[{"data":1,"prerenderedAt":28},["ShallowReactive",2],{"metaeast_zhouyigaodaoyd_ja-gaodaoyiduan-59":3},{"slug":4,"archived":5,"date_created":6,"date_updated":7,"title":8,"seotitle":9,"seodescription":10,"htmlcode":11,"number":12,"content":13,"title1":14,"content1":15,"title2":16,"content2":17,"title3":18,"content3":19,"title4":20,"content4":21,"title5":22,"content5":23,"title6":24,"content6":25,"title7":26,"content7":26,"seo_keywords":27,"og_title":8,"og_description":10},"gaodaoyiduan-59",false,"2026-08-11T01:18:29.840Z","2026-07-04T14:35:18.000Z","風水渙、渙：亨る。王仮（いた）るに廟（びょう）有り、大川を涉るに利あり、貞に利あり。","高島易断 第59卦 風水渙_卦辞原文と解卦_東洋玄学ライブラリ","高島易断第59卦風水渙解卦：卦辞「渙、亨。王假（いた）るに廟あり。大川を渡るに利あり。貞に利あり」、断辞と実占事例の詳細解説を掲載。","&#19962;",59,"渙：亨る。王仮るに廟有り、大川を涉るに利あり、貞に利あり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 59　風水渙 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦体は《乾》の四爻と《坤》の二爻が位を易（か）え、《乾》が変じて《巽》となり、《坤》が変じて《坎》となり、合わさって《渙》をなします。渙とは散ることです。《坎》は水であり、水の散るは万派分流し、《巽》は風であり、風の散るは四郊に遍く行き渡ります。《巽》上《坎》下は、象を風の地上（水上）を行くに取ったものであり、これ風と水が相遭うことです。水は悠然として長く過ぎ去り、風は過ぎて留まらず、渙の象があり、これがこの卦を《渙》と名付ける資金であります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 渙［78］：亨る。王仮るに廟有り、大川を涉るに利あり、貞に利あり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 《正義》に曰く：「難を散じ険を釈（と）く、故にこれを渙と謂う」。難散ずれば理平らかになり、険釈くれば心通じ、故に亨るのです。卦体は三陰三陽にして、《乾》《坤》より来たり、《乾》は王なり、故に「王」と言います。旁（かたわ）ら《豊》に通じ、《豊》の《彖》辞に「王これに仮る」とあり、故に「仮る」と言います。上互は《艮》であり、《艮》は宗廟なり、故に「廟有り」と言います。《坎》は大川なり、《巽》は利なり、下互は《震》であり、《震》は足なり、渡るの象あり、故に「大川を涉るに利あり」と言います。廟とは鬼神の居るところです。《中庸》に「鬼神の徳たる、洋洋乎としてその上に在るが如く、その左右に在るが如し」と言えるは、渙の至盛なるものなり。「大川」とは衆流の帰するところであり、注ぐも満ちず、酌むも竭（つき）ず、渙の顕著なるものなり。仮廟において揚詡の盛を見、涉川において利済の宏（ひろ）きを得ます。然るに《渙》は散ずるを主とすれども、形象は外に発揚し、精神は中に凝聚（ぎょうしゅう）するを貴ぶゆえに、「貞に利あり」と言うのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 《彖伝》に曰く：渙は、亨る。剛来たりて窮まらず、柔外に位を得て上に同ず。王仮るに廟有りとは、王乃ち中に在るなり。大川を涉るに利ありとは、木に乗るに功有るなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 《序卦伝》に曰く：「兌とは悦びなり。悦びて後にこれを散ず、故にこれを受くるに渙をもってす」。蓋し《渙》をもって《兌》に継ぐは、能く悦べば則ち渙（散）じ、渙ずれば則ち亨ることを謂い、これ《渙》の亨るは、亦即ち《兌》の亨るなり。卦として《坎》の剛は《乾》より来たり、坎水は長流して窮まり極まること無きゆえに、「剛来たりて窮まらず」と言います。《巽》の柔は外に位を得、《巽》の風は水を押し進め、飄然として共に往くゆえに、「柔外に位を得て上に同ず」と言います。これは剛が中に在って険に行き詰まらず、柔が外に在って五爻と同じくすることができ、それゆえ危険や難事を散じ釈き、亨通を致すことができるのです。危険や難事が既に散ずれば、王は乃ち廟中に事あり、精誠をもって上に届くことができるゆえに、《伝》はこれを「王乃ち中に在るなり」と釈し、その徳について言っているのです。