[{"data":1,"prerenderedAt":28},["ShallowReactive",2],{"metaeast_zhouyigaodaoyd_ja-gaodaoyiduan-62":3},{"slug":4,"archived":5,"date_created":6,"date_updated":7,"title":8,"seotitle":9,"seodescription":10,"htmlcode":11,"number":12,"content":13,"title1":14,"content1":15,"title2":16,"content2":17,"title3":18,"content3":19,"title4":20,"content4":21,"title5":22,"content5":23,"title6":24,"content6":25,"title7":26,"content7":26,"seo_keywords":27,"og_title":8,"og_description":10},"gaodaoyiduan-62",false,"2026-08-11T01:18:30.466Z","2026-07-04T14:35:18.000Z","雷山小過, 小過：亨（とお）る、貞（てい）に利（り）あり。小事（しょうじ）に可（か）なり、大事（だいじ）に不可（ふか）なり。飛鳥（ひちょう）音（ね）を遺（のこ）す、上（のぼ）るに宜（よ）ろしからず、下（くだ）るに宜（よ）ろし、大吉（だいきち）。","高島易断 第62卦 雷山小過 - 卦辞原文と解卦 - 東洋玄学庫","高島易断第62卦雷山小過解卦：卦辞「小過は、亨（とお）る。貞（ただ）しきに利（よ）し。小事には可なるも、大事には不可なり。飛鳥（ひちょう）音（おん）を遺（のこ）す。上（のぼ）るに宜（よ）からず、下（くだ）るに宜（よ）し。大吉」。断辞と実占事例の詳解を付す。","&#19965;",62,"小過：亨る、貞に利あり。小事に可なり、大事不可なり。飛鳥音を遺す、上るに宜ろしからず、下るに宜ろし、大吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 62 雷山小過 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦として二陽が内にあり、四陰が外にあります。陰は小なるものであり、これを「小」といい、陰が陽に過ぎているので「過」といいます。卦体は震が上、艮が下にあり、震は動、艮は止です。動と止は中を得るのが宜しく、もし過ぎて動き、過ぎて止まれば、ともに過といいます。震は雷、艮は山であり、雷が過激すぎ、山が過険すぎれば、これもまた過といいます。過ぎるところがすべて小事にあるため、この卦を『小過』と名付けるのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 小過［87］：亨る。貞に利あり。小事に入る可く、大事に入る不可し。飛鳥の音を遺す、上るに宜しからず、下るに宜し、大吉。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『小過』とは、陰が陽に過ぎることであり、即ち「行ひは恭に過ぎ、喪は哀に過ぎ、用は倹に過ぎる」という意味です。過ちが細かい事柄にあるため、道は通じることができ、ゆえに「小過は亨る」といいます。「貞に利あり」とは、世を正し俗を励まし、正に帰することに利があるため、ゆえに「貞に利あり」といいます。四陰が外で権力を振るい、二陽が中に押し込められ、柔弱で力なく、大任に堪えるには足りず、ただ小事を受けるに過ぎないため、ゆえに「小事に入る可く、大事に入る不可し」といいます。震は白鳥であり、また音でもあるため、ゆえに「飛鳥の音を遺す」といいます。その音を遺すとは、哀鳴の声です。飛鳥が高過ぎる所へ行き、下りようとしても下りられず、哀鳴して救いを求め、上に行けばますます危うく、下に下りればなお安らかさを得られるため、ゆえに「上るに宜しからず、下るに宜し、大吉」といい、吉は下にあります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『彖伝』に曰く、小過は、小なる者の過ぎて亨るなり。過ぎて貞に利あるは、時と共に行ふなり。柔中を得、是以て小事は吉なり。剛位を失ひて中ならず、是以て大事なる不可きなり。飛鳥の象有り、飛鳥の音を遺す、上るに宜しからず、下るに宜し、大吉とは、上るは逆にして下るは順なればなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 適当を過ぎるのを過といい、過に大小があるため、卦名もまた大過と小過に分かれます。陽が陰に過ぎれば過は大であり、陰が陽に過ぎれば過は小であり、二卦は内外で反対をなし、それぞれに偏勝があるため、過となるのです。『小過』は動いてすぐに止まり、過ぎるところが小であり、小ならば通じることができるため、ゆえに「小なる者の過ぎて亨るなり」といいます。一動一止はまさにその時に適うべきであり、時に当たるを正といい、時が『小過』に当たるときは、小過をもって処するのが宜しいため、ゆえに『彖』に「貞に利あり」といいます。そして『伝』には「過ぎて貞に利あるは、時と共に行ふなり」といい、過によって貞に利を得るのは、その時がまさに過にあるべきだからだと述べています。「小事に入る可し」とは、謹小慎微で力の発揮しやすいことであり、二と五の柔が中を得ているからです。「大事に入る不可し」とは、易きを捨て難きにつき、才能が任に堪えないことであり、三と四の剛が位を失っているからです。