[{"data":1,"prerenderedAt":28},["ShallowReactive",2],{"metaeast_zhouyigaodaoyd_ja-gaodaoyiduan-37":3},{"slug":4,"archived":5,"date_created":6,"date_updated":7,"title":8,"seotitle":9,"seodescription":10,"htmlcode":11,"number":12,"content":13,"title1":14,"content1":15,"title2":16,"content2":17,"title3":18,"content3":19,"title4":20,"content4":21,"title5":22,"content5":23,"title6":24,"content6":25,"title7":26,"content7":26,"seo_keywords":27,"og_title":8,"og_description":10},"gaodaoyiduan-37",false,"2026-08-11T01:18:25.649Z","2026-07-04T14:35:15.000Z","風火家人、家人は女の貞に利あり。","高島易断 第37卦 風火家人――卦辞原文と卦の解説――東方玄学庫","高島易断第37卦・風火家人の解説：卦辞「家人は女の貞に利あり」。付記の断辞と実占例を詳しく解説。","&#19940;",37,"37　風火家人 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦体は巽が上、離が下である。巽の木は風、離の日は火を表す。木が燃えて火を生じるので木と火は互いに生じ、太陽の気が風を成すので日と風は互いに成る。いずれも一気の鼓動と鍛錬によるもので、人が一家を生み育てるのに似ている。また火は明るさ、風は和を取り、倫紀が明らかに整い、家の中が和睦する象を取る。ゆえに「風火家人」という。さらに家人は明夷から来た。明夷は周が興り商が滅びようとした時代に当たり、周の興隆は太姒に始まり、商の滅亡は妲己によった。国家の運命の興亡は家政を基礎とするので、家人が明夷に続くのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 家人は女の貞に利あり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「貞に利あり」の二字は、家人一卦の要である。古来、家道の成否は、すべて婦人から始まる。賢婦ならば内助と称され、淑女であってこそ家を宜しくする。賢く、かつ淑やかであることが貞である。そうでなければ「牝鶏が暁を司れば、ただ家が滅びる」ということになり、戒めなければならない。易経全体では、上経の初めに乾・坤を置く。乾は父、坤は母で、老いた夫婦を表す。卦は四徳を備えるが、利貞だけを専らにするのではない。下経は咸・恒から始まり、咸は婦道の始め、恒は婦道の終わりである。咸の彖伝は「貞に利あり、女を娶れば吉」といい、恒の彖伝は「貞に利あり、咎なし」という。ここから「一に従って終わる」「婦人は貞であれば吉」と分かる。恒の五爻辞は家人一卦の趣旨を明らかに示している。貞なら吉、貞でなければ吉ではない。家人の卦徳は特に夫の貞を重んじるが、貞の吉象は特に女に属する。だから家人の彖伝は冒頭に「女の貞に利あり」と掲げるのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 彖伝に曰く、家人は、女は内に正位にあり、男は外に正位にある。男女が正しいことは天地の大義である。家人には厳君がある。父母のことである。父は父らしく、子は子らしく、兄は兄らしく、弟は弟らしく、夫は夫らしく、婦は婦らしくあれば、家道は正しくなる。家を正せば天下が定まるのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦象は巽の風と離の火である。風は順、火は明を表す。巽は女の下が欠けていて順い、離は女が中央空虚で明るい。明るく、しかも順うのが賢女である。卦体はことごとく女の象を備え、家道はまず婦徳を重んじる。ゆえに彖伝は「女は内に正位、男は外に正位」といい、女を先に男を後にして、家人は内を治めることを先とする。男には室があり、女には家がある。これが人の大倫、すなわち「天地の大義」である。人倫が正しければ大義も定まる。君は尊い。一国では君を尊び、一家では父母を尊ぶ。父の道は慈にとどまるとしても、孝経もまた厳父と称している。教えや戒めを家で廃さないことが厳である。母子の間では、過ちは溺愛から生じることが多いので、聖人は特に厳しく教え、父と同じにした。風の柔順は正しさを得るべきであり、火の烈しさは厳しさを取る。程子のいう「倫理を正し、恩義を厚くする」とは、家人の道を尽くしたものである。家人の中身は父子・兄弟・夫婦にほかならず、一つを正せば、すべて正しくなる。すなわち一身を正して一家を正し、一家を正して一国を正し、一国を正して天下を正す道である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を人事に当てはめると、卦名は家人であり、彖辞・爻辞はすべて家を治める要道を述べている。人事のすべてがここに尽くされている。「女は内に正位、男は外に正位」とは、大旨、家の内のことは女が主るという意味である。