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風山漸、漸。女の嫁入りは吉。正しさを守るのがよい。
漸。女の嫁入りは吉。正しさを守るのがよい。
53 風山漸
序卦伝にいう。「艮は止まることである。物は永遠に止まってはいられないので、次に漸を受ける。漸とは進むことである。」卦は下が艮、上が巽である。巽は風であり木、艮は山である。風はよく入り、木は成長しやすいので、進む象がある。しかし山は止まって動かない。進もうとしても山に止められるので、その進みは速くない。正義には「万物に変化や移動があっても、ゆっくりで速くないことを漸という」とある。これがこの卦を漸と名づける理由である。
漸[62]。女の嫁入りは吉。正しさを守るのがよい。
漸を反転させた卦は帰妹であり、どちらも女性に象を取る。帰妹の少女は喜びに乗じて嫁ぐが、漸の長女が従順に嫁ぐのには及ばない。従順に嫁ぐとは、仲人が言葉を尽くし、父母が命じ、年頃になって縁づけば、次第に進んで正しい道を得ることである。ゆえに「女の嫁入りは吉」という。艮は男、兌は女で、その卦を咸というのは、男が女を娶るからである。それゆえ先に「正しさを守るのがよい」と戒め、その後に「女を娶るのは吉」と言う。漸は艮が男、巽が女で、女が男のもとへ嫁ぐので、先に「女の嫁入りは吉」といい、その後に「正しさを守るのがよい」と告げる。
彖伝にいう。「漸の進みとは、女の嫁入りが吉ということである。進んで位を得れば、進む先に功がある。正しく進めば、国を正すことができる。『その位』とは、剛が中を得たことである。止まっていてしかも従順であれば、動いて窮することがない。」
「漸」とは、順序に従って一歩ずつ進むことであり、漸進の意である。この卦は陰三爻・陽三爻から成り、すべて乾・坤から来ている。乾は父、坤は母であり、乾が三度求められて艮となれば少男、坤が一度求められて巽となれば長女となる。そこで象は「女の帰嫁」を取る。女子が嫁ぐことを「帰る」という。女子が時にかなって嫁ぎ、納采などの礼を受けて夫の家へ行くことが、漸の意味である。女の帰嫁が吉であるとは、漸次に進んで正しい位置を得るからである。女は内に正位を占め、男は外に正位を占める。女が進んで位を得れば、必ず正しさを得る。女は夫の家を自分の家とするので「帰る」といい、母が娘を嫁がせる場合は「行く」という。「進んで位を得る」ので、「行けば功がある」という。漸と蠱は上下の体が入れ替わる。蠱の九二が進んで漸の九五となるのが「位を得る」ことである。九が五の位に居て、爻と位がともに正しいので「正しさによって進む」という。夫婦は王化の根本であり、家を正し国を正すことは、すべてここを基礎とする。ゆえにその効を極めて、「邦を正すことができる」という。「剛が中を得る」とは九五を指す。「止まって巽順であり、動いて窮まらない」とは二体を合わせていう。止を体とし、順を用とするのであり、艮の篤実を本として動けば、巽の利益を生む働きとなる。だから「動いて窮まらない」という。
この卦を人事に当てはめれば、卦名は「漸」、卦の意味は進むことである。天下の事は進むことを尊ぶが、進むとは決して速やかであることを尊ぶのではなく、ゆったりと慎重であることを尊ぶ。そのゆったりした進みが「漸」である。世の人々が急いで功を求めるため、漸の道は失われてしまった。ただ「女の帰嫁」にだけ、なお漸の趣旨が残っているので、爻象は特に「女の帰嫁」を取る。男女は人倫の始めであり、人事の中でも最も重要である。屯の六二には「女子は貞にして字せず、十年にして乃ち字す」とあり、帰妹の六四には「帰るに時あり」、六五には「位、中に在り」とある。家人の彖伝にも「家を正して天下定まる」とある。易が婚姻を説く場合、多くは時を得ることを正とし、位を得ることを中とする。そこから進めば、内助の功を成し、さらに国を治める基礎を開くことができる。諸卦はこれを分けて説くが、漸だけは合わせて説く。それは漸の九五が剛にして中を得ているからである。卦は艮を止、巽を動とする。止まるべきを知って進むので、その進みには秩序があり、その働きは尽きない。身を正して朝廷を正し、朝廷を正して百官を正し、百官を正して天下を正すという道は、これ以外にはない。すべて漸次に進み、漸次に広がる働きである。
この卦を国家に当てはめると、卦象は特に「女の帰嫁」を取り、六爻もみな男女が結ばれる礼を説いているので、一見、国家とは関係がないように見える。しかし彖伝は「正しさによって進めば、邦を正すことができる」といい、国を正す道は家を正すことを基礎とするのだと分かる。詩経に「わが正妻に手本を示し、家と国を治める」とあるのは、このことをいう。漸とは、急がずゆっくり進むことである。政治において「速やかな結果を求めてはならない」という戒めも、漸の意味を取っている。国家の事は順序に従って進み、教化の働きは日に日に功を積む。聖天子は正しい位にあって天命を固く保ち、剛にして中を得、自らを正して政治を行う。内は宮中、外は国々、すべて自らの身を本として治まる。詩経の「樛木」「芣莒」の篇からも、王化の行われたのは后妃の貞静な徳を根本としたことが分かる。近きから遠きへ、次第に推し広め、汝水・濆水の間から長江・漢水の流域に及び、どこも風俗が美しくなったのは、漸次に積み重ねた結果であり、その理由があったのである。彖辞は初めに「女の帰嫁」と言うが、家を整えて国を治める道は、根本において二つではない。「止まって巽順であり、動いて窮まらない」とは、艮と巽を合わせて括った言葉である。艮は国家の社を、巽は詔命を表すので、どちらにも尽きない働きが見える。どうしてただ女子の嫁入りだけを言うものだろうか。易を読む者は、よく考え探ってその意味を得なければならない。