「飛鳥の象」とは、二陽が中にあって鳥の身を象り、四陰が外にあって鳥が翼を広げて飛ぼうとする象です。鳥が回翔して慎重に集まるのは難を避けるためであり、ひとたび矢に当たれば、鳴き声が上下して群れを呼び救いを求めます。俗に「鳥の将に死んとするや、その鳴くこと哀し」というが如く、ゆえに「飛鳥の音を遺す」といいます。上に乗れば逆であり、逆ならば必ず凶となり、下を承ければ順であり、順ならば大吉となるため、ゆえに「上るに宜しからず」して「下るに宜し」なのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を人事になぞらえると、震は動、艮は止であり、人事は動と止のふたつの端にほかなりません。動いて動きに過ぐれば動が過となり、止まって止に過ぐれば止もまた過となりますが、過ぎるところが小であるため、これを『小過』といいます。人において不動不止であれば過ちはないかもしれませんが、不動不止ではまた亨ることもありません。ただ過ちがあることによってまた亨ることもあるため、ゆえに「小過は亨る」といいます。いわゆる過とは、しばしば時が過酷であるためにあえて手厚さを尊び、時が過猛であるためにあえて寛大を用いるようなものであり、過ちが正を失わないのは、時に応じて行うことができるからです。時が柔に宜しいときは、人はただその柔を行うのみであり、柔がその中を得るため、ゆえに「小事は吉」なのです。時が剛に宜しいときは、人はただその剛を行うのみですが、剛がその位を失っているため、ゆえに「大事に入る不可し」なのです。およそ人事が中を得るか失うかは、ただ時の宜しきを基準とするのみです。いわゆる「上るに宜しからず、下るに宜し」に至っては、飛鳥を見てその象を得ます。「飛鳥」の象は『中孚』の上六から来ており、『中孚』の上に「翰音天に登る、凶」とあり、これ即ち「上るに宜しからず、下るに宜し」の趣旨です。飛鳥は上に行けば危うく、下に下りれば安らかなため、ゆえに「上るは逆にして下るは順なり」といいます。これを人事に譬えれば、高慢になれば危うく、謙遜に従えば安らかであり、謙卑にして人に下る者は、大任に堪えられなくとも、小事において吉ならざるはないと知ることができます。ただ柔がその時に行い得るかどうかにかかっているのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を国家になぞらえると、国家の大典として、夏は忠を尚び、殷は質を尚び、周は文を尚び、三王の創案した制度はいずれも時に応じて定められたものです。それゆえ時に忠が宜しければ忠とし、時に質が宜しければ質とし、時に文が宜しければ文とし、それぞれその時に因れば、それぞれその貞を得て、道は亨らないものはありません。その時でないのに忠に過ぎ、質に過ぎ、文に過ぎれば、みな過といいます。その過ちが小なりといえども、過ちでないとは言えず、これ過ちが大過と小過に分かれるゆえんです。『大過』は四剛が内にあり、才能や力が盛大であるため、過ちもまた大です。『小過』は四柔が外にあり、知恵や認識が浅く少いため、見識が小さく過ちもまた小です。たとえば国政を任される者が大権を握れば、その成功も大きく失敗もまた大きく、小節を自ら謹めば、その得るものも小さく失うものもまた小です。これらはみな剛柔の分かれにあります。ゆえに柔が中を得れば小事は必ず吉となり、剛が位を失えば大事はなすべからずとなります。すなわちおよそ政事の道、順あり逆あり、上あり下あり、みなこれより出でないものはありません。下るに宜しくして下るを順といい、下るに宜しくして上るを逆といい、逆なる者は凶、順なる者は吉です。鳥の高飛するを見るに、冥漠に翱翔して止まるところを知らず、下らざればその食を得ず、またその栖を得ず、哀鳴嗷嗷として下らんと欲して得ざる者あり、凶の道なり。国家を治める者は、高きに居て危うきを履み、まさに飛鳥に象を取って自ら警むべし、かくして順逆を知るのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n この卦を通観するに、『大過』は『頤』より来たり、口腹の養いが過度なれば死喪あり、『小過』は『中孚』より来たり、性情が常を失えば災眚あり。ゆえに『小過』の内、互いに『大過』となり、不中不信にして動いて止まざれば、必ずともに滅亡に至ります。『彖』に「亨る」というのは、人が宜しく収斂改悔すれば自ら亨通するをいうのであり、もしまた『大過』の「懼れず」「悶えるなし」の如くせば、その咎はかえって『大過』より甚だしくなります。何となれば、『大過』には陽剛の才があり、『小過』は陰柔にして飛揚躁擾、特に深く忌むところだからです。卦の象を飛鳥に取るのも、また『中孚』の上爻「翰音天に登る」より来るのです。ゆえに卦体の中、二奇は鳥の身を象り、上下の四偶は鳥の翼を象ります。艮は止まらんと欲し震は動かんと欲し、四陰が用事し、二陽は凶懼の地に迫処され、陰の往くに任せて自ら止まる能わず、鳥の翼を振るって高飛し、身は自主できず、翼が飛ぶこといよいよ遠ければ身はいよいよ安からず、哀鳴疾呼して救援を得られざるが如く、いわゆる飛鳥の音を遺すとはこれです。ゆえに『小過』の時、下に止まれば吉、上に動けば凶、いわゆる「上るに宜しからず、下るに宜し」とはこれです。六爻みな鳥の象を取ります。初と上は外にあり、翼となり翰となってみな凶です。二と五は翼であり、二は咎なし、下なればなり、五は中にありとも功なし、上なればなり。三と四は身であり、三は艮止の主にして止まる能わずして上に応ずるが故に凶、四は震動の主にして動くと weとも下に応ずるが故に咎なし。