川を涉るとは難を涉ることであり、即ち《繋辞》に言う「舟楫の利、以て通ぜざるを済（わた）すは、蓋しこれを渙に取る」とはこれであり、ゆえに《伝》はこれを「木に乗るに功有るなり」と釈し、その象について譬えているのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を人事になぞらえると、個人の患いは胸中が塞がれば病が生じ、気が晴れなければ争いが起こります。一家の患いは内外が隔絶すれば弊害が生じ、上下が滞れば混乱が生じます。これを散らす（渙散する）ことができれば、百般の弊害は解消し、万事が亨通します。たとえば暗い雲霧が風を得て消え去り、濁った溝渠が水を得て流通するようなものです。これが君子が『渙』に象を取る所以です。人生の事業において、往々にして性質の偏りを患い、また立ち位置の不当さを患いますが、もし剛が来て柔を救い、内に動いて危険の難がなく、柔が往いて剛を助け、外に止まって違背の失がなければ、行くとして利ならざるはなく、亨通せざる事はありません。誠を積み重ねて神に応えれば鬼神が臨み、利に因りて難を渡れば舟楫が功を奏します。これらは皆、渙散から推し広げたものです。内に渙散すれば気が通り、外に渙散すれば道理が順行し、渙散をもって己を処せば心が平らかになり、渙散をもって人に接すれば情が和らぎます。一生の疑念も水の解けるがごとく氷解し、『渙』の用たるや極めて神秘的であります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を国家になぞらえると、国家の人民に対する関係は、集まることを望み散ずる（渙散する）ことを望みません。国家の財用においては、集めるべきでありまた散らすべきでありますが、ただ危険や困難に至っては、必ずその散ずることを取ります。険が散じなければ危機を救うことができず、難が散じなければ混乱を消し去ることができません。王者は剛中の徳を保ち、至尊の位に就き、天下の紛乱を解き、天下の鬱結を散らし、国運の困厄を挽回して、この民をして皆その歓悦を得させようとします。これが『渙』卦が『兌』悦の次に配される理由です。卦は九二を剛とし、二は『乾』より来るゆえに「剛来」と言い、六四を柔とし、四は陰位なるがゆえに「位を得る」と言います。剛が窮しないからこそ渙散に亨通が現れ、柔が上に同じくするからこそ渙散は自然と正を得ます。これを推し広げれば、祖先を祀るために渙散し、廟に臨むのはその誠を尽くすためであり、これによって鬼神の徳の盛んさを窺い知ることができます。遠方に至るために渙散し、川を渡るのはその険を救うためであり、これによって舟楫の功のあまねきを知ることができます。およそ天は風の疏散をもって群生を化育し、地は水の流通をもって四海に貫注します。王者もまたその象を取り、天下の乱を平らげ、万事の紛れを解くものは、ただこの渙散に如くはないのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を概観すると、「渙とは離なり」であり、離るる者は再び合し、散ずる者は再び聚まるため、全卦には離合散聚の象があります。剛来たりて窮せず、柔にして上に同ずるは、卦の体であります。王が廟にあり、「木に乗りて功あり」は、卦の用であります。「亨」と言い、「貞」と言うは、卦の徳であります。「廟」と言い、「川」と言うは、卦の象であります。『大象』に「先王以て帝に享し廟を立つ」とあるは、すなわち『彖伝』にいわゆる假廟（廟に臨む）の旨であります。廟が立てば昭穆の位が定まり、王が臨めば祭享の誠が通じ、神霊はこれによって聚まり、民心もこれによって繋がります。『渙』はまさにこれによって合するゆえに、『萃』にもまた「王假に廟あり」と言います。「萃とは聚なり」であり、萃をもって臨めば神志が一となり、渙をもって臨めば精誠が通じます。『萃』と『渙』は正反対でありながら互いに必要とし合うため、取象を同じくします。『易』に「大川を渡るに利あり」と言うこと三たびあり、皆『巽』の木を取ります。『益』に「木の道乃ち行わる」と言い、『中孚』に「木に乗りて舟虚し」と言い、『渙』には「木に乗りて功あり」と言います。これは王者の声名が満ちあふれ、内には祖考に孝享し、外には化導が蛮夷におよぶことを意味し、舟楫の利を特に渙に取るのはこのためです。六爻に渙を言うは、皆ひそかに聚の象を寓しており、初は険に遇うて順い、二は陽来たりて険を脱し、三は険に臨みて身を忘れ、四は渙を成して人を忘れ、五は尊位に居りて天下を忘れ、六は超然として遐挙し、渙散して「害を遠ざく」のです。いわゆる己を恭しくして無為にして、化の馳せること神のごときものであります。それゆえ卦は三陰を最吉とし、三陽をこれに次ぐとします。説者が「易道は剛を尚ぶ」と言うのは、一偏の論であります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『大象』に曰く：風水の上を行くは、渙なり。先王以て帝に享し、廟を立つ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 先王は風の虚を見て鬼神の象を得、坎の盈（みちる）を見て祭祀の象を得ました。そもそも風は無形ですが、水に遇うて形を成し、水でなければ風は見えません。鬼神は見えませんが、廟に入れば見るがごとくになり、廟でなければ上帝や祖考は見えません。