この卦を全体的に見ると、乾・坤の三爻と四爻が往来してできたものである。陰は進んで四の位に止まり、九は五に居て中を得る。上六は陰を陰位に置き、それぞれが所を得ている。爻は家人と同じで、異なるのは初爻が九であるか六であるかだけである。したがって、家にあっては内外が順調となり、国にあっては上下が安らかになる。彖伝と象伝は「女」を取り、爻象は「鴻」を取る。この卦は下が男の艮、上が女の巽であり、ついには帰嫁の吉となる。詩経に「鴨と雁を射る」とあり、婚礼に雁を用いた証拠である。雁は時を知って飛び、女は聘れを待つ。これが漸の意味である。しかし雁は秩序正しく飛び、長幼の礼を知る。群れにはつがいがあり、夫婦の別を重んじる。渡来には時候があり、寒暑の季節にかなう。生き物の中で、進みながら漸次に進むものとして雁ほどふさわしいものはない。そこで六爻の象は、初めは近くにとどまり、終わりには遠く飛翔する。初爻は水際をいい、進みの始めを象徴する。二爻は磐石をいい、進みの安定を象徴する。三爻は陸をいい、安住できない所である。四爻は木をいい、初めは危ういが終わりには安らかになる。五爻は陵をいい、天の高い位へ昇ることを象徴する。上爻は人の位の外に出た陸をいう。初爻が安住の所を得られないのは応がなく、進めないからである。三爻が安住の所を得られないのは徳がなく、進めないからである。四爻は剛に乗り徳もあるので安らかでいられる。上爻は高すぎるが、その徳はなお手本となるに足る。二爻と五爻は中正によって応じるので、ただこの二爻だけが吉を得る。卦の画はいつも奇数の爻を偶数の爻より先に置き、雁の秩序ある飛翔を象徴する。下卦は一つの奇爻が二つの偶爻を率い、上卦は一つの偶爻が二つの奇爻に従う。大きな雁が先に飛び、小さな雁が後に従う象である。陽は大、陰は小。これは長幼の節、先導と随従の礼、夫婦の道を表す。六爻はすべて漸をいい、初から上までそれぞれに順序がある。まさに彖辞の漸進の意味を互いに照らし合うものである。
大象伝にいう。山の上に木があるのが漸である。君子はこれにならい、賢徳に身を置いて風俗を善くする。
山の上に木があるとは、木がその所を得ていることであり、女子が嫁いで所を得るのと同じである。君子はこの象にならう。木が次第に成長するのを見て、一時に成し遂げられるものではないと知り、風俗もまた徐々に善くなるもので、一朝にして化すことはできないと悟る。まず自ら徳を身につけて手本となり、人々を次第に仁に進ませ義を磨かせれば、風俗は自然に善くなる。古くから、欠夫人の賢徳や孟光の徳は、風俗を変えるに足りると称された。まして士君子が自ら賢徳の中に身を置くなら、なおさらである。民を教化して風俗を成すには、日に日に進み、日に日に善くなる働きがある。全卦は巽という女を象に取るのに、象伝だけが「君子」と称するのは、艮が賢人を表すからである。そこで「君子は賢徳に居る」という。君子と淑女はよく配偶となり、その徳も同じで、教化の働きも同じであることを知るべきである。「善俗」は王粛の本では「風俗」とし、「居賢徳」は本義に「賢の字は衍文」とある。
【占い】
○ 時運を占う。高山に生えた木のように、春に出会って生い茂る象である。
○ 商売を占う。山は財貨を蔵し、木は生長する。また巽は商売を表し、利益が三倍になる。これを得れば、必ず次第に利益を得る。
○ 功名を占う。賢才として選ばれるに十分である。
○ 戦争を占う。三軍を前進させる際、深山の茂林に敵兵が伏せているおそれがあるので警戒せよ。
○ 婚姻を占う。必ず賢徳ある淑女であり、「君子はよき配偶を求める」という象である。
○ 家宅を占う。必ず徳ある家、仁ある里であり、君子が住む所である。
○ 病気を占う。木が土に勝つ病である。静かに家にいて養生するとよい。
○ 六甲を占う。予定日より前に生まれるなら男、後なら女である。
53 風山漸
序卦伝にいう。「艮は止まることである。物は永遠に止まってはいられないので、次に漸を受ける。漸とは進むことである。」卦は下が艮、上が巽である。巽は風であり木、艮は山である。風はよく入り、木は成長しやすいので、進む象がある。しかし山は止まって動かない。進もうとしても山に止められるので、その進みは速くない。正義には「万物に変化や移動があっても、ゆっくりで速くないことを漸という」とある。これがこの卦を漸と名づける理由である。
漸[62]。女の嫁入りは吉。正しさを守るのがよい。
漸を反転させた卦は帰妹であり、どちらも女性に象を取る。帰妹の少女は喜びに乗じて嫁ぐが、漸の長女が従順に嫁ぐのには及ばない。従順に嫁ぐとは、仲人が言葉を尽くし、父母が命じ、年頃になって縁づけば、次第に進んで正しい道を得ることである。ゆえに「女の嫁入りは吉」という。艮は男、兌は女で、その卦を咸というのは、男が女を娶るからである。それゆえ先に「正しさを守るのがよい」と戒め、その後に「女を娶るのは吉」と言う。漸は艮が男、巽が女で、女が男のもとへ嫁ぐので、先に「女の嫁入りは吉」といい、その後に「正しさを守るのがよい」と告げる。
彖伝にいう。「漸の進みとは、女の嫁入りが吉ということである。進んで位を得れば、進む先に功がある。正しく進めば、国を正すことができる。『その位』とは、剛が中を得たことである。止まっていてしかも従順であれば、動いて窮することがない。」
「漸」とは、順序に従って一歩ずつ進むことであり、漸進の意である。この卦は陰三爻・陽三爻から成り、すべて乾・坤から来ている。乾は父、坤は母であり、乾が三度求められて艮となれば少男、坤が一度求められて巽となれば長女となる。そこで象は「女の帰嫁」を取る。女子が嫁ぐことを「帰る」という。女子が時にかなって嫁ぎ、納采などの礼を受けて夫の家へ行くことが、漸の意味である。女の帰嫁が吉であるとは、漸次に進んで正しい位置を得るからである。女は内に正位を占め、男は外に正位を占める。女が進んで位を得れば、必ず正しさを得る。女は夫の家を自分の家とするので「帰る」といい、母が娘を嫁がせる場合は「行く」という。「進んで位を得る」ので、「行けば功がある」という。漸と蠱は上下の体が入れ替わる。蠱の九二が進んで漸の九五となるのが「位を得る」ことである。九が五の位に居て、爻と位がともに正しいので「正しさによって進む」という。夫婦は王化の根本であり、家を正し国を正すことは、すべてここを基礎とする。ゆえにその効を極めて、「邦を正すことができる」という。「剛が中を得る」とは九五を指す。「止まって巽順であり、動いて窮まらない」とは二体を合わせていう。止を体とし、順を用とするのであり、艮の篤実を本として動けば、巽の利益を生む働きとなる。だから「動いて窮まらない」という。
この卦を人事に当てはめれば、卦名は「漸」、卦の意味は進むことである。天下の事は進むことを尊ぶが、進むとは決して速やかであることを尊ぶのではなく、ゆったりと慎重であることを尊ぶ。そのゆったりした進みが「漸」である。世の人々が急いで功を求めるため、漸の道は失われてしまった。ただ「女の帰嫁」にだけ、なお漸の趣旨が残っているので、爻象は特に「女の帰嫁」を取る。男女は人倫の始めであり、人事の中でも最も重要である。屯の六二には「女子は貞にして字せず、十年にして乃ち字す」とあり、帰妹の六四には「帰るに時あり」、六五には「位、中に在り」とある。家人の彖伝にも「家を正して天下定まる」とある。易が婚姻を説く場合、多くは時を得ることを正とし、位を得ることを中とする。そこから進めば、内助の功を成し、さらに国を治める基礎を開くことができる。諸卦はこれを分けて説くが、漸だけは合わせて説く。それは漸の九五が剛にして中を得ているからである。卦は艮を止、巽を動とする。止まるべきを知って進むので、その進みには秩序があり、その働きは尽きない。身を正して朝廷を正し、朝廷を正して百官を正し、百官を正して天下を正すという道は、これ以外にはない。すべて漸次に進み、漸次に広がる働きである。
