高島易断 · 卦ごとの解説

高島易断 · 易経 第 11 卦 地天泰。泰:小が去り、大が来る。吉であり、通る。

地天泰。泰:小が去り、大が来る。吉であり、通る。

11 地天泰

「泰」56の字は、「大」と「水」から成る。字形は両手で水を分ける形であり、水が中央から分かれて滞りなく流れ、水が引いたあと人々が安らかに住めることを表す。古来、中国では大禹が洪水を治め、九つの川を疎通させた。こうして土地は整い、農耕を教え、人々の居所を定め、天地が成り、万民はその中で暮らして泰平の恵みを永く享受できた。これが泰の意味である。この卦は上が坤、下が乾である。坤は陰、乾は陽であり、天地の気が交わり、陰陽の爻が和合して、万物を生じさせ、生命を育む。そのため人も物も皆よく通じるので、この卦を泰と名づける。

泰:小が去り、大が来る。吉であり、通る。



「泰」の篆書

彖伝は言う。「泰は小が去り、大が来る。吉であり、通る」とは、天地が交わって万物が通じ、上下が交わって志が同じになることである。内に陽があり外に陰があり、内は健やかで外は順い、内に君子がいて外に小人がいる。君子の道は長じ、小人の道は消える。

この卦は乾の天が下に、坤の地が上にある。天地の形体から言えば上下が逆で、意味を失ったようにも見える。しかしこの卦が取るところは形ではなく気である。乾は天の気、坤は地の精であり、天地の形は高低が隔たっているが、気によって交わる。乾の気は上昇し、坤の気は下降し、二つの気が往来して雨沢を生じる。雨沢が生じれば万物は生育する。そこでこの卦を泰と名づける。泰とは通じること、また安らかであること、成就することをいい、彖伝の述べる通りである。

この卦を人事に当てはめれば、乾は夫、坤は妻であり、陰陽が調和して交われば、家庭は必ず平和で安楽になる。乾の陽と坤の陰は、きわめて広い意味を含む。天地の間の一物一事にも、すべて陰陽がある。人体について言えば、気は陽、血は陰であり、陰陽が整えば血気は自然に平らかになる。人の起居について言えば、静は陰、動は陽であり、陰陽が交われば動静は自然に定まる。この卦は乾が下、坤が上で、陰陽が逆になったように見える。しかし彖伝は「内に陽があり外に陰がある」と言う。これは陰が退き陽が進み、君子を重んじ小人を抑えるということである。『易』の理は、陰陽の消長を防ぎ保つことに極めて厳格である。人が世に処するには、陽剛を推び、陰柔を抑えるのがよい。そうすれば二気はそれぞれ正しい状態を得て、万事が泰然となる。

この卦を国家に当てはめれば、政府は天地が万物を造化する原理に倣い、公明正大に人民を教化育成する政治を行う。乾は君、坤は臣である。君は臣を礼遇し、誠を推して任せ、臣は君に忠を尽くし、誠心をもって仕える。聖主は賢臣を得て功業を広め、賢士は明主を得て才知と計略を発揮する。すると万民はその徳化に感化され、和親・康楽となり、天下一同に同じ風俗となる。まさに天地が交わり泰となる世であり、「上下が交わって志を同じくする」というのである。上下の二体から言えば、陽は君子、陰は小人である。君子は内にあって政令を施し、小人は外にあって分を守り教えに従う。これを「内に君子がいて外に小人がいる」という。天地の間には、陽があれば陰があり、君子がいれば小人がいる。泰和が極まった盛世にも小人をなくすことはできない。しかし君子は小人を善く教化し、小人も君子に従うことを喜び、互いに害することなく心を通わせる。我から外へ去るのは小さな陰、彼方から内へ来るのは大きな陽である。小人は去ってそれぞれ安らかに生業を営み、大人は来て喜んでその道を行う。これが泰の道の成就である。道には消長があり、時には否と泰がある。天地陰陽の交わりを総合すれば、世運が昇降する時機が見える。「君子の道は長じ、小人の道は消える」。消長の極みこそ、国家の治乱を防ぐ大きな要である。この卦の下三爻は天下が治まり平和である時を、上三爻は泰から否へ向かう時を表す。君子は爻辞を味わい、気運の変化を深く察し、泰運を衰えさせずに維持すべきである。

聖人が『易』の順序を定めるにあたり、乾と坤を始めとした。乾の後には十一卦を置き、その後になって初めて泰に至る。まず屯によって教え、蒙によって導き、需によって養い、訟によって治め、師によって正し、比によって和し、小畜によって約し、履によって礼を備え、その後に初めて泰となる。ゆえに乾以下の十卦では奇数爻が合計三十、坤以下の九卦では偶数爻も合計三十となり、その後ようやく乾坤が交わる。泰運を開くことの困難はこのようなものであった。聖人が後世に残した戒めの深さは、まことに深い。

