、上爻が三爻を蓄える。上爻は卦の主であり、「剛が上にあり、賢を尊ぶ」とはこのことである。ゆえに象伝は「道が大いに行われる」と述べる。艮の畜は、進めなくするために抑えるのではない。まさにその才能を完成させるために蓄えるのである。蓄える力が大きいほど、後の行いも大きくなる。畜が極まれば通じ、通じれば泰となる。したがって、この爻が変ずれば泰卦となるのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 戦争について。上九の辰は戌に当たり、その真上には奎・婁・胃がある。奎は白虎に象り、軍事をつかさどる。婁は兵を起こし人を集める星、胃は征伐と刑罰をつかさどる星で、いずれも軍事に関する。爻辞の「天の衢を荷う」とは、道々に旌旗が連なり、一戦で成功することをいう。ゆえに象は「道が大いに行われる」と述べる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売について。上爻は三爻と応じる。三爻は「困難の中で正しさを守るのがよい」といい、当時の貿易にはなお多くの困難があることを示す。上爻では蓄えが極まる。蓄えが極まれば通じるので、「天の衢を荷う。亨る」とある。これは三爻のいう「行くところがあるのがよい」という意味である。象伝が「道が大いに行われる」という以上、大いに利益を得るはずである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名について。爻辞に「天の衢を荷う」とある。まさに青雲への道を得る時であり、大吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅について。爻辞に「天の衢を荷う」とある。「衢」は大通りなので、この家は必ず大通りのそばにある。「天を荷う」とは、天の加護を得ること。「亨る」は吉であり、その家は必ず吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻について。おそらく天が結んだ縁であり、吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】明治十四年、ある高貴な顕官の招きに応じ、国会開設と請願が成就するかを占った。得た卦は賁が大畜に変じた。賁の卦象から当時実施される政略を推し量ると、五年間は国家に事がないと知れた。明治十九年から明治二十四年までの五年間は、山地剥に当たり、不祥の兆しがある。そこで賁の二爻を活用し、大畜に変じたものとして現今の政略を述べ、明治二十年まで推し進めると、まさに大畜の上爻に当たる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く。大畜は一陽が上で止まり、三陽を中に蓄える。これは、かつて剛強に行動していた者が、今は艱難を経験して時勢に通じ、もはや止めておく必要がなくなったことをいう。艮の山が坤の地に変じ、四方八方に通じて、何ものにも遮られず豁然と開ける。まさに天の衢の広く障害のない有様であり、「天の衢を荷う。亨る」という。明治二十年はこの爻象に当たるので、鉄道の建設が必ず盛んになると知れた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n その後、明治二十年になると、果たして全国の人心はみな鉄道に傾き、株券が流通し、建設は日ごとにますます盛んになった。",null,"周易、易経、高島易断、第26卦、山天大畜、六十四卦、卦辞、爻辞、占断",1787044936327]