高島易断 · 卦ごとの解説

高島易断 · 易経 第 17 卦 沢雷随、随:大いに通じ、正しさを守るのによく、咎はない。

沢雷随、随:大いに通じ、正しさを守るのによく、咎はない。

[17]沢雷随

随は、上が沢で下が雷である。震は下で奮い、兌は上で開いており、その間を流れが通るため、内は自ら動かず外に従う。ゆえに「随」といい、この卦名となった。兌は末娘、震は長男であり、末娘が長男に従うのが随の意味である。兌は沢、震は雷で、雷が沢の中を震わせると、沢も従って動く。これが随の象である。その意味も象も、陽が陰の下に下り、陰が必ず喜んで従うところから取っている。朱子のいう「こちらが動き、あちらが喜ぶので随となる」ということである。序卦伝は「豫には必ず随がある。ゆえにこれを受けるのに随をもってする」と説く。楽しみの道とは、物が来て自分に従い、自分もまた物に従うことである。だから随は豫の次に置かれる。

随:大いに通じ、正しさを守るのによく、咎はない。



▲ 篆書の「随」

この卦体は、震が下から震動し、上の兌が感じて喜び、これに応じて和するので随となる。自分を捨てて人に従い、人の善を喜んで取り入れ、自分の善とする意味がある。ゆえに随の道によって大いに通じることができる。震は健で、乾を得るので「元亨」という。巽は地において剛鹵であり、坤と合するので「利貞」という。雑卦伝は「随は故なきなり」といい、上下がそれぞれ自分の位置に従って安んじ、何かを行うのを待たないことをいう。故がなければ事もなく、事がなければ何の咎があろうか。ただし正しさを失えば、自分を曲げて人に迎合し、容易に咎を招く。これもまた戒めである。

彖伝はいう。随は、剛が来て柔の下にあり、柔が動いて喜ぶので随である。正しさを守れば大いに通じ、咎はなく、天下は時に従う。時に従うことの意義は、なんと大きいことか。

この卦は、もとは下が坤、上が乾の否であり、否の卦は順って健に従う。今、否の上爻が下って坤の初爻に入り、震となる。その初九が成卦の主である。また否の初爻が上って乾の上爻に入り、兌となる。これによって陽は陰の下に下り、高いものは低いものに下り、陽が動けば陰が喜ぶ。物は来て私に従い、私もまた物に従う。これが随である。「剛が来て柔の下にあり、動いて喜ぶので随となる」とは、この随の意味である。人君が善に従い、臣下が命令を奉じ、学ぶ者が義に従い、子弟が師に従うのは、すべて随である。人が天に従い、欲望が道理に従い、邪が正に従うのは、随の善いあり方である。随の道は正しさに従うことがよい。これに反すれば曲がった随、すなわち時に背くことになる。君子は時に従って動き、時に従って喜び、それぞれ適切なところを得るので、行うことはすべて功を奏する。ゆえに「随は大いに通じ、正しさを守れば咎はない」という。随の意味は、動いて従うことにある。動かなければ従えず、喜ばなければ従おうとはしない。雷が下で発し、雨水が上から降る。沢は雷に従い、上は下に従うのである。時に背けば、雷は動かず、沢は喜ばず、上下は互いに従わなくなる。随の道を知らなければ、必ず時に合わない。天下に推し広げれば、陰陽・剛柔もすべて同じである。だから「天下は時に従う」という。随の時の意味は、なんと大きいことか。

この卦を国家に当てはめれば、内卦は人民である。人民は行動に励み、職業に従事し、あえて上の政府に逆らわず、ただ政府の命令に従う。外卦は政府であり、威権を振りかざさず、人民を喜ばせる命令だけを施す。こうして上下、君民の間は親密和悦となり、上が唱えれば下が従い、天下は平和で人心は静まる。これが随の時であり、「随は大いに通じ、正しさを守るのによく、咎はない」という。こうした時には、五爻の九五に聖明な君主があり、中正の位に居て、心を広くし私なく、善において互いに信じ合う。君主が心を空しくして臣下に従えば、臣下はいっそう恭しく君主に従う。だから初爻は「変ず」といって正しさを失わず、二爻は「つなぐ」といって私心を免れず、三爻は「正しさに居る」ことで「得る」とし、四爻は「道にある」ことで咎なく、上爻は「つながりに従って」供え物を用いる。要するに、正に従えば吉、邪に従えば凶である。咎は随そのものにあるのではなく、何に従うかによって自ら招くのである。臣下が誠をもって君主に従えば、意思が通じるので「元亨」となる。事は必ず「道にあり」、正しく従うので「利貞」となる。そうすれば君主が臣下に従うとき、諫言は必ず受け入れられ、言葉は必ず聞かれる。臣下が君主に従うとき、従わない命令はなく、奉じない命もない。このように動きが喜びを感応させ、喜びが動きに応じ、上下が互いに従って、政務は大いに通じる。ゆえに「時に従うことの意義は、なんと大きいことか」という。