古来、女子の賢さは最も得難い。女の性は陰であるから、陰は時に険悪へ流れる。女の質は柔らかいから、柔は時に偏愛に溺れる。閨門を慎まなければ、その禍は敗亡に至り、救うこともできなくなる。だから彖辞は冒頭で女の貞を重んじるのである。しかし女が貞でなくなる始まりは、家の教えが厳しくないことによる。彖伝が「家人には厳君がある」と言うのは、父母に責任を重く負わせるためである。初爻では女はまだ幼いので、まずその「閑」を立てる。二爻では少し成長したので、家の食事を整えることを教える。三爻では成長したので、節を失わぬよう戒める。内卦の三爻では女はまだ家にいるため、厳しい束縛も過剰とはしない。四爻の「順」は正を得たこと、五爻の「仮」は「互いに愛する」こと、六爻の「孚」は、まず自分の身にある信である。外卦の三爻では女はすでに嫁いで家を成しており、「威あること虎のごとく」であって初めて「終わりに吉」を得る。孟子が「女子が嫁ぐとき、母が命じる」と言い、「必ず敬い、必ず戒め、夫に背くな」としたのも、みな爻辞に符合する。厳しさは離から取る。離の火は酷烈なので、家の教えは厳を主とする。順は巽から取る。巽の風は柔和なので、婦道は順を正とする。象伝は「風は火より出る」と言う。火は風によっていよいよ燃え盛るが、その炎は自ら風を生じることもある。君子はこれにのっとって言行を整える。「言に物あり」とは偽りがないこと、「行に恒あり」とは恥じるところがないことである。語るときも黙るときも、動くときも静かなときも、すべて人事の大きな防ぎとなる。風も火もなければ天は運行できず、言も行もなければ人も事を成せない。女が内を正すとは、「言は閫を出ず、行は閾を踏まない」ということ。男が外を正すとは、「言は天下に満ちても口の過ちなく、行は天下に満ちても怨み悪む者がない」ということである。言行の善し悪しに人事の成敗がかかり、家道の盛衰もまたそこにかかる。ゆえに家人の卦義は男女に取り、象伝は「言に物あり」「行に恒あり」と言う。その趣旨は深い。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を国家に当てはめれば、家を修めることが朝廷への献策となる。家と国はもとより通じているのである。家人を「厳君」とも称するから、君と父とは本来一致する。そこで関雎の詩を読めば、王化が閨房から始まることが分かる。彖伝のいう「女は内に正位にある」とはこのことである。これに反すれば、漢の趙燕、唐の武曌のように、宮中を乱し、国の紀綱を傷つけ、自らは死に国は危うくなり、災いを宗廟にまで及ぼす。古来、女による災いはおおむねこのようである。聖人は憂患して易を作ったので、咸・恒に次いで家人を著した。家人は家を整える道を明らかにし、家を正して天下を正すものである。君子が家を治め国を治めるに当たって、結局は言行の二端を出ない。一家で信じられる言葉は天下でも信じられ、一家で見ることのできる行いは天下でも見ることができる。朝廷が条文や教えを公布し、政令を施すのも同じである。全卦六爻のうち、下三爻は家を整える事、すなわち家を教える始めであり、上三爻は家が整った後の事、すなわち家を教える終わりである。始めには防ぎを立て、終わりには成就を求める。その道を極めて言えば「身に反る」である。大学に「天子より庶人に至るまで、一に皆身を修むるを本とする」とある。家国の本は、結局この一身にあると知るべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を総合して見ると、説卦に「万物は巽に斉い、相見するは離においてす」とある。「斉う」とはすなわち家を斉えることであり、「相見る」とは推し広めて天下国家に現れることである。家人の卦体は離が下、巽が上で、この意味を取る。修身・斉家の道は明徳に頼るので、象は離の明を取る。江漢の教化は宮中から始まるので、象は風の順を取る。これが「風火家人」と名づける理由である。卦爻では、巽の長女が上にあり、四爻が巽の主として五爻に従う。離の中女が下にあり、二爻が離の主として三爻に従う。陰が陰位に居て、それぞれ位を得る。長・上・中・下はおのおの序に従い、三に従い五に従って、それぞれ配偶を得る。外は陽、内は陰で、それぞれ職分を司る。君子は風火を言行の手本とし、言行を修めて家国に垂範する。一家の中で夫が制し婦が従い、内は明らかで外は順い、恩恵が行われ、愛憎が公正であってこそ、家を斉え、天下を定めることができる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象に曰く、風は火より出ず、家人。君子以て言に物あり、行に恒あり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 巽は風、離は火である。巽の位は巳、離の位は午に当たり、巳午はいずれも火なので、「風は火より出る」という象がある。康成別伝によれば、大風が起こるのを見て県に赴き、「某日に火災があるであろうから、広く禁備を設けるべきだ」と言った。その時になると、果たして火災が起こった。左伝のいう「融風は火の始めなり」とは、まさに「風は火より出る」ことのしるしである。また風が起こると、たちまち広く行き渡り、火が起こると、燃え移って尽きることがない。これは教化が内から外へ及ぶこと、その働きが非常に速いことのたとえである。ゆえに「風は火より出る、家人」という。洪範の五行を考えると、火は言葉に配される。小畜などの卦では、風は常に「行く」と説かれる。だから君子は風火に象を取り、言行の手本とする。