聚まれば有となり、散ずれば無となる、鬼神の情状は猶お風の水の上のを行くがごときものです。人心の誠敬の聚まる所、鬼神に如くはなく、ゆえに大難が始めて定まり人心が未だ安んじられない時、帝に享して成功を告げ、廟を立てて祖考に事え、散じようとする神霊を聚め、これを安鎮して天神に接し祖考に交わります。およそ物は天に本づき、人は祖に本づくゆえに、帝に享してその生成の恩に報い、廟を立ててその功徳の盛んなるに報い、天下の人をして皆尊きを尊び親しきを親しましめ、その本を忘れさせず、以て人心の渙散を聚めるのです。ゆえに「先王以て帝に享し廟を立つ」と言います。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：運途は亨通し、風に乗って波を穿つ勢いがあります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍事・征伐を占う：海軍を用いるに利あり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：財水が流通し、天神の加護を得て、大吉大利となります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：風は帆に従い、水到りて渠成る象で、即日成名する象があります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を占う：神祇に祈祷するのが宜しく、自然と福を得ます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：中男と長女、自然と良縁となります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 疾病を占う：「風水の上を行く」は去って留まらぬことゆえ病象は危うい。「廟を立つ」は魂が墓所へ帰る象であり、ゆえに凶となります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を占う：得難し。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 六甲（妊娠）を占う：春夏は女児、秋冬は男児を生みます。","初六：拯（すく）うに馬壮（さかん）なるを用う、吉。","初六：拯（すく）うに馬壮（さかん）なるを用う、吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』に曰く：初六の吉は、順なるなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 初は坎の下に居り、坎は険であり、初は始めて険に陥る者であります。坎に陥る者は、拯（すく）うを用いるに利あり、何をもってこれを拯うのでしょうか。初は二に近く、二は乾の気を得、乾は馬であり、乾の健なるがゆえに「馬壮なり」と言います。初は二の救いを得て、馬が風に乗りて走るがごとく、険を脱することができ、ゆえに「吉」であります。思うに、『明夷』にもまた「拯うに馬壮なるを用う、吉」言と言い、『明夷』の下互は坎であり、二が動けば乾となるため、「拯うを用う」もまた乾の馬を取り、『渙』の初と同象であります。『象伝』が「順」をもってこれを釈するは、初は本来坤体であり、坤は順であり、坤の順をもって乾の健を用いるからこそ吉となるのです。『明夷』の『象伝』に「順にして則るなり」と言うも、その旨は同じであります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：運途には険難が多いものの、幸いにして救いに遭い、危うきが反転して吉となります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍事・征伐を占う：初めて臨陣する際、すぐれた戦馬に頼り、包囲を解いて難を脱することができるため吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：資本は微薄ですが、同僚の援助に恵まれて利益を得ることができます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：午（うま）の運を行けば、必ず成名できます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を占う：新築の大厦で、幸い禄馬が向に臨んでおり、吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：乾造（男性）は午年（うまどし）生まれの者が吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 疾病を占う：病は急速に治療すべきで、馬姓の医師に遭えば吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 行人を占う：駅馬が既に動いており、即日帰還できます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】 友人某が来て気運の占いを請い、筮して『渙』の『中孚』を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く：初六は坎の始めに当たり、「坎とは陥るなり」で、身が坎険に陥って一時自脱し難いようなものです。