この卦全体を通観すると、天の気は下り、地の精は上り、天地の気が交わって、初めて造化の働きが開かれる。初九は、君子が位を得て、同じ志を持つ賢者を推挙し、ともに朝廷を立て、国事に勤め励む象である。これを「茅を抜くに、茹をもって類を同じくすれば、進めば吉」という。「類」とは同類のことで、同じ種類の者がともに進むのである。九二は剛健・中正の徳を備え、泰を成し遂げる大臣である。「荒を包む」とは、あらゆる人材を包容することであり、いわゆる「賢を尊び、衆を容れる」ことである。しかし、包容するだけでなく、必ず果断さをもってこれを助けなければならない。「河を徒渉する」とは、事を任せるに足る勇気を取ること。「遠きを遺れず」とは、思慮が誠実で、目前のことだけでなく遠い僻地にまで及び、現在だけでなく将来久しい計画まで考えることである。国家のために人材を選ぶときは私情を交えてはならない。進めるべき者なら、仇敵であっても捨てず、用いるべきでない者なら、親しい者であっても登用しない。これを「朋を亡う」という。九二の行いは、公明正大であり、中正を守って尊位に応じるので、六五の疑いなき信任を受けるにふさわしい。これを「中行に尚ばるを得」という。九三は陽の極に居り、その位は中正でなく、しかも盛りが極まって衰えに向かう時に当たる。卦の体から見れば、天の気はいつまでも下にとどまれず、地の気もいつまでも上にとどまれず、それぞれ本来の位に戻ろうとする象がある。これを「平らかなるものに陂なく、往くものに復らざるなし」という。陰陽の消長は、寒暑の往来のように時運によるもので、どうすることもできない。しかし、天命が人力に勝つこともあれば、人力が天命に勝つこともある。傾く前にその傾きを防ぎ、戻る前にその帰結を考え、心を困難に耐えさせ、守りを正しく固め、人事を尽くして天運を挽回する。これが泰を保つ道である。このようにすれば、その福を永く受けられる。六四は陽爻で陰位に居り、尊位に近い。上の三爻は皆、虚心謙譲に下を迎え、下の三爻は皆、剛直に上に仕える。四爻は上下の交わるところに当たるので、「ひらひらと」相従い、喜んでともに進む。したがって、ただ富むだけで隣人に従うのでもなく、戒めを固守するだけで互いに信じ合わないのでもない。志と道を同じくすることは、まさに『彖伝』のいう「上下交わり、その志同じ」ということである。六五は温順な君主で、己を空しくして九二を信任し、尊位を下げて臣に従う。ここに「帝乙、妹を帰す」の象がある。この道を用いて福を得れば、大吉であり、善を尽くすことになる。上六は泰の終わりであり、泰が極まって変じ、「城、隍に復る」の象となる。九二・九三の時には、人事を尽くす誠によって泰運を維持できた。しかし、その道を怠ってこの状態に至るのは、天運循環の自然であるとはいえ、人事が自ら招いたことでもある。上六の時には、泰の道を失い、上下が隔絶し、民心が離散して、兵を用いて争う乱世となる。だから「師を用うるなかれ。邑より命を告ぐ」と言うのである。城邑を守り、政教を明らかにし、天心を挽回して乱を除き正に返るなら、泰の終わりを保つこともなお可能である。「平」「陂」「城」「隍」は、変化の機がきわめて速く、その象もきわめて危うい。戒めを垂れること、深いものがある。

爻辞では、初爻に「茅」とあり、これは地の象である。二爻には「荒」「河」とあり、これも地の象である。三爻の「陂」は地の形である。内卦はすべて陰で、坤を主、乾を客としているからである。四爻の「富」「実」、五爻の「帝乙」、上爻の「城」は、いずれも陽の象である。外卦はすべて陽で、乾を主、坤を客としている。客は帰り、主は常にとどまる。その意味は明らかである。

『大象伝』にいう。天地が交わって泰となる。そこで君主は、財を用いて天地の道を成し、天地の宜を助け、民を左右する。

この卦は、天地の二気が通じ合う生き生きとした象であり、万物はただちに天地の化育を受ける。聖人はこの象を見て、天地の化育を助け、天地ができないことを補った。天地が万物を生むときは大まかで区別がないが、聖人は日月星辰の運行を観察し、分・至・啓・閉を区別して一年の功を成し、東西南北の山川道路を測って城邑を定め、天の時を察し、地の利を弁え、春夏には耕し、秋冬には収め蓄える。これらはすべて泰を実現する道を尽くしたものであり、「財を用いて天地の道を成し、天地の宜を助け、民を左右する」ということである。人が生きるには、必ず上に立つ君主に頼ってこそ、その成長と生活を全うできる。「財成」とは過ぎたものを制することであり、「輔相」とは足りないものを補うことである。

