高島易断 · 卦ごとの解説

高島易断 · 易経 第 1 卦 乾は天。乾は、元いに亨りて貞しきに利あり。

乾は天。乾は、元いに亨りて貞しきに利あり。

01 乾は天

「乾」[1]という字は、もとは「?」と書かれ、この卦の三つの奇、すなわち純陽の爻が三本連なり、完全な形を表したものである。後には三という数字を表すために仮借された。左側は「?」に従い、中央は太陽を、上下はその光線をかたどり、太陽が光を放つ姿を示している。乾の性質を人に当てはめれば、気力が充実し、剛健であるという意味になる。『説卦伝』に「乾は健である」とある。天の性質は至って剛く、その徳は至って健やかであり、その形は完全で充実している。その運行は力強く進み、少しも絶えることがない。ゆえに、この卦と字をもってその性質を表すのである。



乾は、元いに亨りて貞しきに利あり。

この五字は文王が付したもので、「彖辞」と呼ばれる。乾が天であることは前に述べた。人に当てはめれば、君主であり、父であり、夫である。天が地を包み、君主が民を養い、父が子を育て、夫が妻を導く。その道理は一つである。「元亨利貞」の四つは乾の徳である。乾は純陽の性を備え、この四徳を兼ねる。ゆえにその気は宇宙に満ち、一瞬たりとも途切れない。これを、健やかで息むことがないというのである。人が乾の健を手本とすれば、自然に気力が充実し、上を仰いでも下を俯いても恥じることがない。孟子のいう「浩然の気、至大至剛、義と道に配し、これによって萎えることがない」というものがこれである。これこそ天命の徳を身に受けた聖人である。

「元」とは、始まり、大いなるもの、仁であり、朽ちず壊れず、天地の大徳として万物を生むものである。「元」は「二」と「人」から成り、「仁」や「天」の字も同じである。天にあっては元、人にあっては仁となる。仁者が自分を愛する心を他人にも及ぼすのと同じである。



「亨」とは、通じることである。万物が生じ始め、成長して成就するという意味である。人においては礼に当たる。人が世に処するには、礼を守り謙譲を重んじれば、生きることを好む情を起こさせることができ、それは仁の広い愛と同じである。

「利」とは、宜しく、吉であること、万物が発達してその生を遂げることである。人にあっては義であり、利益を見れば義を思う。利と義は相反するように見えるが、実は互いに補い合う。義を利とすれば、利はすなわち義である。「義」[2]の字は「羊」と「我」から成る。私は羊を飼い、その毛で衣を作り、その肉を食べる。自分の力で自らを養い、外のものを慕い求めないのである。「義」とは宜しきことであり、利を正しく得ることである。「利」の字について、『説文解字』は「刀と和に従う」と説く。和して初めて利がある。字形はもと「和」の省略形から成り、古くは「利とは義の和なり」といった。



「貞」とは正しいことであり、貞正・貞常・貞固の意味を兼ねる。人にあっては智である。内には神明を胸に抱く姿があり、外には堅く正しく、揺るがない節操がある。そうして守るべきものを守り、なすべきことをなし、ついにはよい結末を保つことができる。ゆえに「貞固なれば、もって事を成すに足る」という。



「元亨」とは、物が初めて通じることである。時でいえば春から夏へ、日にいえば明け方から昼へ、人でいえば幼少から壮年へ、草木でいえば萌芽から繁茂へ至ることである。「利貞」とは、物が成就したのち、再びその根に帰ることである。時でいえば秋から冬へ、日にいえば夕映えから夜へ、人でいえば壮年から老年へ、草木でいえば実を結んで落ちるまでである。人の君主たる者は乾天を手本とすべきである。ゆえに天下を治める道は、仁をもって万物を養うことより大きいものはない。君主が仁を体現すれば、天下の人々は皆その徳を受ける。『文言伝』に「君子は仁を体現し、もって人の長となるに足る」とある。また、この卦の爻象は君主だけに限られるものではない。下は庶民の男女に至るまで、父となる者、夫となる者もまた、その卦象・卦義・卦の働きを同じくする。類推して広げるべきである。「元亨」の二字は、もっぱら乾の全体に備わる徳性について述べ、「利貞」の二字には、さらに聖人の教誡の趣旨が含まれている。なぜなら「貞」は正しく、「利」は宜しいことだからであり、宜しいことを行い、正しいことを守るのを尊ぶのである。人事に当てはめれば、剛健で進取する性質は必ず必要である。しかし自分の勇気や毅然とした決断、果敢さを頼みとして、弱い者を侮り、柔和な者を押さえつけ、愚かな者を欺くなら、それは自ら過失に陥ることである。ただ貞正であってこそ、最後までそれを克服できる。ゆえに深く戒めて「利貞」と述べるのである。

『彖伝』にいう。「大いなるかな乾元。万物はこれに始まりを取り、そこで天を統べる。雲は行き、雨は施され、万物はそれぞれの形を成す。大いなる明るさは始めと終わりを照らし、六つの位は時に応じて成る。時に応じて六龍に乗り、天を治める。乾の道は変化し、万物はそれぞれその性と命を正しくする。大いなる調和を保ち合わせる。ゆえに貞であることが利となる。万物に先んじて現れ、万国をことごとく安寧にする。」