ゆえに『伝』のいわゆる「上るは逆にして下るは順なり」とは、道これによるのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象』に曰く、山の上に雷有るは、小過なり。君子以て行ひは恭に過ぎ、喪は哀に過ぎ、用は倹に過ぐ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 震の雷は動いて止まざるものであり、艮は止まって動かざるものであり、山の上に雷があるのは、雷が山によって止められているのであり、雷は必ず小となります。ゆえに『小過』となるのです。君子はその象を取って行いを制し、行いは過恭を嫌わず、その象を取って喪に居り、喪は過哀を嫌わず、その象を取って用に致し、用は過倹を嫌いません。およそ「行」「喪」「用」はみな動であり、震に象り、「恭」「哀」「倹」はみな止であり、艮に象ります。その過恭、過哀、過倹は、みな一時の弊害を正す所以のものであり、中行ではないが故にこれを『小過』といいますが、しかしまた世を正し俗を励ますに足るのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○運勢を占う：運気は清高で、世俗の汚れと同調することを潔しとしない気概があります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○商売を占う：一時的に価格が高過ぎて時宜に合わず、売買ともに困難です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○功名を占う：時俗と調和しないため、かえって人に忌み嫌われます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○军事を占う：山の上に陣を張っており、地位が高すぎて進退ともに困難です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○婚姻を占う：老夫と若い妻の組み合わせと思われ、年齢の開きが大きすぎます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○家宅を占う：この住宅は高山にあると思われます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○疾病を占う：過寒・過熱の症状であり、調整して中を得る必要があります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。","初六：飛鳥、以て凶なり。","初六：飛鳥、以て凶なり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』に曰く、飛鳥、以て凶なりとは、如何ともする不可からざるなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「以」とは、翼を用いて飛ぶことです。鳥は翼によって飛ぶのであり、初と上は両翼の象を取るため、ともに「飛鳥」といいます。『小過』の「上るに宜しからず、下るに宜し」において、初は下にあり、いっそう上るに宜しくありません。飛べば翼を振るって直上し、下らんと欲しても能わず、その凶は知るべきであり、ゆえに「飛鳥、以て凶なり」といいます。初は艮止の始に居り、本来は飛ぶ象がありませんが、初と上は終始をともにし、上は震動の終に居り、上の鳥は動いて飛ぶことを思います。初と上は分かれて両翼となり、一翼が飛べば、一翼だけ独り止まることはできず、ゆえに飛べばともに飛び、凶もまたともに凶となります。『象伝』が「如何ともする不可からざるなり」と解するのは、「上るは逆にして下るは順なり」といい、初は下にありながら下に順わずして上に逆らうからであり、これ自らその凶を取るものであり、如何ともしがたいのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○運勢を占う：本分に安んじず、妄りに高飛進み上らんことを思えば、凶です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○商売を占う：力が小で大を企て、位が卑で高きを謀るなど、身の程を知らざれば、必ず失敗に至ります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○功名を占う：卑小に自ら安んじるのが宜しいです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○军事を占う：初は艮の下にあり、兵を収めて動かないのが宜しいです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○婚姻を占う：家柄の釣り合うのが宜しく、高貴な家に無理に結びつくのは宜しくありません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○家宅を占う：住居は低く小さいのが宜しいです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○疾病を占う：精神や魂が飛散しており、凶です。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　友人某が訪ねてきて、謀り事が成就するか否かの占いを請い、筮して『小過』の『豊』を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く：鳥は本来、棲み集まるを安らかとし、飛翔するを労とします。