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山雷頤。頤。貞にして吉。頤を観て、自ら口実を求める。
27 山雷頤
「頤」[129]は「臣」と「頁」から成り、「臣」は「頤」の本字である。「頁」はもともと頭を意味し、口と一を組み合わせる。一は舌を象り、養う意味を持つ。卦体は上が艮、下が震である。艮は山、震は雷。雷は動き、山は止まる。卦の上下にある二つの陽爻は上下の唇を象り、内側の四つの陰爻は、空虚で食を求める様子を象る。頤は開いて閉じず、食を求める形に似ている。したがって、震の陽が下に動いて食を取る象を観ることができる。艮は止を主り、止は観の象である。しかし震は自ら動くのではなく、艮に結びついて動く。艮が上で止めなければ、震は動こうとしても動けない。ゆえに頤の主となるのは艮である。上下が実し、中が空で、動きながら止まる。これを頤といい、この卦が頤と名づけられた理由である。
頤。貞にして吉。頤を観て、自ら口実を求める。
▲ 金文の「頤」
▲ 篆書の「頤」
序卦伝にいう。「物が蓄えられて初めて養うことができる。ゆえに頤をこれに続ける。頤とは養うことである。」頤を観るとは、何を養うべきかを考えることである。何を養うべきかを考えれば節度を知り、欲望を減らし、廉恥を立て、心と志を安らかにできる。生を養い徳を養う道が、ここに含まれている。およそ養う道は静を主とする。天地万物は上が動き下が止まるが、頤だけは下が動き上が止まる。静をもって動を制し、止まることで貪りに耐える。これが「頤を観る」の意味である。身体に頤があるのは、もともと養うためであり、頤の中が空いているからこそ、そこを満たして養うのである。だから「自ら口実を求める」という。
彖伝にいう。頤。貞にして吉とは、正しいものを養えば吉ということである。頤を観るとは、その養うところを観ることである。自ら口実を求めるとは、その自ら養うさまを観ることである。天地は万物を養い、聖人は賢者を養って万民に及ぼす。頤の時の大いなることよ。
頤卦は内卦が艮、外卦が震である。艮は黒い嘴を持つ類を表し、嘴は口なので、まさに頤の象である。また艮は果実を、震は草木の繁茂や百穀を表し、いずれも養う意味を持つ。「頤。貞にして吉」とは、養うものが正しければ吉であるということだ。しかし養いには正しいものと正しくないものがあり、観察しなければそれを知ることはできない。誰を養っているかを観れば、その養いが公的か私的かが分かれる。自分を養うために何を求めているかを観れば、貪欲か廉潔かが見える。養う相手が皆賢者で、自らを養うにも節度があるなら、養いは正道を得て、養うことに吉でないものはない。天地と聖人については、養いの道の大きさを極限まで述べている。人が生を養うことは、多くの場合、自らを養うことにある。しかしそれは、私心なく万物を育て、その恵みをすべてに及ぼす天地の化育のようでなければならない。また、聖人が民の苦しみを胸に抱き、上は賢哲から下は万民に至るまで、誰もその恩恵に浴さない者がないようでなければならない。聖人は天地の養いを自らの養いとするので、その養うところは天地と並ぶほど広大になる。彖伝が「頤の時の大いなることよ」と言うのは、養う範囲が極めて広く、その広大さが養いの時そのものに現れているという意味である。義を明言してはいないが、義もその中に含まれている。
この卦を人事に当てはめると、上の三爻は艮である。艮の六五には「その輔に艮す」とあり、輔は上顎なので、頤の象がある。下の三爻は震で、その上六には「視ること矍矍」とあり、観の意味がある。上下の互卦は坤で、坤は缶や水漿を表し、養う意味がある。しかし養いには一つの方法しかないわけではない。休息と活動を節度あるものにするのは正を養うことであり、飲食や衣服、住居は身体を養い、威儀や礼儀は徳を養い、自分を他者に及ぼすことは人を養うことである。人は誰もが何かを養っているが、その対象はそれぞれ異なる。内には一身を養い、外には天下を養う。肝要なのは、正しいものを得ることが吉だという点である。士が禄位を得、農が耕作に従い、工が器物を造り、商が財貨を通じることは、皆それぞれの労によって食を得、自らを養うことであり、正しければ正しい養いである。そうでなければ、口を養う資がないために廉恥を忘れ、孟子のいう「恒産がなければ、放縦・偏邪・贅沢など、しないことはない」という状態になる。そのような人を、いったい何の価値があって観察できようか。しかし人を観るときは、まずその人が「口実」を何に求めているかを観るべきである。人が飢えや渇きによって心を害することなく、粗末な食器と瓢だけでも道を楽しめるなら、その求めるところは「口実」の外にあり、その養うものは必ず性情の正しさである。自らをこのように養うなら、人を養うことはさらに大きくなるはずである。天地が万物を養い、聖人が賢者を養って万民に及ぼすように、その養いは正を得るだけでなく、さらに吉を得る。頤養の道は、すべてここに尽くされている。
この卦を国家に当てはめてみると、下卦は人民を表す。下の民は動くことを好み、震の象がある。上卦は政府を表し、政府は下の民を安んじて止めることができるので、艮の象がある。卦名を頤という。頤とは口である。下の民はそれぞれ一つの口を持ち、それぞれ自ら養いを求める。農民は力をもって耕し、商人は品物を交易し、職人は器物を造る。皆それぞれの才能と力によって「自ら口腹を養おう」とするのである。しかし、自ら養ってなお足りない者もいる。政府はそのために租税や徴収を軽くし、租税を免じ、さらには穀物を放出して飢えを救い、薬を与えて病を治す。朝廷の仁愛の粥と義の穀物は、まさに下の民の命をつなぐ恩恵である。政府はこれによって恩恵を売り込もうとしているのではなく、天地の生を好む徳を体し、民を養っているのである。下の民の中には、いわゆる賢者もいる。政府はとりわけその地位を尊び、俸禄を厚くし、大いに手厚く養い、決して優遇を怠ってはならない。その時、賢者は朝廷の栄誉と恩恵を受けるだけでなく、朝廷の徳と恩沢を万民に及ぼすこともできる。このように頤養の道は、推し広めるほどますます広大になるのである。彖伝に「頤の時は大いなるかな」とあるのは、まさにこのことだろう。
この卦全体を通覧すると、上卦の三爻はすべて他者を養うことに関わり、下卦の三爻はすべて自分を養うことに関わっている。養いの道では、人を養うのが公で、自らを養うのが私である。また自らを養う道では、徳を養うことが大で、身体を養うことが小である。したがって初・二・三爻は皆、口や身体を養うもので、私的で小さい事柄である。四・五・上爻は皆、徳を養い、それによって人を養うもので、公的で大きな事柄である。人を養うにせよ自らを養うにせよ、正しさを得ることが吉である。ゆえに象伝は「山の下に雷があるのが頤。君子は言葉を慎み、飲食を節する」と説く。頤の働きとは、言葉を吐き、食物をかむことであり、いずれも頤、すなわち口から出る。君子は頤の象を観て、何を慎み、何を節すべきかを知るのである。これを大きく言えば、命令を発する際には慎んで過ちなくし、財貨を受け入れる際には節度を保って害を招かないということになる。さらに極言すれば、徳を養って天下を養うことも、すべて同じである。初爻は下位に陽があり、動きの始まりである。したがって動いて自ら養いを求めることを示す。「霊亀」を捨てて「むさぼり食う口元」を見るので、凶となる。六二は下体の中央にあり、上に応爻がないので、振り返って初九を養う。そこで「進めば凶」と言う。六三は上九に応じているが、頤養の節度に背き、上に取り入るため媚びへつらう。ゆえに「十年」に至ってもなお「用いるな」とされ、何の利益があろうか。六四は上体にいて位を得、初九に応じ、上から下を養って養いの宜しきを得ている。しかも威厳があり欲が少ないので吉を得る。六五は陰でありながら陽位に居て上九に近い。行けば位を失い、居れば「正しければ吉」である。だから「大川を渡ってはならない」。上九は上位の陽として四陰を踏んでいる。すべての陰爻はこれによって養われるので、「頤によって養われる」と言う。しかし、この養いを得るまでに、いくつの危険と苦難を経て初めて吉を得たのか分からない。そこで「危ういが吉」と言う。養いがここまで至れば、どこへ行っても妨げがない。ゆえに「大川を渡るのに利あり」「慶びがある」と言うのである。そもそも頤の全卦は、もっぱら生命を養う道を説き、その根本は初爻にある。「亀」「虎」「倒れる」はその働きを示し、「背く」は進む方向を正し、「由る」はその帰結を完成させる。聖人が造化の機を把握し、性命の理を究めたありさまは、この頤の一卦に見ることができる。
大象伝にいう。「山の下に雷があるのが頤。君子は言葉を慎み、飲食を節する。」
この卦は山の下に雷があり、下が動き、上が止める意味である。これはすなわち頤における口の働きである。言葉は禍福を招くものであり、飲食は病気を生じさせるものである。動くにも止まるにも道を得れば、言葉をみだりに発することなく、食も度を越さなくなる。君子は頤の象を観て、何を慎み、何を節すべきかを知る。これを大きく言えば、命令を発する際には慎重にして過失なくし、財貨を受け入れる際には節度を守って損害を招かないこと、さらに極言すれば、徳を養って天下を養うことも、皆この道理にかなうのである。
【占い】
○ 戦争を占う。上は止まり下は動く。部隊の下に軽率な行動をして乱れを招く者がいるか、機密が漏れるか、あるいは酒に酔って争いを引き起こす恐れがある。最も慎重であるべきである。
○ 功名を占う。山の下に雷があり、雷が音を発すれば山も鳴り響く。声望が高まり、出世する象である。
○ 商売を占う。頤の象は内が動き、外が止まる。商品の相場は内地では上がり、外地では下がる象である。また商品を外へ運んで売ろうとしても、しばらく売れない恐れがある。商品はおそらく食品であろう。