(付言)近年、衛生の道は広く行われ、医学研究は日に日に進歩し、種痘も盛んになった。民衆が早死にの患いを免れることは、陰陽を調和させ、化育を助けるものといえる。ヨーロッパ諸国では、土地がやせ、人畜が増殖し、民衆の生活が困難であるため、移民政策を起こし、南北アメリカ、アフリカ、オーストラリア、アジアの諸島へ人々を移住させているが、それでも日々の不足は解消されない。わが国について見ると、土地と人口を比較した統計では、前後数年間、毎年四十万人ほど人口が増加している。それでも生活が不足に陥らないのには、理由がある。わが国の土地は肥沃で、米麦を年二作できる温暖な土地が全国のほぼ半分を占める。維新以前は二作地が十分の三にも満たなかったが、今では次第に増えて十分の七を占めるに至った。そのため人口は増えているが、生活の資もあるので不足を心配しない。しかしこれから先、二作地の残りはわずか十分の三である。人口が年ごとに増えていくのに、朝廷にも在野にも賢士がいて、なお安閑として先の計画を立てようとしないのは、憂うべきではないか。現在、北海道に鉄道を開き、次第に一千万人を移住させれば、内地の人口増加の半数を減らすことができ、五十年間は国家の安泰を保てる。その間に海外の各国にも殖民地を設け、国家永遠の策を図るべきである。これが「民を左右する」ということである。

  【占い】
○ 国家の気運を問う。まさに君主は明らかで臣は良く、民は安泰で、全盛の時である。しかし盛りの極みはすでに衰えの始まりである。否と泰は天にあり、これを挽回するのは人にある。深く思慮すべきであり、家運についても同じである。


○ 事業を問う。事は必ず成就するが、後の失敗には備えなければならない。

○ 婚姻を問う。陰陽が一体となる、大吉の象である。

○ 商業を問う。売買ともに吉。ただし売り出す利益は小さく、買い入れる利益は大きい。「小往きて大来る」にその象が見える。

○ 年の実りを問う。雨水が調和し、豊作の象である。

○ 懐妊を問う。男女の双生児となる象がある。

○ 失物を問う。左右の近い所を探せば、おのずから見つかる。

初九。茅を抜くに、根が連なる同類もともに抜く。進めば吉。[57]

初九。茅を抜くに、根が連なる同類もともに抜く。進めば吉。[57]

『象伝』にいう。茅を抜いて進めば吉。志は外にあるからである。

「茹」とは、草の根が互いに引き連なるさまをいう。「茅を抜くに茹をもってす」とは、茅の一本を抜けば、その根に連なるものも皆ともに抜けるということである。この爻は、剛明の才徳を備えながら下位に居る。四爻の大臣と陰陽正しく応じるので、在野の賢才であり、大臣に推挙される者である。三つの陽爻は一体をなすため、一陽が進めば衆陽もともに進む。一本の茅を抜けば、根が連なって起こるのと同じである。そこで「茅を抜く」という象を立てた。古来、君子が位を得れば、賢士が朝廷に集まり、心を合わせ力を尽くして天下の泰を成す。小人が位にあれば、不肖の者が次々に進み、天下の乱を招く。これはそれぞれが類に従うからである。初九の「茅」は、九二・九三の賢士を引き立て、ともに進ませることができるので、「その類を同じくすれば」という。類とは同類である。初九は泰の始めで、正位を得て、徳を抱いて履む道を実行できるので吉であり、「進めば吉」という。彖伝の「来る」は天の気が下ること、爻辞の「進む」は君子が上進することをいう。卦は上から下へ気が交わり、爻は下から上へ位が昇る。およそ君子が道を学ぶとは、身を修めて時を待ち、天下の広い地に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行い、自分の君主を堯舜のような君主にし、民を堯舜の民のようにしたいと願うことである。これが学者の宿願である。しかし天命に恵まれず、志を遂げられないなら、腕を枕にして水を飲み、ひっそりと狭い巷に住む。これは独り身を善くすることである。それでもその心は一日たりとも天下を忘れたことがない。『象伝』の「志は外にある」とは、初九の賢士が身は下にあっても、志は民を潤すことにあるという意味である。「外」とは天下国家を指す。この爻が変じると全卦は升となる。升の初六には「信じて昇る。大吉」とあるので、賢者が昇進することを占うことができる。