この卦を人事に当てはめれば、強いものが弱いものに従うことにある。剛強な人が人にへりくだることを嫌えば、人心はいつも離反し、事業もおおむね成し遂げられない。もし剛をもって柔の下に身を置き、物事を適切に整えることができれば、人々の心は必ず服する。何の咎があろうか。随とは、自分の意見だけに固執せず、自分を捨てて人に従い、人の善を取って自分の善とすることである。その働きは非常に速く、道理はなめらかで、功は成し遂げやすい。だから「元亨」という。しかし随の道には正も邪もある。柔順だけに偏れば、道を曲げて人に迎合する。人を受け入れ喜ばせることに過ぎれば、道に背いて名誉を求める。これは随の正を失うことである。動くことも喜ぶこともすべて時に従い、内には自分を失わず、外には人を失わないなら、随は正を得る。そうすれば、どうして咎があろうか。ゆえに「利貞、咎なし」という。易の彖伝で「元亨利貞」の語が付されるものは七つある。乾・坤・屯・随・臨・无妄はすべて上経にあり、下経では革の一卦である。いずれも大いに事を成す時であり、自分が時勢に乗る勢いを得たので「元亨利貞」という。この語の解釈は乾のところで詳しく述べるので、参照すべきである。時に従う意味は非常に大きい。天地自然の働きに推し及ぼせば、震は春であり東方の卦で、万物はこれに従って生じる。兌は秋であり西方の卦で、万物はこれに従って成る。ゆえに春は生じ、夏は長じ、秋は成り、冬は蔵す。それぞれ時に従うのである。天下の道理はすべて同じで、動かなければ従うものがなく、喜ばなければ従うことができない。これが随の意味であり、人事も例外ではない。

この卦全体を見ると、三陽三陰から成る。初九が六二に出会うのは、陽が陰に従うことである。九五が上六に信を寄せるのも、陽が陰に従うことである。六二は陰位に陰で居るので、陰が陰に従う。だから「つなぐ」という。つながりがあれば必ず失うものがある。凶咎とは明記しないが、凶咎はおのずと知れる。六三は陽位に陰で居るので、陰が陽に従う。陰であるためここも「つなぐ」というが、つなぐべきものにつながっている。つなぐことは従うことなので、「正しさに居るのがよい」という。九四は陽をもって陰に従い、九五に近接している。剛強で得るところがあるが、臣下の道としては凶である。ただ誠をもって相手を感動させ、知恵をもって守れば、なお何の咎があろうか。九五は尊い位にあり、上が動き下が喜ぶことの主である。人を取り上げて善をなすので、吉はこれ以上ない。上六は柔順さをもって随の極みに居り、従うことの極みに達した者である。そのつながりをうまく用いれば、つながりもまた正しさを得る。総じて随の道は、時に応じて動き、適切なことに度を過ごさず従い、至誠に居て、大公をもって行うのがよい。そうすれば群衆を感化できるだけでなく、上帝への供物にも用いることができ、天下を率いて時に従わせることもできる。君子はこの爻を見て、時に従う意味が非常に大きいことを知る。前の卦は豫であり、喜びによって時に従い、逆らう心がない。序卦伝は「豫には必ず随がある。ゆえに随をもって受ける」と説く。人は謙虚であってこそ豫を得、喜びをもって時に従うことができる。謙虚でなければ、どうして豫を得られよう。豫がなければ、どうして随うことができよう。三者は道を同じくし、機会は互いに因って生じる。機会はただ時にあり、時に適うものとして随に勝るものはない。しかし「随には必ず事がある」。事があって後に蠱が生じる。これが蠱が随の次に置かれる理由である。ゆえに随は文王が殷に仕えたことのようであり、蠱は武王が周を建てたことのようである。易は、測り知れない神の隠れた蔵であり、円妙なる霊府である。万物について見ても、万事に推し及ぼしても、存在しないところはなく、包み含まないものもない。神聖な道でなければ、どうしてこのようであり得ようか。