この卦を国家に当てはめると、卦象は特に「女の帰嫁」を取り、六爻もみな男女が結ばれる礼を説いているので、一見、国家とは関係がないように見える。しかし彖伝は「正しさによって進めば、邦を正すことができる」といい、国を正す道は家を正すことを基礎とするのだと分かる。詩経に「わが正妻に手本を示し、家と国を治める」とあるのは、このことをいう。漸とは、急がずゆっくり進むことである。政治において「速やかな結果を求めてはならない」という戒めも、漸の意味を取っている。国家の事は順序に従って進み、教化の働きは日に日に功を積む。聖天子は正しい位にあって天命を固く保ち、剛にして中を得、自らを正して政治を行う。内は宮中、外は国々、すべて自らの身を本として治まる。詩経の「樛木」「芣莒」の篇からも、王化の行われたのは后妃の貞静な徳を根本としたことが分かる。近きから遠きへ、次第に推し広め、汝水・濆水の間から長江・漢水の流域に及び、どこも風俗が美しくなったのは、漸次に積み重ねた結果であり、その理由があったのである。彖辞は初めに「女の帰嫁」と言うが、家を整えて国を治める道は、根本において二つではない。「止まって巽順であり、動いて窮まらない」とは、艮と巽を合わせて括った言葉である。艮は国家の社を、巽は詔命を表すので、どちらにも尽きない働きが見える。どうしてただ女子の嫁入りだけを言うものだろうか。易を読む者は、よく考え探ってその意味を得なければならない。
この卦を全体的に見ると、乾・坤の三爻と四爻が往来してできたものである。陰は進んで四の位に止まり、九は五に居て中を得る。上六は陰を陰位に置き、それぞれが所を得ている。爻は家人と同じで、異なるのは初爻が九であるか六であるかだけである。したがって、家にあっては内外が順調となり、国にあっては上下が安らかになる。彖伝と象伝は「女」を取り、爻象は「鴻」を取る。この卦は下が男の艮、上が女の巽であり、ついには帰嫁の吉となる。詩経に「鴨と雁を射る」とあり、婚礼に雁を用いた証拠である。雁は時を知って飛び、女は聘れを待つ。これが漸の意味である。しかし雁は秩序正しく飛び、長幼の礼を知る。群れにはつがいがあり、夫婦の別を重んじる。渡来には時候があり、寒暑の季節にかなう。生き物の中で、進みながら漸次に進むものとして雁ほどふさわしいものはない。そこで六爻の象は、初めは近くにとどまり、終わりには遠く飛翔する。初爻は水際をいい、進みの始めを象徴する。二爻は磐石をいい、進みの安定を象徴する。三爻は陸をいい、安住できない所である。四爻は木をいい、初めは危ういが終わりには安らかになる。五爻は陵をいい、天の高い位へ昇ることを象徴する。上爻は人の位の外に出た陸をいう。初爻が安住の所を得られないのは応がなく、進めないからである。三爻が安住の所を得られないのは徳がなく、進めないからである。四爻は剛に乗り徳もあるので安らかでいられる。上爻は高すぎるが、その徳はなお手本となるに足る。二爻と五爻は中正によって応じるので、ただこの二爻だけが吉を得る。卦の画はいつも奇数の爻を偶数の爻より先に置き、雁の秩序ある飛翔を象徴する。下卦は一つの奇爻が二つの偶爻を率い、上卦は一つの偶爻が二つの奇爻に従う。大きな雁が先に飛び、小さな雁が後に従う象である。陽は大、陰は小。これは長幼の節、先導と随従の礼、夫婦の道を表す。六爻はすべて漸をいい、初から上までそれぞれに順序がある。まさに彖辞の漸進の意味を互いに照らし合うものである。
大象伝にいう。山の上に木があるのが漸である。君子はこれにならい、賢徳に身を置いて風俗を善くする。
山の上に木があるとは、木がその所を得ていることであり、女子が嫁いで所を得るのと同じである。君子はこの象にならう。木が次第に成長するのを見て、一時に成し遂げられるものではないと知り、風俗もまた徐々に善くなるもので、一朝にして化すことはできないと悟る。まず自ら徳を身につけて手本となり、人々を次第に仁に進ませ義を磨かせれば、風俗は自然に善くなる。古くから、欠夫人の賢徳や孟光の徳は、風俗を変えるに足りると称された。まして士君子が自ら賢徳の中に身を置くなら、なおさらである。民を教化して風俗を成すには、日に日に進み、日に日に善くなる働きがある。全卦は巽という女を象に取るのに、象伝だけが「君子」と称するのは、艮が賢人を表すからである。そこで「君子は賢徳に居る」という。君子と淑女はよく配偶となり、その徳も同じで、教化の働きも同じであることを知るべきである。「善俗」は王粛の本では「風俗」とし、「居賢徳」は本義に「賢の字は衍文」とある。
【占い】
○ 時運を占う。高山に生えた木のように、春に出会って生い茂る象である。
○ 商売を占う。山は財貨を蔵し、木は生長する。また巽は商売を表し、利益が三倍になる。これを得れば、必ず次第に利益を得る。
○ 功名を占う。賢才として選ばれるに十分である。
○ 戦争を占う。三軍を前進させる際、深山の茂林に敵兵が伏せているおそれがあるので警戒せよ。
○ 婚姻を占う。必ず賢徳ある淑女であり、「君子はよき配偶を求める」という象である。
○ 家宅を占う。必ず徳ある家、仁ある里であり、君子が住む所である。
○ 病気を占う。木が土に勝つ病である。静かに家にいて養生するとよい。
○ 六甲を占う。予定日より前に生まれるなら男、後なら女である。
初六。鴻、干に漸む。小子は危うし。言あり、咎なし。
初六。鴻、干に漸む。小子は危うし。言あり、咎なし。
彖伝にいう。「小子の危うさも、義においては咎がない」。
鴻は水鳥で、時を知って往来し、群れをなして秩序正しく飛ぶ。伝承によれば、漢代の婚礼では雁を用いた。飛び方が乱れず、つがいを失っても再び相手を求めないことに、女の貞節の象を取ったのである。大きいものを鴻、小さいものを雁というが、同じ鳥である。彖伝が「女の帰嫁」と言うので、六爻はみな鴻をたとえに取る。「干」は水辺である。鴻が水辺へ漸次に進んでねぐらを得るのは、女が人に嫁いで身を託す所を得るのと同じである。ただし艮は少男を表すので「小子」と称する。巽は長女を表し、一方は年長、他方は年少で、年齢の差が大きい。嫁入りの時期が遅れたり、思いがけない変事が起こったりすることも避けられない。それが「小子は危うし」である。説卦伝に「成言は艮においてなされる」とある。「言あり」とは、正式な約束が成立していることをいう。女子が媒酌人の言によって嫁ぐことを許されたなら、事情が変わったからといって約束を破ってはならない。だから「言あり、咎なし」という。初爻の応は上爻にあり、初と上は高低の隔たりが大きい。そこにも夫婦の年齢、長幼の差が表れている。女が年頃を待って乱れず、礼を守って過ちがなければ、何が危ういだろうか。何の咎が残るだろうか。彖伝が「義において咎なし」と解くのは、正しい道理に立てば、咎は自然にないということである。
