[{"data":1,"prerenderedAt":28},["ShallowReactive",2],{"metaeast_zhouyigaodaoyd_ja-gaodaoyiduan-47":3},{"slug":4,"archived":5,"date_created":6,"date_updated":7,"title":8,"seotitle":9,"seodescription":10,"htmlcode":11,"number":12,"content":13,"title1":14,"content1":15,"title2":16,"content2":17,"title3":18,"content3":19,"title4":20,"content4":21,"title5":22,"content5":23,"title6":24,"content6":25,"title7":26,"content7":26,"seo_keywords":27,"og_title":8,"og_description":10},"gaodaoyiduan-47",false,"2026-08-11T01:18:27.427Z","2026-07-04T14:35:16.000Z","沢水困、困は亨る。貞なれば、大人は吉。咎なし。言ありても信ぜられず。","高島易断 第47卦 沢水困――卦辞原文と解卦――東方玄学庫","高島易断第47卦沢水困の解卦。卦辞は「困は亨る。貞し。大人は吉にして咎なし。言ありて信ぜられず」といい、判断と実占例を詳しく付す。","&#19950;",47,"困は亨る。貞なれば、大人は吉。咎なし。言ありても信ぜられず。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 47　沢水困 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦体はもと乾・坤・否から成る。坤の上の陰爻が乾へ移って兌となり、乾の中央の陽爻が坤へ来て坎となる。したがって上は兌、下は坎である。位を反対にすると節となる。節の象伝は「沢の中に水あり」といい、沢が水を節して漏れやあふれを防ぎ、潤いを保って枯れないことを表す。これを反対にしたのが困である。沢が水の上にあれば、水を節するものがなく、流れ落ちるままに流れ、沢は涸れる。上卦の互卦は巽で、巽は木を表す。沢が涸れれば木は枯れる。下卦の互卦は離で、離は太陽を表し、「日に照らされて」水はいよいよ涸れる。序卦伝は「昇ってやまなければ必ず困る。ゆえにこれを受けるに困をもってする」と説く。昇れば必ず降りがある。昇って降りなければ、上はますます高くなり、下はますます尽きる。尽きれば困るので、この卦を困と名づけたのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 困は亨る。貞なれば、大人は吉。咎なし。言ありても信ぜられず。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ▲ 困の甲骨文字 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ▲ 困の篆書 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「困」という字は、木が囲いの中にある形である。木は陽の生気であるが、坎の地を通れば枯れ、兌の金に出会えば傷つけられる。これが木の困窮である。兌から坎へ進み、さらに震へ転じなければならない。震は春であり、生の気であるから、そこで初めて木の道は亨る。古来、賢人たちは難に遭いながら堅く正しさを守り、幾多の苦難を経てようやく通達したが、おおむねこの道理による。ゆえに「大人は吉、咎なし」という。「言ありても信ぜられず」とは、この困窮の時にあって、身が用いられていないなら、言葉がどうして重んじられようか、ということだ。言葉を慎み、黙って耐え、道を守るのがよい。なお多言を重ねれば、かえってとがめを招く。誰が聞き、信じようか。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 彖伝はいう。困とは剛が覆い隠されることである。険難の中に悦びがあり、困窮しても亨る道を失わないのは、君子でなければ誰であろうか。貞を守れば大人は吉。剛が中央にあるからである。言葉が信じられないのは、口先に頼ればついには窮するからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 困とは、敵が幾重もの包囲に閉じ込められ、獣が落とし穴に捕らえられて、苦しみながら脱出できない状態である。これが彖伝のいう「掩」である。坎は剛、兌は柔。九二は二つの陰爻に覆われ、九四・九五は上六に覆われ、内卦坎の陽は外卦兌の陰に覆われている。これを「剛が掩われる」といい、そこから困が生じる。坎は険、兌は悦である。身は困窮していても、亨る道は残る。二爻と五爻は剛にして中を得、大人の象である。困の中にあっても亨る道を保ち、正しい道を得られるのは、君子だけである。徳については君子といい、位については大人という。中央の剛によって亨る道を失わないから吉なのである。文王が幽閉されながら琴を奏で、周公が東におり赤い履をはき、孔子が厄難に遭って歌を興じたのも、険中に悦びがあり、困中に亨るということだ。