大象はいう。沢の中に雷があるのが随である。君子はこれを見て、日が暮れると内に入り、静かに休む。

この卦は、震の陽が兌の陰の中に陥り、隠れ伏す象を示している。象伝に「沢の中に雷あり、随」とあるのは、雷が動くことではなく、雷がその中に内蔵されていることをいう。本義が「雷が沢の中に隠れている」と解したのは、その趣旨を深く得たものである。つまり、この象の意味は、雷の勢いが伏している時に取られているのである。君子はこの象を観るので、動作を語らず、ただ「晦きに向かえば宴息す」と語る。雷が伏し隠れるのは寒冬であり、人が宴息するのは「晦きに向かう時」である。いずれもそれぞれの時に従うのである。君子は天に応じて時に従って行動する。時が「晦きに向かう」なら、内に入って居り、宴息して身を養い、起居も時に従い、ただ自ら安んじるのがよい。動く時は雷とともに出て、静かな時は雷とともに入るのである。豫の「楽を作り徳を崇ぶ」、大壮の「礼にあらざれば履まず」、無妄の「時に茂んに対して育う」は、いずれも春雷の動きを手本とするものだ。復の「関を閉じ旅を息める」、随の「晦きに向かえば宴息す」は、いずれも秋雷の隠伏を手本とするものだ。多くの仕事の煩わしさを捨て、一枕の安閑に就くのは、励み働いた後に精神を養い、将来それを用いるためである。形を休めるのは凡民にも共通するが、心を休めるのは君子だけのものである。君子は才能と徳を兼ね備えていても、時に応じて適切に処し、そうでなければやはり咎を受ける。ゆえに随の時に遇えば、智を包み徳を隠し、禄を辞してその地位に居座らず、晦きを養って時に従い、道を抱いて世に伏す。文王が殷の紂王に仕えたこと、勾践が会稽に身を隠したことは、いずれも「晦きに向かえば宴息す」の義を得たものである。これを「君子は晦きに向かえば入りて宴息す」というのである。互卦の三・四・五爻は巽、二・三・四爻は艮である。巽は入ること、艮は止まることを意味するので、入って止まり休む象である。

  【占い】
○ 時運を問う。目下の運気は平常で、しばらくは身を隠しているのがよい。来年は遠出に利があり、五年目には利益を得られる。


○ 戦征を問う。退いて守るのがよい。来年は小さな功を立てるが、六年を待って初めて敵をことごとく捕らえられる。

○ 商業を問う。一時は売りにくい商品があるが、来春には利益を得られる。

○ 家宅を問う。隠れた怪異に注意せよ。夜には驚き恐れることが多い。

○ 訴訟を問う。牢獄の災いが恐れられる。来年はまた徴役や遠行にも注意せよ。凶。

○ 失物を問う。枕や寝具の間を探すとよい。

○ 妊娠について問う。女児が生まれる。

○ 行人を問う:すぐ帰る。

○ 出行を問う。来年がよい。

初九。官に渝あり。貞なれば吉。門を出でて交われば功あり。

初九。官に渝あり。貞なれば吉。門を出でて交われば功あり。

象伝にいう。「官に渝あり」とは、正しい道に従えば吉である。「門を出でて交われば功あり」とは、道を失わないことである。

この卦の六爻は、いずれも人に従うことによって義を立てており、近くの爻に比して従うことだけを取り、応爻は取らない。「官」とは心の主宰するはたらきをいう。人が事を行う時は、すべて心がこれを主宰する。「渝」とは変わること、「有渝」とは、心がつかさどるところを変えることである。官は節を守ることを尊ぶが、随の時にあっては、権宜の変を知らなければならない。変とは、時にかなって権に従うことである。この爻は剛にして正位を得、卦を成す主爻である。主となる者は人に従うべきではないので、「随」とはいわない。変わってしかも正を得るから、「貞なれば吉」という。門を出れば見聞が広がり、私情に溺れず、ただ善に従うことができる。そのため、随は時を失わず、変は正を失わず、己を空しくして人の意見を聞き、広く交わって功を成す。ゆえに「門を出でて交われば功あり」というのである。