「物」とは事、「恒」とは常である。火は物に付いて光を生じるので、言に物があれば手本となる。風は恒を得て変わらないので、行に恒があれば教化が成る。言行は君子の枢機であり、風火は天地の息である。近くに発したものが遠くに現れる点で、その道は同じである。閨門の内で、恩が義を覆い、情が礼を奪うとき、家人を畏れさせ伏させる頼みは、ただこの言行にある。教化は言行から出て、言行もまた誠心から出なければならない。誠なら人を化するに足り、誠でなければ自ら災いの階を築く。だから君子は家を治めるに当たり、言行について特に慎み深くする。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○時運を問う：風は火を得てますます狂い、火は風を得ていよいよ盛んに燃える。まさに時運が全盛の時である。ただし邪に入れば邪となり、善に入れば善となる。言行の間、最も努め励むべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○商売を問う：爾雅に「風と火とは屯を為す」とある。「屯」は集まることで、商品を蓄える象がある。爻辞の「物あり」「恒あり」は、物は商品、恒は長く保つことをいう。商品を急いで売るべきではなく、時を待てば高値を得られるという意味である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○功名を問う：風は遠く行き、火は上に燃え上がるので、高く昇り遠くまで届く象がある。言行は世に出て民を益する道具であり、功名は必ず期待できる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○家宅を問う：火災に注意すべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○婚姻を問う：家人の卦は夫婦を象に取る。離の火も巽の風も女であり、長女を姉、中女を妹妾とする象、あるいは二つの姓が縁組みする親族の象である。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○病気を問う：風火が上昇する状態で、痰が多く息が喘ぐ症状である。一時には治らない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。","初九：家に閑を設ければ、悔いは亡ぶ。","初九：家に閑を設ければ、悔いは亡ぶ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝に曰く、家に閑を設けるのは、志がまだ変わっていないからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「閑」という字は門と木から成る。門の内に木を加えるのは外からのものを防ぐためであるから、防ぐという意味になる。易の文言伝に「邪を閑ぎて誠を存す」とあるのは、邪念を防ぐことである。論語に「大徳は閑を踰えず」とある。閑は垣根、境界であり、その出入りを止めることをいう。いずれも禁止し防備する意味を取る。初爻は下卦の首にあり、家人の始めである。「家あり」とは、孟子の「女は家あり」という言葉のように、特に女子を指す。「閑」とは、閨に規範を設け、女に戒めを与えるようなもので、教え諭すためである。女としての始めに、まず閑を立て、何を慎み守るべきかを知らせ、決して道を失い越え出ないようにする。蒙ではまず正を養うのと同じである。もし家が乱れてから厳しくし、志が変わってから治めようとすれば、悔いが生じる。象伝が「志未だ変ぜず」と言うのは、心志がもともと明らかで、まだ邪欲に向かっていないということ。初めに閑を設ければ、悔いはおのずから消える。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○時運を問う：目下、幸運が初めて訪れている。今こそ自らを慎み束縛すべき時であり、そうすれば災いも悔いもない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○戦征を問う：軍を動かす始めには、まさに歩調を整え、号令を厳しくすべきである。そうすれば勝利を得て敗北を免れる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○商売を問う：初めての輸送・販売であるから、商規を厳守すべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○功名を問う：初めて名を求める時である。公の命令に従い、みだりに出世を願い出てはならない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。 この家は塀や囲いが堅固で、門内は厳粛かつ和やかである。家を治める者は秩序と規則を重んじ、規律も明確である。四年後には富裕に至ることができよう。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。病はまだ初期である。自ら慎み、十分に養生すれば、必ず災いはない。初めに治療しなければ、きっと変症を生じ、治しにくくなる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。初めから縁組みは良く、家風が清らかで、奥向きも常に慎ましいことが分かる。成就する。