飛んで下りないのは、鳥がその棲息を得られないのであり、ゆえに凶です。あたかも人が道路で惶惶として安処する暇がない様子と同じです。今、あなたが謀り事を占い、この爻辞を得たことで、あなたの企てが小を捨てて大を図り、低きを去って高きに就き、力づくで上進を図る事であると知ります。爻象から論じれば、鳥の飛ぶのは上に行くほど危うく、下らんと欲しても得られません。これはあなたの謀り事が大きくなるほど難しくなることを譬えており、ただその事が成らないばかりか、他日退いて小に就こうとしても、またできないのです。あなたに心を安んじて退守し、妄想をなさないことを勧めます。そうすれば凶を免れることができます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　二十七年冬至、二十八年の我が国と俄国（ロシア）との交際を占い、筮して『小過』の『豊』を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 断に曰く：初爻は艮の下に位置します。艮は止であり、本来は動くに宜しくありません。しかるに鳥は動くことによって飛ぶのであり、これは艮の止を失って震の動に従い、順を捨てて逆につくものであり、それゆえに凶なのです。『彖』の辞に「上るに宜しからず、下るに宜し」とあり、鳥がその下に安んじることができれば、凶は免れることができます。今、我が国と俄国（ロシア）との交際を占い、この爻象を得たのは、内卦の艮を我が国に属させ、外卦の震を俄国に属させるべきです。俄国は虎視眈々として、ただ動兵して強を争うことのみを知り、我が国が清国と交戦していると、俄国は我が国の勝利を忌み嫌い、躍躍として動かんとする意があります。彼が動けば我が国もまた動かないわけにはいかず、ゆえに初と上はともに「飛鳥」といい、象の発現はここにあります。もし果たして両者とも動けば、必ず双方とも凶となります。まさに下に宜しの戒めを謹んで守るべきであり、さすれば凶を免れることができます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 後に我が国は清国と媾和し、下に順うの旨を法として、平和な結末を得た。","六二：その祖を過ぎ、その妣に遇ふ。その君に及ばず、その臣に遇ふ。咎なし。","六二：その祖を過ぎ、その妣に遇ふ。その君に及ばず、その臣に遇ふ。咎なし。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 六二：その祖を過ぎ、その妣に遇ふ［88］。その君に及ばず、その臣に遇ふ。咎なし。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『象伝』に曰く、その君に及ばずとは、臣過ぐ可からざればなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 『易』の例において、陰陽相応ずるは君臣となり、夫婦となり、その配偶を取ります。応無き者は、あるいは父子となり、あるいは等夷となり、あるいは嫡媵となり、あるいは妣婦となり、その同類を取ります。五は父母の位であり、また祖妣の位でもあります。陽爻は父となり祖となり、陰爻は母となり祖妣となります。五が父母であれば二は必ず子となり、五が祖妣であれば二は必ず孫となります。今、二と五はともに陰にして相応ぜず、妣婦の配があるため、ゆえに「その祖を過ぎ、その妣に遇ふ」といいます。常例では五は君ですが、この卦では君はまさに上をいい、五は臣となります。ゆえに臣とは二と五をいいます。四を過ぎて五と遇えば、五に止まって上に行かないため、ゆえに「その君に及ばず、その臣に遇ふ」といいます。過ぐ可くして過ぎ、及ばざるべくして過ぎざるは、経権の中を得て、過不及の偏り無きをなすため、ゆえに「咎なし」です。かつ二と五は柔をもって相親しみ、五は尊く二は卑しく、卑の尊における、過ぎざればその礼遇を承けることができ、過ぐれば逾越の嫌いがあります。ゆえに五は上より見れば臣なりといえども、二は遇うべからず、遇うべからざれば、二は上に対して、ただ廟高く堂遠くして、瞻仰も及ばざるを覚えるのみです。過ぐべからずして過ぎず、「下るに宜し」に安んずれば、夫れ復た何の咎があろうか。これ『小過』の最も善なる者です。『象伝』の釈するところはこのためです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○運勢を占う：運気は平穏で順調であり、全体を得られずとも半ばを得られれば、また咎なしとすることができます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：資金を投じて交易に行けば、満載して帰るまでには至らないものの、十のうち五を得られれば満足すべきです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：最上のものは得られませんが、中ほどのものはすでに得られます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍事・征伐を占う：敵の将を斬り、旗を奪い取ったのなら、何の咎めがありましょうか。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 疾病を占う：薬効がまだ届いていません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：正式な配偶者ではない恐れがあります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を占う：宅神（家の神様）が落ち着いていません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　明治十八年七月、余は避暑のため伊香保に遊んだ。