  【占い】
○ 時運を問う。目下は運が変わり、新しい運に入る時である。動けばすぐによく、とりわけ外出が有利である。


○ 商業を問う。商品は外へ運んで売るべきで、利益が得られる。

○ 家宅を問う。修築・造営が吉であり、また外へ転居すれば、さらに有利である。

○ 戦征を問う。東を撃つなら変えて西を撃ち、南を撃つなら変えて北を攻めれば吉。

○ 疾病を問う。薬が症状に合わない恐れがあるので、薬を変えるのが吉。あるいは遠方に医者を求めれば、さらによい。

○ 失物を問う。門外を探せば見つかる。

○ 妊娠:男児が生まれる。

【例】友人某が官職に就くことについて占い、随が萃に変じた。

断にいう。この卦は上が兌、下が震で、剛陽が伏して柔陰に従う象であり、これが随卦の取る義である。今、初爻を得た。あなたは学力こそ剛強であるが、愚かで柔弱な者にも身を低くして従わなければならない。これもまた時勢がそうさせるのである。およそ初めて仕官する者は、まだ事務に慣れていないため、何事も老練な者の指揮に従わなければならない。これも随の道である。ここでは自ら主宰することができないので、己を捨てて人に従うべきであり、これを「官に渝あり、貞なれば吉」という。また独りでいるのはよくなく、広く交わって利益を集めるべきであり、これを「門を出でて交われば功あり」という。後果たしてこの占の通りになった。

六二。小子に係れば、丈夫を失う。

六二。小子に係れば、丈夫を失う。

象伝にいう。「小子に係る」とは、両方を兼ねて得ることはできないということである。

自立できる剛を「随」といい、自立できない柔を「係」という。だから初・四・五は剛で「係」といわず、二・三・上は柔なので、みな「係」という。随は公であるから失うことがなく、係は私であるから失う。六二は柔で陰位に居り、四とは位が隔たっているので、ついに四に係る。四は陽でありながら陰位に居るので「小子」という。位が隔たっていることが係る意味である。四に係れば初に比することができない。初爻は随卦の主であり、これを「丈夫」という。ゆえに「小子に係れば、丈夫を失う」という。旧説では、二が初に係り、初を失うとする。初は陽がまだ微弱なので小子といい、尊位にある五を丈夫とする。しかし初は卦の主なのに、どうして小子といえようか。五は君位なのに、どうして丈夫といえようか。しかも陽爻を丈夫とするなら、初は陽爻である。それを小子とするのは、説が逆である。人が従う対象は、正を得れば邪から遠ざかり、非に従えば是を失う。六二は係る相手を誤り、係るべきものを失っている。凶咎の語はないが、不吉であることは言うまでもない。象伝の「兼ね与えることなし」とは、天地の道には両方を完全に得る義がないということをいう。「小子に係れば」必ず「丈夫を失う」のが当然の理である。

  【占い】
○ 時運を問う。目下は運気が逆転している。自らを慎重に省みるのがよい。


○ 商業を問う。小利をむさぼって大きなものを失う恐れがある。

○ 家宅を問う。陰陽が逆さになり、女や小人が権力を弄び、かえって家長が制せられる象がある。

○ 戦征を問う。敵兵を捕らえることはできるが、将を斬り旗を抜く大捷にはまだ至らない。

○ 妊娠について問う。女児が生まれる。

○ 失物を問う。小さな品なら得られるが、大きな物は必ず失う。

○ 婚姻を問う。良縁ではない恐れがある。

【例】熊本県の尾藤判事は、かつて私から易を学んだことがあった。同氏の家に十八歳になる、容姿の美しい娘がいた。その頃、ある名士が妻を亡くし、仲人を通じて同家に結婚を申し込んだので、同氏はその吉凶を占うよう私に求めた。筮して随が兌に変じた。

断にいう。この卦は剛が柔に従う象であって、柔が剛に従う時ではない。今、娘の嫁入りを占うなら、娘方が柔、男方が剛である。爻象は剛が柔に従うので、状況とは大いに逆である。二爻に「小子に係れば、丈夫を失う」とある。思うに、その名士はきっと老夫であり、娘は気に入らないであろう。若い小子に嫁がせれば、双方がよく合う。

同氏はこれを聞いて、思い当たるところがあったらしく言った。「夫婦のことは女子一生の事である。親の好みによって女子の志を曲げてはならない。」そこで、その名士の申し込みを断った。