【占い】
○ 時運を占う。身分は低く年少で、運勢は歩み始めたばかりである。危うさはあるが咎はない。
○ 戦争を占う。川岸に軍を駐屯させるのは危険に備えよ。幸い間者の報告が届き、咎を免れる。
○ 商売を占う。商品の取引では、小人が間に入って妨害するおそれがある。しかし約束を早く成立させれば、害を免れる。
○ 功名を占う。鴻運は通じ、初めは下位にあっても、次第に進む象がある。
○ 婚姻を占う。女が年長で男が年少。媒酌の言がすでに定まっているので、年頃を待って嫁げば咎はない。
○ 家宅を占う。この家は水辺に面している。小人に病厄のおそれはあるが、大きな咎はない。
○ 病気を占う。小人には不利だが、大人には咎がない。
○ 妊娠について問う。女児が生まれる。
【例】友人が来て事業の成否を占ってほしいと頼んだ。筮して漸が家人に変じた。
断じていう。漸とは次第に進むことであり、初爻は進歩の初めの基礎である。「干」は水際で、また低い所をいう。あなたが事業を占って漸の初爻を得たので、その事業はきっと初めて始めるものだと分かる。秋の雁が初めて来て、まだ川辺を飛び集まるだけで、遠くへ翔けてはいないようなものである。どのような事業でも創業の初めには、小人が出てきて妨げるのを免れない。最初の志をしっかり守り、いったん交わした約束を変えなければ、咎はない。しかし初爻にあるので、その進みはまだ小さい。必ず四年後、上爻に至る時になって応援を得、大きな利益を得ることができる。
彖伝にいう。「小子の危うさも、義においては咎がない」。
鴻は水鳥で、時を知って往来し、群れをなして秩序正しく飛ぶ。伝承によれば、漢代の婚礼では雁を用いた。飛び方が乱れず、つがいを失っても再び相手を求めないことに、女の貞節の象を取ったのである。大きいものを鴻、小さいものを雁というが、同じ鳥である。彖伝が「女の帰嫁」と言うので、六爻はみな鴻をたとえに取る。「干」は水辺である。鴻が水辺へ漸次に進んでねぐらを得るのは、女が人に嫁いで身を託す所を得るのと同じである。ただし艮は少男を表すので「小子」と称する。巽は長女を表し、一方は年長、他方は年少で、年齢の差が大きい。嫁入りの時期が遅れたり、思いがけない変事が起こったりすることも避けられない。それが「小子は危うし」である。説卦伝に「成言は艮においてなされる」とある。「言あり」とは、正式な約束が成立していることをいう。女子が媒酌人の言によって嫁ぐことを許されたなら、事情が変わったからといって約束を破ってはならない。だから「言あり、咎なし」という。初爻の応は上爻にあり、初と上は高低の隔たりが大きい。そこにも夫婦の年齢、長幼の差が表れている。女が年頃を待って乱れず、礼を守って過ちがなければ、何が危ういだろうか。何の咎が残るだろうか。彖伝が「義において咎なし」と解くのは、正しい道理に立てば、咎は自然にないということである。
【占い】
○ 時運を占う。身分は低く年少で、運勢は歩み始めたばかりである。危うさはあるが咎はない。
○ 戦争を占う。川岸に軍を駐屯させるのは危険に備えよ。幸い間者の報告が届き、咎を免れる。
○ 商売を占う。商品の取引では、小人が間に入って妨害するおそれがある。しかし約束を早く成立させれば、害を免れる。
○ 功名を占う。鴻運は通じ、初めは下位にあっても、次第に進む象がある。
○ 婚姻を占う。女が年長で男が年少。媒酌の言がすでに定まっているので、年頃を待って嫁げば咎はない。
○ 家宅を占う。この家は水辺に面している。小人に病厄のおそれはあるが、大きな咎はない。
○ 病気を占う。小人には不利だが、大人には咎がない。
○ 妊娠について問う。女児が生まれる。
【例】友人が来て事業の成否を占ってほしいと頼んだ。筮して漸が家人に変じた。
断じていう。漸とは次第に進むことであり、初爻は進歩の初めの基礎である。「干」は水際で、また低い所をいう。あなたが事業を占って漸の初爻を得たので、その事業はきっと初めて始めるものだと分かる。秋の雁が初めて来て、まだ川辺を飛び集まるだけで、遠くへ翔けてはいないようなものである。どのような事業でも創業の初めには、小人が出てきて妨げるのを免れない。最初の志をしっかり守り、いったん交わした約束を変えなければ、咎はない。しかし初爻にあるので、その進みはまだ小さい。必ず四年後、上爻に至る時になって応援を得、大きな利益を得ることができる。
六二。鴻、磐に漸む。飲食、衎衎たり。吉。
六二。鴻、磐に漸む[63]。飲食、衎衎たり。吉。
彖伝にいう。「飲食が和らぎ楽しげなのは、いたずらに飽食しているのではない」。
磐とは水中の平らな石である。「衎衎」は和らぎ楽しむさま。「鴻、磐に漸む」とは、飲む水があり、蒲や魚、稲や梁を食べられるので、十分に楽しめるということだ。女が夫に嫁ぎ、夫婦が合杯して飲み、同じ牢を食べる姿にたとえられる。まさに「家室に宜しく、家にも宜しく、和楽して楽しむ」というところである。二爻と五爻は応じるので、夫婦の組み合わせとなる。婦人に賢徳があり、内助の功を尽くせるので、決して夫の家の食をただ食べているだけではない。彖伝が「いたずらに飽食するのではない」と解くのは、この意味である。
【占い】
○ 時運を占う。安楽を得たうえ、酔い楽しみ、満ち足りて憂いがない。吉。
○ 戦争を占う。兵糧が十分で軍心も喜び、磐石のように安定する象がある。
○ 商売を占う。二爻は巽の中にあり、巽は商売と利益を表す。爻辞の「干」から「磐」へ進むのは、次第に高まり進む勢いであり、吉。
○ 功名を占う。嘉賓を迎えて宴を楽しむ象があり、名を成すことは確実である。吉。
○ 婚姻を占う。二爻と五爻が応じるので、二と五を婚姻の組み合わせとする。二五ともに吉で、百年の偕老を詠うことができる。
○ 家宅を占う。この家は地盤が固く、一家が和らぎ楽しむ。吉。
○ 病気を占う。飲食の過度によるものなので、食を消化させ胃を整えれば、ほどなく治る。
○ 妊娠について問う。女児が生まれる。
【例】明治二十三年、ある高貴な人物の気運を占い、漸が巽に変じた。