天を楽しみ命を知る者の志は、険阻艱難によって奪われることがない。兌は口なので「言あり」といい、坎は信を表すが、その剛が兌の柔に覆われるので「信ぜられず」という。人が困窮すると、書を差し出して登用を求めたり、説を立てて才能を誇ったりする。君子から見れば、口先だけを尊ぶ姿にひそかに嘆くほかない。道が世に行われない以上、言葉は人に信じられず、いたずらに多く煩わしい言葉を重ねれば、いっそう困窮する。大人がこれに対処するには、剛を執り中を踏み、困窮を救うことにある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を人事に当てはめると、「困」と「囚」は字形がよく似ている。木が囲いの中にあれば困、人が囲いの中にあれば囚である。だから困には囚禁の意味もあり、人が窮乏し、苦境に遭う時を表す。困と亨は反対で、困れば必ず亨らず、亨れば困らない。ただ君子がこれに処すれば、身は困っても心は亨り、境遇は困っても道は亨る。「その亨るところを失わない」ためには、この貞を守ることが肝要である。貞を守れば小人の濫りに流されず、大人の吉を得る。この困難こそ、天が大人を玉成するところなのである。卦では剛が柔に覆われている。剛陽が升から困へ上り、柔に抑えられて屈して伸びないため困となる。卦体は下が険、上が悦である。坎の険にいても兌の悦びを失わず、捨てられても怨まず、窮しても憂えず、ただ自分の道が亨るか亨らないかを争い、境遇が困っているかどうかは問わない。卦象は沢に水がない姿である。沢は水を得て潤うが、水がなければ涸れる。しかし沢は涸れたからといって水を怨まない。人も困窮したからといって命を怨んではならない。「天命を受け入れ、志を遂げる」ことこそ、君子を君子たらしめる。命を安んじない小人は、ひとたび困難に遭うと、必ず心に不満を抱き、軽率に騒ぎ立つ。初めは甘言で世に媚び、哀れみを乞う。求めても応じられなければ、刺激されて怨み言を吐く。困窮のために言葉を発した結果、言葉のためにますます困窮することを知らない。これが「言ありても信ぜられず、口先に頼ればついには窮する」ということだ。六爻の辞をよく見ると、「往く」を凶とし、「来る」を吉とするものが多い。「往く」とは、前へ進んで争おうとすることで、命を知らない。「来る」とは、相手が来るのを待って安らかにすることで、命を待つことができる。易の大旨は、陽を助け陰を抑えることにほかならない。それによって小人を戒め、君子を進めるのである。小人が困に処すれば、困はついに困を重ねる。君子が困に処すれば、困そのものが亨となる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を国家に当てはめれば、人における困と亨は、国における治と乱に当たる。人に困なくして亨だけがあることはできず、国にも乱なくして治だけがあることはできない。困はいつまでも困ではない。正しさを守って持続すれば、困は亨となる。乱もいつまでも乱ではない。道をもって治めれば、乱は治まる。乱の原因は、小人に親しみ、君子を遠ざけることにある。小人は柔、君子は剛であり、これは柔が剛を覆う姿である。坎は険、兌は悦。険とは困難と離乱である。国家がこれに遭えば、政治は乱れ、民は流亡し、上下ともに困窮する。人々を悦ばせ、衆をまとめることは、なんと難しいことか。もし険の中にあって悦を保ち、兌をもって坎を助ければ、険はいつまでも険ではない。太王が狄を避けて岐へ移り、ついに周を興したこと、越王勾践が臥薪嘗胆して、ついには呉を滅ぼしたことは、いずれも困に処して亨る道を失わず、乱れてもついに治まった例である。治乱の根本は剛中にある。「剛中」とは二爻と五爻を指し、いずれも中を得ている。五は君、二は臣である。君臣が志を合わせ、ともに時代の困難を救うなら、文王に呂望があり、越王に范蠡があったように、乱は治まる。これが二爻と五爻の功である。だから「幽谷」も彼らを隠すことができず、「蒺藜」も彼らを刺すことができず、「葛藟」も彼らを絡め取ることができない。天下の事に成し遂げられないものはない。ただ剛の立場に居て中道を踏み、天に応じ、人に従うことが大切である。もし空言だけで世を惑わせれば、口先から戦乱を起こし、かえって乱を増すだけである。それで何の益があろうか。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦全体を観ると、『蹇』『需』『困』の三卦はいずれも険難にある。『蹇』は「険しくとも止まることができる」ので、難を避けるに足りる。『需』は険に臨んでも陥らず、道義が窮するまでには至らない。『困』は上下の三つの剛爻が柔爻に覆われ、身を置く所がない、これが『困』である。彖伝の趣旨は、険中に悦びがあり、困窮しても通じるということにある。爻象の意味では、往けば凶、来れば吉である。往くとは下から上へ進むこと、来るとは上から下へ下ること。来るものは行き違って結合できず、往くものは内外ともに塞がれている。初爻の「切り株」は内を妨げ、三爻の「いばら」は中央を拒み、上爻の「つる草」は上を覆う。九二は険中にあり、九五は同じ徳を備え、困窮を救う主であるが、四爻に隔てられている。四爻は初爻と応じるが、二爻とは隔てられている。四爻が初爻のもとへ来て、初めて五爻は二爻と結ぶことができる。三爻の「いばら」が除かれなければ四爻は進めず、上爻の「つる草」が除かれなければ五爻も通じない。