高島易断 · 卦ごとの解説

高島易断 · 易経 第 56 卦 火山旅、旅:小亨なり、旅に貞にして吉なり。

火山旅、旅:小亨なり、旅に貞にして吉なり。

旅:小亨なり、旅に貞にして吉なり。

56 火山旅

卦となすに内は《艮》、外は《離》なり。《艮》は山なり、《離》は火なり。山は主を得て常あり、火は附麗して定まらず。常ある者は寓する所の地を象し、定まらざる者は寄寓する人を象す。「離は麗なるなり」、別なるなり。その家を別れ、外に麗す、これ卦の《旅》と名付く所以なり。

旅:小亨なり、旅に貞にして吉なり。




旅は羈旅(きりょ)なり。人、その本居を失い、他郷に寄跡し、いわゆる遠く異国に適(ゆ)くは、昔人の悲しむ所にして、またいずくんぞ大亨にして正しというを得んや!ただその依る所を得て、以て自ら存するに足るを求むるは、これまた羈旅の「小亨」なり。《旅》中の「貞吉」は即ちここにあり、故に「旅貞吉」と曰う。

《彖伝》に曰く:旅は小亨なり。柔、外に中を得て剛に順い、止まりて明に麗す。ここをもって小亨にして、旅貞吉なるなり。旅の時義、大なるかな!

《序卦伝》に曰く:「豊は大なるなり。大を窮むれば必ずその居を失う、故にこれを受けるに旅をもってす。旅は衆なり」。衆、外にあるをこれ《旅》と謂う。三陽三陰、卦は《乾》《坤》より来たり、《坤》の三、上がりて《乾》の五に居り、《離》に変じて外卦の主となり、《乾》の五、下がりて《坤》の三に居り、《艮》に変じて内卦の主となる。《艮》の止を体とし、《離》の明を用となす。止まれば即ちその所を得、明なれば即ちその往く所を知る、ここに大を窮めて居を失うを患えず。その「小亨」「貞吉」たる所以のものは、柔にして「剛に順う」とは、剛にして物に忤(さか)らわず、柔にして己を損なわざるを謂う。「止まりて明に麗す」とは、止まりて良く定まり、明にして良く察するを謂う。《旅》の道の正はここにあり、ここをもってその「小亨」を得、貞にして吉を獲るなり。古人の学問は多く羈旅の閲覧・経歴より来たり、往々にして耳の聞く所、目の見る所、皆その知識を増すに足る、故に「旅の時義大なるかな」と曰う。

この卦をもって人事に擬するに、男子の生は桑弧蓬矢をもって天地四方に射るが如く、志の四方にあるためなり。故に士たる者は笈を負うて游び、商たる者は貨を載せて往く。凡そ一技一芸ある者、遠く他郷に客となり、各々衣食を謀らざるはなく、これ旅は本より人事の常なり。父母を離れ、郷井に背き、廓落として友なく、惆悵として自ら憐れむに至りては、その窮厄にして亨らざるも、また怪しむに足るなし。亨らざるの地に於いて、その亨らんことを求めんと欲する者は、道はただ柔和をもって世に涉り、明察をもって幾を審らかにするにあるのみ。柔なれば即ち悦びをもって相親しみ、世と忤(さか)らうなく、明なれば即ち誠をもって相接し、人と欺くことなし。縦い大きく得る所あるあたわざるも、また「小亨」なるべし、いわゆる「貞吉」なる者はここにあり。夫れ行旅のその貞を得ざる者は他なし、患いは過剛にあり、また不明にあるのみ。過剛なる者は奢り、剛なれば即ち衆を和するなく、不明なれば即ち昧く、昧くなれば即ち身を保つなし、《旅》の道窮まる。《彖伝》に「柔にして剛に順い、止まりて明に麗す」と曰うは、貴ぶ所は剛と柔の適中、明と止の相附するにあり、これをもって亨となし、また即ちこれをもって吉となすなり。人生世に涉り、一往一来、皆旅の時なり、一動一静、即ち旅の義なり。天子に行在あり、諸侯に朝会あり、士大夫出疆し、農夫畔を越ゆる、皆旅なり。旅の時となり義となる、関わる所豈に大ならずや?