初爻の偶体は陰に属し、救うために用いるものは必ず陽剛に藉（かり）る必要があり、馬は乾の象にして乾剛の気を得ているため、これを救うに足ります。ゆえに初は救いに遇うて吉を得るのであり、すなわち卜筮書にいわゆる「絶処に生を得る」の象であります。今、足下が気運を占って初爻の辞を得たのは、足下の現時の運途が困難の中にありながら、幸い友人の尽力による救護に頼って災厄を脱することができると知るためです。足下はただその言葉に順従しさえすれば、自然と逢凶化吉（凶を転じて吉となす）できます。この友人は午年生まれか、あるいは馬姓であるなど、必ずや暗にその象に合する者でありましょう。『易』占の神妙さは往々にして測り知れず、足下も後におのずと知るでありましょう。","九二：渙（散）するとき其の机（き）に奔（はし）る、悔い亡ぶ。","九二：渙（散）するとき其の机（き）に奔（はし）る79、悔い亡ぶ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』に曰く：渙（散）するとき其の机に奔るは、願を得るなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 九二は陽をもって陰に居り、象は陽をもって陰に臨む（仮す）を取り、ゆえに『彖伝』に「廟に仮す」言と言い、二がこれに当たります。下互は『震』で『震』は奔となり、上互は『艮』で『艮』は堅木であり、机（き）の象があります。二は五と応じ、机とは五を指します。「渙するとき其の机に奔る」とは、廟に臨んで神几（しんき：神の机）に奔走することを言い、机と几は字を同じくし、即ち『家語』の「仰ぎて榱桷を視、俯して机筵を察す」の謂であります。王が廟にあり、洞洞属属として恍惚の裡に神明と交わるため、渙散する者が臨むこととなり、ゆえに「悔い亡ぶ」のです。『象伝』が「その願を得る」をもって釈するは、廟の中に駿奔してその福を受けるを得るゆえに、「願を得るなり」と言うのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：運途は順調で望み通りとなり、災厄や悔いはことごとく消え去ります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：商品を運送・交易するに頼るべき処を得て、望み通りに事を達成でき、吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：望む所は必ず成就します。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍事・征伐を占う：渙散・敗走に遭遇しても、憑依する所を得て回復を図ることができるため、何の悔いがありましょうか。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：内卦は坤体で二が変じて乾となり坎（中男）を成し、外卦は乾体で四が変じて坤となり巽（長女）を成します。この配合は必ず女が男より年長となります。木と水が相生し、良縁であります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を占う：この宅の眷属には敗走の難がありますが、幸い外に頼る処を得て、いわゆる「わが願に叶う」となります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 疾病を占う：鬱々として楽しまず、机に伏して臥す状態ですが、良医に遭遇して憂いなしとなります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】 友人・梔尾（しのお）某が言った：「私は以前、自分の土地を某華族に質入れし、証文を交わして後日金を得た際に代金を準備して買い戻す約束をしました。今や地価が急騰し、当時の質入れ価格の三倍に跳ね上がったため、某華族は同盟を破って買い戻しを許さないと言い出しました。そこで私は代理人と壮士を遣わして強く迫ったところ、某華族は恐れて私の親戚某を引き入れ交渉に当たらせました。私はやむを得ず若干の金を支払って代理人と壮士に報い、事を解決するよう頼みましたが、壮士らはなお不満で私に怒りを向け、途上で狙撃しようと企てており、私は非常に患わしく思っています。どのように処置すべきか占ってください」と。筮して『渙』の『観』を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く：内卦は『坎』であり、坎は険であり難であります。外卦は『巽』であり、『系辞伝』に「巽は以て権を行う」と言い、巽は権変を行うことができることを意味します。二爻に「渙（散）するとき其の机に奔る」言と言い、「奔」とはその難を奔避することであり、二と五は応じ、五に奔就することを意味します。五は巽の中にあって「巽をもって権を行う」ことができ、その難を渙散するに足るため、「悔い亡ぶ」を得るのです。この爻象によれば、足下が外に奔避すれば、自然と人が現れて処置してくれ、悔いなきを得ることができます。","六三：其の躬（身）を渙（散）す、悔いなし。","六三：其の躬（身）を渙（散）す、悔いなし。