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う。初めに訴えをやめれば吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 懐妊を問う。初産で、女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】二十三年十二月、友人某が来て、商法が成立するかを占ってほしいと請うた。筮して家人が漸に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く、風は物に触れて音を立て、火は物に付いて燃える。風も火も形のないもので、必ず物に依って形を成すのである。これは、商業が必ず資本を借りて事を成すのと同じである。今、商業を占い、初爻を得た。初爻は商業を計画し始める時を示す。わが国は鎖港以前、外国商人の往来がなく、商人は皆旧習を守って遠方へ行けなかったので、悔いがあった。近ごろようやく諸国と交易を始めたが、まず商規を定め、海外取引の利益をよく知るべきである。これは、女子が初めて嫁ぐ際に、まず奥向きの作法を学び、妻としての礼教をわきまえるようなものである。妻の道は家を正すことにあり、商業の利は国を豊かにすることにある。その道理は一つである。初めにこれを習わず、茫然として事に当たるなら、どうして利益を得られようか。爻辞の「家に閑あり、悔い亡ぶ」とは、家に規律を設けて出入りを慎むこと、商業に規律を設けて収支を慎むことをいう。その規律を守ることができれば、自然に吉があり悔いはない。象伝の「志いまだ変ぜず」とは、通商を始めたばかりで旧弊がなお変わっていないことをいう。商法は必ず成立し、大いに用いられるであろう。","六二。成し遂げることはなく、家の内で食事を整える。正しさを守れば吉。","六二。成し遂げることはなく、家の内で食事を整える。正しさを守れば吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝に曰く、六二の吉は、柔順にして謙っているからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「成し遂げることはない」とは、婦人の道は功を専らにせず、事を独断しないという意味である。二爻から四爻までは互いに坎を成し、坎は酒食を表すので、「家の内で食事を整える」という。朝夕、炊事を務めるのが婦人の職分だからである。二爻は妻・婦人の位にあり、中正の徳を備え、九五の離の明君に応じている。柔順にして正を得、九五の中正なる夫に仕える者である。婦人の道は、祭祀に奉仕し、飲食を供えることにあり、外事に干渉してはならない。「采苹」「采蘩」の二篇はいずれも、祭祀を誠実に奉仕することを美としている。婦人の職がもっぱら家内の炊事にあることが分かる。礼にいう「箕帚を奉じ、井臼を執る」とはこれである。彖伝の「女、内に位を正しくす」とは、まさにこの爻を指す。象伝の「順にして巽なり」は、柔順に従うことをいう。象伝で「順にして巽」と称するものは三つある。蒙の六五は師に仕える道、漸の六四は君に仕える道、そしてこの爻は夫に仕える道である。孟子のいう「順をもって正とするは、妾婦の道なり」という意味である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。今はまさに大運に当たるが、爻象は陰が重い。人に頼って事を成すのがよく、独断専行はできない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う。これは副将で、主将ではない。あるいは後営にいて、兵糧や軍費を管掌する者であり、極めて重要である。失わぬよう厳重に注意せよ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を営むことを問う。食糧の売買・運送業であろう。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。思いどおりに成し遂げるのは難しい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。この家は南向きで、家主は必ず女性である。家事は一人で専断できず、ただ竈の基だけが最も吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。幸い胃口が強く健やかなので、害はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】ある名士が来て、気運を占ってほしいと請うた。筮して家人が小畜に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く、二爻は下卦の中央にあって、離の主である。離は中が空で、権力を独占しない象であり、鼎の養いを取り、羹を調える職を表す。爻体は柔順で、爻象も陰だから、内にいるのがよく、外には向かない。今、気運を占って家人の二爻を得た。あなたの気運は平順だが、才力は柔弱で、まだ大権を独占するには至らない。公に奉仕して事に従うべきで、あるいは宮中・内省の職を授かれば、まさに最も力を発揮できる。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】明治三十年、逓信省の気運を占い、筮して家人が小畜に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く、風火家人は、風から速さを、火から迅速さを取り、往来の速やかなことをいう。