其角堂主人と号する者がおり、俳諧に巧みで、余の旅寓を訪れて自ら言った。「近ごろ俳諧の道が衰微しており、これは私の嘆息するところです。毎年、朝廷には和歌の御製があり、民間が和唱することを許されていますが、ただ俳諧だけは沙汰がありません。私はひそかに俳諧天覧の議を献上したいと考えております。先生が神易に通じておられると聞き、成否を占っていただきたい。」これを筮して《小過》の《恒》を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦断に曰く：この爻は六二で重陰にして柔弱で力がなく、爻辞に「其の妣（はは）に遇い、其の臣に遇う」とあり、遇うところは皆陰の象です。また「其の君に及ばず」とは、君主の耳に達することができないことを明言しています。足下が俳諧の上呈を占ってこの爻辞を得たのは、俳諧が和歌の変体であり、文を主として遠回しに諌め、わずかな言葉の中にも温和で穏当な趣を得ており、単に風月を玩ぶだけのものではないからです。爻辞に「其の祖を過ぎ、其の妣に遇い、其の君に及ばず、其の臣に遇う」とあるのは、これを論じれば、宮中に上献することは叶わないものの、貴顕の方々に呈上すれば、必ずや風雅を解する者が応じてくれるでしょう。ゆえに「咎なし」と言うのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 其角堂主人はこの占を得て、は大いに喜んだ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　二十九年六月、朝鮮人の朴泳孝がアメリカから帰国し、余の山荘を訪れて言った。「朝鮮政府の同志たちが国王の内命と称して、私の帰国を促してきていますが、私はまだ躊躇して決心がつきません。どうか一占を立てて、進退を定めていただきたい。」これを筮して《小過》の《恒》を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦断に曰く：爻辞に「其の君に及ばず」とあり、足下に帰国を促す者は君主の命令から出たものではなく、臣下の意図に出たものであることが窺えます。爻象は六二の重陰であり、陽が多いのは吉、陰が多いのは凶であって、行けば災禍がある恐れがあります。しかも卦体は上動・下止であり、貴国の政府からの召喚は外卦の動きに応じ、内卦の《艮》の止まりは、足下が帰国しない兆しをすでに示しています。爻象がこのようである以上、足下には故国への深い思いがありましょうが、自愛すべきであり、決して急いで帰国してはなりません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 朴泳孝はこの占を聞いて、ついに帰国の計画を断念した。後に聞くところによれば、朝鮮政府では党派の抗争が起こり、宮廷の臣下の多くが無実の罪で処刑されたという。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　三十年、我が国と英国との交際を占い、筮して《小過》の《恒》を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦断に曰く：我が国と英国は大海を隔てて数万裏も離れており、両国が同盟を結ぶのは、全く大使や公使が好みを交わすことに依拠しています。これこそ爻辞にいう「其の君に及ばず、其の臣に遇う」ということです。卦位について言えば、内卦は我が国に属し、外卦は英国に属し、二と五はそれぞれ卦の中央に居ます。卦象について言えば、全卦の象は飛ぶ鳥になぞらえられ、二と五は鳥の両翼であり、飛ぶときは両翼がともに動きます。わが両国が連合する象であり、互いに支え合い助け合って、あたかも一体のようであることを十分に示しています。ゆえに「咎なし」なのです。","九三：過ぐることなく、これを防ぐ。従えばあるいはこれを戕（しょう）す、凶。","九三：過ぐることなく、これを防ぐ。従えばあるいはこれを戕（しょう）す、凶。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 《象伝》に曰く：従えばあるいはこれを戕（しょう）すとは、凶いかんとならんなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 三は下卦の上に位置し、重剛にして不中です。《彖伝》にいわゆる「大事をなすべきからず」とは、三と四がこれに当たります。しかも三は凶の多い場所であり、過ぎ去ってどこへ行こうというのでしょうか。それゆえ爻に「過ぐることなく」と言います。卦体は剛陽であり、一画が中央に横たわっており、防ぐ象があります。《艮》は止まることであり、防ぐ義があります。防ぐとはその行き過ぎを止めることであり、行き過ぎを止めれば即ち「過ぐることなく」当たるべきです。上互卦の《兌》は金刀であり、戕（害）する象があります。三が防護を越えて過ぎれば、追って害する者が現れるかもしれません。「あるいは」は未だ起きない事柄ですが、その形勢はすでに危急であり、ゆえに「凶」なのです。《象伝》に「凶いかんとならんなり」というのは、純剛はすでに禍を招くに足るのに、無理に進めば必ずや災いをもたらし、凶は自ら招いたものでどうしようもないことを言っています。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：運気が正しくありません。