  【占い】
○ 時運を問う。他人の力を借りて事を成す象がある。


○ 家宅を問う。家族が団らんし、家中の者が無事である吉兆がある。

○ 商売を営むことを問う。主人と仲間が志を合わせ、商品と財が集まる象である。

○ 功名を問う。次第に昇進する喜びがある。

○ 戦争を問う。攻め進んで勝利を得る。

○ 失物を問う。草むらの中を探すのがよい。

○ 懐妊を問う。初産は女、三・四胎なら男の象である。

【例】明治二年、某藩士の氏が来て、商業に従事してよいかを占うよう求めた。筮して泰から升を得た。

断にいう。この卦の象は、天の気がかすかに地下へ通り、地の気が天上へ昇る。人事にたとえれば、我と相手が相和し、上下が通じ合う時である。ゆえに泰という。今、初爻を得た。その辞に「茅を抜くに茹をもってす」とある。茅というものは、茎は別々に生えていても、根は互いにつながっている。察するに、あなたの旧友の中には、きっと官途に仕えている者がいる。その人に頼って仕官の道を相談すれば、事は必ず成る。あなたの容貌を見ると、官吏には向くが商人には向かない。私は易の道理に基づいて判断し、あなたの人品と才力は、友人に頼って身を進めるのがよいと知った。

その後、この人は果たして仕官し、次第に昇進した。

九二。荒を包み、河を徒渉し、遠きを遺れず、朋を亡い、中行に尚ばるを得。

九二。荒を包み、河を徒渉し[58]、遠きを遺れず[59]、朋を亡い、中行に尚ばるを得[60]。

『象伝』にいう。荒を包み、中行に尚ばるを得るとは、徳を光大にすることである。

「荒」は洪荒の「荒」のように、太古の荒涼たる広野の意味を持ち、また荒野の意味も兼ねる。「包む」は容れること。「河を徒渉する」は歩いて渡ること。「遠きを遺れず」は遠いものを忘れないこと。「朋を亡う」は、坤の「朋を喪う」と同じである。「中行」は中道という意味である。この爻は剛明の才を備え、中正の徳を持ち、五爻の君主と陰陽正しく応じる。王を補佐し覇を成す、計略と実行力を備えた忠臣である。おおらかで度量が広く、遠い荒野の細民を包容し、養い教えて、一人としてその所を得ない者がないようにする。また河を徒渉するような果断さがあり、文弱に流れない。だから「荒を包む」「河を徒渉する」という。聖賢の心は、もともと捨てるものがない。荒を包まなければ天地の慈愛を示せず、河を徒渉しなければ天地の威怒を発揮できない。雨露と雷霆、寛大さと厳しさを兼ね備え、しかも遠く暗いものを捨てず、近しい者だけを私的にえこひいきしない。九二はこの剛中の徳を体し、明らかで正大、中道にかなう。ゆえに「遠きを遺れず、朋を亡い、中行に尚ばるを得」という。泰を治める道には、この四つが必要である。寛大なら衆を得、信あれば民が任じ、敏なら功があり、公なら衆が喜ぶ。まことに中行の徳を失わないのである。その要はまず寛にある。だから『象伝』は「荒を包む」の二字をもって四つをまとめ、中行に配して徳を光大にするという。意味は深い。

占筮を活用するため、ここではひとまず開拓の事について述べよう。「荒を包む」とは荒野をいう。「河を徒渉する」とは、荒地を開墾し、無業の貧民を導き、道路を開き橋を架け、公役に従事させることである。「遠きを遺れず」とは、深山幽谷の奥にまで至り、険阻を越えて開拓すること。「朋を亡い、中行に尚ばるを得」とは、朋党の私を捨て、衆を率いて事を起こし、天下の愛敬を得ることである。「荒を包む」は仁、「河を徒渉する」は勇、「遠きを遺れず」は智、「朋を亡う」は公である。この四徳を備えて天下を治めれば、なお余力がある。包容するだけで決断・制御がなければ、剛柔相済する才ではない。遠きを捨てない一方で、党類にへつらい私するなら、偏りが重く、公正の本体を失う。ゆえに荒く汚れたものを包容し、しかも果断剛決でなければならない。遠きを遺れず、しかも朋党に私しない。そうしてこそ遠きを忘れず、近きに馴れず、中道に合うのである。『象伝』の「徳を光大にする」とは、胸中が広く、人を容れる度量があることをいう。「光」とは、その明が照らすに足ること。「大」とは、その器が容れるに足ることである。