六三。丈夫に係れば、小子を失う。随いて求むれば得る。貞に居るに利あり。

六三。丈夫に係れば、小子を失う。随いて求むれば得る。貞に居るに利あり。

象伝にいう。「丈夫に係る」とは、志が下位のものを捨てることである。

「丈夫」は初九を指し、「小子」は九四を指す。初は随卦の主であり、剛にして陽位に居り、門を出て功を立てるので「丈夫」という。四は剛でありながら陰位に居り、その義に凶があるので「小子」という。初に係って四を失うので、「丈夫に係れば、小子を失う」という。これは二爻と正反対である。初爻はもともと門を出て交わりを求めようとしている。三がこれに随えば、必ず親しく交わるので、三が初に随えば、求めるものを得るのである。初が人に従って人を求める時、もし己を曲げて人に迎合すれば、得ても失うことになる。だから「貞に居るに利あり」という。六三は才能こそ弱いが、正位を得ている。初の「貞なれば吉」に係り、四の「貞なれば凶」を失うので、貞に居る利を得る。これが随の道の善である。道を求めて道を得、仁を求めて仁を得、求めなくても自然に得るのである。互卦の巽は近い利益を示すので、「求めて得る」という。貞に居るとは、常を守り、分をわきまえて止まり、道によって自らを固め、義によって自らを裁き、動いてみだりに求めないことである。象伝の「志、下を捨つ」とは、陽が上、陰が下であり、三は陽位に居るので、係るのは陽、失うのは陰だからである。ゆえに「志、下に合う」ともいう。一説には、丈夫を四、小子を初とし、二爻で五を丈夫とする説とも前後が異なる。しかし四は「貞なれば凶」なのに、どうして丈夫といえようか。初は「功あり」なのに、どうして小子といえようか。剛が柔に従うのを随とし、柔が人に従うのを係とする説にも合わない。

  【占い】
○ 時運を問う。目下は正運に入っており、財を求め名を求めても、思い通りにならないことはない。


○ 商業を問う。小が去って大が来る。必ず利益を得る。

○ 戦征を問う。敵将を生け捕りにし、必ず大捷を得る。

○ 家宅を問う。家運は豊かになるが、子供たちに災いがあることを警戒せよ。

○ 疾病を問う。大人には差し支えないが、子供や下の者には不利の恐れがある。

○ 懐妊を問う。生まれても育たない恐れがある。

○ 失物を問う。見つかる。

○ 婚姻を問う。名門との縁組みとなる。

【例】神奈川町浄土宗成仏寺の住職辨真和尚は、名僧辨玉和尚の弟子で、小乗の学を修めていた。ある日、私に易を講じてほしいと訪ねて来た。易に感じ悟るところがあって易を学びたい、また学んで成就するかどうかを占ってほしいというので、一筮した。随が革に変じた。

断にいう。随卦は剛が柔に従う意であるが、爻においてはそうではない。陽爻を「随」、陰爻を「係」という。今、あなたが私について易を学ぶのは、内には仏典の精奥を探り、外には神易の幽妙を求めることである。求めるものはすべて神明の道であって、塵世の細々した小事ではない。ゆえに「丈夫に係れば、小子を失う」というのである。したがって、私に従って易を学べば、仏典の中に理解しにくいことがあっても、神に求めて問うことができ、求めれば必ず得られる。この世でも後の世でも、心安らかに確かな決定を得ることができる。ゆえに「随いて求むれば得る。貞に居るに利あり」という。

和尚はこれを聞いて大いに喜び、それから易を学び始め、今もなお倦むことがない。

九四。随いて獲ることあり。貞なれば凶。孚ありて道に在り、明らかにすれば、何の咎かあらん。

九四。随いて獲ることあり。貞なれば凶。孚ありて道に在り、明らかにすれば、何の咎かあらん。

象伝にいう。「随いて獲ることあり」とは、その義が凶である。「孚ありて道に在り、明らかにす」とは、功を明らかにすることである。

「獲」とは、本来自分のものでないものを取るという語である。「随いて獲ることあり」とは、天下の心を得て、人々を自分に従わせることをいう。これは自分の所有として私的に占有し、五に帰さないので、臣下の道を失う。だから「貞なれば凶」という。臣下の道はほかでもなく、誠によって互いに信頼されることにある。「誠ならば明らかになる」。明らかなら疑いがなく、疑いがなければ君臣は心を一つにし、徳が民に施され、民が従う。民の随を得て、相ともに君に従わせ、君の功を成し国の治をもたらすことは、すべてこの、道にかなった相互の信頼にかかっている。そうであれば何の咎があろうか。反対に上下が互いに疑えば、本来得るべきものを得ても、功を盾にして上を凌ごうとしているのではないかという疑いを招き、正しくても凶となる。九四は陽剛の才を備え、大臣の位にいる。才が高ければそしりを招き、位が重ければ疑いを招く。ひとたび私心に偏れば、凶禍を招く。内にあるものがひたすら誠であり、外に行うことがすべて理に従い、その道を尽くして上に仕え、機微を明らかにして身を保つなら、位が高くても君を脅かすとは疑われず、勢力が重くても専断とは疑われない。君はその謙譲を嘉し、民はその謙遜に服する。随の時にあって、随の宜にかなうなら、何の咎があろうか。ゆえに「孚ありて道に在り、明らかにすれば、何の咎かあらん」という。「孚あり」とは九五に信頼されること、「明らかにす」とは自らの志を明らかにすることである。古来、功名の地位にありながら終わりを全うできなかった臣下の多くは、心に誠実さがなく、志を明らかにできなかったためである。漢の蕭何と韓信は、いずれも君主から重任を受けた。韓信は斉王に封ぜられることを求め、楚王となることを求め、望んで得られないものはなかった。しかし長く経つうちに疑いが積もって嫌疑を生じ、ついには禍を免れなかった。蕭何はもとより高祖の心をよく知り、首領を全うして終わることができたが、それでも械をかけられ打たれる辱めを免れなかった。これも「孚あり」「明らかにす」の義を尽くしたとはいえない。唐の郭子儀は天下を傾けるほどの権勢を持ちながら、主君に忌まれず、一世を覆う功績がありながら、主君に疑われなかった。まさに「孚ありて道に在り」を得た者といえる。象伝の「孚ありて道に在り、明らかにすれば、功なり」とは、爻辞の「何の咎かあらん」を解くものである。「孚あり」とは、信によって随わせる道であり、「功を明らかにする」とは、随の功を明らかにすることである。