断じていう。漸とは次第に進むことである。乱から治へ、衰えから盛んへ進むのは、いずれも漸進の象である。今、北海道庁の気運を占って漸の二爻を得た。爻辞に「鴻、磐に漸む」とある。「干」から「磐」へ進むのは、漸次に高くなることである。北海道庁の治まりは、必ず日に日に進み、日に日に盛んになるだろう。さらに爻辞に「飲食、衎衎たり」とある。北海一帯は魚や蜃・蛤の多い土地であり、飲食を供する産物が豊かである。民はこの地に住んでその利益を得、家々は豊かになり、和やかに楽しく暮らし、自然に「飲食、衎衎たり」の喜びを得る。爻辞が「吉」というのも、まことに明らかである。
【例】明治三十二年、北海道庁の気運を占い、漸が巽に変じた。
断じていう。漸とは次第に進むことである。乱から治へ、衰えから盛んへ進むのは、いずれも漸進の象である。今、北海道庁の気運を占って漸の二爻を得た。爻辞に「鴻、磐に漸む」とある。「干」から「磐」へ進むのは、漸次に高くなることである。北海道庁の治まりは、必ず日に日に進み、日に日に盛んになるだろう。さらに爻辞に「飲食、衎衎たり」とある。北海一帯は魚や蜃・蛤の多い土地であり、飲食を供する産物が豊かである。民はこの地に住んでその利益を得、家々は豊かになり、和やかに楽しく暮らし、自然に「飲食、衎衎たり」の喜びを得る。爻辞が「吉」というのも、まことに明らかである。
彖伝にいう。「飲食が和らぎ楽しげなのは、いたずらに飽食しているのではない」。
磐とは水中の平らな石である。「衎衎」は和らぎ楽しむさま。「鴻、磐に漸む」とは、飲む水があり、蒲や魚、稲や梁を食べられるので、十分に楽しめるということだ。女が夫に嫁ぎ、夫婦が合杯して飲み、同じ牢を食べる姿にたとえられる。まさに「家室に宜しく、家にも宜しく、和楽して楽しむ」というところである。二爻と五爻は応じるので、夫婦の組み合わせとなる。婦人に賢徳があり、内助の功を尽くせるので、決して夫の家の食をただ食べているだけではない。彖伝が「いたずらに飽食するのではない」と解くのは、この意味である。
【占い】
○ 時運を占う。安楽を得たうえ、酔い楽しみ、満ち足りて憂いがない。吉。
○ 戦争を占う。兵糧が十分で軍心も喜び、磐石のように安定する象がある。
○ 商売を占う。二爻は巽の中にあり、巽は商売と利益を表す。爻辞の「干」から「磐」へ進むのは、次第に高まり進む勢いであり、吉。
○ 功名を占う。嘉賓を迎えて宴を楽しむ象があり、名を成すことは確実である。吉。
○ 婚姻を占う。二爻と五爻が応じるので、二と五を婚姻の組み合わせとする。二五ともに吉で、百年の偕老を詠うことができる。
○ 家宅を占う。この家は地盤が固く、一家が和らぎ楽しむ。吉。
○ 病気を占う。飲食の過度によるものなので、食を消化させ胃を整えれば、ほどなく治る。
○ 妊娠について問う。女児が生まれる。
【例】明治二十三年、ある高貴な人物の気運を占い、漸が巽に変じた。
断じていう。漸とは次第に進むことである。乱から治へ、衰えから盛んへ進むのは、いずれも漸進の象である。今、北海道庁の気運を占って漸の二爻を得た。爻辞に「鴻、磐に漸む」とある。「干」から「磐」へ進むのは、漸次に高くなることである。北海道庁の治まりは、必ず日に日に進み、日に日に盛んになるだろう。さらに爻辞に「飲食、衎衎たり」とある。北海一帯は魚や蜃・蛤の多い土地であり、飲食を供する産物が豊かである。民はこの地に住んでその利益を得、家々は豊かになり、和やかに楽しく暮らし、自然に「飲食、衎衎たり」の喜びを得る。爻辞が「吉」というのも、まことに明らかである。
【例】明治三十二年、北海道庁の気運を占い、漸が巽に変じた。
断じていう。漸とは次第に進むことである。乱から治へ、衰えから盛んへ進むのは、いずれも漸進の象である。今、北海道庁の気運を占って漸の二爻を得た。爻辞に「鴻、磐に漸む」とある。「干」から「磐」へ進むのは、漸次に高くなることである。北海道庁の治まりは、必ず日に日に進み、日に日に盛んになるだろう。さらに爻辞に「飲食、衎衎たり」とある。北海一帯は魚や蜃・蛤の多い土地であり、飲食を供する産物が豊かである。民はこの地に住んでその利益を得、家々は豊かになり、和やかに楽しく暮らし、自然に「飲食、衎衎たり」の喜びを得る。爻辞が「吉」というのも、まことに明らかである。
九三。鴻、陸に漸む。夫は征して復らず、婦は孕めども育たず。凶。寇を御するに利あり。
九三。鴻、陸に漸む。夫は征して復らず、婦は孕めども育たず。凶。寇を御するに利あり。
彖伝にいう。「夫は征して復らず」とは、仲間を離れたのである。「婦は孕めども育たず」とは、その道を失ったのである。「寇を御するに利あり」とは、順に従って互いに守るのである。
「陸」とは、高く平らな地で、雁が集まる所である。九三の剛健な陽爻を夫とし、六四の柔順な陰爻を婦とする。しかも三と六は正しく応じ、六もまた「陸」と称される。内から外へ進むのが征である。三は外なる陸へ進み、内なる陸を捨てるので、「復らず」という。上卦の互卦は離で、離は大腹を表し、妊娠の象である。下卦の互卦は坎で、坎は災いと鬼を表し、子を産めない象である。三と四は隣り合う爻として私通し、人倫の大綱を壊し、漸進の大義に背いている。このような者が、どうして家庭の和睦を得、夫婦そろって老い、子を産み育てて子孫の福を継ぐことができようか。ゆえに「夫は進んで復らず、婦は妊娠しても子を産まない。凶」というのである。また雁は、鳴いて葦の矢を避けるよう互いに知らせ、夜の警戒を呼びかけ、飛ぶときは連れ立ち、止まるときは互いに守る。これもまた外敵を防ぐ象であるから、「寇を防ぐによろしい」という。雁の雄雌は、人の夫婦にたとえられる。雄が飛び去って帰らなければ群れを離れたことになり、胎孕の道は成長して育つことを期するものなのに、妊娠しても育たなければ、その道を失うことになる。雄雌が互いに守り合うことが、「寇を防ぎ」「順って相保つ」ゆえんである。彖伝はこれを一句ずつ解釈しており、まことに見事である。
【占い】
○ 時運を問う:運勢の道筋が正しくない。外からの災いに注意せよ。
○ 戦争を問う:守備にはよいが、進軍にはよくない。
○ 商売を問う:利益は望みにくい。盗難や強盗の恐れに注意せよ。
○ 功名を問う:軍務または政務に従事してこそ名を得られる。
○ 婚姻を問う:初めは乱れ、終わりには離別する憾みに注意せよ。
○ 家宅を問う:この家は出産に不利である。
○ 病気を問う:女性の出産では、母子ともに無事とはいかない恐れがある。
○ 妊娠について問う。女児が生まれる。
【例】かつて私が獄中にいたころ、和田某という獄吏が突然私に言った。「今回の罪案を、なぜ占ってみないのですか」以前、私は自分の運勢を占って艮から漸を得ており、その詳しい判断は第三爻の条に記してある。今また一度占うと、漸から観を得た。