  【占い】
○ 時運を問う。目下まさに功名が顕達する時であり、海外へ遠遊して事業を創始することもできる。


○ 仕官の道を問う。遠方への使節となるか、軍事遠征に従事する兆しがあり、いずれも吉である。

○ 商業を問う。行商し、外から物を運ぶことに利益がある。

○ 失物を問う。きっと水中に落ちており、見つけるのは難しいだろう。

○ 病気を問う。吉でない。

○ 家宅を問う。人を用いるには寛大に、事を処理するには果断にすべきである。召使いだけを信頼して、家産を損なってはならない。

○ 戦争を問う。遠方の民を懐柔し、朝廷に従わない者を討ち、領土が日ご日ごとに広がる勢いがある。

○ 妊娠:男児が生まれる。

【例】東京の友人某氏が常陸で沼地を開墾しようとして、吉凶を占うよう求めた。筮して泰から明夷を得た。

断に曰く、「『泰』の古字は、人が左右の手で大水をせき止める形を表す。大雨が急に降ると、山の砂土が押し流され、崩れ落ち、流れに沿って堆積する。その結果、低地は湖や沼沢となる。今、あなたが沼地を開墾し、社会に利益をもたらし、国家の経済を助けようとしていることは明らかである。爻辞の『茅を抜くに茹をもってす』とは、雑草を刈り、五穀を播き、開墾の成果を得ることをいう。また『荒を包む』とは荒地を買う象、『河を冯るを用う』とは溝渠の整備に力を尽くす象である。人は巨額の財産を持つと、安楽に暮らして一生を終え、子孫にただ食べて暮らせる生活を永久に享受させることを最上策としがちだが、これは実に大きな失策である。なぜなら、世の富者が公益を顧みなければ、貧者は衣食を得られない。衣食を得られない貧者は、必ず礼義を顧みなくなり、廉恥を失い、ついには禁令を犯して法網にかかる。これを国家の乱民という。乱民が生じるのは、すべて働かずに座して食う者からである。あなたがこのような人々を包容し、財産を投げ出して大衆のために沼地を開墾し、飢えと寒さを救おうとする志と行いは、光明正大で、まことに仲間をはるかに超えている。ゆえに『朋亡』という。この事業は自他をともに利するので、『中行を尚ぶ』といい、必ず大いに発展するであろう。友人は言った。『謹んでご指示に従います。しかし私は年老いており、現地へ赴いて工事を監督することができません。目下の重要な仕事について、信頼する某氏を代理人として任命し、この事を委ねたいと思います。これを決めるため、筮で占ってください。』筮して、坤が豫に変じた。」

爻辞に曰く、「六四。嚢を括る。咎もなく、誉れもなし。」

断に曰く。この卦は全卦が純陰で、陽爻が一つもない。易の道では陽を尊び、陰を卑しむ。今この卦を得た以上、その人物は卑賤な小人ではないかと恐れる。世間の皮相な人々は、人の身分によって貴賤を分けるが、私はただ心術のみを論じる。第一は、自分のために計らず人のために計り、衆人が喜ぶことを自分も喜び、衆人が憎むことを自分も憎み、その性情の発露が公正で少しの私心もない者で、これを上とする。第二は、自分の望むものを人も持つよう願い、万事を和合して助け合い、自分勝手に振る舞わない者である。第三は、ただ利欲だけを顧み、親族や友人を顧みず、利益さえ得れば廉恥も知らない者で、これを最下とする。これが私の平素からの持論である。古来、最も知恵ある人は生まれつき善く、異なるものを見て心を移すことがなく、貴人と呼ばれる。愚かで劣った人は心が残忍卑劣で、悪に偏り、賤人と呼ばれる。坤の初爻に『霜を履めば、堅氷至る』とあるのは、利益を争えば上位者に逆らい、乱を起こすに至ることをいう。上爻の『龍、野に戦う』は、利益を謀れば互いに争い戦い、両家とも傷つくことをいう。この人物に事を任せるのは、盗人に鍵を売るようなものだ。財嚢の口をしっかり括り、心を戒めるべきである。これが『嚢を括る。咎もなく、誉れもなし』という意味である。この事は必ず自分で任じ、人に委ねてはならない。」