○ 家宅を占う。艮の山は止まろうとし、震の雷は動こうとする。山が上、雷が下なので、地盤が揺れる恐れがある。火災に注意すべきである。
○ 病気を占う。上は止まり下は動く。山は土に属し、雷は火に属する。上焦は寒邪によって閉じ、下焦は熱によって下痢する象である。五爻を待たなければならない。象伝に「順いて上に従う」とある。上下が通じて順調になれば吉である。一爻を一日と数えれば、五日目には必ず癒える。
○ 旅人を占う。内卦は動き、外卦は止まるので、すでに出発したが外の事情に妨げられている。上九に「大川を渡るに利あり」とあるから、必ず水路を通って来る。近ければ六、七日で到着し、遠ければ六、七か月で帰る。
○ 妊娠:男児が生まれる。
○ 紛失物を占う。山の下に雷があるので、重い物に押さえられていると分かる。今は見つからないが、後になって得られる。
○ 訴訟を占う。言葉や飲食の些細なことから争いが起こる。下は動こうとするが上がそれを止めるので、上官が出て阻止し、訴訟は最後まで続かない。
○ 婚姻を占う。頤は養うことであり、婦人は家中の食事をつかさどるので、養いの意味がある。外が夫、内が妻で、内が動き外が止まるのは、妻が夫に従う象であり、吉である。
「頤」[129]は「臣」と「頁」から成り、「臣」は「頤」の本字である。「頁」はもともと頭を意味し、口と一を組み合わせる。一は舌を象り、養う意味を持つ。卦体は上が艮、下が震である。艮は山、震は雷。雷は動き、山は止まる。卦の上下にある二つの陽爻は上下の唇を象り、内側の四つの陰爻は、空虚で食を求める様子を象る。頤は開いて閉じず、食を求める形に似ている。したがって、震の陽が下に動いて食を取る象を観ることができる。艮は止を主り、止は観の象である。しかし震は自ら動くのではなく、艮に結びついて動く。艮が上で止めなければ、震は動こうとしても動けない。ゆえに頤の主となるのは艮である。上下が実し、中が空で、動きながら止まる。これを頤といい、この卦が頤と名づけられた理由である。
頤。貞にして吉。頤を観て、自ら口実を求める。
▲ 金文の「頤」
▲ 篆書の「頤」
序卦伝にいう。「物が蓄えられて初めて養うことができる。ゆえに頤をこれに続ける。頤とは養うことである。」頤を観るとは、何を養うべきかを考えることである。何を養うべきかを考えれば節度を知り、欲望を減らし、廉恥を立て、心と志を安らかにできる。生を養い徳を養う道が、ここに含まれている。およそ養う道は静を主とする。天地万物は上が動き下が止まるが、頤だけは下が動き上が止まる。静をもって動を制し、止まることで貪りに耐える。これが「頤を観る」の意味である。身体に頤があるのは、もともと養うためであり、頤の中が空いているからこそ、そこを満たして養うのである。だから「自ら口実を求める」という。
彖伝にいう。頤。貞にして吉とは、正しいものを養えば吉ということである。頤を観るとは、その養うところを観ることである。自ら口実を求めるとは、その自ら養うさまを観ることである。天地は万物を養い、聖人は賢者を養って万民に及ぼす。頤の時の大いなることよ。
頤卦は内卦が艮、外卦が震である。艮は黒い嘴を持つ類を表し、嘴は口なので、まさに頤の象である。また艮は果実を、震は草木の繁茂や百穀を表し、いずれも養う意味を持つ。「頤。貞にして吉」とは、養うものが正しければ吉であるということだ。しかし養いには正しいものと正しくないものがあり、観察しなければそれを知ることはできない。誰を養っているかを観れば、その養いが公的か私的かが分かれる。自分を養うために何を求めているかを観れば、貪欲か廉潔かが見える。養う相手が皆賢者で、自らを養うにも節度があるなら、養いは正道を得て、養うことに吉でないものはない。天地と聖人については、養いの道の大きさを極限まで述べている。人が生を養うことは、多くの場合、自らを養うことにある。しかしそれは、私心なく万物を育て、その恵みをすべてに及ぼす天地の化育のようでなければならない。また、聖人が民の苦しみを胸に抱き、上は賢哲から下は万民に至るまで、誰もその恩恵に浴さない者がないようでなければならない。聖人は天地の養いを自らの養いとするので、その養うところは天地と並ぶほど広大になる。彖伝が「頤の時の大いなることよ」と言うのは、養う範囲が極めて広く、その広大さが養いの時そのものに現れているという意味である。義を明言してはいないが、義もその中に含まれている。
この卦を人事に当てはめると、上の三爻は艮である。艮の六五には「その輔に艮す」とあり、輔は上顎なので、頤の象がある。下の三爻は震で、その上六には「視ること矍矍」とあり、観の意味がある。上下の互卦は坤で、坤は缶や水漿を表し、養う意味がある。しかし養いには一つの方法しかないわけではない。休息と活動を節度あるものにするのは正を養うことであり、飲食や衣服、住居は身体を養い、威儀や礼儀は徳を養い、自分を他者に及ぼすことは人を養うことである。人は誰もが何かを養っているが、その対象はそれぞれ異なる。内には一身を養い、外には天下を養う。肝要なのは、正しいものを得ることが吉だという点である。士が禄位を得、農が耕作に従い、工が器物を造り、商が財貨を通じることは、皆それぞれの労によって食を得、自らを養うことであり、正しければ正しい養いである。そうでなければ、口を養う資がないために廉恥を忘れ、孟子のいう「恒産がなければ、放縦・偏邪・贅沢など、しないことはない」という状態になる。そのような人を、いったい何の価値があって観察できようか。しかし人を観るときは、まずその人が「口実」を何に求めているかを観るべきである。人が飢えや渇きによって心を害することなく、粗末な食器と瓢だけでも道を楽しめるなら、その求めるところは「口実」の外にあり、その養うものは必ず性情の正しさである。自らをこのように養うなら、人を養うことはさらに大きくなるはずである。天地が万物を養い、聖人が賢者を養って万民に及ぼすように、その養いは正を得るだけでなく、さらに吉を得る。頤養の道は、すべてここに尽くされている。
この卦を国家に当てはめてみると、下卦は人民を表す。下の民は動くことを好み、震の象がある。上卦は政府を表し、政府は下の民を安んじて止めることができるので、艮の象がある。卦名を頤という。頤とは口である。下の民はそれぞれ一つの口を持ち、それぞれ自ら養いを求める。農民は力をもって耕し、商人は品物を交易し、職人は器物を造る。皆それぞれの才能と力によって「自ら口腹を養おう」とするのである。しかし、自ら養ってなお足りない者もいる。政府はそのために租税や徴収を軽くし、租税を免じ、さらには穀物を放出して飢えを救い、薬を与えて病を治す。朝廷の仁愛の粥と義の穀物は、まさに下の民の命をつなぐ恩恵である。政府はこれによって恩恵を売り込もうとしているのではなく、天地の生を好む徳を体し、民を養っているのである。下の民の中には、いわゆる賢者もいる。政府はとりわけその地位を尊び、俸禄を厚くし、大いに手厚く養い、決して優遇を怠ってはならない。その時、賢者は朝廷の栄誉と恩恵を受けるだけでなく、朝廷の徳と恩沢を万民に及ぼすこともできる。このように頤養の道は、推し広めるほどますます広大になるのである。彖伝に「頤の時は大いなるかな」とあるのは、まさにこのことだろう。
この卦全体を通覧すると、上卦の三爻はすべて他者を養うことに関わり、下卦の三爻はすべて自分を養うことに関わっている。養いの道では、人を養うのが公で、自らを養うのが私である。また自らを養う道では、徳を養うことが大で、身体を養うことが小である。したがって初・二・三爻は皆、口や身体を養うもので、私的で小さい事柄である。四・五・上爻は皆、徳を養い、それによって人を養うもので、公的で大きな事柄である。人を養うにせよ自らを養うにせよ、正しさを得ることが吉である。ゆえに象伝は「山の下に雷があるのが頤。君子は言葉を慎み、飲食を節する」と説く。頤の働きとは、言葉を吐き、食物をかむことであり、いずれも頤、すなわち口から出る。君子は頤の象を観て、何を慎み、何を節すべきかを知るのである。これを大きく言えば、命令を発する際には慎んで過ちなくし、財貨を受け入れる際には節度を保って害を招かないということになる。さらに極言すれば、徳を養って天下を養うことも、すべて同じである。初爻は下位に陽があり、動きの始まりである。したがって動いて自ら養いを求めることを示す。「霊亀」を捨てて「むさぼり食う口元」を見るので、凶となる。六二は下体の中央にあり、上に応爻がないので、振り返って初九を養う。そこで「進めば凶」と言う。六三は上九に応じているが、頤養の節度に背き、上に取り入るため媚びへつらう。ゆえに「十年」に至ってもなお「用いるな」とされ、何の利益があろうか。六四は上体にいて位を得、初九に応じ、上から下を養って養いの宜しきを得ている。しかも威厳があり欲が少ないので吉を得る。六五は陰でありながら陽位に居て上九に近い。行けば位を失い、居れば「正しければ吉」である。だから「大川を渡ってはならない」。上九は上位の陽として四陰を踏んでいる。すべての陰爻はこれによって養われるので、「頤によって養われる」と言う。しかし、この養いを得るまでに、いくつの危険と苦難を経て初めて吉を得たのか分からない。そこで「危ういが吉」と言う。養いがここまで至れば、どこへ行っても妨げがない。ゆえに「大川を渡るのに利あり」「慶びがある」と言うのである。そもそも頤の全卦は、もっぱら生命を養う道を説き、その根本は初爻にある。「亀」「虎」「倒れる」はその働きを示し、「背く」は進む方向を正し、「由る」はその帰結を完成させる。聖人が造化の機を把握し、性命の理を究めたありさまは、この頤の一卦に見ることができる。
大象伝にいう。「山の下に雷があるのが頤。君子は言葉を慎み、飲食を節する。」