したがって『困』の害は三爻と上爻にあり、それらが去れば初爻を憂える必要はなくなる。要するに、『困』を生じさせるのは柔であり、それに困らされるのは剛である。これが彖伝のいう「剛、覆わる」である。しかし、剛が困れば柔もまた困る。剛の困は「酒食」「金車」「朱紱」となり、下に悦びがあるので、困っても通じる象である。柔の困は木石、「いばら」「鼻を削ぎ足を切ること」「つる草」となり、上に険があるので、人を困らせる象である。険であっても悦びを得るなら、険は陥穽とはならない。坎の誠実さに則れば険を渡ることができ、兌の悦びを得れば困も通じる。「酒食」「朱紱」「金車」は、木石、「いばら」「鼻削ぎ足切り」「つる草」から生じる。幾多の磨折は、まさに試練を経て人を成就させるためのものである。困窮が深いほど、成就は大きい。孟子の「天が大任を降す」の一章は、『困』卦の注釈とすることができる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 大象伝にいう。沢に水がないのが『困』である。君子はこれを見て、命をなげうって志を成し遂げる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『井』の大象伝が「木の上に水がある」とするのは、汲み取って養うことができる姿を取ったのである。『師』の大象伝が「地の中に水がある」とするのは、これを容れて蓄えることができる姿を取ったのである。『困』の大象伝が「沢に水がない」とするのは、水がなければ汲み取って養うことも、容れて蓄えることもできず、沢が困窮するからである。坎は水であり、また志でもある。君子はこれを観て、沢が水を得られないのは、士が志を得られないのと同じだとする。孔子は、得るも得ないも命である、と言った。命が困窮を定めたなら、身は苦しめられても、志を奪われてはならない。たとえば危うい城を孤守し、強敵に四方から攻められ、城内の兵は疲れ、外からの援軍も絶え、矢も力も尽き、最後の戦いで身を失っても、平和と責務に尽くす忠節を全うするなら、危機に際して命を捧げる道義を失わない。これが「君子は命を致して志を遂ぐ」ということである。命は天にあり、志は我にある。困窮が極まってどうにもならない時、命については天に任せ、志については自分の力を尽くす。身のためでなく道のために計り、一日のことではなく百年のことを考える。「困窮しても、その通じる道を失わない」ことは、君子だけがなし得る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。困窮がここまで至った以上、静かに天命を受け入れるべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う。孤立した城が危急に陥った時であり、ただ全力を尽くして存続を図るほかなく、生死は問題にすべきでない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。名が成れば身を保ち難く、身が存すれば名が損なわれる恐れがある。よく身を処するほかない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う。資財はすでに尽き、時勢も危うい。爻は往けば凶、来れば吉という。帰って来るに越したことはなく、それで困窮を免れられよう。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。彖は「剛覆わる」という。男は必ず早世し、女は必ず寡婦となる。位を易えれば『節』となり、女は節を守って名を成すことができる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。屋敷内に枯れ井戸があり、命を損なわぬよう警戒せよ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う。訴えを正すことができないだけでなく、訴訟のために命を失うことさえ警戒せよ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 旅人を問う。外で耐え難い苦しみに遭い、しかも生命の危険がある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。腎水が衰弱し、症状はすでに危険である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う。深い淵の底に落ちており、取り戻すことはできない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。","初六。臀、切り株に困しみ、幽谷に入りて、三年見えず。","初六。臀、切り株に困しみ、幽谷に入りて、三年見えず。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。幽谷に入るとは、暗くて明らかでないことである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 坎は臀を表す。初爻は内卦の最下にあり、臀は人体の下部なので、坎の下の象を取る。象伝が「沢に水がない」というのは漏れる沢であり、臀もまた下へ漏れる象である。坎は木についていえば、硬くて心の多いものを表す。「切り株」は土の上に根を張るもので、最も低い所にある。