友人は私の言葉に従った。

九三。平らかなものに陂なきはなく、往きて復らざるはなし。艱に貞なれば咎なし。その孚を恤うなかれ。食に福あり。

九三。平らかなものに陂なきはなく[61]、往きて復らざるはなし。艱に貞なれば咎なし。その孚を恤うなかれ[62]。食に福あり。

象伝に曰く、「往きて復らざるはなし」とは、天地の際なり。

『平らかなものに陂なきはなく、往きて復らざるはなし』とは、時運が移り変わる常道をいう。月が満ちれば欠け、花が咲けば散るようなものである。この爻を卦全体から見ると、まさに泰運が最盛期にある時である。しかし爻位を詳しく見れば、陽は窮まり、陰が迫っている。泰の時は終わろうとし、否の時が来ようとしている。万物は中ほどにあれば平らかだが、中を過ぎれば必ず傾く。天の道も人の事も同じである。泰の九三では、天の道が上に戻り、地の道が下に戻る。君子が泰運の極みにあっては、ただ人事を尽くして天運を挽回しなければならない。ゆえに患いを思い、あらかじめ防ぎ、常に艱難と危険を警戒する。そのようにすれば咎を免れることができる。この爻は剛が重なり、中位ではなく、互卦に震を含む。健やかに動いて止まらない体にあり、さらに一歩進めば、傾き、また戻る象となる。乾は本来上にあり、坤は本来下にある。下が上に交わるので、乾が内、坤が外となる。乾が下に安んじなければ、必ず上って坤に迫る。坤が上に安んじなければ、必ず下って乾を奪う。だから『平らかなものに陂なきはなし』というのである。復る時にも、その復りに任せず、平らかさを保ち、往くことを守り、微かな乱れを防いで、結末を全うする。小人が怠りに乗じて入り込もうとすれば、君子はますますその困難を思い、小人が隙を窺って攻めようとすれば、君子は必ずその貞正を守る。このように心を危うく保てば、行動や処置に過ちや咎は生じない。ゆえに『艱に貞なれば咎なし』という。天下の事は、戒め恐れていなければ、その終わりを保てるものではない。易が始終・消長の機微について垂れる戒めは、最も深く切実である。世運の傾きと復りは、日月の食のようなものだ。食の瞬間は暗くなるが、過ぎれば再び光明となる。ゆえに『その孚を恤うなかれ。食に福あり』という。『食』は日月の蝕をいう。日月の蝕を禍にたとえ、蝕が終わって光明が戻ることを福にたとえている。

按ずるに、六十四卦の中で、爻の等級にかかわらず、内卦と外卦によって時運の変遷を分けて見る卦は四つある。泰・否・既済・未済である。この卦は内卦の三陽によって泰の中の泰となり、外卦の三陰によって泰の中の否となる。陽は余り、実、富を表し、陰は不足、虚、貧を表す。九三は内卦の極にあり、六四に出会って乾坤二体の交会に当たる。これは泰の中の泰が終わろうとする時であり、六四は外卦の始めにあって、泰の中の否が来ようとする時である。ゆえに三・四の両爻で時運の転換を示す。象伝の『天地の際』とは、『際』が交際の際、すなわち陰陽が互いに接することをいう。

  【占い】
○ 時運を問う。慎重な者は栄え、安逸と欲望にふける者は敗れる。十分に心すべきである。


○ 商業を問う。今は失意であっても、後には必ず大いに利益を得る。

○ 戦争を問う。敵兵の伏兵に警戒し、堅守すべきで、攻撃してはならない。

○ 失物を問う。ほどなく見つかる。

○ 出産を問う。危険はあっても咎はなく、必ず福徳ある子が生まれる。

○ 家業を問う。先祖伝来の事業を慎重に守れば、富を永く保てる。

○ 疾病を問う。若い者は咎なく、老人は寿命の尽きる時に障りがある。

【例】明治十八年、故三条相公の命を受け、浜離宮において公の気運を占い、泰が大壮に変じた。この時の随行者は、武者小路君と福沢重香君の二氏であった。

断に曰く。この卦は、太陽の火気が地下にまで透徹し、地の精が蒸発し、天地の精気が交わって万物が生育する象であり、国家安泰の象である。国家にたとえれば、政府の恩恵が民衆にまで行き渡り、民衆の情志が政府に達する。君主は臣下を信任し、臣下は君主に服従する。ゆえに泰という。しかし泰の極みは変じて否となる。これは陰陽の消長という自然な推移であり、泰から否へ向かう時もあれば、否から泰へ向かう時もある。この卦は内卦が三陽で、泰平が最も盛んであり、外卦が三陰で、泰から否へ向かっている。今得たのは第三爻で、内卦の極である。泰の中の泰がすでに去り、外卦の陰へ移って、泰の中の否へ転じようとしている。ゆえに爻辞は、平らかなものに陂なきはなく、往きて復らざるはないといい、時運の変遷をたとえる。時運がそうさせるのであって、本来は人力で争えるものではない。しかし現状を保ち、まだ起きていない事を防ぎ、艱難危険を警戒し、正しく誠実であろうと誓えば、人の定めによって天に勝つこともできる。だから『艱に貞なれば咎なし。その孚を恤うなかれ。食に福あり』というのである。閣下は声望が高く、功業も偉大で、伊尹や周公にも比すべきである。慎み深く盈ちたるものを保ち、泰平を守れば、必ず鬼神がひそかに守護するであろう。ゆえに象伝は『天地の際』という。