六十四卦は乾に始まり、未済に終わる。未済の卦は、離火の性質が上昇し、坎水の性質が下降するので、水と火が交わらない象である。剛と柔が位を失い、事はいまだ成らない。ゆえに未済という。しかし未済は、成し遂げられないという意味ではなく、時機を待って成し遂げるということである。六十四卦は循環してやむことがなく、未済の終わりは、再び乾天の始まりへ帰る。乾は太陽であり、その陽光が照らすところ、万物は生育する。ゆえに大地はその照明を受け、水気が蒸発して雲となり、降って雨となる。寒暑・燥湿、四時の循環は、少しの間も止まらない。精気が凝結して万物が形を成すが、これらはすべて乾元一気の功徳に始まる。ゆえに孔子はこれを讃えて、「大いなるかな乾元。万物はこれに始まりを取り、そこで天を統べる。雲は行き、雨は施され、万物はそれぞれの形を成す」といった。「乾元」とは陰陽をともに含む呼び名である。すべての物には必ず始まりがあり、また必ず終わりがある。今、六爻の位[3]によってその道理を示せば、初爻は生、始まりであり、上爻は死、終わりである。各々がその物の性に従い、時と命を誤らないことを、「大いなる明るさは始めと終わりを照らし、六つの位は時に応じて成る」という。万物に始まりを与えるのは乾元の功であるが、乾元も自ら功を誇らず、必ず雷・風・水・火・山・沢の六子を互いに助け合わせて成就させる。六子もまた天意を受け継ぎ、天が望むことをその道に背かず行う。天が父の道によって六子を統御することを、「時に応じて六龍に乗り、天を治める」という。乾・坤と六子が心を合わせて変化の道を行えば、その働きは窮まりないが、それぞれの分量には定めがある。乾・坤と六子が各々その命を全うし、次々に生じて変化することを、「乾の道は変化し、万物はそれぞれその性と命を正しくする」という。八卦が心を合わせてこの造化を保ち合わせることを、「大いなる調和を保ち合わせる」という。「ゆえに貞であることが利となる」とは、日月星辰、四時、万物の消長がそれぞれ運行を誤らず、順序に背かず、元気の常在を保つことができるので、利であり、かつ貞であるという意味である。聖人は天を体して極を立て、一人で万機を統べ治める。これを「万物に先んじて現れる」という。しばらくの間、万物は聖人の教化に浴し、また生育繁殖して、それぞれの居場所を得る。書に「黎民は変化して、時に和らぐ」とある。万国が協調して和する姿は、ここに見ることができる。聖人の功業と王道は、乾元一つの徳にすべて包み尽くされている。

この彖伝は、「大いなるかな」から「天を統べる」に至るまで、もっぱら乾天の純粋な陽の徳と本体を説いている。「雲が行く」から「形を流す」に至るまででは、天地の陰陽が調和し、交わり、感応し合う妙なる働きを説く。「乾の道」から「性命」に至るまででは、陰陽が変化する功徳を説く。そして「大いなる和を保ち合わせる」に至って、人の道へと広げ、初めて教え諭し、戒め、善へ導く働きを示している。ここに天地人三才の大義が備わるのである。およそ人は天にならう。天の道が、公明正大を主眼とする以上、君主としての道、父としての道、夫としての道もまた、公明正大であるべきである。

この卦は上に純粋な陽を備え、君主が天下万邦に臨む象を示している。聖なる天子が乾の徳を体して政治を行い、教化を広め、賢良の士を登用して官職を授ける。また、龍のような徳を備えた人を尊び、師傅として政務に参与させる。これは湯王における伊尹、文王における太公のようなものである。こうして諸官はことごとく栄え、風俗は美しく、善政は行き渡る。いわゆる「大いなる和を保ち、完成させる」のである。君主が命じれば臣下が行い、上が唱えれば下が和す。君臣は徳を一つにし、上下は志を通じる。君子が純陽の徳を備え、まさに明らかで安らかな時代に当たれば、たとえ不善の者がいても、内卦の坤の中に身を潜め、もはや頭角を現そうとはしない。そのため四海は静まり、国家は安泰で、万民は深い仁と厚い恩沢に浴し、一人として安住の地を得ない者はいない。そこで物産は豊かになり、国は富み民は裕福となり、兵は強く食糧は足りる。万民は愛国の至情を捧げ、周囲の国々もその教化に感服して帰順する。人々は明るく豊かな泰平をともに楽しむ。これが乾の時である。

昔、仁徳天皇はみずから民の苦しみを視察し、百官に詔して言われた。「天子は太陽が大地を照らすように、万物を生育させ、天に代わって教化を施すべきものである。天子は天の子として、天の志を敬い受け、それを下々の民に実行する者である。だから私は民をわが子のように見、民は私を父のように見るのである。今、私は天子として尊ばれ、福は限りない。しかし民の中に、まだ安住の地を得ない者がいる。たとえば、身寄りなく貧困に陥り訴えるところもない者、親の病に際して薬を得られない孝子、水害や火災に遭って妻子を養えない者、病にかかって薬を得られない者などである。私がどうして安らかに座して、これを冷やかに見過ごせようか。お前たち百官は、わが多くの子の中でも年長で徳ある者である。弟妹を憐れみ、当然、私と心を同じくすべきである。これから三年間、天下の租税を免除し、万民の苦しみを救う。お前たちは皆この意を体せよ。いわゆる、一人でもその所を得ないなら、それは私の罪である。私は飢えと渇きへの憂いに耐えられない。お前たちも三年の間、私とこの苦難を分かち、救荒の政治を実行してほしい。」百官は謹んで命を奉じ、皆、君恩の厚さに感激した。そこで世の風潮は一変し、上は権貴から下は賤民に至るまで、貧者を救い窮民をいたわる風が盛んになった。余財のある者は貧民を救済し、田地を貸す者は小作料を取らず、家屋を貸す者は家賃を徴収しなかった。ただ博愛をもって誉れとしたのである。そのため万民は皆、王の恩沢を受けた。まるで大旱魃の大地が甘雨を得たようであった。三年が過ぎると、天皇は楼に登り、遠く炊煙のたなびくのを見て喜び、「高殿」という御製の歌を詠まれた。今日に至るまで詔文を追誦し、歌謡を口ずさむたびに、聖徳を思って感慨を催さない者はない。