この卦は山の下に雷があり、下が動き、上が止める意味である。これはすなわち頤における口の働きである。言葉は禍福を招くものであり、飲食は病気を生じさせるものである。動くにも止まるにも道を得れば、言葉をみだりに発することなく、食も度を越さなくなる。君子は頤の象を観て、何を慎み、何を節すべきかを知る。これを大きく言えば、命令を発する際には慎重にして過失なくし、財貨を受け入れる際には節度を守って損害を招かないこと、さらに極言すれば、徳を養って天下を養うことも、皆この道理にかなうのである。
【占い】
○ 戦争を占う。上は止まり下は動く。部隊の下に軽率な行動をして乱れを招く者がいるか、機密が漏れるか、あるいは酒に酔って争いを引き起こす恐れがある。最も慎重であるべきである。
○ 功名を占う。山の下に雷があり、雷が音を発すれば山も鳴り響く。声望が高まり、出世する象である。
○ 商売を占う。頤の象は内が動き、外が止まる。商品の相場は内地では上がり、外地では下がる象である。また商品を外へ運んで売ろうとしても、しばらく売れない恐れがある。商品はおそらく食品であろう。
○ 家宅を占う。艮の山は止まろうとし、震の雷は動こうとする。山が上、雷が下なので、地盤が揺れる恐れがある。火災に注意すべきである。
○ 病気を占う。上は止まり下は動く。山は土に属し、雷は火に属する。上焦は寒邪によって閉じ、下焦は熱によって下痢する象である。五爻を待たなければならない。象伝に「順いて上に従う」とある。上下が通じて順調になれば吉である。一爻を一日と数えれば、五日目には必ず癒える。
○ 旅人を占う。内卦は動き、外卦は止まるので、すでに出発したが外の事情に妨げられている。上九に「大川を渡るに利あり」とあるから、必ず水路を通って来る。近ければ六、七日で到着し、遠ければ六、七か月で帰る。
○ 妊娠:男児が生まれる。
○ 紛失物を占う。山の下に雷があるので、重い物に押さえられていると分かる。今は見つからないが、後になって得られる。
○ 訴訟を占う。言葉や飲食の些細なことから争いが起こる。下は動こうとするが上がそれを止めるので、上官が出て阻止し、訴訟は最後まで続かない。
○ 婚姻を占う。頤は養うことであり、婦人は家中の食事をつかさどるので、養いの意味がある。外が夫、内が妻で、内が動き外が止まるのは、妻が夫に従う象であり、吉である。
初九。なんじの霊亀を捨て、われのむさぼり食う口元を見つめる。凶。
初九。なんじの霊亀[130]を捨て、われのむさぼり食う口元を見つめる。凶。
象伝にいう。「われのむさぼり食う口元を見るのも、また尊ぶに足りない。」
爻辞で「なんじ」と「われ」が対して語られる場合、それは易において、応じる爻同士が互いに客と主人となる一例である。この爻の「なんじ」「われ」という言葉は、応位にある六四が初九に告げる辞であり、「なんじ」は初九を指し、「われ」は六四が自分を称している。亀は四霊の一つで、飲まず食わず、気を服して呼吸し、深く沈黙して自らを養うものである。頤は初爻と上爻の二つの陽が四つの陰を包む形なので離の象があり、離は亀に当たる。ゆえに「霊亀」という。初九は一陽の始めで、万物の胎芽である。これはわが身に備わる霊亀で、外からの養いを待つものではない。「霊亀」を捨てて「むさぼり食う口元」を見るとは、廉潔で明らかな徳を捨て、貪欲で盗み取ろうとする情に従うことである。この愚かな生き物は哀れむべく嘆かわしい。ゆえに戒めて「凶」というのである。象伝の「尊ぶに足りない」とは、小さいものを養って大きいものを失うなら、たとえ欲するものを得ても、なお尊ぶに値しないという意味である。
【占い】
○ 戦争を占う。昔は軍を動かす前に必ず占って吉凶を定めた。爻辞の「なんじの霊亀を捨て、われのむさぼり食う口元を見る」とは、神明を畏れず、ただ財物をむさぼることである。ゆえに「凶」という。
○ 商売を占う。初爻は一陽の始めで、変ずれば剥となる。剥とははぎ取ることである。象伝に「行くところあるに利あらず」とあるので、商売は利益を得にくい。爻辞の「なんじ」「われ」は主客を指し、「朵頤」は口を動かして食物を食べること。「霊亀」を捨てて「朵頤」を見るのは、利益があっても他人に食い取られる恐れがある。ゆえに凶である。
○ 功名を占う。「霊亀」は内心、「朵頤」は外見である。内を捨てて外を求め、自分を捨てて人を眺め、ただ虚名を慕うだけでは、実学がなく、功名を成し遂げるのは難しい。
○ 家宅を占う。家の中の六神が安らかでなく、外から来た鬼が祟り、食を求めて動き回っている恐れがある。凶。
○ 病気を占う。病気は飲食の節度を失ったことから起こっている。神に問い、祈れば癒える。
○ 婚姻を占う。「なんじ」と「われ」は男女双方の家をいう。「なんじを捨て」「われを見る」とあるので、両家が調和していないことは明らかである。その原因は結納の品をめぐる争いで、必ずまとまらない。まとまっても凶である。
○ 訴訟を占う。必ず口論から争いが始まっている。「われを捨て」「なんじを見る」とあるのは、双方がそれぞれの主張に固執し、しばらく道理に従って解決できないことを示す。凶。
【例】友人が来て言った。「ひそかに願っていることがあります。ある高貴な有力者に直接お目にかかりたいのですが、成否を占ってください。」筮して頤が剥に変じた。
断にいう。この卦は内卦が震の雷で、雷は動く。外卦は艮の山で、山は止まる。明らかに雷が動こうとして山に止められている象である。今、初爻を得たので、あなたがまさに行動を起こそうとしているところを、その高貴な有力者に阻まれることが明らかである。爻辞に「なんじの霊亀を捨て、われのむさぼり食う口元を見る」とある。「なんじ」はその高貴な有力者、「われ」はあなたを指す。「なんじを捨て、われを見る」とは、あなたがその有力者を無理に動かし、自分の求めることに従わせようとする意味である。「朵頤」とは口腹の求め、飽くことのない欲望である。このような気持ちで有力者を訪ねても、成就しないだけでなく、かえって叱責を受ける恐れがある。ゆえに「凶」という。
友人はこれを聞いて不満そうであったが、後にその高貴な有力者を訪ね、面会を断られた。
象伝にいう。「われのむさぼり食う口元を見るのも、また尊ぶに足りない。」
爻辞で「なんじ」と「われ」が対して語られる場合、それは易において、応じる爻同士が互いに客と主人となる一例である。この爻の「なんじ」「われ」という言葉は、応位にある六四が初九に告げる辞であり、「なんじ」は初九を指し、「われ」は六四が自分を称している。亀は四霊の一つで、飲まず食わず、気を服して呼吸し、深く沈黙して自らを養うものである。頤は初爻と上爻の二つの陽が四つの陰を包む形なので離の象があり、離は亀に当たる。ゆえに「霊亀」という。初九は一陽の始めで、万物の胎芽である。これはわが身に備わる霊亀で、外からの養いを待つものではない。「霊亀」を捨てて「むさぼり食う口元」を見るとは、廉潔で明らかな徳を捨て、貪欲で盗み取ろうとする情に従うことである。この愚かな生き物は哀れむべく嘆かわしい。ゆえに戒めて「凶」というのである。象伝の「尊ぶに足りない」とは、小さいものを養って大きいものを失うなら、たとえ欲するものを得ても、なお尊ぶに値しないという意味である。
【占い】
○ 戦争を占う。昔は軍を動かす前に必ず占って吉凶を定めた。爻辞の「なんじの霊亀を捨て、われのむさぼり食う口元を見る」とは、神明を畏れず、ただ財物をむさぼることである。ゆえに「凶」という。
○ 商売を占う。初爻は一陽の始めで、変ずれば剥となる。剥とははぎ取ることである。象伝に「行くところあるに利あらず」とあるので、商売は利益を得にくい。爻辞の「なんじ」「われ」は主客を指し、「朵頤」は口を動かして食物を食べること。「霊亀」を捨てて「朵頤」を見るのは、利益があっても他人に食い取られる恐れがある。ゆえに凶である。
○ 功名を占う。「霊亀」は内心、「朵頤」は外見である。内を捨てて外を求め、自分を捨てて人を眺め、ただ虚名を慕うだけでは、実学がなく、功名を成し遂げるのは難しい。
○ 家宅を占う。家の中の六神が安らかでなく、外から来た鬼が祟り、食を求めて動き回っている恐れがある。凶。
○ 病気を占う。病気は飲食の節度を失ったことから起こっている。神に問い、祈れば癒える。
○ 婚姻を占う。「なんじ」と「われ」は男女双方の家をいう。「なんじを捨て」「われを見る」とあるので、両家が調和していないことは明らかである。その原因は結納の品をめぐる争いで、必ずまとまらない。まとまっても凶である。
○ 訴訟を占う。必ず口論から争いが始まっている。「われを捨て」「なんじを見る」とあるのは、双方がそれぞれの主張に固執し、しばらく道理に従って解決できないことを示す。凶。
【例】友人が来て言った。「ひそかに願っていることがあります。ある高貴な有力者に直接お目にかかりたいのですが、成否を占ってください。」筮して頤が剥に変じた。
断にいう。この卦は内卦が震の雷で、雷は動く。外卦は艮の山で、山は止まる。明らかに雷が動こうとして山に止められている象である。今、初爻を得たので、あなたがまさに行動を起こそうとしているところを、その高貴な有力者に阻まれることが明らかである。爻辞に「なんじの霊亀を捨て、われのむさぼり食う口元を見る」とある。「なんじ」はその高貴な有力者、「われ」はあなたを指す。「なんじを捨て、われを見る」とは、あなたがその有力者を無理に動かし、自分の求めることに従わせようとする意味である。「朵頤」とは口腹の求め、飽くことのない欲望である。このような気持ちで有力者を訪ねても、成就しないだけでなく、かえって叱責を受ける恐れがある。ゆえに「凶」という。
友人はこれを聞いて不満そうであったが、後にその高貴な有力者を訪ね、面会を断られた。
六二。養いを逆さまにし、丘の養いにおける常道に背く。進めば凶。
六二。養いを逆さまにし、丘の養いにおける常道に背く。進めば凶。
象伝にいう。「六二。進めば凶。行けば類を失う。」