人では臀が下、木では株が下なので、「臀、切り株に困しむ」となる。世間では、失業して何もせずに居続けることを「株を守る」といい、その証とできる。兌は谷と幽を表し、坎は入ること、穴、陥ることを表す。陰爻も穴を表す。「幽谷に入る」とは坎の底に陥ることである。兌は見ること、坎は三年を表す。坎は兌の下に伏し、初爻から四爻まで三爻を経て、兌が初めて現れる。ゆえに「幽谷に入り、三年見えず」という。これらはいずれも坎の隠伏から取った象である。象伝はこれを「幽く明らかならず」と説明する。「幽」とは暗いことである。人が困厄に遭った時は、機を見極め、勢いを測り、身を置く所を選んで進み、災いを免れるよう努めるべきである。「切り株に困しみ、幽谷に入る」とは、困窮の上にさらに困窮を重ねることであり、またその不明に起因するのである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。厄運が始まったばかりで、次第に苦境へ入る。三年後には順調になる望みがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う。軍が険地に陥る。司馬氏の軍が葫蘆谷に入ったようなものである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う。材木を運搬して売る商いである。木は深い谷にあり、運び出せず困っている。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。卑しい低い象であり、名は必ず顕れない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。深山にあり、人の訪れが少ない。隠遁の人にはよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。「切り株」「幽谷」は棺と墓丘の象があり、凶である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。男家は卑しく、相手が悪かったと嘆くことになりそうである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 旅人を問う。三年後には帰ることができよう。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】明治十九年七月、横浜の友人某が来て、こう言った。今年は大阪の兵庫などでコレラが流行したが、幸い東京と横浜は無事であった。ところが思いがけず、今月横浜の花町で突然この病にかかった者が一人出た。それ以来、私は近くに住んでいるので、私にも感染している。深く心配しているので、一筮して吉凶をお定め願いたい。筮して『困』が『兌』に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断にいう。坎は病と災を表すので、病のあることは明らかである。卦名は『困』、困とは難である。卦象は「沢に水がない」。沢は水の上にあり、水は必ず下へ漏れる。臀は孔であるから、これは必ず下痢の症状である。兌は秋、坎は冬を表す。病は秋に起こり、冬まで及ぶので、これは流行病である。今、初爻を占った。爻辞は「臀、切り株に困しむ」で、棺木に近い象があり、「幽谷に入る」は埋葬の穴に近い象で、爻象はかなり凶である。幸い初爻なので、病は発したばかりである。彖伝は「困、亨る」といい、困の中にも自ずから通じる道があることを明示している。「幽谷に入る」とは、疫病を避ける場所を示したものではあるまいか。「幽谷」とは必ず深山の奥の、人里離れた所である。「三年見えず」とは、初爻から四爻まで三爻を経て、四爻で兌に入ることをいう。兌は悦びであり、また見ることでもある。兌に至れば災いを脱し、心は喜び、外へ出て人と会うことができる。三は変化の数の一つであり、短くは三年、長くは三か月を指し、いずれも三を取る。この占辞をよく考えれば、しばらく箱根、伊香保などへ避難すれば、自然に患いを免れられるはずである。某氏はこれを聞いて大いに驚き、その日のうちに伊香保へ出発した。果たして無事で、災いを免れた。","九二。酒食に困しむ。朱紱まさに来たらんとす。祀りを享するによろし。征けば凶、咎なし。","九二。酒食に困しむ。朱紱まさに来たらんとす。祀りを享するによろし。征けば凶、咎なし。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。酒食に困しむとは、内に慶びがあることである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 三・四・五の三爻は剛であり、いずれも富貴に困しむ者である。二爻は五爻と応じ、二爻がいう服飾と祭享は五爻と同じである。五爻は「酒食」とは言わないが、祭享には必ず酒食があるので、意味は通じる。坎の五爻に「樽酒簋贰」とあるので、酒食の象がある。『困』は三陰三陽で、卦は乾と坤から来る。乾は衣を表し、また朱を表す。坤は裳を表すので、朱紱の象がある。二爻が動くと互体は『萃』となり、『萃』の二爻に「禴を用うるによろし」とあるので、祭祀を享ける象がある。按ずるに、紱とは祭服に用いる膝隠しである。別字では韨と書く。『玉藻』には「一命は組韨幽衡、再命は赤韨幽衡、三命は朱紱葱衡」とある。