後に相公は顕職を辞して内大臣の閑職に退き、永く誠を尽くすことを誓い、輔弼の功を大いに成し遂げた。

六四。ひらひらと飛び、富まず、その隣とともにす。戒めずして孚あり。

六四。ひらひらと飛び、富まず、その隣とともにす。戒めずして孚あり。

象伝に曰く、『ひらひらと飛び、富まず』とは、皆が実を失っているのである。『戒めずして孚あり』とは、心の中の願いである。

『翩翩』とは、鳥が羽をこするようにひらひら飛ぶさま。『隣』とは、六五と上六を指す。この爻は泰の時にあり、上には外卦の二陰があって、いずれも下と応じている。陰柔の性質は本来下位にいるのがよいのに、今は上体にいるため、志が安らかでない。そこで上の三爻が連なり、同じく下へ行こうとする。上にいる者が謙虚に下の者を受け入れ、告げ戒められなくても自ら信じ合うので、『翩翩として富まず、その隣とともにす。戒めずして孚あり』という。『富まず』とは陰虚の象である。この爻は運が中を過ぎ、泰が否へ転じようとする時に当たり、小人が志を合わせて正道を害そうとする時なので、君子が戒めるべきである。五と上はいずれも陰で、識見も力量も乏しい。ゆえに象伝は『翩翩として富まず、皆実を失えるなり』という。『皆』は坤の三陰を指し、『実』は陽爻を指す。陰が陽に従うのは、貧者が富者に頼るようなものだ。今、三陰は外にあって、頼るべきものを失っている。しかし泰の時には陰気が上昇し、陽気が下降し、上下は互いに疑わない。国を興し民に福を植えるので、『戒めずして孚あり、中心の願いなり』という。

  【占い】
○ 時運を問う。心を同じくし、互いに信じ合う友を得るので、諸事をともに計画できる。


○ 商業を問う。外面はたいへん好調に見えるが、内実は空虚で、すべて同業者の助力に頼って事を成す。

○ 戦争を問う。兵糧が不足するので、敵の糧食を奪って軍需に充てるべきである。衆心が固ければ、勝利して敗れない。

○ 家業を問う。もとは富家だが、今は外強内弱である。幸い親戚や近隣が皆、あるものとないものを融通し合うので、欠乏を憂えない。

○ 失物を問う。近隣の家に落としたものらしい。尋ねれば見つかる。

【例】東京の豪商某氏甲が来て告げた。『維新以来、商況は大きく変わり、当家はついに衰運に入った。これを維持する策を立てたいが、方針が定まらない。どうすればよいか。どうか一卦を筮していただきたい。』筮して、泰が大壮に変じた。

断に曰く。この卦は天の気が下降し、地の精が上昇し、上下が安泰で、共に旧来の規則を守りながら安楽に耽る、無事の時の象である。今あなたが占う件では、主人も経営者も仲間も、皆ただ旧法にしがみつき、従来の規則に従うことしか知らず、時に応じて変わることを知らない。近ごろは世界各国が通商し、商業もそれに伴って更新されている。あの家は旧人だけを信用し、新しい方法を知らず、才能ある人材も雇わない。そのため商業は日に日に人後に落ち、数代にわたる蓄財もついに継承が困難になる。泰の四爻は、泰がすでに半ばを過ぎ、次第に衰運へ入ることを示し、まさにあの家の運に合っている。今、維持の策を立てようとするなら、昔からの仲間は経験に富まないと思われるので、適任者に代え、事の権限を委ね、皆の投票による推薦で人を定め、その指揮に従わせるべきである。旧来の仲間も、昔の姿に恋々としてはならず、努めて新事業に従事すべきである。これが『翩翩として富まず、その隣とともにす。戒めずして孚あり』という意味である。こうすれば、あの家の衰運もなお維持することができる。

某氏は私の言葉に従い、奮然として家風を改革した。倉庫監督のような役職に至るまで、皆に投票推薦させたところ、果たして適任者を得た。その家は今日に至るまでますます繁盛している。

六五。帝乙、妹を帰がしむ。祉をもって元吉。

六五。帝乙、妹を帰がしむ。祉をもって元吉。

象伝に曰く、『祉をもって元吉』とは、中によって願いを行うのである。

『帝乙』とは、殷の紂王の父である。この爻は柔でありながら尊位に居り、下では九二の剛と陰陽正応する。自分を空しくして無為を守り、心を虚しくして賢臣を下に迎える、正位の君であり、太平の治を開く者である。九二は卦の主爻で、六五の君を輔佐してその治を成し遂げる。ゆえに『帝乙、妹を帰がしむ』を引き、妹が身分を下げて嫁ぎ夫に従うことを、聖君が己を虚しくして賢臣を礼遇し、国を開き家を継ぎ、福祉を永く保つことにたとえる。だから『帝乙、妹を帰がしむ。祉をもって元吉』という。『元吉』とは大いなる吉で、善を尽くしたもの、すなわち泰平の功を成す所以である。帝の娘が嫁ぐのは夫に勝とうとするためではなく、夫に福を与えるためである。坤が下へ復るのも乾を侵そうとするためではなく、これを輔けるためである。彖伝の『上下交わりてその志同じ』とはこのことである。また互卦に帰妹があるので、帰妹の六五と爻辞が同じである。象伝の『中によって願いを行う』とは、泰の時に君主が、泰が極まれば否に変じることを恐れ、慎み畏れて、終わりまで泰を保ち、永く至治の福を享受したいと願うことをいう。これが『中によって願いを行う』のである。