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』に曰く：其の躬を渙すとは、志外にあるなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 三は坎水を体とし、上は巽風を体とします。三の上に向かうは、水が風を過（過）ぎて流れ、木が水を得て浮くがごとく、相待って渙散する者であります。故に三から上（五）まで互いは艮であり、艮は躬（身）となり、「其の躬を渙す、悔いなし」と言います。『象伝』に「志外にある」と言えるは、外卦を謂い、志が上の爻に応じるからであります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：三は坎の極みに居り、運が坎険の時に当たるゆえ、身を忘れて難に赴き、難を脱することができ、悔いを免れます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍事・征伐を占う：国家のために身を忘れることができ、忠勇称むべきであります。赴くに何の悔いがありましょうか。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：商品を外地に運び、風波を乗り越え艱難を嘗め尽くす象で、財を重んじ命を軽んじる象があります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：身を殺して仁を成し、名を竹帛に垂れる栄誉があります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：身を投げ打って節を全うする志があり、悲しくも称むべきであります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を占う：この宅は坎水のうえに臨んでおり、家主は外に出て事を処理すれば、災いを免れることができます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 旅人を占う。まだ帰っていない。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 六甲（妊娠）を占う：分娩は即刻であり、男児を生みます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】 友人某が来て気運の占いを請い、筮して『渙』の『巽』を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く：『渙』の三爻は、まさに『坎』難の極みに当たり、身が坎の中に陥って解脱できない象であります。ただ上爻が遠くより救援に来ることに頼りてこそ、渙然として消散し、悔いなしを得ることができます。今足下が気運を占って『渙』の三爻を得たのは、足下の運途が滞っていることを知るためであり、たとえば船を操って海に入り、まさに風波の険に遇うようなものです。遠くより来る巨舟の救援を得てこそ、共に険厄を脱し、災悔を遠ざけ、身命を保つことができます。三爻は内外卦の交わりに居り、内は『坎』、外は『巽』であり、坎は険、巽は順であり、険を出でて順に入る象があり、ゆえに「悔いなし」となります。","六四：其の群を渙（散）す、元（大）いに吉。渙して丘あり、夷（つね）の思う所に非ざるなり。","六四：其の群を渙（散）す、元（大）いに吉。渙して丘あり、夷（つね）の思う所に非ざるなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』に曰く：其の群を渙す、元いに吉とは、光大なるなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 六四は《巽》の始まりに居ます。卦体はもと《乾》であり、下の画が《坤》に化して《巽》となりました。《坤》は衆であり、《坤》が《巽》に化すると、その群集は散じます。《坎》の剛中は《乾》の元を得ているため、『その群を渙散す、元吉』と言います。上の互卦は《艮》であり、《艮》は丘、すなわち集まること、高くなることを意味します。坎の危険を散らした後、再び集まって高い丘となる、すなわち渙散の中に聚集があるため、『渙にして丘あり』と言います。四爻は《巽》卦の主であり、『系辞伝』に『巽は徳の制なり』、また『巽は称して隠る』とあるのは、《巽》が事に適応して制をなし、隠れると見あらわれるが常でなく、その化裁の妙は尋常の測り知れるものではないことを意味するため、『匪夷所思（思いも寄らない）』と言います。『伝』はこれを『光大』と解釈し、四爻が《坎》を出て《巽》に入るにあたり、危険を平穏に変えるのはまさにこの正大光明の作用によることを述べています。