そもそも乾を乗じて天下を治める時代には、風俗は同じく道は一つで、明君と良臣は互いに祝い合い、もはや隔てるものはない。しかし運気は移り変わり、盛極まれば必ず衰える。ある時は潜龍が用いられず、ある時は亢龍に悔いが生じる。運の上昇と下降、陰陽の消長の道理は、古今を通じて同じである。だから君子が世に処するには、六爻それぞれの時を見分け、その辞を味わえば、天命が自分に味方するか背くかを知ることができる。人がこの卦を得たなら、太陽が循環して一時も止まらないことを手本とし、動静一切のあり方をすべて乾にならうべきである。広い度量と卓越した見識を備え、龍が飛び上がって力を得る象であり、まさに進んで事を成すべき時である。ただし運気の通塞、進退にはそれぞれ適切な時がある。初爻は才徳が龍のように現れていても、時機がまだ熟していないので、進んで事に当たることはできない。二爻は進む時が来て、五爻の九五に応じる。二と五はいずれも陽徳によって応じるが、まだ陰陽が親しく結びつく関係ではない。三爻は上位にさらに近づきながら下にあり、苦労して励み、かなり思慮を費やす。四爻になると五爻の盛運がまもなく到来するため、上下の情勢を見きわめ、進退の機を慎重に判断し、時を待って動くが、まだ決断には至らない。五爻は盛大な運気を得て、諸々の功績が成し遂げられ、まさに時に乗じて位を得る時である。上爻では乾の運気がすでに過ぎているので、速やかに退いて悔いを残さないのがよい。九二の「大人を見るによろし」は、初九の確固として揺るがない志操から生じる。九三に咎がないのは、九二が慎み、自らを誇らないからである。九四に咎がないのは、九三が常に努めて警戒するからである。九五の「大人を見るによろし」は、九四が疑い、よく審査できることから生じる。したがって功を積み行いを重ねるのは人にかかり、徳を完成し才能を成就するのは天にかかる。九五に至れば、潜龍の精気はすでに尽き、憂いと疑いの思いもすべて消える。思うことも作為することもなく、ただ「同じ声は互いに応じ、同じ気は互いに求める」という楽しみだけがある。そうなれば、亢龍の悔いは上九まで待たなければ分からないものではない。これが、道理には背けず、運命から逃れられず、機会にはあらかじめ備えなければならないということである。

象伝にいう。天の運行は健やかである。君子はこれにならい、自らを強めて休むことがない。

「天行健」とは、乾天全卦の徳を一言で断定したものである。「行」とは、運行・巡り・働き・進み・道をいう。天道の運行は、太陽が日々めぐるように、絶えず循環し、一瞬も停止しないという意味である。君子は天の運行の剛健さを体し、天理が混然と行き渡って人欲を少しも交えず、自らを強めて休むことなく、天下のあらゆる事業を十分に成し遂げるのである。ただし、この自強は、荒々しく猛進して止まることを知らず、みだりに健強の力を用いるという意味ではない。「潜龍」「亢龍」および用九の「首たるものなし」という辞を味わえば、その意味を理解できる。

  【占い】
○ この卦を得た者は、事に臨んで剛健に、自らを強めて休むことなく、天の運行のようにあるべきである。また「元・亨・利・貞」の四徳を備えることが必要である。乾には、徳を施して利益を計らないという意味がある。


○ 女性:この卦を得た場合、陰が陽位に居るため、剛強が中庸を過ぎる懸念がある。慎重であるべきである。

○ 天候:二・三・四・五爻のいずれかが変爻なら、必ず晴れる。

○ 売買:買うのは不利だが、売るのはよい。

○ 禍福:善を積めば余慶を得、不善を積めば余殃を招く。現世ではなく、後裔に現れる恐れがある。

○ 凡人:自分を高く置き、卑近な事柄を知らない憂いがある。

○ 賢者:天命を知ってひとりこの道を歩むが、陰の者どもが潜伏し、小人たちが結託して讒言する恐れがある。

初九:潜龍。用うべからず。

初九:潜龍。用うべからず。

象伝にいう。「潜龍を用いてはならない」とは、陽が下にあるからである。

初九は陽位に陽が居る。龍というものは神妙霊異で、その働きは測り知れず、大にも小にもなり、飛ぶことも潜むこともでき、時に応じて変化するものである。爻が龍を象に取るのは、人が霊明の徳と変通の才を備えることにたとえたのである。「潜龍、用うべからず」の四字は周公が付した爻辞であり、以下も同様である。「潜」とは隠れ伏すことをいう。この爻は純乾の時に最も下に位置し、まだ急に用いることができない。龍の時運がまだ来ず、深い淵に潜んでいるようなものだから、「潜龍、用うべからず」という。これを占って得た者は、時を得ていないため、才徳があってもまだ進んで用いられることはできない。しかし龍の潜伏は永遠の潜伏ではなく、「用うべからず」も決して用いないという意味ではない。龍には神妙な働きがあり、時を得なければ冬ごもりして飛ばず、潜んで現れず、静かに心神を養う。君子もまた時を待って動き、その才能をよく発揮するのである。この「用うべからず」の時には、才を隠し徳を包み、無理に進んで災いを招かず、ためらって機を失うこともない。天を楽しみ命を知り、まるで神龍が潜んで伸びる時を待つようにする。天地の気には昇降があり、君子の道には行と蔵がある。孔子のいう「用いられなければ身を隠す」とは、まさにこの卦の趣旨を得た言葉である。小事を占ってこの卦を得たなら、女性を用いて事を成すのがよい。なぜならこの爻が変わると姤[4]となり、姤には「女は盛んである」とあるからである。