一説に、「随いて獲ることあり」とは、権力を自分の手に握り、思うままに事を行う意味である。「貞」とは国家に関わる正しい務め、「凶」とは僭越し上を脅かす疑いをいう。「孚あり」とは心を尽くして誠を尽くすこと、「道に在り」とは行いが道を尽くすこと、「何の咎かあらん」とは臣下の職を失わないという意味である。これもまた通じる。

  【占い】
○ 時運を問う。目下は吉凶が入り交じる。一月、三月などの奇数月は利があり、二月、四月などの偶数月は不利。来年は吉。


○ 商業を問う。利益を得た後、思いがけない災いに注意せよ。必ず明らかにしてから進むべきである。

○ 家宅を問う。新たに買うのも新たに建てるのも、いずれも不吉。

○ 戦征を問う。小勝の後、大敗に注意せよ。

○ 疾病を問う。初めは凶だが、後には吉。

○ 訴訟を問う。初審は凶だが、上級審に控訴すれば咎はない。

○ 失物を問う。一時は見つけにくいが、後を待てば現れる。

【例】明治二十七年六月、知人の岩谷松平氏が来て告げた。「以前、政府は士族に金禄公債証書を下付した。鹿児島県士族の中には、この恩典から漏れた者がいる。今、改めて恩給を請願したいので、その認可の可否を占ってほしい。」筮して随が屯に変じた。

断に曰く、「随にして獲る」とは、ひたすら獲得を求めることをいう。鹿児島県の士族は、維新の際に偉大な功績を立て、政府から厚く遇されていたことは、世間周知の事実であった。今、恩給を請願しようとして占い、随の四爻を得た。陽が陰位に居り、政府の厚遇に乗じて、強いて求め、必ず獲ようとしているのである。ゆえに象伝に「随にして獲る、その義は凶なり」とある。しかし公平の道により上に請願するなら、必ず許される。「道に孚あり、功を明らかにす」とはこのことである。

【例】 ある名士が来て、某高官の運勢を占うよう求めた。筮して随が屯に変じた。

断に曰く、この卦は、こちらが人に従えば、人もまたこちらに従うという意である。今、四爻を得た。某高官は現職にあり、皆が喜んでその随従者となっている。しかし随従するのは、その徳量に心服しているからではなく、実はその権勢に取り入ろうとしているのである。これによって自ら民心を得たと誇るなら、不祥の道である。ゆえに「貞にして凶」という。民心が帰服しているこの時、誠をもって互いに信じ、明らかに自らを省み、得たものを君上に帰して私物化しなければ、道は信頼され、功は明らかになる。何の咎があろうか。これに反すれば、咎を免れがたい。

九五。善きものを信じ従えば、吉。

九五。善きものを信じ従えば、吉。

象伝に曰く、「善きものを信じ従えば吉」とは、中正の位にあるからである。

「嘉」とは善きこと、すなわち善を選んでそれに従うことである。善に従うのであって、特定の人に従うのではない。「孚」とは、真実で一途な心をもって、互いに感応し通じ合うことをいう。「吉」とは、君主が明らかで臣下が良ければ、天下がこれに従い、その教化に服さない者がないことをいう。己を捨てて人に従い、人の善を喜んで取り入れ、自らの善とする。これがいわゆる「嘉きものを信じ従う」である。五爻は剛健な陽で、中正を得て至尊の位に居り、全卦の喜んで従う主である。これは聖君が至誠によって感応し、天下の善に喜んで従う姿である。君主の尊位にある者が何に従うか、その可否は国家の盛衰にことごとく関わる。賢者を尊び、これを信頼するから吉なのである。このようにすれば人材を失わず、また自分をも失わない。これが随の正道であり、「嘉きものを信じ従えば吉」というのである。象伝の「中正の位」とは、剛健な陽が陽位に居て正を得ていることをいう。中正の位にいて中正の道を行うので、嘉きものなのである。