二爻は初爻に比し、五爻に応じている。陰柔なので自らを養うことができず、女が独立して身を立てられず必ず男に従うように、陰は独立できず必ず陽に従う。「頤を逆さまにする」の「颠」は逆さま、「拂」は背く、「経」は道理、「丘」は常に身を置く所をいう。養いの常道は、上から下を養うことである。ところが二爻は五爻に応じているのに、陰柔で五爻を養うことができず、かえって初爻に養いを求める。そこで「頤を逆さまにし、丘の養いの常道に背く」と言う。これによって養いを求めても福はなく、これによって行っても共にする者はない。ゆえに「進めば凶」という。象伝の「行けば類を失う」とは、震が行を表し、陰陽はそれぞれ同類に従うという意味である。二爻は内卦の乾を養うべきことを知らず、外卦の坤を養う。これが「類を失う」ことであるから、「進めば凶」となる。
【占い】
○ 戦争を占う。軍を動かす要は、第一に規律を厳正にし、歩調を整えることにある。「頤を逆さまにし、常道に背く」とは、必ず規律に背き、歩調が乱れることである。これ以上の凶はない。
○ 商売を占う。二爻が変じて損となる。損は消耗であり、商売には不利である。爻辞の「颠」「拂」は、売買の出入りが常道に合わないことを明らかに示す。ゆえに「進めば凶」という。
○ 功名を占う。「頤を逆さまにし、常道に背く」とは、常道に従わず、僥倖によって成功を求めることである。たとえ得ても、結局は凶となる。
○ 婚姻を占う。六二は陰柔で下位に居る。上を奉じず、かえって下を養うので、逆さまにして乱すことになり、正しさを得ない。婦道について問うべきものではない。ゆえに象伝に「行けば類を失う」とあり、凶であることは明らかである。
【例】友人の医師、伊藤某の子が横浜で商売をしていた。ある日、伊藤某が訪ねて来て、子の一生の運勢を占ってほしいと頼んだ。筮して頤が損に変じた。
断にいう。頤の六二は陰位に陰で居り、才能も知恵も弱く、事業を興して立てるには足りない。頤は養うことである。下位にいて上を奉ずべきであり、上位にいて下を養うべきではない。これが養いの常道である。ところが今、二爻の辞に「頤を逆さまにし、丘の養いの常道に背く」とある。これは逆さまにして乱し、正しさを失うことである。あなたが令息の一生を占ってこの爻を得たので、令息は商業に従事しても必ず利益を得て親を養うことができず、かえって父親の財産を損なうと分かる。ゆえに「進めば凶」という。しかも共に事業をする者は皆よくない仲間である。だから象伝に「六二、進めば凶、行けば類を失う」とある。今となっては、令息に商売をやめさせるよう言いつけるほかなく、そうすれば後の災いを免れられる。
伊藤某はこれを聞いて大いに嘆息し、「易の象が言っていたことは、少しも違わなかった」と言った。すぐに子に店を閉めさせようと命じたが、子は従わず、ついに財産をすべて失い尽くした。惜しいこと、惜しいことだ。
象伝にいう。「六二。進めば凶。行けば類を失う。」
二爻は初爻に比し、五爻に応じている。陰柔なので自らを養うことができず、女が独立して身を立てられず必ず男に従うように、陰は独立できず必ず陽に従う。「頤を逆さまにする」の「颠」は逆さま、「拂」は背く、「経」は道理、「丘」は常に身を置く所をいう。養いの常道は、上から下を養うことである。ところが二爻は五爻に応じているのに、陰柔で五爻を養うことができず、かえって初爻に養いを求める。そこで「頤を逆さまにし、丘の養いの常道に背く」と言う。これによって養いを求めても福はなく、これによって行っても共にする者はない。ゆえに「進めば凶」という。象伝の「行けば類を失う」とは、震が行を表し、陰陽はそれぞれ同類に従うという意味である。二爻は内卦の乾を養うべきことを知らず、外卦の坤を養う。これが「類を失う」ことであるから、「進めば凶」となる。
【占い】
○ 戦争を占う。軍を動かす要は、第一に規律を厳正にし、歩調を整えることにある。「頤を逆さまにし、常道に背く」とは、必ず規律に背き、歩調が乱れることである。これ以上の凶はない。
○ 商売を占う。二爻が変じて損となる。損は消耗であり、商売には不利である。爻辞の「颠」「拂」は、売買の出入りが常道に合わないことを明らかに示す。ゆえに「進めば凶」という。
○ 功名を占う。「頤を逆さまにし、常道に背く」とは、常道に従わず、僥倖によって成功を求めることである。たとえ得ても、結局は凶となる。
○ 婚姻を占う。六二は陰柔で下位に居る。上を奉じず、かえって下を養うので、逆さまにして乱すことになり、正しさを得ない。婦道について問うべきものではない。ゆえに象伝に「行けば類を失う」とあり、凶であることは明らかである。
【例】友人の医師、伊藤某の子が横浜で商売をしていた。ある日、伊藤某が訪ねて来て、子の一生の運勢を占ってほしいと頼んだ。筮して頤が損に変じた。
断にいう。頤の六二は陰位に陰で居り、才能も知恵も弱く、事業を興して立てるには足りない。頤は養うことである。下位にいて上を奉ずべきであり、上位にいて下を養うべきではない。これが養いの常道である。ところが今、二爻の辞に「頤を逆さまにし、丘の養いの常道に背く」とある。これは逆さまにして乱し、正しさを失うことである。あなたが令息の一生を占ってこの爻を得たので、令息は商業に従事しても必ず利益を得て親を養うことができず、かえって父親の財産を損なうと分かる。ゆえに「進めば凶」という。しかも共に事業をする者は皆よくない仲間である。だから象伝に「六二、進めば凶、行けば類を失う」とある。今となっては、令息に商売をやめさせるよう言いつけるほかなく、そうすれば後の災いを免れられる。
伊藤某はこれを聞いて大いに嘆息し、「易の象が言っていたことは、少しも違わなかった」と言った。すぐに子に店を閉めさせようと命じたが、子は従わず、ついに財産をすべて失い尽くした。惜しいこと、惜しいことだ。
六三。頤に背く。正しくしても凶。十年用いるな。行くところに利なし。
六三。頤に背く。正しくしても凶。十年用いるな。行くところに利なし。
象伝にいう。「十年用いるな。道に大いに背く。」
三爻は内卦の極みにあり、陰柔で、中正を得ていない。頤の三爻が変ずると賁となる。『呂氏春秋』には、孔子が賁を得て「吉でない」と言ったのは、賁が五色の正を得ていないからだとある。頤では三爻が二爻に比し、上爻に応じ、へつらって上に仕える。これは頤養の正道に背くので凶である。上下の互卦は坤となり、坤は十年を表すので「十年」という。坤はまた用いることを表すが、正道に背くので「用いるな」と言う。三爻から六爻までは剥となる。剥の彖伝は「行くところあるに利あらず」と言う。注には、剥の時に強情で高ぶり、激しく逆らえば、人の怒りに触れて身を滅ぼすので、「行くところあるに利あらず」とある。頤の三爻は正道に背くので、ただちに「行くところに利なし」と言う。進む所もなく、利益を得る所もないのである。象伝の「道に大いに背く」は、頤養の道を大きく乱していることを極言したものだ。ゆえに「十年」に至っても「用いるな」とし、厳しく責めて完全に見捨てるのである。
【占い】
○ 戦争を占う。軍は正道を守れば吉であり、正道に背けば不吉である。頤は養うこと。兵を養うのは用いるためだが、養いが道に背けば兵を用いることはできない。象伝に「道に大いに背く」とある。上に逆らい、乱を好むので、敗亡は必定である。ゆえに凶。
○ 商売を占う。商売は利益を得ることが第一である。「行くところに利なし」とは、営業の大小、商品の遠近を問わず、まったく利益を得られないということだ。さらに「十年用いるな」に至るのは、長い間、事が成就しないことである。凶。
○ 功名を占う。功名の道は、世に出て時代に用いられ、群衆を利することにある。これは道によって天下を養うことである。もし頤の正道に背き、「十年用いるな」にまで至れば、一生涯用いられることなく終わる。ゆえに「行くところに利なし」という。
○ 家宅を占う。この家はきっと長く人が住まなくなる。また鬼が出て食を求める恐れがあり、家宅は安らかでなく、住むのは不利である。
○ 婚姻を占う。女性の貞操に問題があり、婚姻が成就するのも十年後であろう。
○ 妊娠:男児が生まれる。
【例】明治二十五年、国家の気運を占い、《頤》が《賁》に変じた卦を得た。また衆議院について占い、初爻を得た。その推論は左のとおりである。
この卦は下に雷、上に山があり、雷は動こうとするが山に止められている。《頤》の象は口であり、上あごは止まり、下あごが動く。その義は養うことで、口を開いて食を求めるようなものである。今、国家の気運を占ってこの卦を得たのは、国家が最も重んずるものは人民であり、人民が最も重んずるものは食であることを示す。人は一日食べなければ飢え、七日食べなければ死ぬ。人民が日夜忙しく働き、労苦を厭わないのは、ほかでもなく自ら食を求めるためである。内は家、外は国家、上は父母に仕え、下は子を養うのも、皆、食を得て養いとすることに依っている。また《頤》の反卦もなお《頤》である。人民が下から動けば政府は上からこれを止め、政府が行動すれば人民も下からこれを止めることができる。まるで頤の上下の唇が互いに開閉して用をなすようなものである。ゆえに「観る」に利がある。「頤を観る」とは、その養いが正しいか正しくないかを観察することである。正とは正しさであり、正を養えば吉となる。ひとりの身から家、国家、天下へ推し広げても、皆、正しい養いを得ることが吉なのである。わが日本全国では人口が増殖している。明治五年には三千五百万人であったが、二十年の間に四千余万人に達し、今では一年平均およそ四十万人増加している。土地の開墾についていえば、毎年わずか二万町歩ほどにすぎない。土地の産出と人口の消費を合わせて考えると、毎年二十万人の人民が食を得られない。だから人民は「自ら口実を求め」ざるを得ないのである。正しく求めれば吉、不正に求めれば放縦・偏屈・邪悪・ぜいたくとなり、何でもするようになる。そこから廉恥の道は失われ、争奪は日に日に増し、盗賊が群れ起こる。その原因を究めれば、すべて「自ら口実を求める」ことから来ている。朝廷は暴力を禁ずる法で治めるだけで、生計を養う源を開こうとしない。これは、赤子が空腹で泣くのを見ながら、乳を与えず、泣き止ませる苦い薬を与えるようなもので、結局何の益もない。今の策としては、ただ貧民を導いて荒れた不毛の地を開墾させ、さらに国家公益の事業を起こしてこれに従事させ、人民が労力を用いて食を得る場を与えるしかない。これを「頤を正しくすれば吉」というのである。