判断して言った。「夫は進んで復らず」とは、この事件はすでに過ぎ去り、もはや追及されないという意味である。「婦は孕む」とは災いの芽をいい、「育たず」とはこの事件が再び枝葉を生じないことをいう。「寇を防ぐ」とは裁判を担当する官吏を指し、「順って相保つ」とは、必ず私の身を守ってくれるという意味である。ただし、ここでいう相互の保護者は、和田氏でなければならない。
その一、二旬後、前の奉行が退職し、清水某が後任となった。和田氏は奉行の次席であったので、二人は相談し、私の徒刑五十か月を二十か月に減じ、私は罪を免れて出獄することができた。
彖伝にいう。「夫は征して復らず」とは、仲間を離れたのである。「婦は孕めども育たず」とは、その道を失ったのである。「寇を御するに利あり」とは、順に従って互いに守るのである。
「陸」とは、高く平らな地で、雁が集まる所である。九三の剛健な陽爻を夫とし、六四の柔順な陰爻を婦とする。しかも三と六は正しく応じ、六もまた「陸」と称される。内から外へ進むのが征である。三は外なる陸へ進み、内なる陸を捨てるので、「復らず」という。上卦の互卦は離で、離は大腹を表し、妊娠の象である。下卦の互卦は坎で、坎は災いと鬼を表し、子を産めない象である。三と四は隣り合う爻として私通し、人倫の大綱を壊し、漸進の大義に背いている。このような者が、どうして家庭の和睦を得、夫婦そろって老い、子を産み育てて子孫の福を継ぐことができようか。ゆえに「夫は進んで復らず、婦は妊娠しても子を産まない。凶」というのである。また雁は、鳴いて葦の矢を避けるよう互いに知らせ、夜の警戒を呼びかけ、飛ぶときは連れ立ち、止まるときは互いに守る。これもまた外敵を防ぐ象であるから、「寇を防ぐによろしい」という。雁の雄雌は、人の夫婦にたとえられる。雄が飛び去って帰らなければ群れを離れたことになり、胎孕の道は成長して育つことを期するものなのに、妊娠しても育たなければ、その道を失うことになる。雄雌が互いに守り合うことが、「寇を防ぎ」「順って相保つ」ゆえんである。彖伝はこれを一句ずつ解釈しており、まことに見事である。
【占い】
○ 時運を問う:運勢の道筋が正しくない。外からの災いに注意せよ。
○ 戦争を問う:守備にはよいが、進軍にはよくない。
○ 商売を問う:利益は望みにくい。盗難や強盗の恐れに注意せよ。
○ 功名を問う:軍務または政務に従事してこそ名を得られる。
○ 婚姻を問う:初めは乱れ、終わりには離別する憾みに注意せよ。
○ 家宅を問う:この家は出産に不利である。
○ 病気を問う:女性の出産では、母子ともに無事とはいかない恐れがある。
○ 妊娠について問う。女児が生まれる。
【例】かつて私が獄中にいたころ、和田某という獄吏が突然私に言った。「今回の罪案を、なぜ占ってみないのですか」以前、私は自分の運勢を占って艮から漸を得ており、その詳しい判断は第三爻の条に記してある。今また一度占うと、漸から観を得た。
判断して言った。「夫は進んで復らず」とは、この事件はすでに過ぎ去り、もはや追及されないという意味である。「婦は孕む」とは災いの芽をいい、「育たず」とはこの事件が再び枝葉を生じないことをいう。「寇を防ぐ」とは裁判を担当する官吏を指し、「順って相保つ」とは、必ず私の身を守ってくれるという意味である。ただし、ここでいう相互の保護者は、和田氏でなければならない。
その一、二旬後、前の奉行が退職し、清水某が後任となった。和田氏は奉行の次席であったので、二人は相談し、私の徒刑五十か月を二十か月に減じ、私は罪を免れて出獄することができた。
九四:雁は次第に木に進む。あるいはその桷を得る。咎なし。
九四:雁は次第に木に進む。あるいはその桷を得る。咎なし。
彖伝はいう。「あるいはその桷を得る」とは、順って巽うことである。
四は巽の初めに居り、巽は木を表す。雁は水鳥で、本来は木に宿らない。「桷」とは、枝の中でも太く平らなものをいう。木の枝の中に方正で平らな桷を得れば、足を置くこともできる。「あるいは」とは、幸いにそれを得たという言葉である。これは雁が居場所を失ったことによって、婦人が居場所を失ったことをたとえている。四の夫は三にあり、三は「進んで復らない」ので、四の婦はその居所を失う。しかし、たまたまその桷を得てそこに集えば、咎はない。巽順にして自らを守り、婦道の正しさを失わなければ、夫がなくてもよいのである。
【占い】
○ 時運を問う:運勢は正道を失っている。ただ柔順に身を処し、境遇に従って安らぎを得れば、咎はない。
○ 商売を問う:わずかな得はあり、かろうじて咎を免れる。
○ 戦争を問う:よりどころを得た。敵勢はすでに衰えている。
○ 功名を問う:競争に携わっても、得るものは少ない。
○ 病気を問う:病は肝木の盛んなことにある。気を調え、養生せよ。
○ 家宅を問う:この家には独り暮らしの婦人が多く、よくない相手に出会った感がある。
○ 行人を問う:外で年を失い、ただ身を寄せて過ごしているので、しばらく帰らない。
○ 妊娠:男児が生まれる。
【例】旧大垣藩主で華族の戸田氏は、母堂に仕えるため、私の神奈川の別荘を借り、数か月静養していた。医師の戸塚文海氏は一日おきに東京から来て診察した。ある日、戸塚氏が私に言った。「戸田太君の病を診たところ、四、五日前はかなり心配な状態でしたが、近ごろは少し軽快しています。ただ老衰なので、早い回復は望めません。」私は答えた。「先日、代わって占ったところ、漸が遁に変じました。今、爻辞を考えてみると、太君の最近の病は心配ない。ただし、明後年に寿命の限りに障りがある恐れがあります。」
戸塚氏はうつむいて黙った。すると松野家の家老が進み出て尋ねた。「わが太君の命は、明後年に終わるのでしょうか。」私は答えた。「どうか他人には話さないでください。」それから三年後、太君は果たして逝去した。葬儀の日、戸塚氏は以前の言葉を思い出し、易の理の予知に感嘆した。漸は長女を表し、この卦は帰魂卦である。四爻から上爻までが三爻なので三年を表す。これによって死期をあらかじめ推し定めることができたのである。
彖伝はいう。「あるいはその桷を得る」とは、順って巽うことである。
四は巽の初めに居り、巽は木を表す。雁は水鳥で、本来は木に宿らない。「桷」とは、枝の中でも太く平らなものをいう。木の枝の中に方正で平らな桷を得れば、足を置くこともできる。「あるいは」とは、幸いにそれを得たという言葉である。これは雁が居場所を失ったことによって、婦人が居場所を失ったことをたとえている。四の夫は三にあり、三は「進んで復らない」ので、四の婦はその居所を失う。しかし、たまたまその桷を得てそこに集えば、咎はない。巽順にして自らを守り、婦道の正しさを失わなければ、夫がなくてもよいのである。