一説には、この爻は剛健な陽で、柔順正位の上六に比する。上六は陰柔で陰位に居るため、女性の象である。そこで九五がこれを信じて婚姻を結ぶことを、婚礼を嘉礼とする意に取るのである。随の道は夫婦より親密なものはなく、天下の政教もまず閨門から始まる。ゆえに「嘉きものを信じ従う」という。この解釈もまた通じる。

  【占い】
○ 時運を問う:目下は盛運にあり、万事吉を得る。


○ 商業を問う:商品が上質で美しく、利益は百倍となる。

○ 家宅を問う:必ず善行を積んだ家で、皆が信頼して従い、一郷の望みとなる。

○ 戦争を問う:軍勢が心を一つにし、必ず勝利を得る。吉。

○ 婚姻を問う:末永く睦まじく、大吉。

○ 訴訟を問う:和解する。

○ 疾病を問う:吉。

○ 妊娠:男児が生まれる。

【例】 明治三年某月、某高官の招きに応じたところ、高官が「一事があるので、一筮を煩わせたい」と言った。筮して随が震に変じた。

断に曰く、この卦は秋冬の時に当たり、震の雷が兌の沢に隠れて、強いものが弱いものに従う象である。彖伝はこれを「剛が来て下り、柔が動いて悦ぶ。大いに亨りて正しく、咎なし」と説く。全卦の初・二・五・上の四爻は剛が柔に従うので得位といい、四・三の二爻は柔が剛に繋がるので失位という。ただ四爻だけが柔に恋着しながら衆を率いて九五に随う。これによって見れば、威権を持つ者は衆人を自分に従わせ、皆を率いて九五の君に従わせることが分かる。今、九五を得たので、天下の人心がことごとく君上の命に従うことが明らかである。天命がこのようであるから、彖伝に「時に随うの義は大いなるかな」とある。

その後まもなく、廃藩置県の令が出された。

【例】 元老院議官某氏が某県知事に転任し、赴任するにあたって、政務の規準を占ってほしいと私に求めた。筮して随が震に変じた。

断に曰く、随卦には剛が柔に従う意があり、尊い者が身を低くして卑しい者に従う象である。今、足下がその県を治めるにあたり、民情に従い、私意を交えなければ、人民は自然に嘉び、悦び、随従して帰服することができる。これを「嘉きものを信じ従えば吉」という。

以前はその県の治政に争いが絶えなかったが、某氏が赴任してこの方針で施政すると、静穏平和となり、無事に収まった。

上六。これを固く縛り、さらに結び留める。王はこれを用いて西山で祭祀を行う。

上六。これを固く縛り、さらに結び留める。王はこれを用いて西山で祭祀を行う。

象伝に曰く、「これを固く縛る」とは、随が極まったのである。

「拘」とは、捕らえて捨てないこと、「維」とは、交わり結びつけることである。管子は「礼・義・廉・恥を国の四維といい、民をつなぎ留める道である」といった。ここで従う対象には、きわめて誠意を尽くして深く執着し、固く結びついて解くことのできないさまがある。至誠の極みは君主の心を動かし、鬼神をも享け入れさせることができる。これが随の極則である。「王」は周王を指し、「西山」は岐山を指す。この爻は陰柔で随の極位に居り、天下の臣民が化に随い服することの極みを表す。ゆえにもはや「随」とは言わず、反対に九五を拘束し、九五もまたその拘束に従ってこれを結び留める。随の極みに居て君に至誠を尽くし、深く知り合い、固く信じ合い、始めから終わりまで隔てがないのである。たとえば人が愛好する物を失うまいとするように、まず「これを固く縛り」、さらに結び留める。胸にしっかり抱いて失わないという意味である。昔、周の太王は戎狄の難を避け、豳を去って岐山の麓に移った。これに従う民は市場に帰る人々のように多かった。これが「これを固く縛る」であり、太王もまた道によって民を結び留めたのである。太王が豳を去った時、勢いは窮していたのに、人々はいよいよ多く従った。そこから周室の事業が興った。文王の時代、天下の人々は皆服従していたが、文王はなお臣下の礼を守り、封国内の西山で太王を祀り、王だけが行える郊祀の禘礼を僭越して行うことはなかった。鬼神を固く結び留めることは、まさに君主との結びつきを固くすることであった。だからこの上六の誠意は神明に通じるに足り、神明もまたこれに随う。「王はこれを用いて西山で祭祀を行う」とはこのことである。易の爻辞で「王は用いて享す」と言うものは三つあり、いずれも王が用いることを指す。しかしこの爻では、賢臣が山川を祀るのであって、この爻そのものが王であるという意味ではない。もし王がその者に祭主を務めさせ、百神がこれを享けるなら、王が天心にかなうために賢者を用いることほど大きなものはないと分かる。象伝の「上窮」とは、「上」が「尚」の意であり、随の道が極まり、これ以上尊ぶものがないことをいう。