二爻は大夫の位なので、祭服には朱紱を用いる。二爻は乾の気を受け、大夫の命をまさに受けようとしているから「まさに来たらんとす」という。「酒食」「朱紱」とは、膏梁の美食が生命を害し、華美な刺繍が志を溺れさせること、すなわち富貴が人を困しめることであり、「安楽に死ぬ」といわれる状態である。君子はこれを知り、酒食で自らを養わず、朱紱を着て自らを誇らず、それを祭祀に用いる。そうすれば祭器は香り、孝行な子孫には慶びがある。「征けば凶」とは、このように進めば前方に坎の険があり、三爻に阻まれるので凶となることである。幸い二爻は坎の中に居るので咎がない。ゆえに彖伝はこれを「中に慶びあり」と解する。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。爻象は富貴で、運は悪くない。ただ節度を知らず、かえって富貴に困しむのが惜しい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う。酒食のために事を誤り、敗北する恐れがある。主将は困しみ、緋服を剝がれる辱めを受ける。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う。商いによって家を興し、膏梁や文繍で栄え、通じることができる。ただし、さらに進めば凶である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。功名はすでに顕れている。ただ功名のために困しむ恐れがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。安逸を過度に貪り、酔食に節度がない。祈祷すべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。富貴の家であるが、家の六神が安らかでない。謹んで祭告すべきである。咎はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。結納の品は整い始め、嫁入りの贈り物もまさに届く。一言で成る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】板垣伯が気運を占ってこの爻を得た。断詞は『地雷復』の上爻に付載してあるので、参照されたい。","六三。石に困しみ、蒺藜に拠る。その宮に入り、妻を見ず。凶。","六三。石に困しみ、蒺藜に拠る。その宮に入り、妻を見ず。凶。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。蒺藜に拠るとは、剛に乗ることである。その宮に入り妻を見ないとは、不吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 初・三・上の三爻は柔であり、いずれも患難に困しむ者である。柔爻の象は草木から取る。三爻と上爻は応じ、三爻は「蒺藜」、上爻は「葛藟」といい、その象は近い。三爻は坎の極みにあり、互体は艮である。艮は小石を表す。象伝は「沢に水がない」という。水のない土地では泥土が砂礫となるので、石の象があり、「石に困しむ」という。坎は蒺藜を表す。蒺藜は刺のある草である。軍中には鉄蒺藜があり、蒺藜に似た形を鉄で作り、地面に敷いて敵を前進できなくする。三爻は下に陥り、二爻の剛に乗っている。進もうとしても進めず、退こうとしても退けず、「蒺藜に拠る」に似ている。坎は宮と入ることを表し、兌は少女で、妻の象があり、また見ることを表す。三爻が動くと互体は『大過』となる。その二爻は「女妻」、五爻は「老婦」、三爻は「棟撓む」というので、宮は崩れる。宮中がすでにひっそりして誰もいないなら、「女妻」がどこにあり、「老婦」がどこにあろうか。ゆえに「その宮に入り、妻を見ず」という。繫辞伝は「困しむべきでない所で困しめば、名は必ず辱められ、拠るべきでない所に拠れば、身は必ず危うい」という。辱めと危険が重なるので凶である。象伝は「蒺藜に拠る」を「剛に乗る」と解し、三爻が二爻の剛に乗ることをいう。また宮に入ることを「不祥」と解し、妻を見ないことが凶だからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。運命は気まずく、進退ともに難しい。凶。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦争を問う。上には矢石を布き、下には落とし穴を設ける。進めば身に大危険があり、退けばすでに身が陥穽に落ちている。大凶の象である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。身が保てないのに、どうして名を問題にできようか。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う。占例では妻は財爻、宮は命宮である。命を失い、財も失うので、大凶である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。繫辞伝に「死期まさに至らんとす」とある。病は救うことができないと知るべきである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。死別の悲しみに遭う恐れがある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う。