《坤》に『含宏光大』とあり、四爻は《坤》の気を得ているため、四の『光大』は《坤》より来ているのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：困難を脱して基業を再興できる、まさに大運が亨通する時です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：非常に優れた手腕があり、財を散じて危機を救い、また独自で大きな基礎を成すことができます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：当時代に抜きん出る気概があります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍旅を占う：軍容が盛んで、たちまち散じたちまち集まり、たちまち高くなり低くなり、ある時は万馬静まり返り、ある時は一丘のように高くそびえ立ちます。変化の妙は予想を超えたものであり、これぞ神妙な用兵です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 疾病を占う：外邪を散らし、かつ元気を補い集めれば、病は自然に治ります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を占う：近隣が遠く離れており、一軒だけで静かな趣を楽しめます。吉です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を占う：『その群を渙散す』であり、訴訟は必ず解消されます。吉です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　長崎の女商・大浦慶は、明治七・八年の頃、横浜製鉄所を管理していました。ある日、名古屋丸に乗船して帰郷するにあたり、あらかじめ電報で家族に知らせ、某日に到着すると伝えていました。当日になると、名古屋丸が周防で遭難したとの報道があり、家族は驚愕して急ぎ打電して私に尋ねてきました。私は大浦氏が果たして乗船したかどうか分からず、またこの船が本当に遭難したかも知らなかったため、やむなく一筮を立てたところ、《渙》が《訟》に変わる卦を得ました。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く：この卦は《巽》が木、《坎》が水で、舟が海上に浮かぶ象です。その爻辞に『その群を渙散す、元吉。渙にして丘あり、匪夷所思』とあります。『その群を渙散す』とは、人々から離れて難を出ることを言います。『渙にして丘あり』とは、難を出て独り丘の上に立つことを言います。『匪夷所思』とは、心配する必要がないことを言います。これより観察すると、必ず難を免れることが分かります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 私はこの占断をもって長崎へ電信を返しました。長崎の家族はこの報を得ても疑信半ばでした。まもなく大浦氏から無事に脱難したとの電報が届き、家族は始めて安堵しました。","九五：汗を渙散す、それ大号。王居を渙散す、咎なし。","九五：汗を渙散す［80］、それ大号。王居を渙散す、咎なし。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 《象伝》に曰く：王居して咎なきは、正位なればなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 五爻は尊位であり、『彖伝』に言う『王假（王至る）』は五爻にあたります。号とは命令のことで、『大号』とは重大な政令のことです。五爻は剛中の徳を持ち、天下の危険を己の危険とし、天下の危険を渙散させるためにこの『大号』を発するのです。『渙汗』について劉向は『号令は汗の如く、出て戻らざるものなり』と言っています。王者には私的な居処はなく、王畿を近いとせず、辺境を遠いとせず、一人の身が散じれば万民となり、一人の心が散じれば万機となり、四海に布施される様は、汗が身体から出て四体に及ぶようなものであるため『渙汗』と言います。天下の困苦が仁政を得て解けるのは、一身の邪熱が汗を得て消えるのと同様であり、その散じる道理は一つです。三爻から五爻までは《艮》を形成し、《艮》は居処であり、『王居』とは京師（首都）のことです。『論語』にいう『譬えば北辰のその所に居て、衆星のこれに拱するがごとし』とは、王居を指しています。『王居を渙散す』とは、号令の散布が近きより遠きに及び、万方に広まるにあたり、必ず正位に就いて天命を固め、王居より始まることを示します。『咎なし』とは、『帝位に就いても疾いなき』の意味であり、『象伝』はこれを『正位』と釈しています。九五は正位であり、王者がそこに居ることで天下に号令を発することができます。億兆の心を一つにし、万民の難を救うのは、みな君徳と君位が正当である功績によるのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：運気と地位が正しく、発言も沈黙も行動も静止も、百事すべて吉です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：立場が正当で貨物が流通し、行く先々で利益を得られます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功目を占う：至尊（皇帝）の近くに位置し、名声が天下に轟きます。