  【占い】
○ 戦征:乾は武人を表し、戦いの象がある。初爻では陽気が黄泉の下で動き始めたばかりで、なお潜伏しているため「潜龍」という。軍事では威令が発せられたばかりで、大軍はまだ集結していない。兵を動かさず待つのがよい。吉。


○ 商売:龍が潜み「用うべからず」とある。よい商売ではあっても、ただ守っているべきで、急に動いてはならない。

○ 功名:龍は本来、飛翔して発達するものだが、初爻は潜むという。まだ風雲の機会に出会っていないのである。だから位は下にあるという。

○ 婚姻:乾の初爻が変じて姤となる。姤には「女壮んなり、女を娶るなかれ」とあるので、戒めとすべきである。

○ 家宅:震は龍を表し、震は東にある。すなわち宅の東に当たり、必ず淵水があって塞がれ、通じていない。修繕して掘り開くのがよい。

○ 妊娠:男児が生まれる。

【例】明治二十二年、ある顕要な人物が運勢を占い、乾が姤に変じた卦[5]を得た。

断にいう。乾は純陽の卦で、「元・亨・利・貞」の四徳を備え、剛健篤実である。また六つの位はそれぞれ時を失わず、昇降には一定の形がなく、時に応じて用いられる。退けば潜龍となり、進み出れば飛龍に乗る。静かなら専一、動けば正直である。初九は「潜龍、用うべからず」という。陽が陽位に居て、その位が隠れて下にあるからである。龍の徳はあっても、飛躍する機会にはまだ出会っていないので、隠れて用いない道を取るべきである。文言伝はこれをたたえていう。「龍の徳を備えながら隠れている者である。世に合わせて変わらず、名を成すことを求めず、世を逃れても悶えず、楽しければこれを行い、憂えればこれを避ける。確固として抜くことができない。これが潜龍である。」またいう。「潜むとは、隠れてまだ現れず、行ってまだ成し遂げないということである。だから君子は用いられない。」さて、あなたがこの卦この爻を占って得たのは、まさに維新の初めである。武功による勲労によって陸軍中将に昇進し、しかも儒教と仏教の二つの典籍に通じている。学問は天人に及び、道は文武を兼ね、識見は高く明らかで、学問は深遠であり、当世に比類がないといってよい。今は退いて用いられないべき時であり、まさに龍徳に従って身を伏せる時である。文武を兼ねたあなたの才は、臥龍と称された諸葛亮にも比すべく、乾坤を転換する略を持っている。ただし陽剛だけを用いれば、気が強く人を見下し、議論も率直に過ぎる恐れがある。そのため疑いと讒言が一斉に集まり、朝廷に容れられなくなることも懸念される。しかしこの卦の「用うべからず」は、永遠に用いられないという意味ではない。龍の象のように、時を失えば潜み、時を得れば飛ぶ。あなたは光を包み彩りを隠し、「世を逃れても悶えず」、時の来るのを待つべきである。この爻が変じると巽となる。巽は風、順うこと、入り込むことを意味し、俗にいう「人の気に入る」ということである。剛直さに柔順さを加え、人々があなたによって春風の中に座しているように感じることができれば、上下は喜んで心服し、評判も名望も日に日に高まる。自然に飛龍が上昇する象を得るであろう。今年の運気はまだ通じないが、明年には爻が九二へ進み、「龍、田に見わる。大人を見るによろし」の時に当たる。飛躍と変化を遂げ、徳の恩沢を広く施す姿を、目をこすって待つがよい。

九二:龍、田に見わる。大人を見るによろし。

九二:龍、田に見わる[6]。大人を見るによろし。

象伝にいう。「龍、田に見わる」とは、徳があまねく施されることである。

この爻は陽が二位に居るので九二という。陽気が現れ、龍が淵から出て地上に現れる意味である。聖人においては、潜むことが永遠に続くのではなく、屈してやがて伸びる機会である。「田に」とは、徳はあってもまだその位に就いていないことをいう。「大人」とは、君主の徳を備えているので大人と称する。この爻が変じると離となる。離は文明の象であり、変卦は同人となる。文明の人が人と親和するので、「大人を見るによろし」というのである。剛健は生まれつきの徳、文明は学問の成就、中は居るべき所、正は得るべき位である。しかし徳があっても、それで足れりとせず、九五の大人に会おうとする。それは見識をさらに磨き、力を合わせて天下の事業を成し遂げようとするからである。龍徳が初めて世に現れ、身を立て名を顕す時である。五は君上の位、二は臣下の位である。この卦では二と五がともに陽剛で相応じるが、そこには理由がある。乾はその体が純陽円満であり、その時は剛健の陽が日々進み、その爻の二と五はともに剛中の徳を備える。同じ徳の者が助け合う、両剛相応の例である。九五の位にある者は明徳によって多くの賢者を治め、九二の臣は君主の意を受け、飛ぶような力を国家に尽くす。ともに天徳にならって国家を治め、志が同じであるため、二つの陽はこのように応じる。上下の大人が志を合わせて世を救えば、その徳化の及ぶところに限りはない。またこの爻は三才の妙義を備える。「龍、見わる」とは天の時を得ること、「田に」とは地の利を得ること、「大人を見るによろし」とは人の和を得ることをいう。

  【占い】
○ 戦征:龍は本来、霊妙な物である。初爻は「潜む」といい、伏兵を意味する。二爻は「見わる」といい、現れて出るのである。「田に」とあるから、必ず野外の広い場所に陣を敷く。伝に「徳を普く施す」とあるので、戦いに勝って賞を行うことをいう。