汽船や鉄道もまた風火の力を取るので、卦象の示すところは逓信局の事業と大旨相合する。家人二爻の爻辞は「成し遂げることはなく、家の内で食事を整える。正しさを守れば吉」。 「成し遂げることはない」とは、逓信が人に代わって信書や物品を送るだけであることをいう。「家の内で食事を整える」とは、郵便の報告や鉄道輸送では食糧を重んじることをいう。その事業は諸国に行き渡り、海外にも達する。内を正し外を正すことも同様であるから、「正しさを守れば吉」という。","九三。家人を厳しく戒めれば、悔いはあるが危うきを経て吉。妻子が笑い戯れて節度を失えば、終わりには恥を招く。","九三。家人を厳しく戒めれば［17］、悔いはあるが危うきを経て吉。妻子が笑い戯れて節度を失えば［18］、終わりには恥を招く。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝に曰く、家人を厳しく戒めるのは、まだ道を失っていないからである。妻子が笑い戯れるのは、家の節度を失ったからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「嗃」は『広韻』に「厳しく激しいさま」、『玉篇』に「厳しく大きな声」とある。口と高から成り、声を大きくして人に畏れ慎ませる意である。「嘻嘻」は『玉篇』に「和らぎ楽しむ声」とある。口と喜から成り、声を和らげて人を喜ばせる意である。九三は陽をもって陰位に居り、下卦の極にあって一家の主である。剛厳が過ぎれば恩愛を損ない、危うさを免れない。これが厳しすぎることの過ちである。反対に嘻嘻とすれば和楽に節度がなく、和が過ぎれば義を害し、ついには恥を招く。家を治める道は、厳しさが中を少し越えても、要は家庭が厳粛で和睦し、皆が敬畏を知ることである。そうすれば自然に非礼へ流れないので、「危ういが吉」という。和やかであれば上下が喜び合うように見えても、淫逸な楽しみに流れ、その弊害は言い尽くせない。ゆえに「終わりには恥」という。象伝は失うことと失わないことを対比し、和に流れて恥に終わるより、厳しくして吉を得る方がよいと述べている。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。運勢は平凡である。結局は自ら努力することが肝要で、厳しく慎み、刻苦して労をいとわなければ、必ず吉を得る。一途に楽しみを求めれば、何事も成らない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う。号令は厳明で、全軍が畏れて服する。殺戮が過度になる恐れは免れないが、問うた事は成功を得る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を営むことを問う。外は店、内は住まいであろう。内外とも整然とし、家政は厳しく、店則は慎重であれば吉を得る。そうでなければ、和に流れて弊害が生じ、評判を問われることになろう。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。爻象はもっぱら家をよくすることにあり、功名はまだ先である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。この家は家規が厳正である。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。九三の応は上九にあり、上九は「孚あり」という。二つの姓が結ばれることを知る。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。九三は離に属して火を表す。冷薬を用いるのがよく、危険ではあるが治る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う。厳しく急いで捜索すれば見つかる。緩慢にしていれば失う。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】ある名士が来て、気運を占ってほしいと請うた。筮して家人が益に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く、九三は陽をもって陰位に居るので、剛厳の爻である。下体の極にあって一家の長だから、剛厳をもって家政を監督する。剛厳には悔いがないとはいえないが、和に流れるより得るところが多い。あなたが気運を占ってこの爻を得たので、気質は剛強で、一生の処世も卦象にかなうと知れる。政務をつかさどり、すべてを厳しく治めるため、一時は属員に怨み苦しみを抱かせることもあろう。しかし政務はことごとく整い、疎漏や混乱の弊はない。十分に吉といえる。","六四。家を富ます。大いに吉。","六四。家を富ます。大いに吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝に曰く、「家を富ます、大いに吉」とは、正しい位にあって柔順だからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 離と巽の二卦は二人の娘で、いずれも坤から生じる。坤は富・財を表し、また戸でもあるので、「家を富ます」象がある。六四は陰をもって陰位に居り、上卦の首にあって初爻に応じる。初爻は「家に閑あり」といい、家を守る法があり、勤勉に努め、日々積み重ねれば、ついには四方から見ても富家となる。