大吉です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍旅を占う：号令が厳明で軍威が整い、汗馬の功を奏することができます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：必ず貴なる婿を得ます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を占う：この家は尋常の庶民の家ではありません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 疾病を占う：ひと汗かけば即座に治ります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 懐妊について問う。女児が生まれ、貴い身分となる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　明治二十七年六月、朝鮮で東学党の乱が起こり、本邦に亡命していた朝鮮人の朴泳孝氏は、故国を心から憂慮し、杞憂を抱いていました。私に一占を請うたところ、《渙》が《蒙》に変わる卦を得ました。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く：『渙とは散ずるなり』であり、全卦の大意は難を散じ危険を解消することを中心に解釈します。五爻は尊位に居る王であり、『大号』とは王が散布する政令のことです。『渙汗』とは、その命令が出れば必ず行われ、汗が身から出て戻らないようなものであることを言います。号令が厳明であれば、危険や困難を解脱し、その居処を安定させ、咎がなくなることが十分窺えます。今、朴氏が自国の治乱を占問して《渙》の五爻を得ました。その爻辞を味わうと、自国の災禍が王居に迫っていることが分かります。九五は王であり、王は速やかに号令を発して天下に詔告し、凶党を散らし、王居を安定させるべきです。そうすれば保全できて咎はありません。卦体の下の互卦は《震》であり、《震》は東方に属するため、朝鮮を救護するのは必ず我が国です。朴氏は心配されるに及びません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　明治二十七年六月、山田徳明氏がある米国人を伴って来訪し問うて言いました。『今回、日本兵が朝鮮に渡航しますが、抑々（そもそも）朝鮮と開戦するのでしょうか？』私は言いました。『軍事機密は私の知る所ではありませんが、ただ一占すれば知ることができます。』筮して《渙》が《蒙》に変わる卦を得ました。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く：汗とは皮膚の腠理（毛穴）から出るものであり、出れば体内の充満を発散させて人の病苦を治します。これは王者が教令を発して天下の困難を解消し、人々をそれぞれの所に就かせるのと同じであるため、『汗を渙散す、それ大号』と言います。『王居を渙散す』とは、大号の宣布が王居から始まることであり、近きより遠きに及び、内より外に及ぶ旨があります。卦名は《渙》であり、その義は総じて危険や困難を渙散させることにあります。今、我が国と朝鮮の機密軍事を占って《渙》の五爻を得たことで、我が国が今回朝鮮の動乱の報を聞き、速やかに号令を発して軍艦を派遣し遠く韓国へ航行させた理由が分かります。傍観者は我が国が朝鮮と挑発・開戦しようとしていると思っていますが、この爻辞を味わえば、他に他意がないことを確信できます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 米国人はこの断辞を得ると、直ちに欧米の言語に翻訳して外国の新聞に掲載発表しました。","上九：その血を渙散す、去りて逖（とお）く出づ、咎なし。","上九：その血を渙散す、去りて逖（とお）く［81］出づ、咎なし。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 《象伝》に曰く：その血を渙散すとは、害に遠ざかるなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 上九は三爻と応じ、三爻は《坎》を体とし、《坎》は血卦であるため『その血を渙散す』と言います。およそ人体の血脈は流通することをもって安とし、郁結（滞り）をもって病とします。『その血を渙散す』れば、体気が舒暢（のびやか）となり、憂患は自然に消えます。『逖』とは憂いであり、《坎》は逖であり、かつ上爻は《渙》の極みに居てすでに坎の危険を出ているため『去りて逖く出づ』と言います。憂いが去れば、咎は自然に無くなります。『象伝』が『害に遠ざかる』と釈するのは、上爻が《坎》から遠く離れているため、害もまた遠ざかることを言っています。一説には、上爻は卦の外に出ており、逖は遠いことであり、身に血があるのは川に水があるようなもので、川が通達して風が遠くへ馳せ去ることを喩えています。すなわち『大象』の『風、水上を行く』の意を取ったものです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：運途が通達し、災いが去って福が来ます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍旅を占う：卦体は《乾》《坤》より来ており、《坤》の上爻に『竜、野に戦う、その血玄黄なり』とあり、戦えば双方傷つく象です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：血とは資財のことです。