慎重に自らを防ぎ守れば、なお災禍を免れることができます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：遠方へ商品を搬送する際、盗難・強盗の凶害に遭うのを防ぐべきであり、前進すべきではありません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：決して求めに行ってはなりません。求めて行けば災禍があります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：正しき婚姻でなければ、仇敵であります。防ぐべきです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を占う：凶禍が門に臨んでいます。慎んで防ぐべきです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 疾病を占う：刃物による傷に注意すべきです。凶。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を占う：追跡して探す必要はありません。そうして初めて災いを免れます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 訴訟を占う：死罪（大辟）に関わるのを防ぐべきです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 六甲（妊娠）を占う：男子を産みますが、育てにくいです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　横浜の商人、桔梗屋磯兵衛氏が訪れて言った。「友人の左右田金作が今朝、店の小僧に紙幣三千円を持たせて三井銀行へ届けさせましたが、午後になっても戻りません。三井銀行へ問合せに行ったところ、届いていないと言われました。そこで人を走らせて手分けして捜させましたが、全く足取りがつかめません。どうか一占を立てて、方向を明らかに示していただきたい。」これを筮して《小過》の《豫》を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦断に曰く：卦体は《震》が上、《艮》が下であり、《艮》は少男、《震》は長男であり、三爻は重剛にして不中、まさに二人の男の象に当たります。辞に「過ぐることなく、これを防ぐ。従えばあるいはこれを戕（しょう）す、凶」とあり、三は内に、四は外にあり、三は慎んで防ぐべきであり、四の場所を過ぎてはならない、もし防壁を越えて過ぎれば、殺害強盗の禍に遭う恐れがあると言っています。この爻象によれば、この小僧は間違いなくすでに害に遭っており、謀殺した者は必ずや見知った者であって、外部からの盗賊ではありません。爻は第三にあり、三は鳥の胴体であって、すぐには飛び去ることができません。五爻に「公弋して彼を穴に取る」とあり、三から五までは三日であり、三日を出でずして、犯人は必ず逮捕できるでしょう。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 三日後、果たして某の米櫃の中からこの死体を発見し、犯人の名は雨宮忠右衛門といった。逮捕して取り調べたところ、二人は同郷で日頃から行き来があり、この日その小僧が三千円の金を携えて忠右衛門の家の前を通った際、忠右衛門は大金を所持しているのを知って俄かに悪心を起こし、絞殺して金を奪い、死体を布で包んで米櫃の中に隠し、隣人に頼んで川へ投げ捨てようとしていたという。","九四：咎なし。過ぐることなくこれに遇う。往けば厲（あやう）し、必ず戒めよ。永貞を用いる勿れ。","九四：咎なし。過ぐることなくこれに遇う。往けば厲（あやう）し、必ず戒めよ。永貞を用いる勿れ。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 《象伝》に曰く：過ぐることなくこれに遇うとは、位当たらざればなり。往けば厲（あやう）し、必ず戒めよとは、終に長かるべからざればなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 四もまた陽剛にして不中であり、外卦の下に居て、剛をもって柔に居り、三のように重剛の上に居るのとは異なるため、「咎なし」です。「過ぐることなくこれに遇う」の「遇う」とは、思いがけず出会うことです。《小過》は「上に宜しからず、下に宜し」であり、前進してはならず、往けば危険があるため、「往けば厲（あやう）し、必ず戒めよ」と言い、その妄動を戒めるのです。《彖伝》に「過ぐるに貞を利とするは、時とともに行うなり」とあり、時に動くべきであれば動くことを貞とし、時に上に止まるべきであれば止まることを貞とします。貞とは時に随うことにあり、固執することにはないため、「永貞を用いる勿れ」と言います。《象伝》が「位当たらざればなり」をもって「過ぐることなくこれに遇う」を解釈するのは、陽をもって陰に居り、剛にして位を失い、五を過ぎないことを示しています。「終に長かるべからざればなり」をもって「往けば厲（あやう）し、必ず戒めよ」を解釈するのは、往けば危険があり、その正しさを長く守ることはできないと言っています。この爻について九家易では、四が進めば五に遇い、重ねて過ぐることがないとされ、卦象に最も合致しています。漢代の学者が象を論じたのには、まさに至当で変えがたいものがあります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：運気は適当なところで止めることが「時」に乗ることです。