ゆえに「家を富ます、大いに吉」という。象伝の「正しい位にあって柔順」とは、二爻と四爻がともに各卦の主であることによる。二爻の「家の内で食事を整える」は、炊事をつかさどる離の位である。四爻の「正しい位にあって柔順」は、巽の位をいう。婦人は夫に従うことで富を得、自然にその職位を失わないのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。今はまさに盛運である。すでに富める者は家を保ち、まだ富まない者は財を発する。大吉の象である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う。国は富み兵は強く、兵糧軍費も十分である。進退ともに自在で、吉にして不利なし。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を営むことを問う。「市利三倍」で、たちまち富裕に至る。吉であることは明らかだ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。官位と財とは多く相反する。財を破ってこそ名を成せる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。必ず名門の大邸宅である。大吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う。財は神をも通じさせる。成らぬ事はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。必ず体が肥え、膏粱の食を取り過ぎたことによる。薬を用いればすぐ治る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】近ごろ、私は友人と一事業を創始しようと相談し、その成敗吉凶を占った。筮して家人が同人に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く、私と友人が事を謀るので、内卦の離は私、外卦の巽は友人に属する。離と巽は方位が同じだから、私と友人の志気が相合することが分かる。二爻と四爻は内外卦の主であり、私と友人がそれぞれ一職を主掌し、協力して事を成すことを示す。今、六四を得た。四は巽の位にあり、巽は商と利を表す。「巽、利市三倍」に象を取れば、利益が三倍となり富を致す。これは商家にとって大吉の象である。ゆえに爻辞は「家を富ます、大いに吉」という。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この占辞を得て、事業を起こすことを決意したところ、果たして吉利を得た。","九五。王、家に至る。憂うるなかれ。吉。","九五。王、家に至る。憂うるなかれ。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝に曰く、「王、家に至る」とは、互いに愛し合うことである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 九五は王の位である。王者は天下を一つの家と見るので、極限まで推し広げていう。「至る」は「格」と同じで、感応し通じることをいう。五爻は剛健中正で、至尊の位に居る。六四に比し、六二に応じる。四は正位にあって柔順、二も柔順に従うので、情性が通じ合い、絡み合って固く結ばれ、互いに愛し喜ぶ。これが「王、家に至る」由来である。一家の中で父子・兄弟・夫婦が心を一つにする。王者の家は大きく人も多いが、これを天下に推し及ぼせば、各々がその長を長とし、その幼を幼とする。これが「王、家に至る」であり、「至る」ことの極みである。「憂うるなかれ、吉」とは、王者の感化の神妙さにより、憂いを用いる必要なく、自然にすべて吉となることをいう。初爻の「家に閑あり」は法度で家を整えることで、家道の始まりである。五爻の「王、家に至る」は、その家を整える善を受け継ぐことをいう。王に家があれば、家を国に、国を天下に化し、王者の家とする。これが家道の終わりである。別説では「至る」を「大いに」と解し、「仮なるかな天命」から「大いなるかな天命」の意を取る。「王、家に至る」とは、王者が大きく正位に居るので、「大有の家」という意味である。四爻の「家を富ます」よりさらに進んだ解釈であり、これも通じる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。運が来れば福が至り、人心は自然に通じ合う。どうして吉でないことを憂えようか。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う。王者の軍で、向かうところ敵なし。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を営むことを問う。この商業は必ず公務として営むものか、あるいは貢納品を扱うもので、王家の事業であろう。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。渭水で太公望が岩に寄りかかっていた故事のように、夢や占いが通じる象がある。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。この家はおそらく公卿の大邸宅である。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。