○ 商売:爻に「龍、田に見わる」とあるので、商品はおそらく米・麦・絹・綿の類である。「見わる」とは物価が動き始め、上がることをいう。「大人を見るによろし」とは、官界から人が出て買い付けることをいう。

○ 功名:田野に伏していた者が、時に乗じて進み用いられることをいう。また貴人の助けを得るので、「大人を見るによろし」という。

○ 婚姻:二爻と五爻が相応じ、五爻が尊位にあるので、婿の家は必ず貴い。「龍、見わる」とあるから、きっと新たに進み出た若者である。大吉。

○ 妊娠:男児が生まれ、しかも貴い身分となる。

【例】明治の初め、自分の進む方向を占い、乾が同人に変じた卦を得た。

断に曰く。乾は純陽の卦であり、六爻はいずれも龍を象としている。これは、賢者たちが朝廷に仕える時代を表す。わが国は徳川氏が世を治めて以来、ほぼ三百年を経た。積み重なった弊害が極みに達したところで世の運勢が一変し、今日の維新という盛業を見るに至ったのである。これは気運の消長によるものではあるが、実際には、この龍徳を備えた大人たちが、それぞれ才力を振るい、王朝を匡正し助けて、この中興の大業を成し遂げたことによる。したがって今日の政治は、まさに乾が天である時代だと言えよう。私はかつて罪を得て七年間獄に入れられたが、後に釈放された。それ以来、苦労しながら懸命に働き、四年で十余万金を得た。しかし、そのすべてを自分の力だと自負することはできない。折よく時代の気運に恵まれ、資産を得ることができたのも幸いであった。とはいえ、集まりと散り、離れと合うことは、道理として避けられない。集めるばかりで散じなければ守銭奴となり、それを子孫に残しても、往々にしてただ彼らの驕りと奢侈の資になるだけで、どうして長く守れようか。私は、今日政界にある君子たちは、かつて王室を尊び、藩政を廃した際、皆、万死の中から一生を得た人々だと思う。今に至る三十年、国事に追われ、少しも安逸をむさぼることなく、ひたすら国の大業を助けてきた。私は不肖の身ではあるが、どうしてなお安逸にふけり、ただ富有を望んでいられようか。今、筮して九二の辞を得た。「龍、田に現る」とは、かつて幽囚から出て再び日の光を見、家業を振興できたことを指す。「大人を見るに利あり」とは、かつて国家の大計を占い、時路にある大人たちと交わり、その議論を聞くことができたことを指す。海外から帰朝した使節が、しばしば私の邸に宿泊したので、それによって海外の情勢を知ることもできた。これらはすべて、私の固陋を戒め、知識を開くのに十分であり、私にとって益は実に少なくなかった。そこで私は同人の卦意(同人の占いは同卦の付録に載せる)にならい、鉄道、瓦斯、学校、郵船の四大事業を創設した。その根源はまさにここにある。そもそも乾という卦は、天の運行の健やかさによって、自ら強めてやまない象を備える。人が剛健で、ほんの一瞬も怠り油断することなく、ただひたすら励めば、成功の日は自然に訪れるのである。

【例】明治二十七年、わが国と清国との戦争の結果がどうなるかを占い、乾より同人に変ずる卦を得た。

断に曰く。乾は二つの乾が相接する象であり、人事から見れば、剛健純粋な大人同士が相会する象である。今、両国が戦争しているが、彼国は内乱の発生を恐れ、必ず宰相李鴻章を東方へ派遣し、わが伊藤首相と盟約を結ぶであろう。これが「龍、田に現る。大人を見るに利あり」の意味である。乾は純陽で、四月の卦である。和議の成立は、来年四月であろうか。そこでこの占いを伊藤首相に示した。

二十八年四月、李鴻章は果たしてわが長門下関に来て伊藤首相と会見し、和議はついに成立した。これより先、明治十七年、伊藤伯は勅命を奉じて清国へ派遣され、乾の五爻を得た。清国へ渡った後、李氏と会見し、無事に帰朝した。今、二爻を得て、李氏が必ず来ることを知った。天命に背くことのないことは、このようなものだ。どうして畏れずにいられようか。

九三。君子は終日、力を尽くして励み、夕べには危うきに臨むように慎み警戒する。咎なし。


九三。君子は終日、励み努め、夕べにはなお慎み深く、危うきがごとく警戒する。咎めはない。[7][8]

象伝に曰く。「終日、力を尽くして励む」とは、繰り返し道を実践することである。

九三は陽位に陽をもっているので、才も強く志も強く、剛健の性質を備えている。しかし中位を得ず、内卦の上にあって外卦に奉じつつ下を治めるため、任は大きく責めは重い。上の意に背けば必ず譴責を受け、下の心情を失えば衆人の怨みを受ける。上下のはざまは禍福の交わるところであり、成敗の決まるところである。九三の居る地位は、まさに危惧すべき時に当たる。ただ「終日、力を尽くして励み」、慎み恐れるならば、咎を免れることができる。 六爻の中で三爻は三才に配して人位となる。この爻は乾の徳をもって六十四卦における人道の首位に居るので、君子の象である。ゆえに大人とは称せず、「君子」と称する。初爻の「潜む龍」、二爻の「現れる龍」、四爻の「躍る龍」、五爻の「飛ぶ龍」は、皆この爻を待っている。だからこそ自らの徳を修め、仕事に励み、「終日、力を尽くして励む」ことが大切である。危地に臨むように慎み恐れ、これを身に修め、事に施す。下の志を通じ、天下の変化をよく考えるなら、危地に身を置いても処置を誤らず、危険を安穏へ変えることができる。ゆえに「危ういが咎はない」という。 「道を反復する」とは、繰り返し自らを戒め、重ねて実践するという意味である。この爻が変ずれば履となり、履の六三には「虎の尾を踏む」とあるので、危険な地位であることが分かる。三は日の終わりに当たるので「夕」といい、この爻が変ずれば外卦は兌となる。兌は西であり、太陽が西にあるのは夕べの象である。