見つからない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う。必ず散じる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】明治十九年七月、私はコレラの流行を避けるため、函嶺木賀温泉に滞在していた。東京の物商藤田某もまた避疫のために来て、同じ宿に泊まっていた。東京から来た書簡を私に示して言った。私の親戚の婦人某氏が突然流行病にかかったが、生死がどうなるか分からない。恐れながら一占をお願いしたい。筮して『困』が『大過』に変じた。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断にいう。繫辞伝は『困』の三爻について、「困しむべきでない所で困しみ、拠るべきでない所に拠る」「死期まさに至らんとす。妻、はた見ることを得んや」と述べている。すでに凶を明示しており、改めて断ずるまでもなく知ることができる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 翌日、電報が届き、この婦人はすでに死んだと知らされた。時刻を計算してみると、昨日蓍を数えていた時刻が、ちょうど棺に納められていた時に当たっていた。三変して『大過』となり、『易』では『大過』を棺椁とするので、その機妙はいっそう霊妙である。","九四。来ること徐徐たり。金車に困しむ。吝なれど、終わりあり。","九四。来ること徐徐たり。金車に困しむ。吝なれど、終わりあり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。来ること徐徐たりとは、志が下にあることである。位に当たっていなくても、共にする者がある。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「兌」は金を表し、「坎」は車を表す。九四は震の爻であり、辰は卯に配され、その上には房宿が当たる。石氏は「房は車駕をつかさどる」と言うので、金車の象がある。四は初と応じるため、互いに行き来する。「徐徐」とは、ゆったりと遅いさまをいう。初は最下にあり、四は外から来るが、二に隔てられているので、疑い恐れて前へ進めない。そこで「来ること徐徐」という。四は諸侯の位で、金車に乗ることができる。しかしこれは、剛に乗りながら富貴に苦しむ者でもある。坎宮に困むとは身に困むこと、富貴に困むとは心に困むことである。四は初が柔に困んでいることは知っていても、自分が剛に困んでいることは知らないようだ。この金車に乗って徐徐と往来するばかりで、困窮を救うことができず、車は疲れ馬は煩い、いたずらに自ら苦しむだけなので、「吝」という。陽爻が陰位にあるため、行いは位に適していない。しかし二・五の中を持たないとはいえ、二・五の剛を自ら備えている。剛があってこそ自立できるのであり、四はその剛を得、さらに二・五が互いに押し引きして助ける。ならば共に成し遂げる望みがあり、どうして終始「金車に困む」ことになろうか。ゆえに「終わりあり」という。そこで「象伝」は「与するものがある」と解釈する。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。運勢は悪くないが、立場がふさわしくないため疑い恐れることが多く、人から軽んじられるのは免れない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦征を問う。進軍が遅れて車輪の轍が乱れるが、幸い援軍を得て、最後の敗北には至らない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う。処理が不十分で、運送中の商品が途中で失われるが、急いで救えば全うできる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。初めは困難だが、最後には通じる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。立場が不適切で、間に入る者が隔て、結びつけない。ゆっくり待つのがよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。ゆっくりなら成就する。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。病勢は緩慢で、すでに一日二日のことではない。おそらく奔走と疲労によって損なわれたのであろう。爻に「終わりあり」とあるが、その命は永遠の終わりを迎える。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う。車中に置き忘れたようだ。探せば見つかる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う。長く引き延ばされてきたが、今になってようやく終結できる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】友人某が来て、気運を占ってほしいと頼み、困の坎への変を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断じて曰く。