【占い】
○ 時運を問う:運勢は正道を失っている。ただ柔順に身を処し、境遇に従って安らぎを得れば、咎はない。
○ 商売を問う:わずかな得はあり、かろうじて咎を免れる。
○ 戦争を問う:よりどころを得た。敵勢はすでに衰えている。
○ 功名を問う:競争に携わっても、得るものは少ない。
○ 病気を問う:病は肝木の盛んなことにある。気を調え、養生せよ。
○ 家宅を問う:この家には独り暮らしの婦人が多く、よくない相手に出会った感がある。
○ 行人を問う:外で年を失い、ただ身を寄せて過ごしているので、しばらく帰らない。
○ 妊娠:男児が生まれる。
【例】旧大垣藩主で華族の戸田氏は、母堂に仕えるため、私の神奈川の別荘を借り、数か月静養していた。医師の戸塚文海氏は一日おきに東京から来て診察した。ある日、戸塚氏が私に言った。「戸田太君の病を診たところ、四、五日前はかなり心配な状態でしたが、近ごろは少し軽快しています。ただ老衰なので、早い回復は望めません。」私は答えた。「先日、代わって占ったところ、漸が遁に変じました。今、爻辞を考えてみると、太君の最近の病は心配ない。ただし、明後年に寿命の限りに障りがある恐れがあります。」
戸塚氏はうつむいて黙った。すると松野家の家老が進み出て尋ねた。「わが太君の命は、明後年に終わるのでしょうか。」私は答えた。「どうか他人には話さないでください。」それから三年後、太君は果たして逝去した。葬儀の日、戸塚氏は以前の言葉を思い出し、易の理の予知に感嘆した。漸は長女を表し、この卦は帰魂卦である。四爻から上爻までが三爻なので三年を表す。これによって死期をあらかじめ推し定めることができたのである。
九五:雁は次第に陵に進む。婦は三年孕まず、ついにはこれに勝つものなし。吉。
九五:雁は次第に陵に進む。婦は三年孕まず、ついにはこれに勝つものなし。吉。
彖伝はいう。「ついにはこれに勝つものなし、吉」とは、願うところを得ることである。
『爾雅』に「大きな丘を陵という」とあり、また八陵として北陵・西俞・雁門などがある。この陵は北陵、すなわち雁の故郷を指すのであろう。『月令』には「季秋には雁が賓として来る」とある。雁が南へ来るのは客としてであり、北陵こそ故郷で、妊娠・養育も故郷で行う。五は二と正しく応じ、夫婦の関係にあるので、「雁は次第に陵に進む」とは、夫婦が家に住むことをたとえる。三から五までの互卦は離で、離は大腹を表すが、三が動けば離が壊れるため「孕まず」という。二から五までを数えると三爻を経るので、「三年」の象である。艮は少男、巽は長女を表す。女は結婚できる年齢になっているのに、男はまだ元服していないので、子を生むことができない。しかし時が至り、陰陽が和合すれば、自然に妊娠する。男は年少で女は年長、女のほうが勝っているように見えるが、二と五は正しく応じ、内外の配合も適切で、夫が唱え婦が従う。ゆえに「ついにはこれに勝つものなし」という。時が至って妊娠すれば、双方が願いを得るので吉であることは明らかだ。また、次のようにもいえる。この卦では三と五がともに婦について述べる。九五が二を婦とするのは正しいが、九三が四を婦とするのは正しくない。したがって三と四は隣り合って夫婦となり、妊娠してもあえて育てられない。女の嫁入りが漸を経ていないので凶である。二と五は相応によって夫婦となり、妊娠しなくても願うところを得る。女の嫁入りが漸を経ているので吉なのである。
【占い】
○ 時運を問う:運勢は中正である。三年後には、進むところすべてに不利なく、吉。
○ 戦争を問う:軍を大きな丘に駐屯させよ。三年後には向かうところ敵なく、吉。
○ 功名を問う:三年後には必ず成し遂げる。
○ 商売を問う:目下は利益を望みにくいが、上爻に至れば自然に大きな利益を独占できる。すなわち三年後である。
○ 婚姻を問う:子を得るのはやや遅いが、吉。
○ 家宅を問う:家は大きな gò に囲まれ、吉。
○ 妊娠:男児が生まれる。
【例】ある商人が来て運勢を占い、漸が艮に変じた。
判断して言った。五は外卦の中央にあり、進歩はすでに高いところに達している。大きな丘の上に漸進して、もう先へ進む余地がない。あなたが運勢を占ってこの爻を得たので、商売に携わって長年になるが、事業は次第に進展して高まっても、すぐに利益を得ることはできないと分かる。雁の雄雌が連れ立ち、一方が大きく一方が小さく、すぐには子をなせないようなものである。雁が三年を待って孕むように、商売も三年後になって初めて大きな利益を得られる。「ついにはこれに勝つものなし」とは、他人があなたに及ばないという意味である。爻辞に「吉」とあるから、吉であることは明らかだ。象は「願うところを得る」というので、あなたが生涯抱いてきた志願は成し遂げられる。
彖伝はいう。「ついにはこれに勝つものなし、吉」とは、願うところを得ることである。
『爾雅』に「大きな丘を陵という」とあり、また八陵として北陵・西俞・雁門などがある。この陵は北陵、すなわち雁の故郷を指すのであろう。『月令』には「季秋には雁が賓として来る」とある。雁が南へ来るのは客としてであり、北陵こそ故郷で、妊娠・養育も故郷で行う。五は二と正しく応じ、夫婦の関係にあるので、「雁は次第に陵に進む」とは、夫婦が家に住むことをたとえる。三から五までの互卦は離で、離は大腹を表すが、三が動けば離が壊れるため「孕まず」という。二から五までを数えると三爻を経るので、「三年」の象である。艮は少男、巽は長女を表す。女は結婚できる年齢になっているのに、男はまだ元服していないので、子を生むことができない。しかし時が至り、陰陽が和合すれば、自然に妊娠する。男は年少で女は年長、女のほうが勝っているように見えるが、二と五は正しく応じ、内外の配合も適切で、夫が唱え婦が従う。ゆえに「ついにはこれに勝つものなし」という。時が至って妊娠すれば、双方が願いを得るので吉であることは明らかだ。また、次のようにもいえる。この卦では三と五がともに婦について述べる。九五が二を婦とするのは正しいが、九三が四を婦とするのは正しくない。したがって三と四は隣り合って夫婦となり、妊娠してもあえて育てられない。女の嫁入りが漸を経ていないので凶である。二と五は相応によって夫婦となり、妊娠しなくても願うところを得る。女の嫁入りが漸を経ているので吉なのである。
【占い】
○ 時運を問う:運勢は中正である。三年後には、進むところすべてに不利なく、吉。
○ 戦争を問う:軍を大きな丘に駐屯させよ。三年後には向かうところ敵なく、吉。
○ 功名を問う:三年後には必ず成し遂げる。