人体では心が君主である。五爻は巽木に居るので、肝木が強すぎて風を生じ、心火が熱を生じているのであろう。火を鎮め風を定め、心気を開通させる薬を用いれば、憂うることはない。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。選ばれて宮中に入る象がある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】友人某が来て、気運を占ってほしいと請うた。筮して家人が賁に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く、人が事を行うには、すべて気運に頼る。運が悪ければ、事ごとに妨げが多いだけでなく、一家の父子・兄弟・夫婦の間にも信頼がない。蘇秦が科挙に落ちて帰郷したとき、嫂は機から下りず、妻は炊事をしなかったというのがそれである。気運が通じれば、下民が信服するだけでなく、夢に良臣と通じ、占いに熊が出る兆を得て、突然王朝から招かれることさえある。これらは皆、運がなすところである。今、五爻を得た。五は尊位なので「王」という。「至る」は格すること、「憂うるなかれ」は心配するなということ。あなたの大運は盛んで、才と志も強い。半年から一年のうちに、必ず使命が下り、家から召し出されて任用される。五は二に応じ、二は「家の内で食事を整える」といい、食を供え祭ることを表す。あるいは祠官となって祭祀をつかさどるか、公務として兵糧や軍費を調達することになるだろう。心配せずとも自然に吉を得る。目を拭って待つがよい。","上九。信があり、威厳がある。終わりには吉。","上九。信があり、威厳がある。終わりには吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝に曰く、威厳があって吉なのは、身に返って自らを省みることをいう。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 上九は巽の位の極みにあり、巽は陽二陰一で、上に乾の気を受ける。乾は信を表すので「孚あり」という。乾はまた威を表すので「威如」という。しかも巽の風はよく入り込むため、威と信が人に及ぶ意もある。離は火で畏るべきものであり、威厳の象である。上下二体を合わせてこの爻となることは、卦象からその意味を求められることを示している。上爻は三爻と応じる。三爻の「嘻嘻」は和して節を失うこと、上爻の「孚あり」は和順で人の心を動かすことである。三爻の「嗃嗃」は厳しさが苛烈に近く、上爻の「威如」は正しく厳かで、人から仰がれるようなあり方である。上爻は卦の終わりであり、家を教え治める道もまた極みに至って成就するので、「終わりに吉」という。家を正すとは、家から始めるものではない。家の本は身にある。まず自分の身を正せば、家が整わないことはない。君子は語らずして信を得、怒らずして威を示すが、それも誠の道によって人の心に通じるからである。象伝の「身に反る」とは、『大学』のいう「その家を斉う」ことが、身を修めることに基づくという趣旨である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う：人に信頼され、敬われる。事はすべて成り、行くところすべてに利がある。近くにも遠くにも進め、万事吉。十年間は幸運が続き、その後に終わる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う：軍を動かす道は、信があれば人に欺かれず、威があれば侮られない。賞罰に私心なく、命令は必ず行われる。王者の軍であり、ゆえに吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う：信があれば万金を託され、威があれば百般の仕事が整う。商いの正しい道である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 立身出世を問う：上爻は極位にあるので、必ず高い地位に就き、信義が早くから認められ、威望も常に高い大人物を表す。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う：この家は地位が高く、一郷の望みとなる家である。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う：両家がともに承知して従う。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】明治二十年、ある高貴な顕官の運勢を占い、家人から既済へ変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断じて曰く：この爻は上位にあり、貴顕の象に適している。爻辞に「孚」といい、「威」という。威と信が上下に広く通じ、威望が早くから朝廷に確立していたことが分かる。語らずして信を得、怒らずして威を示すとは、君子の道を得た者である。これほど吉なることがあろうか。彖伝に「家を正せば天下が定まる」とあるが、貴顕の人にはこれが当てはまる。象に「身に反るという」とある。国の本は家にあり、家の本は身にある。貴顕の人は必ず身を修め、家を斉えることができる。この運勢の吉は、言うまでもなく明らかである。",null,"周易、易経、高島易断、第37卦、風火家人、六十四卦、卦辞、爻辞、占断",1787044936412]