三爻の辞に、「頤にそむく。貞なれど凶。十年用うるなかれ。利するところなし」とある。これは《彖伝》のいう「頤を正しくすれば吉」を、反対の言葉で述べたものである。「十年用うるなかれ。利するところなし」とは、凶の極みである。三爻は陰位に陰が居り、中でも正でもなく、上下ともに《頤》の養いの正道に背いている。ゆえに「頤にそむく。貞なれど凶」という。国家の気運がこの爻象に当たったなら、今すぐ急いで調整を行わなければ、後日の禍は測り知れないものとなろう。しかも今後十年、すなわち《大過》の上爻の気運に至れば、貧民が溝や谷に転がる象がある。ゆえに「十年用うるなかれ。利するところなし」という。この占象はこのようなものである。恐るべきことだ、恐るべきことだ。
衆議院を占って初爻を得た。辞に、「なんじの霊亀を捨て、われの垂れたあごを観る。凶」とある。《象伝》には、「われの垂れたあごを観るのも、また尊ぶに足りない」とある。亀は甲殻類の中で最も霊妙なものだ。泥道に尾を引きながらも、霊徳を保ち、口実を求めない。初爻は《震》の陽の始まりで、下卦の主である。爻辞の「なんじの霊亀を捨て、われの垂れたあごを観る。凶」とは、議員についていえば、「なんじ」は候補者を選ぶ側、「われ」は選ばれる側を指す。選ぶ側の明らかな鑑識を捨て、選ばれる側の口実だけを観るなら、亀はその霊性を失い、もはや亀と呼ぶに足りない。同じように、議員に才能がなければ議員と呼ぶに足りない。ゆえに《象伝》は「われの垂れたあごを観るのも、また尊ぶに足りない」という。これは、ただ衣食を求める輩が、たまたま議員になったとしても、何の尊さがあろうかと明言しているのである。また、この爻が変ずれば《剝》となる。《剝》の卦辞には「君子の道は消え、小人の道は長ず」とある。これは国家の盛衰に最も関わることであり、議員の選任を主宰する者は、深く戒めなければならない。
【例】ある友人は商業に従事し、家は裕福で、子に一人の男子があった。平生、自分が学問をしなかったことを悔やみ、子を東京へ就学させた。学校は卒業したものの、もともと家庭教育がなかったため、交わる相手を誤り、酒食を追い求めて金を浪費した。あるいは老成した人を侮り、あるいは親友を誹謗し、ついには父を頑固者として奴隷のように扱い、両親に迫って財産を分けさせた。再び東京へ出て弁護士となり、時には米商いで勝ち負けを争い、ついに資本を失い、友人に頼んで父に取りなしてもらった。そこで父親が来て占いを請い、《頤》が《賁》に変じた卦を得た。
断じていう。《頤》は養うことであり、下をもって上を養うのがよいという意味である。ところが今、令息は父の財産を分けて間もなく使い果たし、また父に食を求めている。これは下が上を養えず、かえって上に下を養わせようとしているのである。ゆえに三爻の辞に、「頤にそむく。貞なれど凶。十年用うるなかれ。利するところなし」とある。令息はもとより教えを失い、生産の苦しみを知らないので、必ず「十年用うるなかれ」の境遇に至り、困窮と苦難をことごとく経験するであろう。困窮の極みに達して悔悟すれば、十年後には、あるいは成すところがあるかもしれない。今の策としては、ただ日を過ごせるだけの口食を少し与えるほかない。これが今日取るべき処置である。
父親は嘆息して言った。「いわゆる『子を教えないのは父の過ち』ということですね。私が悔いるべきことが分かりました。」そして礼を述べて去った。
象伝にいう。「十年用いるな。道に大いに背く。」
三爻は内卦の極みにあり、陰柔で、中正を得ていない。頤の三爻が変ずると賁となる。『呂氏春秋』には、孔子が賁を得て「吉でない」と言ったのは、賁が五色の正を得ていないからだとある。頤では三爻が二爻に比し、上爻に応じ、へつらって上に仕える。これは頤養の正道に背くので凶である。上下の互卦は坤となり、坤は十年を表すので「十年」という。坤はまた用いることを表すが、正道に背くので「用いるな」と言う。三爻から六爻までは剥となる。剥の彖伝は「行くところあるに利あらず」と言う。注には、剥の時に強情で高ぶり、激しく逆らえば、人の怒りに触れて身を滅ぼすので、「行くところあるに利あらず」とある。頤の三爻は正道に背くので、ただちに「行くところに利なし」と言う。進む所もなく、利益を得る所もないのである。象伝の「道に大いに背く」は、頤養の道を大きく乱していることを極言したものだ。ゆえに「十年」に至っても「用いるな」とし、厳しく責めて完全に見捨てるのである。
【占い】
○ 戦争を占う。軍は正道を守れば吉であり、正道に背けば不吉である。頤は養うこと。兵を養うのは用いるためだが、養いが道に背けば兵を用いることはできない。象伝に「道に大いに背く」とある。上に逆らい、乱を好むので、敗亡は必定である。ゆえに凶。
○ 商売を占う。商売は利益を得ることが第一である。「行くところに利なし」とは、営業の大小、商品の遠近を問わず、まったく利益を得られないということだ。さらに「十年用いるな」に至るのは、長い間、事が成就しないことである。凶。
○ 功名を占う。功名の道は、世に出て時代に用いられ、群衆を利することにある。これは道によって天下を養うことである。もし頤の正道に背き、「十年用いるな」にまで至れば、一生涯用いられることなく終わる。ゆえに「行くところに利なし」という。
○ 家宅を占う。この家はきっと長く人が住まなくなる。また鬼が出て食を求める恐れがあり、家宅は安らかでなく、住むのは不利である。
○ 婚姻を占う。女性の貞操に問題があり、婚姻が成就するのも十年後であろう。
○ 妊娠:男児が生まれる。
【例】明治二十五年、国家の気運を占い、《頤》が《賁》に変じた卦を得た。また衆議院について占い、初爻を得た。その推論は左のとおりである。
この卦は下に雷、上に山があり、雷は動こうとするが山に止められている。《頤》の象は口であり、上あごは止まり、下あごが動く。その義は養うことで、口を開いて食を求めるようなものである。今、国家の気運を占ってこの卦を得たのは、国家が最も重んずるものは人民であり、人民が最も重んずるものは食であることを示す。人は一日食べなければ飢え、七日食べなければ死ぬ。人民が日夜忙しく働き、労苦を厭わないのは、ほかでもなく自ら食を求めるためである。内は家、外は国家、上は父母に仕え、下は子を養うのも、皆、食を得て養いとすることに依っている。また《頤》の反卦もなお《頤》である。人民が下から動けば政府は上からこれを止め、政府が行動すれば人民も下からこれを止めることができる。まるで頤の上下の唇が互いに開閉して用をなすようなものである。ゆえに「観る」に利がある。「頤を観る」とは、その養いが正しいか正しくないかを観察することである。正とは正しさであり、正を養えば吉となる。ひとりの身から家、国家、天下へ推し広げても、皆、正しい養いを得ることが吉なのである。わが日本全国では人口が増殖している。明治五年には三千五百万人であったが、二十年の間に四千余万人に達し、今では一年平均およそ四十万人増加している。土地の開墾についていえば、毎年わずか二万町歩ほどにすぎない。土地の産出と人口の消費を合わせて考えると、毎年二十万人の人民が食を得られない。だから人民は「自ら口実を求め」ざるを得ないのである。正しく求めれば吉、不正に求めれば放縦・偏屈・邪悪・ぜいたくとなり、何でもするようになる。そこから廉恥の道は失われ、争奪は日に日に増し、盗賊が群れ起こる。その原因を究めれば、すべて「自ら口実を求める」ことから来ている。朝廷は暴力を禁ずる法で治めるだけで、生計を養う源を開こうとしない。これは、赤子が空腹で泣くのを見ながら、乳を与えず、泣き止ませる苦い薬を与えるようなもので、結局何の益もない。今の策としては、ただ貧民を導いて荒れた不毛の地を開墾させ、さらに国家公益の事業を起こしてこれに従事させ、人民が労力を用いて食を得る場を与えるしかない。これを「頤を正しくすれば吉」というのである。
三爻の辞に、「頤にそむく。貞なれど凶。十年用うるなかれ。利するところなし」とある。これは《彖伝》のいう「頤を正しくすれば吉」を、反対の言葉で述べたものである。「十年用うるなかれ。利するところなし」とは、凶の極みである。三爻は陰位に陰が居り、中でも正でもなく、上下ともに《頤》の養いの正道に背いている。ゆえに「頤にそむく。貞なれど凶」という。国家の気運がこの爻象に当たったなら、今すぐ急いで調整を行わなければ、後日の禍は測り知れないものとなろう。しかも今後十年、すなわち《大過》の上爻の気運に至れば、貧民が溝や谷に転がる象がある。ゆえに「十年用うるなかれ。利するところなし」という。この占象はこのようなものである。恐るべきことだ、恐るべきことだ。
衆議院を占って初爻を得た。辞に、「なんじの霊亀を捨て、われの垂れたあごを観る。凶」とある。《象伝》には、「われの垂れたあごを観るのも、また尊ぶに足りない」とある。亀は甲殻類の中で最も霊妙なものだ。泥道に尾を引きながらも、霊徳を保ち、口実を求めない。初爻は《震》の陽の始まりで、下卦の主である。爻辞の「なんじの霊亀を捨て、われの垂れたあごを観る。凶」とは、議員についていえば、「なんじ」は候補者を選ぶ側、「われ」は選ばれる側を指す。選ぶ側の明らかな鑑識を捨て、選ばれる側の口実だけを観るなら、亀はその霊性を失い、もはや亀と呼ぶに足りない。同じように、議員に才能がなければ議員と呼ぶに足りない。ゆえに《象伝》は「われの垂れたあごを観るのも、また尊ぶに足りない」という。これは、ただ衣食を求める輩が、たまたま議員になったとしても、何の尊さがあろうかと明言しているのである。また、この爻が変ずれば《剝》となる。《剝》の卦辞には「君子の道は消え、小人の道は長ず」とある。これは国家の盛衰に最も関わることであり、議員の選任を主宰する者は、深く戒めなければならない。