○ 商売を問う:目下は利益を望みにくいが、上爻に至れば自然に大きな利益を独占できる。すなわち三年後である。
○ 婚姻を問う:子を得るのはやや遅いが、吉。
○ 家宅を問う:家は大きな gò に囲まれ、吉。
○ 妊娠:男児が生まれる。
【例】ある商人が来て運勢を占い、漸が艮に変じた。
判断して言った。五は外卦の中央にあり、進歩はすでに高いところに達している。大きな丘の上に漸進して、もう先へ進む余地がない。あなたが運勢を占ってこの爻を得たので、商売に携わって長年になるが、事業は次第に進展して高まっても、すぐに利益を得ることはできないと分かる。雁の雄雌が連れ立ち、一方が大きく一方が小さく、すぐには子をなせないようなものである。雁が三年を待って孕むように、商売も三年後になって初めて大きな利益を得られる。「ついにはこれに勝つものなし」とは、他人があなたに及ばないという意味である。爻辞に「吉」とあるから、吉であることは明らかだ。象は「願うところを得る」というので、あなたが生涯抱いてきた志願は成し遂げられる。
上九:雁は次第に陸に進む。その羽は儀礼の飾りに用いることができ、吉。
上九:雁は次第に陸に進む。その羽は儀礼の飾りに用いることができ、吉。
象伝はいう。「その羽は儀礼の飾りに用いることができ、吉」とは、乱してはならないということである。
上と三はいずれも卦の極みに位置するので、ともに「陸」と称する。漸の六爻はすべて雁の象を取り、夫婦をたとえている。これは彖辞の「女の帰嫁」の趣旨に基づく。三の漸が陸に至るのは、夫道が正しくなく、そのため婦が居所を失うことを示し、雁の雄雌が寄り添って守るのには及ばない。上もやはり陸であり、やはり漸であるが、礼に従って互いに接するので、人々は皆その美を称える。これは単に奥向きの模範を示すだけでなく、国家の調和ある儀礼を打ち立てるにも足りる。一枚の羽は本来軽いものだが、先王が礼を定めたとき、納采や問名にも羽を用いた。それは、雄雌がつがいになって乱れないからではないか。夫婦の道もまた同じである。ゆえに「その羽は儀礼の飾りに用いることができる」という。「女の帰嫁の吉」とは、これをいうのではないか。
【占い】
○ 時運を問う:気運は盛んで、世に出て力を用いることができる。吉。
○ 戦争を問う:平地から進軍すれば、威儀は赫々として、攻めれば必ず勝つ。
○ 商売を問う:商品は良く、価格も高く、必ず利益を得る。
○ 功名を問う:世に出て用いられ、天下の模範となることができる。
○ 婚姻について問う。吉。
○ 家宅を問う:この家は地位が高く、眺めにも輝きがあり、吉。
○ 六甲を問う:男児が生まれる。
【例】明治十九年、横浜でコレラが流行した。横浜の各店では、家族が皆、神奈川の別荘へ避疫し、東京の友人たちは東京へ戻った。私は遠方から来て学んでいた八人を連れて、箱根の木賀へ赴いた。ある日、東京の門人で判事の尾藤某から書状が届いた。「このたび命を受け、越後高田裁判所長として赴任することになりました。出発前に自分で占いましたが、爻象がよくありません。どうか改めて運勢を占ってください。」占うと、漸が蹇に変じた。
判断して言った。卦全体は漸進を意味し、爻が上六に至れば漸進の意味は終わり、もう進むことはできない。これは、暖気が戻り氷が解け、雁が北へ帰る時である。尾藤氏の運勢を占ってこの上爻を得たので、北国高田の判事に新たに任命されたことが分かる。「雁は次第に陸に進む」という爻辞は実情にぴったり合い、本来は吉象である。しかしこの爻は、易三百八十四爻の中の帰魂八爻の一つであり、これに当たると、占う者の生命に障りがある。私は嘆息して言った。「氏は私の門人の中でも傑出した人物で、将来私の易学を継ぐのはこの人である。まことに惜しいことだ。」
その時、この判断を聞いた従者たちは皆、「同じ座敷に共にいるのに、どうして一度の占いだけで、突然必ず死ぬと断定できるのか」と言った。その後、尾藤氏は高田へ赴任し、ほどなくして果たして亡くなった。
象伝はいう。「その羽は儀礼の飾りに用いることができ、吉」とは、乱してはならないということである。
上と三はいずれも卦の極みに位置するので、ともに「陸」と称する。漸の六爻はすべて雁の象を取り、夫婦をたとえている。これは彖辞の「女の帰嫁」の趣旨に基づく。三の漸が陸に至るのは、夫道が正しくなく、そのため婦が居所を失うことを示し、雁の雄雌が寄り添って守るのには及ばない。上もやはり陸であり、やはり漸であるが、礼に従って互いに接するので、人々は皆その美を称える。これは単に奥向きの模範を示すだけでなく、国家の調和ある儀礼を打ち立てるにも足りる。一枚の羽は本来軽いものだが、先王が礼を定めたとき、納采や問名にも羽を用いた。それは、雄雌がつがいになって乱れないからではないか。夫婦の道もまた同じである。ゆえに「その羽は儀礼の飾りに用いることができる」という。「女の帰嫁の吉」とは、これをいうのではないか。
【占い】
○ 時運を問う:気運は盛んで、世に出て力を用いることができる。吉。
○ 戦争を問う:平地から進軍すれば、威儀は赫々として、攻めれば必ず勝つ。
○ 商売を問う:商品は良く、価格も高く、必ず利益を得る。
○ 功名を問う:世に出て用いられ、天下の模範となることができる。
○ 婚姻について問う。吉。
○ 家宅を問う:この家は地位が高く、眺めにも輝きがあり、吉。
○ 六甲を問う:男児が生まれる。
【例】明治十九年、横浜でコレラが流行した。横浜の各店では、家族が皆、神奈川の別荘へ避疫し、東京の友人たちは東京へ戻った。私は遠方から来て学んでいた八人を連れて、箱根の木賀へ赴いた。ある日、東京の門人で判事の尾藤某から書状が届いた。「このたび命を受け、越後高田裁判所長として赴任することになりました。出発前に自分で占いましたが、爻象がよくありません。どうか改めて運勢を占ってください。」占うと、漸が蹇に変じた。
判断して言った。卦全体は漸進を意味し、爻が上六に至れば漸進の意味は終わり、もう進むことはできない。これは、暖気が戻り氷が解け、雁が北へ帰る時である。尾藤氏の運勢を占ってこの上爻を得たので、北国高田の判事に新たに任命されたことが分かる。「雁は次第に陸に進む」という爻辞は実情にぴったり合い、本来は吉象である。しかしこの爻は、易三百八十四爻の中の帰魂八爻の一つであり、これに当たると、占う者の生命に障りがある。私は嘆息して言った。「氏は私の門人の中でも傑出した人物で、将来私の易学を継ぐのはこの人である。まことに惜しいことだ。」
その時、この判断を聞いた従者たちは皆、「同じ座敷に共にいるのに、どうして一度の占いだけで、突然必ず死ぬと断定できるのか」と言った。その後、尾藤氏は高田へ赴任し、ほどなくして果たして亡くなった。