  【占い】
○ 戦争について問う。危険な事柄である。爻に「終日、力を尽くして励み、夕べには危うきに臨むように慎む」とあるのは、事に臨んで恐れ慎む者である。ゆえに危険ではあるが咎はない。


○ 功名について問う。九三は下卦の極にあり、その地位はなお低く、功名はいまだ明らかでない。ゆえに君子と称する。憂いと危険の地にあるので、力を尽くして励み、慎み警戒せよという。そうすれば咎を免れる。

○ 商売について問う。中を得ない位にあり、剛に踏み込む危険を負うので、その貿易は危地にあると見るべきである。昼夜防備を怠らなければ、危険を脱して利益を得られる。

○ 家宅について問う。爻の象から見て、身を慎み、勤倹によって家を守らなければならない。そうすれば災害はない。

○ 婚姻について問う。三は六を応とする。三位は卑しく、六位は尊い。尊位にある者は高ぶって悔いを得ることを免れないので、高い家柄との縁組みを求めるのはよくない。

○ 懐妊について問う。男児が生まれる。出産時には少し危惧があるかもしれないが、結局は咎がない。

【例】明治十六年某月、松方大蔵卿を訪ねた。卿は言った。「今年の春以来、深雪と長雨が続き、天候がことのほか異常である。ひそかに今年の穀物が実らないのではないかと恐れている。君、どうか吉凶を占ってくれ」。占って乾より履に変ずる卦を得た。

断に曰く。乾は純陽の卦なので、乾為天という。乾とは天である。太陽に象を取り、しかも六爻すべて陽で一陰もない。その辞に「終日、力を尽くして励む」とあるのは、乾々、すなわち乾き続けること、旱魃の意味である。今、九三が変じ、互卦に離の日[9]が現れる。全卦に雨水の象がないので、今年は必ず旱魃になると分かる。「夕べには危うきに臨むように慎む」とは、炎熱が夜になっても去らないことをいう。民は長い旱魃を大いに恐れるが、五穀は豊かに実るので、「危ういが咎はない」とある。さらに二爻の「龍、田に現る」は、田の稲が豊かに実る象である。今、三爻が離に変じ、離火が田面を照らし尽くす象となる。旱魃であっても害とはならないので、咎はない。

卿は言った。「占いが当たるかどうかはひとまず置くとしても、活断としては、老成して練達したものというべきだ」。

九四。あるいは躍って淵に在る。咎なし。

九四。あるいは躍って淵に在る。咎なし。

象伝に曰く。「あるいは躍って淵に在る」とは、進んでも咎がないということである。

九四は陽をもって陰位に居り、しかも君位に近い。進もうとするのは陽の情、退こうとするのは陰の志なので、ためらって決しない。しかし陽気はまさに進み、龍が一躍すれば、自然に天へ昇る象がある。「あるいは」は疑いがあってまだ定まらない言葉であり、「あるいは躍る」とは進もうとしてまだ進まないこと、「淵に在る」とは進もうとして再び退くことである。淵は空虚な場所で、上は天と気が通じ、また水をたたえる。龍は水を得れば、天へ躍り上がりやすい。二爻の「田に在る」とは異なる。ここでは一度躍ってから淵に在るが、結局は必ず躍って天に昇ると分かるので、「咎なし」という。象伝が「進」の字を加えたことで、時に乗じて進めば必ず咎がないことがいっそう明らかになる。 人が時勢の可否を見極め、人心の向背を察し、時を待って出て、可能な時に動くなら、その進退は位を貪るためでも名を売るためでもない。事機の機会を捉え、身を失う恥を免れることができる。「咎なし」とは、人にその時を失わないよう勧める言葉でもある。四爻は内卦から外卦へ移る境に当たるので、進む意味がある。またこの爻が変ずると外卦は巽となる。説卦伝に「巽は時に退き、果たさざる」とあるので、ためらいの象がある。

  【占い】
○ 戦争について問う。爻の象から見れば、軍を進めると必ず淵水に行く手を阻まれるので、船や筏を用意するのがよい。あるいは淵のほとりに敵軍が伏兵しているかもしれないので、あらかじめ備えれば咎はない。


○ 商売について問う。爻に「あるいは躍って淵に在る」とある。海産物を運送するなら、波濤の危険に遭う恐れがあり、また一時的に物価が高騰するかもしれない。しかし「咎なし」とあるので、害を免れることはできる。

○ 功名について問う。一挙に名を成す象があり、大吉である。

○ 家宅について問う。淵は水、躍は飛び上がることを表す。必ず家運が一時振興する象がある。

○ 妊娠:男児が生まれる。

【例】明治二十四年二月、門人の清水純直が来て告げた。今、府下第十五区の代議士選挙では、鳩山氏と角田氏の二人が旗鼓を向かい合わせ、競争の決着がまだついていない。私は以前から鳩山氏をよく知っていたので、その勝敗を占うことにした。筮して同人が小畜に変わる卦を得た。