あなたは気運を尋ねたが、心はひたすら借財にあるので、借財について判断する。四は下で初と応じ、初爻の柔は貧、四爻の剛は富を表す。ゆえに初をあなた、四を借財に配する。四は本来初に心を寄せているが、二に妨げられてためらい、すぐには承諾できず、四にも吝がある。今の策は、二と五が応じるので、五と二の間を取り持って話をつけることである。そうすれば互いに妨げず助け合い、借財はついに許される。後に人を介して二に説かせたところ、果たして成就した。","九五。鼻を切られ、足を断たれる。赤い帯に苦しむが、やがて徐々に解放される。祭祀を行うのがよい。","九五。鼻を切られ、足を断たれる。赤い帯に苦しむが、やがて徐々に解放される。祭祀を行うのがよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。鼻を切り足を断つのは、志がまだ遂げられていないからである。やがて解放されるのは、中正でまっすぐだからである。祭祀を行うのがよいのは、福を受けるからである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「兌」は破壊・切断を表し、また刑罰を受ける人を表す。鼻を切り、足を断つのは、古代の肉刑である。五は尊位にあり、困の主であるから、刑を行う者に当たる。よく治まった朝廷では、政治は簡素で刑罰は明らか、君臣・君民は相応じる。恥を知らぬ者が運よく刑を免れるのではなく、恥を知って自ら改めるのであって、これを志を得たという。もし鼻を切り足を断つ刑罰だけに頼り、自らの明察を誇り、上は服従させた栄誉を求め、下には赤衣の苦しみと檻車を受けさせるなら、ただ困窮を現すだけである。ゆえに「赤い帯に困む」は「鼻を切り足を断つ」の下に続く。「兌」は口を表す。「やがて徐々に解放される」とは、教え導く道が段階を追って人に入ることであり、だから「徐々に」という。刑罰では志を遂げられないと知れば、刑で整えるより徳で導くほうがよい。これが教化の進み方である。仁義の流れは、肌や肉だけに及ぶ効果ではない。道は中正直にある。中は偏りがなく、直は曲がりがない。この中正直をもって民に臨み、また神に仕えるなら、赤い帯を身につけ香り高い供物を薦め、神を享受・降臨させ、天から遠大な福を受けるだろう。人に困らされる者も、必ずしも天に困らされることはない。ゆえに「祭祀によい」という。象伝はこれを「福を受ける」と解する。九五は陽爻で乾に属し、乾は福を表す。福は乾から来るのであり、まさに天から受けるということである。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。運命は強いが、剛強すぎれば必ず折れる。損傷に注意せよ。事はよく考え、ゆっくり進めれば、災いを福に変えられる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う。商品の底や内部に腐敗・損傷がないか注意し、開いて点検・整理してから、徐々に売れば咎はない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。富貴を得た後、刑罰や傷害を招く恐れがある。祈るのがよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦征を問う。敗北を主とする。軍をゆっくり退かせれば、後の勝利を図れる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。家業はよいが、家人に鼻を損ない足を引きずる患いがある。祈るのがよい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。病は頭と足にある。徐々に養生し、神医に治療を求めれば治る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。障害のある者がいる恐れがある。初めは意にかなわないが、後には整う。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う。刑罰・獄難に注意し、ゆっくり申し開きをすれば、免れて終わらせられる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 行人を問う。外で災いに遭っている。祈れば、後に満足して帰れる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う。必ず破損しているが、長く後には探し出せる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】ある名士が来て気運を占ってほしいと頼み、困の解への変を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断じて曰く。「鼻を切る」とは鼻を切断すること、「足を断つ」とは足を切断すること。「赤い帯に困む」とは、富貴でありながら苦しむこと。「やがて徐々に解放され、祭祀によい」とは、心をゆるめて道を開き、酒食を用いて和解することをいう。思うに、あなたは友人の間で厳しすぎ、相手の面目を失わせ、退く余地をなくしたのであろう。今、相手はあなたに故意に難題を吹きかけ、大勢のいる場所で、あなたが文繍の衣を着て来たのにつけ込み、大いに辱めようとしている。これが「赤い帯に困む」ということだ。