【例】ある友人は商業に従事し、家は裕福で、子に一人の男子があった。平生、自分が学問をしなかったことを悔やみ、子を東京へ就学させた。学校は卒業したものの、もともと家庭教育がなかったため、交わる相手を誤り、酒食を追い求めて金を浪費した。あるいは老成した人を侮り、あるいは親友を誹謗し、ついには父を頑固者として奴隷のように扱い、両親に迫って財産を分けさせた。再び東京へ出て弁護士となり、時には米商いで勝ち負けを争い、ついに資本を失い、友人に頼んで父に取りなしてもらった。そこで父親が来て占いを請い、《頤》が《賁》に変じた卦を得た。
断じていう。《頤》は養うことであり、下をもって上を養うのがよいという意味である。ところが今、令息は父の財産を分けて間もなく使い果たし、また父に食を求めている。これは下が上を養えず、かえって上に下を養わせようとしているのである。ゆえに三爻の辞に、「頤にそむく。貞なれど凶。十年用うるなかれ。利するところなし」とある。令息はもとより教えを失い、生産の苦しみを知らないので、必ず「十年用うるなかれ」の境遇に至り、困窮と苦難をことごとく経験するであろう。困窮の極みに達して悔悟すれば、十年後には、あるいは成すところがあるかもしれない。今の策としては、ただ日を過ごせるだけの口食を少し与えるほかない。これが今日取るべき処置である。
父親は嘆息して言った。「いわゆる『子を教えないのは父の過ち』ということですね。私が悔いるべきことが分かりました。」そして礼を述べて去った。
六四。頤を転じる。吉。虎のようにじっと見つめ、その欲望は次々と追いかける。咎なし。
六四。頤を転じる。吉。虎のようにじっと見つめ、その欲望は次々と追いかける。咎なし。
《象伝》にいう。「頤を転じることの吉は、上から光が施されるからである。」
四爻は柔が柔位に居り、初九の剛正と応じている。位を得て、上から下を養い、《頤》の義を得ているので、「頤を転じる。吉」という。四爻は上体に属し、《艮》の気を受ける。《艮》は虎であり、じっと下を見下ろすさまは、威厳があって猛々しくないことをいう。「逐逐」については、《子夏伝》では「悠悠」とし、苟氏は「悠悠」、劉表は「耽耽」とし、「遠い」という意味だとする。『漢書・叙伝』には「六四、耽耽、その欲は浟浟」とあり、顔師古は「浟浟とは利を欲するさま」と注している。初爻は亀を象に取る。亀は甲虫の長である。四爻は虎を象に取る。虎は百獣の長である。これは両者が相応じているからである。亀の徳は霊妙さにあり、虎の威はその眼差しにある。初と四は、それぞれの特徴に即して義を取っている。また《頤》卦は旁通して《大過》となり、「大過は転ずる」ので、四を「転」と称し、二もまた「転」と称する。六二は「頤を転じれば凶」といい、六四は「頤を転じる」ことで吉を得るのはなぜか。六二は下体に居て、しかも下を養うので凶である。六四は上体に居て初に応じ、陰で陽に応じ、しかも威厳を保って欲が少ない。ゆえに吉なのである。《象伝》は「頤を転じることの吉は、上から光が施されるから」という。「上」とは上九である。上九は《乾》の一画を得る。《乾》の陽は上を照らし、その光明はあまねく照らす。四がその乾元を養うことを知れば、《乾》の光が四に施され、四はそれを受けて光明とする。だから「上から光が施される」という。
【占い】
○戦争について問う。勇敢な兵士を虎臣とも虎賁とも称し、いずれも力があることをいう。しかし必ずその精鋭を養ってから用いるべきで、ただ威猛に頼って軽々しく進んではならない。ゆえに「頤を転じる。吉」という。
○商売について問う。「転」は、しばらく物価が下落する象であろう。「虎のようにじっと見つめ、その欲望は次々と追いかける」とは、商人が利益を図る姿をたとえたものだ。安値を見て商品を仕入れることができれば、吉で咎はない。
○功名について問う。功名の兆しは古来、龍虎を多く取るので吉である。「じっと見る」「欲望が次々と追う」は、いずれも立身出世を謀り望む意である。
○家宅について問う。この家は必ず右側の山に白虎が高く居て、怒った目で今にも噛みつこうとする形であろう。幸い四爻は陰位に陰が居り、正しい位を得ているので、咎はない。
○ 妊娠:男児が生まれる。
【例】内務省参事官松本郁郎氏が公務で濃尾へ赴くことになり、任命の件を占うよう求めた。《頤》が《噬嗑》に変じた卦を得た。
断じていう。この卦は内卦が《震》で動、外卦が《艮》で止である。ゆえに、あなたが濃尾地方へ赴くのは、震災後の処理に当たるためだと分かる。《震》は動き、《艮》は止まる。その象は明らかである。頤養の道は、下をもって上を養うのが正しい。今、震災の後で民は食を得られず、朝廷が穀物を放出して救済する。これは上が下を養うことであり、逆転している。だから「頤を転じる。吉」という。「虎のようにじっと見つめ、その欲望は次々と追いかける」とは、被災民のことである。彼らが恐れおののいて食を求めるさまは、まさに飢えた虎のようで、怪しむには当たらない。しかしその中に、私利を図る悪吏がいないだろうか。政府の救援米を見て、ひそかに中抜きを企てる者である。「じっと見る」「欲望が次々と追う」と称する者は、決していないとは限らない。あなたがこの災害事件を処理するには、特にその奸曲を見抜かなければならない。この爻が変ずれば《噬嗑》となる。《噬嗑》は訴訟を裁き、刑罰を明らかにする卦であり、いわゆる「小さな懲罰によって大きな戒めとする」ものである。この被災民を救い、あの悪吏を罰せよ。「虎のようにじっと見つめ、その欲望は次々と追う」者がいても、もとより咎はない。
松本氏はうなずいて去った。後果たしてこの占いのとおりになった。
【例】ある友人が来て、ある高位の人物について占うよう求め、《頤》が《益》に変じた卦を得た。
断じていう。四爻は六五に近く、明らかに宰相の象である。四は上体に居り、《艮》の始めで、その威徳は群衆の動きを鎮め、その恩沢は万物を養う。初爻に応じ、陰が陽を養い、また威厳を保って欲が少ない。ゆえに「頤を転じる。吉。虎のようにじっと見つめ、その欲望は次々と追いかける。咎なし」とある。友人は言った。「その断語は、まるでその人自身を見ているようです。」
《象伝》にいう。「頤を転じることの吉は、上から光が施されるからである。」
四爻は柔が柔位に居り、初九の剛正と応じている。位を得て、上から下を養い、《頤》の義を得ているので、「頤を転じる。吉」という。四爻は上体に属し、《艮》の気を受ける。《艮》は虎であり、じっと下を見下ろすさまは、威厳があって猛々しくないことをいう。「逐逐」については、《子夏伝》では「悠悠」とし、苟氏は「悠悠」、劉表は「耽耽」とし、「遠い」という意味だとする。『漢書・叙伝』には「六四、耽耽、その欲は浟浟」とあり、顔師古は「浟浟とは利を欲するさま」と注している。初爻は亀を象に取る。亀は甲虫の長である。四爻は虎を象に取る。虎は百獣の長である。これは両者が相応じているからである。亀の徳は霊妙さにあり、虎の威はその眼差しにある。初と四は、それぞれの特徴に即して義を取っている。また《頤》卦は旁通して《大過》となり、「大過は転ずる」ので、四を「転」と称し、二もまた「転」と称する。六二は「頤を転じれば凶」といい、六四は「頤を転じる」ことで吉を得るのはなぜか。六二は下体に居て、しかも下を養うので凶である。六四は上体に居て初に応じ、陰で陽に応じ、しかも威厳を保って欲が少ない。ゆえに吉なのである。《象伝》は「頤を転じることの吉は、上から光が施されるから」という。「上」とは上九である。上九は《乾》の一画を得る。《乾》の陽は上を照らし、その光明はあまねく照らす。四がその乾元を養うことを知れば、《乾》の光が四に施され、四はそれを受けて光明とする。だから「上から光が施される」という。
【占い】
○戦争について問う。勇敢な兵士を虎臣とも虎賁とも称し、いずれも力があることをいう。しかし必ずその精鋭を養ってから用いるべきで、ただ威猛に頼って軽々しく進んではならない。ゆえに「頤を転じる。吉」という。
○商売について問う。「転」は、しばらく物価が下落する象であろう。「虎のようにじっと見つめ、その欲望は次々と追いかける」とは、商人が利益を図る姿をたとえたものだ。安値を見て商品を仕入れることができれば、吉で咎はない。
○功名について問う。功名の兆しは古来、龍虎を多く取るので吉である。「じっと見る」「欲望が次々と追う」は、いずれも立身出世を謀り望む意である。
○家宅について問う。この家は必ず右側の山に白虎が高く居て、怒った目で今にも噛みつこうとする形であろう。幸い四爻は陰位に陰が居り、正しい位を得ているので、咎はない。
○ 妊娠:男児が生まれる。
【例】内務省参事官松本郁郎氏が公務で濃尾へ赴くことになり、任命の件を占うよう求めた。《頤》が《噬嗑》に変じた卦を得た。
断じていう。この卦は内卦が《震》で動、外卦が《艮》で止である。ゆえに、あなたが濃尾地方へ赴くのは、震災後の処理に当たるためだと分かる。《震》は動き、《艮》は止まる。その象は明らかである。頤養の道は、下をもって上を養うのが正しい。今、震災の後で民は食を得られず、朝廷が穀物を放出して救済する。これは上が下を養うことであり、逆転している。だから「頤を転じる。吉」という。「虎のようにじっと見つめ、その欲望は次々と追いかける」とは、被災民のことである。彼らが恐れおののいて食を求めるさまは、まさに飢えた虎のようで、怪しむには当たらない。しかしその中に、私利を図る悪吏がいないだろうか。政府の救援米を見て、ひそかに中抜きを企てる者である。「じっと見る」「欲望が次々と追う」と称する者は、決していないとは限らない。あなたがこの災害事件を処理するには、特にその奸曲を見抜かなければならない。この爻が変ずれば《噬嗑》となる。《噬嗑》は訴訟を裁き、刑罰を明らかにする卦であり、いわゆる「小さな懲罰によって大きな戒めとする」ものである。この被災民を救い、あの悪吏を罰せよ。「虎のようにじっと見つめ、その欲望は次々と追う」者がいても、もとより咎はない。