断に曰く。この卦は六爻すべて龍に象を取り、群龍が集まる時である。この爻は陽気が盛んで、進んで立候補すれば、本来は当選が確実なはずである。しかし九は陽爻、四は陰位。陽は進み、陰は退くので、進退が定まらず、明らかに進もうとしてまた退く象である。さらに上卦は変じて巽となる。巽は疑い、果たさず、進退を意味する。四は陰位であり、変ずれば互卦に離の明が含まれる。応爻の初九には淵の象があり、この人物は学問が深く、剛強の徳を備えているが、心にはためらいがあり、当選を確実に望んでいたわけでもないことが分かる。爻辞を細かく味わえば、「あるいは躍る」はその立候補に応じないわけにはいかないが、「淵に在る」は今回の当選はおそらく難しいことを示す。某氏は黙ったまま立ち去った。

後に果たしてこの占いのとおりになった。

【例】二十八年冬至、明年のわが国外交の気運を占い、乾より小畜に変ずる卦を得た。

断に曰く。乾という卦は、陽気が循環して一息の間も断えない、純全な剛健の時を表す。今、わが国は清国と戦っており、欧米諸国が注視している。この後、各国は必ずわが国の動きをうかがい、互いに猜疑し嫌悪するであろう。これは避けられない勢いである。だからわが国は、ますます彼我の情勢をよく観察し、内外の時勢を推し量り、相手にうかがい見る心を捨てさせ、和好の情を厚くしなければならない。力を蓄え、機を慎重に見極めるべき時は、まさに今である。爻辞の「あるいは躍る」「淵に在る」は、神龍の変化にならい、進むことも退くこともあり、その変化を測り知れないようにせよ、そうして初めて咎を免れると示している。

九五。飛龍、天に在り。大人を見るに利あり。

九五。飛龍、天に在り。大人を見るに利あり。

象伝に曰く。「飛龍、天に在り」とは、大人が事を創り成すことである。

五爻は剛健・中正で尊位に居る。下では九二の臣と同じ徳をもって応じ、大人を見てその治化を助ける。聖人の徳を備え、天子の位に居て、恩沢を人民に及ぼす者である。そもそも「大宝は位である」といわれる。徳があっても位がなければ、天下を利することはできない。「飛龍、天に在り」とは、龍が天に飛び上がり、雲が行き、雨が施され、神妙な変化によって万物に恩沢が及ぶことをいう。聖人が位にあれば、天下はその恩沢を受け、万物は生を遂げるので、これを象とする。大人とは、「その徳を天地に合わせ、その明を日月に合わせ、その序を四時に合わせ、その吉凶を鬼神に合わせる」者である。龍の徳を備え、跳び上がって天位に居り、万物から仰ぎ見られるので、天下はその人を見ることを利とする。象伝の「飛龍、天に在り。大人造る」とは、大人が事を作り成すことである。造は作るの意であり、いわゆる「聖人が作れば万物がこれを仰ぎ見る」ということである。

  【占い】
○ 戦争について問う。九五は尊位にあるので、天子が自ら出征し、王師が罪を討つことに違いない。ゆえに「大人造る」という。


○ 商売について問う。九五は申の時に当たり、その上には畢宿[10]があり、咸池[11]という星が付く。咸池は蒼龍の宿で、また五車ともいう。稲・黍・豆・麦をつかさどるので、その貿易は必ず五穀の類である。「飛龍」とあるのは物価が急騰することを知るべきであり、「大人を見るに利あり」とあるのは、その運送販売が政府の命によるものかもしれないことを示す。

○ 功名について問う。雲上へ直ちに達する兆しがあり、急速に出世する。

○ 病気について問う。天から召される象があり、不吉である。

○ 懐妊について問う。男児が生まれ、貴い身分となる。

【例】明治十八年二月二十八日、伊藤伯は清国へ赴くよう命を受け、横浜港を出発した。前年の朝鮮事件について清廷と協議するためである。私はその結末がどうなるかを問い、乾より大畜に変ずる卦を得た。出発前にこれを伯に示そうとしたが、道を妨げる者が多く、ついに渡せなかった。そこで人を使って天津へ届けさせた。

断に曰く。九五の大人は、九二の大人と位が相応する。易では陰陽が相応することを原則とするが、ここでは二と五がともに陽爻である。わが国の大人と清国の大人が会見して事を論じ、必ず深く遠くまで考え、両国を平和にするであろう。さらに本卦五爻の背は坤の五爻であり、その辞に「黄裳、元吉」とある。これは彼我の大人が心を寄せ、黄色人種の安危に関わって互いに支え合うことを含む。両国の大人がこのことに心を留めるなら、それは両国人民の幸いである。

乾の大象に曰く。「君子は以て自ら強めて息まず」。この卦を得た者は、太陽の運行が一瞬も止まらないことを知るべきである。ゆえに進むことを第一とすれば、勝利を制することができる。今、わが国は先に使臣を派遣したので、先手はわが方にある。進んで事を論じ、乾の健やかな運行にならうから、勝利はわが方にあり、必ずよい結果を得る。

当時、横浜の商人・立川磯兵衛は用務で天津へ赴くに当たり、この占いを記録係の伊東氏に託し、伊藤伯爵に呈上した。当時は国策について意見が一致せず、伊藤伯爵は帰朝の準備をしていたが、たまたまこの占断を見て大いに感じるところがあり、改めて和戦を決する議論を開いた。ついにその議決どおりとなり、使命を辱めることなく帰還した。