妄動して軽々しく進んではいけません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：程よいところで止めるべきであり、決して貪りすぎてはなりません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：そう進を求めなければ、自然と思いがけない出会いの好機を得られます。もし妄動して栄誉を望めば、かえって災いに遭う恐れがあります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍事・征伐を占う：四は剛にして位を失っています。進撃すべきではなく、そうすれば咎めはありません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：自然と良縁があり、時が来れば出会えます。急いで媒酌や結納を急ぐべきではありません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 家宅を占う：安居するのが宜しく、引っ越しする必要はありません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　友人某が訪れ、金銭の借入について占いを求めた。筮して《小過》の《謙》を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦断に曰く：四は《震》の始まりに居り、《震》は動であり、動けば前進しようと考えます。四から上へ行くには、必ずまず五を過ぎなければなりませんが、爻に「過ぐることなく」とあり、自ずから礼遇があるはずで、礼遇はまさに五にあります。遇えばかえって危うくなるため、必ず警戒すべきです。今、金銭の借入を占って《小過》の四爻を得たので、足下が借入のために前進することを知ります。四と五は隣り合っており、過ぎてはなりません。五において「過ぐることなく」いれば、必ず五において相遇うでしょう。五爻に「密雲雨ふらず」とあれば、大きな恩恵は望み難いです。また「弋して彼を穴に取る」とあれば、小さな恩恵は必ず得られるでしょう。もし五を越えて往けば、得るものがないばかりか危難を招くので、自ら戒めるべきです。","六五：密雲雨ふらず、我が西郊よりす。公弋（よく）して彼を穴に取る。","六五：密雲雨ふらず、我が西郊よりす。公弋（よく）して彼を穴に取る。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 《象伝》に曰く：密雲雨ふらずとは、すでに上がればなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 「密雲雨ふらず」は、《小畜》の《彖辞》と同じであり、大事を成し遂げられないことを意味し、即ち《彖辞》に言わゆる「大事をなすべきからず」の意味です。六五は陰をもって尊位に居り、陰の盛んなりです。陰が盛んであれば雲雨の象があります。五の互卦の《兌》は密であり、ゆえに「密雲」と言い、《兌》はまた西に属するため「西郊」と言います。上《震》・下《艮》であり、《震》が動いて《艮》がこれを止めるため、「雨ふらず」と言います。《小過》は盛陰が外にあり、陽気が伏蔵しているため、密雲であっても雨が降らないのです。雲の占いは東から西へ行けば雨となり、西から東へ行けば雨とならないため、「我が西郊よりす」と言います。《易》の例では、大事を「王」と称し、小事を「公」と称します。《小過》は「小事をなすべく、大事をなすべきからず」であるため、「公」「穴」と言います。卦は《坎》より来たり、《坎》は隠伏であり、穴の象です。《坎》はまた弓であり、弧であって、弋（よく・いぐるみ）の象です。弋は飛ぶ鳥を取るためのものであるため、「公弋して彼を穴に取る」と言います。「密雲雨ふらず」は「大事をなすべきからず」であり、穴に取るのは「小事をなすべし」の意味です。上に宜しからず、ゆえに雲は上にあって雨ふらず、下に宜し、ゆえに穴は下にありて弋（射取）るべし。五は卦主であり、ゆえに《彖伝》の旨は皆五において発せられます。《象伝》に「すでに上がればなり」と言うのも、即ち《彖辞》の「上に宜しからず」の意味を解釈したものです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：運気は平々凡々で、大事を成し遂げるのは難しく、ただ小事を受け入れるだけです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：小利を得ることができます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：山林に隠れ潜んでいれば、やがて召し出しの引き立て（弓旌）が及ぶでしょう。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍事・征伐を占う：敵が山中の洞窟に伏兵を置いています。まずこれを攻めて取るべきです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：穴や隙間を潜り抜けて通じ合うようなものであり、正式な婚姻ではありません。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 天候を占う：大日照り（大日照）。