  【占い】
○ 時運を問う。今は順調である。謙虚で柔順にすれば、万事吉。


○ 商業を問う。海外との貿易がよい。吉。

○ 家宅を問う。賢明な内助を得る。

○ 婚姻を問う。遠方へ嫁ぐ、または遠方から娶るのがよい。吉。

○ 懐妊を問う。貴い女子が生まれる。

○ 疾病を問う。必ず神の加護を得る。吉。

○ 失物を問う。拾った者が必ず自ら来て返す。

【例】知り合いの豪富某氏が来て、家政の気運を占いたいと請い、筮して泰が需に変じた。

断に曰く:この卦は、上下の気が通じ合う象であり、主従が互いに応じ、家政が安泰である時を示す。今、第五爻を得た。貴家の財産は代々受け継いだ家業であり、あなたの性質は善良で、家庭教育も行き届いている。ただ現在の時勢にあっては、通達を妨げられることを免れない。今、第二爻をその管理者として得た。この者は一切の事務を担うことができ、忠実で信頼に足る。したがって家政は整い、商運はいっそう盛んになる。しかし、旧来の仲間の中には、ひそかに嫉妬し、陰で讒言を生じさせる者もあろう。幸い、第二爻の管理者は、新婚の婦人のように柔順に従うことができるので、讒言は自然に消え、十分に力を尽くして家を守ることができる。これを「帝乙が妹を嫁がせる。福があり、大いに吉」と言うのである。

上六:城壁が堀へ崩れ戻る。軍を用いてはならない。自分の邑から命令を告げよ。正しく守っても恥を招く。

上六:城壁が堀へ崩れ戻る。軍を用いてはならない。自分の邑から命令を告げよ。正しく守っても恥を招く。

象伝に曰く:「城壁が堀へ崩れ戻る」とは、その命が乱れているのである。

「隍」とは城の堀である。水がなければ隍、水があれば池という。「城」は土を築いて作ったもの、「隍」は土を掘り取って作ったものである。「城復于隍」とは、高い城壁が崩れ、もとの堀へ戻ることをいう。「自邑告命」とは、下位の邑から命令を発し、上位の国に告げることである。この爻は泰の終わりで、これから否へ転じようとする時に当たる。その象は、陰弱な君主が陽剛の臣を制することができない姿を取り、時運の変革を辞として、盛衰消長の機を示している。それが「城壁が堀へ崩れ戻る」である。時運が衰え、天命が改まろうとすると、君主は政務に倦み、臣下は讒言に巧みとなり、民からの取り立てに節度がなくなり、賄賂が公然と行われる。その極みに至れば、必ず逆乱が起こる。そもそも軍事の要は、人心の和を第一とする。上六の時は世運がまさに否に入り、人心も和せず、氷と炭が相容れないような状態である。兵をもって争えば、成敗は予測できない。しかも城はすでに壊れて修復されていないのに、これを拠点として戦えるだろうか。だから「軍を用いてはならない」と戒めるのである。この段階では君徳はすでに衰え、威権も尽く廃れ、武功を用いることはできない。ただ退いて文を修めるしかなく、遠大な謀略を図ることもできず、ただ退いて身近な政務を治めるしかない。ゆえに「自分の邑から命令を告げよ」という。すなわち城邑を固く守り、政教を明らかに示すのである。孟子のいう「死をもって守り、そこを去らない」に似て、民心を得て天運を挽回しようとするのである。「正しく守っても恥を招く」とは、聖人が、否になる前に命令を告げず、否が迫った時になって初めて命令を告げたことを惜しんだのである。もう遅すぎ、正しい行いであってもなお恥ずべきである。だから「正しく守っても恥を招く」という。象伝の「その命が乱れている」とは、上下ともに乱れているということである。旧制度を守るだけの君主は、宮中深く育ち、女官や宦官を友とする。師がいても、正しい人物でないことが多い。君主は驕奢淫逸となり、臣下は阿諛迎合して、できないことはない。こうして下の事情は抑えられて上に通じず、君主の恩沢は涸れて滞り、下へ流れない。その間に鬼魅のような奸賊が人心を惑わし乱す。ついには人心が離散し、国家が覆る。これが「その命が乱れている」という意味である。

  【占い】
○ 時運を問う:目下、運気は逆転している。慎重に自らを守り、小人がもてあそび騒ぎを起こすのを警戒せよ。


○ 商業を問う:小規模に行い、時運を待つのがよい。

○ 戦争を問う:城地を攻め取れば、必ず勝つ。

○ 家宅を問う:転覆・破綻を警戒し、家業を堅固に守るべきである。

○ 出産を問う:女児が生まれる。

○ 失物を問う:恐らく取り戻すのは難しい。