【例】明治十九年十二月、翌年の鉄道局の運勢を占い、乾が大有に変わる卦を得て、鉄道局長・井上勝君に呈上した。

断じて曰く。乾は三つの奇が連なった純陽の卦であり、第五爻も陽位にある。この卦ほど卦徳の盛んなものはない。鉄道局長の運勢は、まことに盛運というべきである。この爻は天の時、地の利、人の和の三つを得ており、世の人々が鉄道に注目していることがよく分かる。物産の繁殖、輸送・交通、軍事上の防護、人民の往来のすべてが利益を受け、その盛運は実に比べるものがない。「飛龍天に在り」とは、自動車が飛ぶように走ることのたとえである。自動車が通行すれば貴賤の別なく、身分の高い大人でさえ同じように乗車するので、「大人を見るに利あり」という。かつて明治十四年、将来の国会を占い、二十年後には鉄道が盛んになると予断したが、今この卦を得たことは、まさにそれと符合する。これより後、鉄道事業が大いに発展することは、期待して待つことができる。

上九:亢龍、悔あり。

上九:亢龍、悔あり。

象伝に曰く。亢龍に悔ありとは、満ちれば長く保てないということである。

上爻は陽であり、乾卦の極みに居る。極まれば過ぎるので、龍が高く飛び過ぎることを「亢」といい、高さが危うさを招くから「悔あり」という。この卦は、龍が初めは「潜み」、次に「現れ」、中ほどで「躍り」、最後に「飛ぶ」ことを説く。飛べばすでに全盛に達しているので、それ以上は再び潜むのがよい。そうすれば、今日の悔いを免れるだけでなく、後日に再び飛ぶことも望める。人臣も勢力と地位の極みに至ったなら、退き避ける道理を知るべきであり、そうしてこそ富貴を長く保てる。さもなければ、進むことだけを知って退くことを知らず、咎を受けない者は少ない。だから「満ちれば長く保てない」というのである。この爻が変わると夬卦となる。夬とは決断である。日が中天に達すれば傾き、月が満ちれば欠ける。これは天理の必然である。したがってこの時には、悔いを機に改めることを考え、機を見て退くべきであり、それでこそ道を得る。堯・舜の禅譲、范蠡・張良が功を成して身を退いたことは、いずれも極みに達し過ぎず、よい結末を迎えた例である。

  【占い】
○ 戦争について問う。上九は乾の極みにあり、陽が上で極まるので「亢」という。亢まれば勝利によって驕るため、「悔あり」というのである。ゆえに伝は「満ちれば長く保てない」といい、長く維持できないことを知るべきである。


○ 商売について問う。「亢」とは度を越すことである。売買の道では、利益を欲張り過ぎてはならない。満ち過ぎれば必ず損が生じるので、「長く保てない」という。

○ 功名について問う。上九の位はすでに極まっているので、反って自ら退くのがよい。そうしなければ必ず満ちて損を招く。

○ 家宅について問う。これはきっと宅地の基礎が高過ぎる。高過ぎれば危うく、恐れるべきこともある。

○ 疾病について問う。これは龍の陽気が上昇する病である。[12]伝に「満ちれば長く保てない」とあるから、命はまさに旦夕に迫っていると知るべきである。危険である。

○ 婚姻について問う。不利である。

○ 懐妊について問う。男子が生まれるが、育たない恐れがある。

【例】私は毎年冬至に、朝廷の諸賢の進退、ならびに親族・知己などの翌年の運勢を占い、その人々に送り届けることを例としていた。明治十九年、ある高位の顕官の翌年の運勢を占い、乾が夬に変わる卦を得た。

断じて曰く。乾は至大・至剛・至健で、純陽の卦である。人に当てれば高位に居り、顕爵を受け、名声があふれる状態であり、まさに功を成して身を退くべき時である。今、閣下がこの卦を得たのは、たとえば飛龍が天に昇り、雲霄より高く出て、かえって雨沢を施せなくなったようなものである。ゆえに「亢龍、悔あり」という。閣下は英雄の器量と達識を備え、世事にも老練である。これまでの功名は赫々と輝いたが、今や盛運は過ぎた。ただ急流に勇退して、目の前の亢を救い、いつの日か再び飛ぶことを期すべきである。職を辞して栄誉を辞退し、時機を見て身を修めながら世間の注目を避ければ、咎はない。果たして結果はこの占いのとおりとなった。

用九:群龍の首がないのを見る。吉。

用九:群龍、首なし。吉。

象伝に曰く。用九とは、天の徳を首位とすることができないということである。

「用九」とは、六十四卦における陽爻の変化をいう。剛健な陽の働き方の例を示すもので、易にある百九十二の陽爻に通じる原則である。「用」は変動の象、「九」は陽数の極である。乾卦は全体が陽なので、陽が極まれば変じる。そこで「用九」という。「見」とは、乾の六爻がすべて龍に取象し、「潜む」「躍る」「飛ぶ」と明らかに現れるためにいう。「首」とは上位である。易では乾を首位とするので、「首なし」とは、その上に出るものがないことをいう。卦は変を得れば吉である。乾は純陽で変爻がないため、六爻には吉の字がない。しかし用九では動いて変化しようとするので、吉という。象伝が「天徳」というのは、乾が純陽で柔弱な陰に親しまないため、混然として一つの徳に分けられないこと、すなわち乾が天である意義である。「首となすべからず」とは、それ以上に尊ぶものがないということだ。乾には六龍がいて、それぞれ雲を起こし雨を降らせる勢いを持つ。人に当てれば、群賢が集まり、心を一つにして国家を輔弼し、功名を顕すことをいう。その際、各人は謙譲・柔順で、自慢せず手柄を誇らないのがよい。もし互いに才知を競い、第一の功を争って誇るなら、それは凶の象である。易が「群龍首なし、吉」というのは、まさにこの戒めを垂れるためである。象伝の「用九、天徳、首となすべからず」とは、舜の深い徳が世に聞こえ、好んで人に問い、身近なことをよく観察し、自らを低くして人の下に置いたことを必ず理解せよということである。これこそ至極というべきである。