あなたは心を低くし、怒りを鎮め、徐々に弁明し、あるいは酒を設けて盟約を立て、二度と昔の恨みを覚えないと誓うべきである。そうして初めて災いを福に変えられる。そうでなければ、恨みが恨みを追い、終わる時がない。あなたは困の五爻を得た。その爻象はこの通りである。私はただ占に基づいて判断しただけなので、合うか合わないかはあなた自身が知るべきである。","上六。葛のつるに絡まれ、危うく不安定な状態にある。動けば悔いがあるという。悔いを知って進めば吉。","上六。葛のつるに絡まれ、危うく不安定な状態にある。動けば悔いがあるという。悔いを知って進めば吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 象伝にいう。葛のつるに囲まれるのは、柔がまだ適所を得ていないからである。動けば悔い、悔いがあるからこそ、進む行いは吉である。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「兌」は付着した果実と切断を表す。孔穎達は「附決とは果実や瓜の類である」と言うので、葛のつるの象がある。上六は兌の極にいて、初・三とともに陰爻であるため、草木の象を取る。これは患難に困む者である。上六は坎からすでに遠く、暗い谷を出て高い木へ移れそうに見える。しかし柔に偏りすぎて中を得ず、自立できない。葛のつるが物に付着して伸び広がるように、揺れ動いて安らかでないので「危うい」という。これは不安定なさまをいう。別の字で書くこともあるが、音と意味は通じる。この困窮を脱するには動かなければならないが、動けば悔いを免れない。そこで「動けば悔い」という。ただ、動けば悔いがあると知って慎重に行えば、その悔いをもとに全うする道を求め、悔いがあるからこそ進むことができる。道は窮まり尽くして初めて通じ、苦しみを経て甘さを得る。善へ移るには、まず過ちを悔いる必要がある。そこから先は進めば必ず吉なので、「吉」という。象伝は一方で「未だ適していない」と解する。柔に困らされており、その柔が「まだ適所を得ていない」からである。他方で「進む行いは吉」と解し、動けば悔いが生じるが、その悔いもまた吉だという。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を問う。目下の苦運は終わり、本来は難を脱せる。ただ心が落ち着かず、まだ方策を改めて立てられない。一度悔い改めれば吉を得る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を問う。困窮が長く続いたが、まもなく風雲が動き、一挙に名を成す。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商売を問う。「葛のつるに困む」とは、商品を包んだまま長く売れずにいること。今や相場が動くので、利益を得られる。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 戦征を問う。爻は「征けば吉」、象は「行けば吉」という。途中に災いと悔いがあっても、必ず悔いを通じて吉を得る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 病気を問う。この病は長く長引き、精神も不安定である。静かな場所へ移って養生すれば、自然に治る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を問う。この家は古く、つる草が茂り、棟木や柱も傾いている。工事して改築するのがよく、そうすれば吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を問う。未解決の関係が絡んでいる恐れがある。動静を見守り、ひとたび動けば成就する。吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を問う。もつれがまだ終わらず、不安定なことが多い。判決して決着がついて初めて、無事となる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 行人を問う。一時、用事に絡まれて帰りにくい。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を問う。物に絡まって見えない。移動させて初めて見つかる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】友人某が来て気運を占ってほしいと頼み、困の訟への変を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断じて曰く。大象は「沢に水なし」という。水がなければ物は養われず、成長することもできない。人に財がなければ生活できないのと同じで、困窮の極みである。今、上爻を得た。上爻は困の終わりで、本来なら困を脱せる。だが困の卦体は柔弱に過ぎ、木に広がる葛のように自立できず、漂って安らかでない。もし決然として奮い立ち、動いて事を成すなら、だから「征けば吉」という。「征けば吉」とは、外へ出て行動するのがよく、座して守るのはよくないということだ。この判断に従って行動するがよい。後の運はまさに良い。",null,"周易、易経、高島易断、第47卦、沢水困、六十四卦、卦辞、爻辞、占断",1787044936475]