松本氏はうなずいて去った。後果たしてこの占いのとおりになった。
【例】ある友人が来て、ある高位の人物について占うよう求め、《頤》が《益》に変じた卦を得た。
断じていう。四爻は六五に近く、明らかに宰相の象である。四は上体に居り、《艮》の始めで、その威徳は群衆の動きを鎮め、その恩沢は万物を養う。初爻に応じ、陰が陽を養い、また威厳を保って欲が少ない。ゆえに「頤を転じる。吉。虎のようにじっと見つめ、その欲望は次々と追いかける。咎なし」とある。友人は言った。「その断語は、まるでその人自身を見ているようです。」
六五。常道にそむく。正しく居れば吉。大河を渡ってはならない。
六五。常道にそむく。正しく居れば吉。大河を渡ってはならない。
《象伝》にいう。「正しく居ることの吉は、順って上に従うからである。」
五爻は陽位に陽が居り、下に応ずるものがなく、上九に近い。これは君主が人を養えず、かえって人に養われる者となることであり、君道の常経に背く。ゆえに「常道にそむく」という。《頤》の六爻のうち、陽に属するのは初と上だけである。陽は行くのがよく、陰は居るのがよい。また五は《艮》の体で、《艮》は止まる。行けば類を失うので、「正しく居れば吉」という。五は中央が空いていて《坎》の象でもある。《坎》は険であり、また大河である。「正しく居る」のは吉だが、養いの道はまだ成就しておらず、険を渡ることはできない。ゆえに「大河を渡ってはならない」という。二は「常道にそむく」、三は「頤にそむく」という。「そむく」とは違反することだ。二と三は養いの道に違反するので、どちらも凶という。五も「常道にそむく」というのに、ひとり吉とするのはなぜか。五爻の吉は「常道にそむく」ことにあるのではなく、「正しく居る」ことにある。ゆえに《象伝》は「正しく居ることの吉は、順って上に従うから」と説く。「上」とは上九をいう。五は上に近く、陰をもって陽に順うことができる。だから正しく居れば吉なのである。
【占い】
○戦争について問う。軍を動かす道には常法もあれば臨機の権法もある。時に応じて変通できるなら、必ずしも法に固くこだわる必要はないので、「常道にそむく」も咎はない。「正しく居れば吉」というからには、堅く守って進攻してはならない。「大河を渡ってはならない」とは、川辺に伏兵がある恐れをいう。舟で進むなら風波の難にも備えなければならず、すべて慎重にすべきである。
○商売について問う。店を構えて売る商人には利があるが、行商には利がない。商品を海外へ運び出すのは、いっそう危うい。
○功名について問う。出て試験を受けても、名を成すのは難しい。
○家宅について問う。上体は《艮》に属するので、山に住めば吉。川辺や水の近くなら、その家は不利である。
○婚姻について問う。正式な仲介による縁談がまとまらない恐れがある。しかし一人に従って終生を全うできれば、それでも吉である。
○ 妊娠:男児が生まれる。
○病気について問う。病は五爻にあり、長ければ四、五月、近ければ五、六日である。養生の仕方が適切でないことによる。静かに家で養生できれば吉だが、風雨にさらされたり遠路を行ったりすれば、治療は難しいだろう。
【例】明治十年の中秋、東京増上寺の大教正・福田行誡師が、その弟子である少教正・朝日氏を伴って来訪し、言った。「私どもの増上寺の仏殿は、以前火災に遭い、すでに十年が過ぎました。寺僧たちは再建を願い出ようと計画しています。私は、兵乱の後で資金を集めるのは容易ではないと言いました。しかし僧たちは私の言葉を正しいとは思わず、本山に大殿がなければ荘厳の相を失うと言い、皆それぞれ誓願して寄付を募り、再建を計画しました。そこで工事費を見積もったところ、必要なものすべてで数十万円となりました。その後、物価が高騰して工事は完成しないまま、資金が尽きてしまいました。どうか一占をお願いします。」私は答えた。「易の道は人事を尽くして天命を待つものです。細かな事柄まで煩わしく問うべきではありません。それより仏殿の建築がいつ完成するかを占うのがよいでしょう。」朝日氏は承知し、《頤》が《益》に変じた卦を得た。
断にいう。頤の五爻を筮して得たことから、今日の仏教界が行き着く結果をうかがうことができる。「経」とは仏経であり、「経を払う」とは仏経の趣旨に背くことである。維新以来、仏教制度もそれに伴って改革された。寺領が返還され、法度も改められると、肉食や妻帯も禁じられなくなった。出家と在家とに、いったい何の違いがあるのか。これが「経を払う」ということである。しかし、仏家の宗旨は昔から一様ではない。古の名僧には、鳩に飯を与えてそれを食とした者も経文に見え、法悦を妻とした者もいた。身をもって法を犯し、すべてを空しくして寂滅に帰したのである。これも一つの法ではあるが、安居して貞節を守ることを吉とする。危険を避けず、俗人と利益を争い欲を追うならば、よくない。だから「大川を渡るのは不可」とある。頤の反卦は大過であり、大過の九四には「棟が隆起する。吉」とある。九四は互卦の乾で、辰は亥にあり、その上は危宿・室宿に当たる。『開元占経』は甘氏を引いて「危は家屋を架けることをつかさどる」といい、また『地軸占』には「室は大人の宮殿」とある。ゆえに「棟が隆起する」のである。大仏を安置する仏殿には、まさに「棟が隆起する」象がある。頤の六五の象伝には「貞に居ることの吉は、順って上に従うからである」とある。「上」とは上九を指し、上九には「養いによって、危うくても吉。大いなる慶びがある」とある。五爻から上爻までは一爻を隔てるので一年を表す。上に従い、翌年を待てば、仏殿は完成する。だから「慶びがある」というのである。
《象伝》にいう。「正しく居ることの吉は、順って上に従うからである。」
五爻は陽位に陽が居り、下に応ずるものがなく、上九に近い。これは君主が人を養えず、かえって人に養われる者となることであり、君道の常経に背く。ゆえに「常道にそむく」という。《頤》の六爻のうち、陽に属するのは初と上だけである。陽は行くのがよく、陰は居るのがよい。また五は《艮》の体で、《艮》は止まる。行けば類を失うので、「正しく居れば吉」という。五は中央が空いていて《坎》の象でもある。《坎》は険であり、また大河である。「正しく居る」のは吉だが、養いの道はまだ成就しておらず、険を渡ることはできない。ゆえに「大河を渡ってはならない」という。二は「常道にそむく」、三は「頤にそむく」という。「そむく」とは違反することだ。二と三は養いの道に違反するので、どちらも凶という。五も「常道にそむく」というのに、ひとり吉とするのはなぜか。五爻の吉は「常道にそむく」ことにあるのではなく、「正しく居る」ことにある。ゆえに《象伝》は「正しく居ることの吉は、順って上に従うから」と説く。「上」とは上九をいう。五は上に近く、陰をもって陽に順うことができる。だから正しく居れば吉なのである。
【占い】
○戦争について問う。軍を動かす道には常法もあれば臨機の権法もある。時に応じて変通できるなら、必ずしも法に固くこだわる必要はないので、「常道にそむく」も咎はない。「正しく居れば吉」というからには、堅く守って進攻してはならない。「大河を渡ってはならない」とは、川辺に伏兵がある恐れをいう。舟で進むなら風波の難にも備えなければならず、すべて慎重にすべきである。
○商売について問う。店を構えて売る商人には利があるが、行商には利がない。商品を海外へ運び出すのは、いっそう危うい。
○功名について問う。出て試験を受けても、名を成すのは難しい。
○家宅について問う。上体は《艮》に属するので、山に住めば吉。川辺や水の近くなら、その家は不利である。
○婚姻について問う。正式な仲介による縁談がまとまらない恐れがある。しかし一人に従って終生を全うできれば、それでも吉である。
○ 妊娠:男児が生まれる。
○病気について問う。病は五爻にあり、長ければ四、五月、近ければ五、六日である。養生の仕方が適切でないことによる。静かに家で養生できれば吉だが、風雨にさらされたり遠路を行ったりすれば、治療は難しいだろう。
【例】明治十年の中秋、東京増上寺の大教正・福田行誡師が、その弟子である少教正・朝日氏を伴って来訪し、言った。「私どもの増上寺の仏殿は、以前火災に遭い、すでに十年が過ぎました。寺僧たちは再建を願い出ようと計画しています。私は、兵乱の後で資金を集めるのは容易ではないと言いました。しかし僧たちは私の言葉を正しいとは思わず、本山に大殿がなければ荘厳の相を失うと言い、皆それぞれ誓願して寄付を募り、再建を計画しました。そこで工事費を見積もったところ、必要なものすべてで数十万円となりました。その後、物価が高騰して工事は完成しないまま、資金が尽きてしまいました。どうか一占をお願いします。」私は答えた。「易の道は人事を尽くして天命を待つものです。細かな事柄まで煩わしく問うべきではありません。それより仏殿の建築がいつ完成するかを占うのがよいでしょう。」朝日氏は承知し、《頤》が《益》に変じた卦を得た。