  【占い】
○ 時運を問う:目下は左支右繰りに追われ、あまり思い通りにならない。


○ 商業を問う:堅固で確実、安心して行えるが、まだ何事も伸びやかには進まない。

○ 家宅を問う:束縛や規制が厳しすぎ、家人が怨み苦しむおそれがある。

○ 疾病を問う:祈れば吉。

○ 婚姻を問う:赤い縄を腕に結ぶような縁がある。

○ 訴訟を問う:手枷足枷を受け、拘束される患いがありそうだ。

○ 失物を問う:自分で包んで隠しているので、実は失っていない。

○ 妊娠について問う。女児が生まれる。

【例】 南部の山本寛次郎氏は、私の旧友である。維新の際には函館の役に赴き、辺地の戦争の時には、将帥の中でもかなり勇武の名があった。明治十二年七月、旧藩士五人とともに私の粗末な家を訪れ、私に言った。「君には易を談ずる癖があり、それを楽しみとしているが、私はひどく苦痛に感じる。ほかの楽しみに替えたらどうか。君は自ら、易占は必ず的中し、政府も用いないわけにはいかないと言う。陸海軍は人命の重大事に関わり、国家の存亡を左右する。裁判所は是非を明らかにし、曲直を分ける。これらも用いないわけにはいかない。しかし未来のことは、当たる時も外れる時もあり、いちいち予知するのは難しいだろう。」私は答えた。「小人は道を聞けば笑うという。『笑われなければ道とはいえない』。易がどうして君の言うようなものだろうか。」私は二十年もの間、一日として易を廃したことがない。それは百占すれば百中するからである。山本氏はこれを聞いて笑い、「本当に君の言う通りなら、私の命はいつ終わるのか。いつ早いか遅いかを一占して、前もって知りたい」と言った。私は「それは実に容易だ」と答えた。筮して随が无妄に変じた。

断に曰く、随は震の長男が兌の少女に従う卦であり、また帰魂の卦でもある。今、上爻を得たので、君の命は本年中に終わる可能性がある。妻子が墓祭をする象が、まさに爻辞に現れている。「これを固く縛る」とは、君につながる者をいう。「これを結び留める」とは子女があることをいう。「西山で祭祀を行う」とは、君を邸宅の西に葬ることをいう。

山本氏はこれを聞き終えると、意に介さぬように冷笑し、諸士はあるいは疑い、あるいは笑った。その年の十月になって、南部某から私に手紙が来た。「山本氏は昨夜、突然中風にかかって半身不随となり、本国の妻子を呼び寄せた。妻子が到着するまで、神奈川の別邸の一戸を借りて宿としたいと申し出た。やがて妻子が迎えに来て、ともに盛岡へ帰ったが、十二月には起き上がれなくなった」と。これを聞き、当時私の言葉を笑った諸士は皆、驚嘆した。

【例】 明治三十一年十月、憲政党は二つに分裂し、旧改進党は憲政本党、旧自由党は憲政党と称して、それぞれ旗幟を立てた。その時、策士の井上角五郎・尾崎三郎・雨宮敬治郎らは、憲政党の勢力が弱いのを見て、これを山県内閣の提携に向かわせ、その虚に乗じて、板垣伯の主張する鉄道国有論を実行させようとした。三氏が来て、憲政党と内閣の提携が成るかどうかを占うよう求め、筮して随が无妄に変じた。

断に曰く、この卦は下卦の雷が動き、上卦の沢が悦ぶ。繋辞伝に「牛に服して馬に乗り、重きを引き遠くを致し、天下を利す。けだし随より取る」とある。これによれば、憲政党は政府に随従するに異ならず、身を粉にして政府の意向を貫徹するのである。今、上爻を得た。その辞の「これを固く縛り、さらに結び留める」とは、提携が密接になることをいう。「王はこれを用いて西山で祭祀を行う」とは、政府が憲政党の援助を得て陸海軍拡張費を思い通りに確保し、喜びの余り靖国神社の祭礼を行うことをいう。後果たして占断の通りとなった。