商船が遠出して貿易が亨通し、利益を得て自ずと憂いはありません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：筆を投じて従軍する象です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：遠くへ嫁ぐ象です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を占う：家主は血光の災いに用心すべきです。遠くへ避難すれば咎はありません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 疾病を占う：気血の滞りによる病気です。経絡を通り良くすれば災いを免れます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を占う：失物はすでに遠くへ去っており、再び得ることはできません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を占う：遠くへ避難するのが良く、そうすれば咎はありません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 妊娠について問う。女児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　ある友人が訪ねてきて気運を占うよう請うたため、筮したところ、《渙》が《坎》に変わる卦を得ました。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く：《渙》は難を脱する卦であり、上爻は《渙》の終わりに位置し、困難が消散する時です。今、貴方が気運を占って《渙》の上爻を得たことで、目下の危険や困難はすでに解消したことが分かります。たとえば病人の血脈が融通し、憂患がすべて去って咎がなくなるようなものです。上爻において《渙》の象はすでに終わり、これからは《渙》を出て《節》に入ります。財を節約し欲望を節制することに、貴方は留意すべきです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　明治三十一年、イギリスとロシアの外交関係を占い、筮して《渙》が《坎》に変わる卦を得ました。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く：《渙》の卦は三陰三陽であり、もと《乾》《坤》《否》より来て、上爻は《巽》の極みに居り、すなわち《乾》の上に当たります。陽が亢（たかぶ）れば戦いとなり、『その血玄黄なり』の象があるため『その血を渙散す』と言います。《小畜》にいわゆる『血去り惕（恐れ）出づ』もまた《乾》を指します。『逖』は『惕』とも作ります。《小畜》は陰陽の感孚によって『血去り』、《渙》は風水相済によって血を『渙（散らす）』のであり、すなわち《渙》卦はもと危険を含みますが、幸いに渙散を得て咎なきを得るのです。今、英露両国の外交を占って《渙》の上爻を得ました。ロシアは陸地にあり、イギリスは海疆に属するため、《巽》をロシアとし、《坎》をイギリスと見ます。陸地は専ら鉄道をもって強と称し、海疆は専ら輪船（蒸気船）をもって武を示します。陸戦で勝利しても、勝者は報復を恐れ、敗者は再襲を防ぐため、要衝を占めて兵備を怠らないのがロシアの急務です。イギリスは商船保護にかこつけて艦隊を遠出させ、海防を窺い、隙に乗じて葛藤を生じさせ、割地講和を迫るのがその狡計です。そのため陸上の諸国は軍資に困窮しますが、イギリスのみは軍資が年々豊かになり、財力を握って海上に覇を競います。一方ロシアは陸軍の強さと地形の険によって隣国を食い荒らすため、近年世界諸国は英露を虎狼の国と見なしています。ロシアはかつてシベリア鉄道が未通の際、事を生じさせてイギリスに制せられ、地中海の要衝では食糧や弾薬が不足して大軍を動かせませんでした。イギリスもまたアフガニスタンやペルシャがロシアと通じたため、インドに内乱が起きるのを恐れ、かつ長らく富利を独占して各国から嫌悪されていることを自覚しています。今やプロイセン（ドイツ）やフランスがロシアと同盟を結び、謀略を合わせて大戦を起こすのを恐れ、支那（中国）を唆してロシアの跋扈を防ごうとしています。しかしイギリスは海軍があっても陸軍に乏しく、思い通りにはならず、一朝敗れればオーストラリア、カナダ、アフリカなどの要地も保全できない恐れがあるため、海軍を拡張して各国に対抗しています。ロシアは鉄道の全通を頼みとし、イギリスは海軍の拡張を頼みとし、ちょうど二雄が相対するようです。爻に『その血を渙散す』とあるのは、両国が意思を通じ合って平和を保てば無事であり、諸国もまた害を遠ざけることができることを意味します。これが近頃の情勢であり、ゆえに『伝』に『その血を渙散すとは、害に遠ざかるなり』と言うのです。",null,"周易, 易経, 高島易断, 第59卦, 風水渙, 六十四卦, 卦辞, 爻辞, 占断",1787044936540]