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 失物を占う：穴やくぼ地の中で探すべきです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 疾病を占う：鍼灸の治療法を用いるべきです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　三十年、陸軍省の気運を占い、筮して《小過》の《咸》を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦断に曰く：雲が行き雨が施すのは動の象です。《震》が動いて《艮》がこれを止めるため、雲があって雨が降らないのです。《艮》は穴であり、《震》は追うことであり、弋（射取）る象です。これは穴が下にあり、《震》がこれを取るのであり、即ち《彖伝》の「下に宜し」ということです。爻象に雨が下降しないというのは「大事をなすべきからず」であり、穴にあって取ることができるというのは「小事をなすべき」ということです。今、陸軍の気運を占ってこの爻辞を得ましたが、陸地は乾いた土地であり、もとより雨を求めません。西方金に属し、金は兵の象であり、我が国は東に位置するため、出兵すれば必ず西へ向かい、西郊はまさに兵を行う地です。穴もまた陸地であって兵を伏せることができ、「公」とは陸軍大臣を指します。弋（狩猟）はもとより軍政に必要なものであり、あるいは軍務の合間に山野で狩りをし、飛ぶ鳥を射取って軍糧に供するのも小事であり、差し支えありません。今年、陸軍には大きな動きがなく、相安く無事であることを知るのです。","上六：遇わずしてこれに過ぐる。飛鳥これに離（かか）る、凶、これを災眚（さいせい）と謂う。","上六：遇わずしてこれに過ぐる。飛鳥これに離（かか）る、凶、これを災眚（さいせい）と謂う。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 《象伝》に曰く：遇わずしてこれに過ぐるとは、すでに亢（こう）なればなり。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 上爻は重陰にして不中であり、全卦の極みに位置します。上と初は終始の関係にあるため、初に「飛鳥」と言い、上にもまた「飛鳥」と言います。四に「過ぐることなくこれに遇う」と言い、上に「遇わずしてこれに過ぐる」と言うのは、その意味が大きく反対です。「過ぐることなく」とは、五を過ぎないで自ずから遇うところを得ることであり、遇えば咎めがありません。「遇わず」とは、五を過ぎないでいて、さらにこれに遇おうとして飛び過ぎることであり、過ぐれば必ず凶となります。位は卦の外にあり、象は鳥の翼であって、初とともに飛びます。初は飛ぶ始めにおいてすでにその凶を知り、上はその飛び方がすでに極まっているため、凶は特に著しいのです。網が高く張られ、逃れようとしても脱することができません。《詩経》に「魚網の設くるところ、鴻これに離（かか）る」と詠まれた通りです。亢（高ぶり）によって災いを招くのは、「上に宜しからず」の戒めに違反しているからであり、それゆえ《象伝》は即ち「亢」をもってこれを解釈するのです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 　　【占い】 \u003Cbr> \n ○ 時運を占う：高くなればなるほど危うく、進めば進むほど厳しくなります。退いて守ることを知らなければ、凶は自ら招くことになります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 功名を占う：そう進（焦って進むこと）は災禍を招きます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 商業を占う：時に遇わない上に、さらに妄進すれば、必ず失敗を招きます。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 軍事・征伐を占う：軍を進めて敵兵に遭わないときは、敵が必ず暗闇に伏兵を置いていることを知るべきです。直ちに退軍すべきであり、さもなければ必ず危険な難局に陥ります。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○ 婚姻を占う：奸悪な媒人の計略に陥るのを防ぐべきです。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n ○　妊娠：男児が生まれる。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 【例】　友人某が訪れ、その子の病気について占いを求めた。筮して《小過》の《旅》を得た。 \u003Cbr> \n  \u003Cbr> \n 卦断に曰く：卦象は飛ぶ鳥に似ており、上は鳥の翼です。鴻毛が順風に遭うのは飛ぶ鳥の頼みとするところですが、遇わずしてさらにこれを過ぐるのは、鳥が飛んで止まらないものであり、凶を取る道です。今、足下が子の病気を占ってこの爻辞を得ましたが、上は《震》の極みに居り、《震》は長男であるため、足下の長男が病気であることがわかります。爻象は重陰にして不中であり、病気は必ず過寒（極度の冷え）の症です。医師がその過寒を察せず、重ねて寒涼の薬剤を与えたため、病気がいよいよ凶悪になったのです。鳥が網に離（かか）るのは「生け捕り」ということであり、未だ死に至っておらず、その病気はなお回復の望みがあります。この爻はすでに終わり、次の卦は《既済》です。《既済》とは難險を済（すく）うことができるということであり、このようにすれば病気は再び挽回できるでしょう。",null,"周易, 易経, 高島易断, 第62卦, 雷山小過, 六十四卦, 卦辞, 爻辞, 占断",1787044936562]