断にいう。頤の五爻を筮して得たことから、今日の仏教界が行き着く結果をうかがうことができる。「経」とは仏経であり、「経を払う」とは仏経の趣旨に背くことである。維新以来、仏教制度もそれに伴って改革された。寺領が返還され、法度も改められると、肉食や妻帯も禁じられなくなった。出家と在家とに、いったい何の違いがあるのか。これが「経を払う」ということである。しかし、仏家の宗旨は昔から一様ではない。古の名僧には、鳩に飯を与えてそれを食とした者も経文に見え、法悦を妻とした者もいた。身をもって法を犯し、すべてを空しくして寂滅に帰したのである。これも一つの法ではあるが、安居して貞節を守ることを吉とする。危険を避けず、俗人と利益を争い欲を追うならば、よくない。だから「大川を渡るのは不可」とある。頤の反卦は大過であり、大過の九四には「棟が隆起する。吉」とある。九四は互卦の乾で、辰は亥にあり、その上は危宿・室宿に当たる。『開元占経』は甘氏を引いて「危は家屋を架けることをつかさどる」といい、また『地軸占』には「室は大人の宮殿」とある。ゆえに「棟が隆起する」のである。大仏を安置する仏殿には、まさに「棟が隆起する」象がある。頤の六五の象伝には「貞に居ることの吉は、順って上に従うからである」とある。「上」とは上九を指し、上九には「養いによって、危うくても吉。大いなる慶びがある」とある。五爻から上爻までは一爻を隔てるので一年を表す。上に従い、翌年を待てば、仏殿は完成する。だから「慶びがある」というのである。
上九。養いによって危うくても吉。大川を渡るのによい。
上九。養いによって危うくても吉。大川を渡るのによい。
象伝にいう。養いによって危うくても吉であり、大いなる慶びがある。
この卦は初爻と上爻の二つの剛爻が、合わせて四つの柔爻を養っている。初爻は下にあり、震の陽はまだ微弱で、勢力も十分ではない。上爻が上に交わると、艮の陽は極みに達し、その徳は人を養うに足る。卦中の四陰はみな上九によって養われるので、「養いによる」という。上爻は卦において成卦の主であり、爻においては人を養う主である。その任は極めて重い。しかも陽剛の才をもって危うく疑われる地に居るため、少しでも驕りや怠りを見せれば、君主に疑われ、衆人に怨まれる。それは危険に至る道である。ゆえに臣下がこの地位にあるときは、常に危うさを思い、戒める心を抱いてこそ、その吉を保てる。伊尹や周公が憂い勤め、つねに警戒して、ついに吉を得たのは、まさにこの道である。だから「危うくても吉」という。危きを経て吉を得るのである。養いがここまで至れば、乾元が我が身にあり、川を渡り、危険を救うことができる。弱水も沈めることができず、大海も妨げられない。いったいどこへ行って不可能なことがあろうか。だから「大川を渡るのによい」という。六五が「正しさに安んじて居る」ことはできても「大川を渡れない」のに比べれば、ここにはさらに一歩の進展がある。天下の大任を担い、天下の困難と危険を救い、天下の治安を成し遂げる力は、すべてこの「養いによる」功から生じる。象伝が「養いによって危うくても吉、大いなる慶びがある」と言うのは、陽剛が上にあって、自らを養い、さらに人を養い、それを押し広げて天下を養うなら、養われない者はなく、慶びを得ない者もない、という意味である。ゆえに象は「大いなる慶びがある」と言う。
【占い】
○ 戦争について問う。ことわざに「兵を千日養い、一朝に用いる」という。戦場で力を発揮できる兵は、みな平素の教養訓練によって育てられたものだから、「養いによる」という。戦は危険な事柄であり、幾度も危難を経て、はじめて勝利の功を得る。だから「危うくても吉」という。「大川を渡るのによい」とは、兵士が心も徳も一つにしてこそ険難を越えられ、危険に臨んでも避けないということだ。周軍が孟津に会したことや、諸葛亮が瀘水を渡ったことがその例である。
○ 商売について問う。商業はもっぱら利益を求めるもので、利益を得れば自分と家族を養える。しかし商人は安居したまま利益を得ることはできない。必ず険しい道を経て、遠く海を越えて商いをすることもあって、はじめて利益を得られる。だから「危うくても吉」という。
○ 功名について問う。功名の道は小から大へ、卑から尊へと進む。しかし憂い勤め、戒め、警戒してこそ、功を成し名を遂げられる。象に「大いなる慶びがある」とあるのは、得るところがあって喜ぶという意味である。
○ 病気について問う。危険な状態ではあるが救われる。だから「危うくても吉」という。
○ 懐妊について問う。男児が生まれる。だから象に「大いなる慶びがある」とある。
【事例】私は毎年、冬至の日に翌年の諸事の吉凶を占うのを恒例としている。明治二十二年の冬、一卦を占い、頤が復に変じた。
今年一月、ある高位の人物が訪ねて来て、麦の作柄が豊作か凶作かを尋ねた。私は答えた。今年、政府は飢饉に備えて金を蓄え、外国米を買い入れて災民を救済するだろう、と。その人物が、どうしてそれが分かるのかと問うたので、私は答えた。冬至の日に今年の麦作を占い、頤が復に変じた。頤という卦は口の象であり、その意味は養うことを主とする。小さくは一身一家を養うこと、大きくは天下万民にまで及んで、すべての生き物の衣食がそこから推し広がることをいう。だから「養いによる」という。上九の一陽が上にあり、下に四陰があるので、初めの占では雨が多く麦作は豊かでないと定められる。しかし上爻に至ると陽光が現れ、収穫はなおまずまずとなる。だから「危うくても吉」という。前年は水害に遭い、穀物が不作であった。今年の春も麦が不作なら、民は食に乏しくなり、米価は高騰し、必ず困窮して流離する者が出て、見るに堪えない事態となる。政府は時局の困難を目の当たりにして救済策を設けたが、その方法は外国米を招き買い入れ、民の飢えを救うことにほかならない。その米は清国、インド、シャムのいずれかから来るにせよ、すべて船で運ばれる。だから「大川を渡るのによい」という。後に私はこの占いを大蔵省へ上申した。政府はその情勢を察し、飢饉対策の積立金で外国米を買い入れ、各港で売り出したので、民心は安らぎ、満ち足りた。
象伝にいう。養いによって危うくても吉であり、大いなる慶びがある。
この卦は初爻と上爻の二つの剛爻が、合わせて四つの柔爻を養っている。初爻は下にあり、震の陽はまだ微弱で、勢力も十分ではない。上爻が上に交わると、艮の陽は極みに達し、その徳は人を養うに足る。卦中の四陰はみな上九によって養われるので、「養いによる」という。上爻は卦において成卦の主であり、爻においては人を養う主である。その任は極めて重い。しかも陽剛の才をもって危うく疑われる地に居るため、少しでも驕りや怠りを見せれば、君主に疑われ、衆人に怨まれる。それは危険に至る道である。ゆえに臣下がこの地位にあるときは、常に危うさを思い、戒める心を抱いてこそ、その吉を保てる。伊尹や周公が憂い勤め、つねに警戒して、ついに吉を得たのは、まさにこの道である。だから「危うくても吉」という。危きを経て吉を得るのである。養いがここまで至れば、乾元が我が身にあり、川を渡り、危険を救うことができる。弱水も沈めることができず、大海も妨げられない。いったいどこへ行って不可能なことがあろうか。だから「大川を渡るのによい」という。六五が「正しさに安んじて居る」ことはできても「大川を渡れない」のに比べれば、ここにはさらに一歩の進展がある。天下の大任を担い、天下の困難と危険を救い、天下の治安を成し遂げる力は、すべてこの「養いによる」功から生じる。象伝が「養いによって危うくても吉、大いなる慶びがある」と言うのは、陽剛が上にあって、自らを養い、さらに人を養い、それを押し広げて天下を養うなら、養われない者はなく、慶びを得ない者もない、という意味である。ゆえに象は「大いなる慶びがある」と言う。
【占い】
○ 戦争について問う。ことわざに「兵を千日養い、一朝に用いる」という。戦場で力を発揮できる兵は、みな平素の教養訓練によって育てられたものだから、「養いによる」という。戦は危険な事柄であり、幾度も危難を経て、はじめて勝利の功を得る。だから「危うくても吉」という。「大川を渡るのによい」とは、兵士が心も徳も一つにしてこそ険難を越えられ、危険に臨んでも避けないということだ。周軍が孟津に会したことや、諸葛亮が瀘水を渡ったことがその例である。
○ 商売について問う。商業はもっぱら利益を求めるもので、利益を得れば自分と家族を養える。しかし商人は安居したまま利益を得ることはできない。必ず険しい道を経て、遠く海を越えて商いをすることもあって、はじめて利益を得られる。だから「危うくても吉」という。
○ 功名について問う。功名の道は小から大へ、卑から尊へと進む。しかし憂い勤め、戒め、警戒してこそ、功を成し名を遂げられる。象に「大いなる慶びがある」とあるのは、得るところがあって喜ぶという意味である。
○ 病気について問う。危険な状態ではあるが救われる。だから「危うくても吉」という。
○ 懐妊について問う。男児が生まれる。だから象に「大いなる慶びがある」とある。
【事例】私は毎年、冬至の日に翌年の諸事の吉凶を占うのを恒例としている。明治二十二年の冬、一卦を占い、頤が復に変じた。
今年一月、ある高位の人物が訪ねて来て、麦の作柄が豊作か凶作かを尋ねた。私は答えた。今年、政府は飢饉に備えて金を蓄え、外国米を買い入れて災民を救済するだろう、と。その人物が、どうしてそれが分かるのかと問うたので、私は答えた。冬至の日に今年の麦作を占い、頤が復に変じた。頤という卦は口の象であり、その意味は養うことを主とする。小さくは一身一家を養うこと、大きくは天下万民にまで及んで、すべての生き物の衣食がそこから推し広がることをいう。だから「養いによる」という。上九の一陽が上にあり、下に四陰があるので、初めの占では雨が多く麦作は豊かでないと定められる。しかし上爻に至ると陽光が現れ、収穫はなおまずまずとなる。だから「危うくても吉」という。前年は水害に遭い、穀物が不作であった。今年の春も麦が不作なら、民は食に乏しくなり、米価は高騰し、必ず困窮して流離する者が出て、見るに堪えない事態となる。政府は時局の困難を目の当たりにして救済策を設けたが、その方法は外国米を招き買い入れ、民の飢えを救うことにほかならない。その米は清国、インド、シャムのいずれかから来るにせよ、すべて船で運ばれる。だから「大川を渡るのによい」という。後に私はこの占いを大蔵省へ上申した。政府はその情勢を察し、飢饉対策の積立金で外国米を買い入れ、各港で売り出したので、民心は安らぎ、満ち足りた。