この卦をもって国家に擬するに、国家の要は、首(はじ)め財用を重んじ、財用の流通せしむる所以のものは、ただ商旅に頼るのみ。端木子(たんぼくし)は駟(し)を結び騎を連ね、管夷吾(かんいご)は山を官とし海を富ます、皆商旅の源を開く所以なり。故に富強を策するに善き者は必ず国内外交通の益を計り、海陸運輸の程を広め、舟車の往来を便にし、東南の美利を課し、財用これよりして亨り、行旅はこれよりして労す。夫れ遺人(いじん)に候居の館あり、行役失路の悲しみなく、ここに旅行客もまた少し安んずべし。《大象》に「山の上に火ある」と曰う、火光の燭(てら)す所、近き者はその照蒙を蒙り、遠き者はその明を見る。商を言に喩(たと)うれば、明にして能く奸を燭し、遠近欺くことなし、故に「旅は小亨なり、旅に貞にして吉なり」と曰う。蓋し財利を重んじ、離別を軽んずるは、商賈の生を営む所以なり。什一を権(はか)り、有無を通ずるは、朝廷もまたこれに藉りて富を致すなり。方今(ほうこん)の時、欧米各邦、国税の関わる所、専ら商务をもって重しとなす。ここをもって海禁大いに開き、洋舶輻輳し、絶島窮崖を穿ちて市を開き、東夷北狄を率いて商に来たる、商旅の道、ここに於いて盛んなり。《易》に前知あり、故に「旅の時義大なるかな」と曰う。

この卦を通観するに、《艮》山は止まりて内にあり、《離》火は明にして外を燭(てら)す。下卦は旅客の遠行の象となり、上卦は時に於ける廬舎(ろしゃ)の象となり、互卦に《大過》あり、行邁跋渉(こうまいばっしょう)の象となる。六爻の中に「所」と曰い、「次」と曰い、「処」と曰い、「巣」と曰うは、各々その地あるなり。「災」と曰い、「焚」と曰い、「喪」と曰い、「亡」と曰うは、各々失う所あるなり。「懐」と曰い、「得」と曰い、「誉」と曰うは、各々獲る所あるなり。大凡(おおよそ)羈旅の人は、柔和にして衆を和するに宜しく、剛暴にして自ら恃むに宜しからず、故に六爻は柔をもって吉となし、剛をもって凶となす。初は柔をもって下に居り、これ旅の微賤なる者なり。二は柔中、故に兼ね得る。三は過剛、故に「喪う」。四は剛にして柔に居り、得るといえども「快からず」。五は柔中、小費にして大いに得。六は剛にして高きに遭い、大いに喪いて凶なり。卦は《豊》と反す、聚まれば即ち《豊》となり、散ずれば即ち《旅》となる。旅にして良く止まるは、これ《旅》の外に寄跡するなり。旅にして明に遭うは、これ《旅》の地を選びて蹈むなり。要するに、明なれば誉あり、昏ければ災あるなり。柔に得、剛に喪うなり。「笑い」となり「号(さけ)び」となるは、時これを作るなり。「貞」と曰い「厲」と曰うは、義の在る所なり。聖人の栖栖(せいせい)たる者は、道のために行うなり。庸人の攘攘(じょうじょう)たる者は、利のために往くなり。夫れ旅の故にあらざるか?その為すことは即ち同じきも、その義は要するに各々異なる者あり。

《大象》に曰く:山の上に火あるは旅なり。君子以て明慎にして刑を用い、獄を留めず。

「山の上に火ある」は、《賁》の「山の下に火ある」と相対するの文なり。《艮》は山となし、《離》は火となし、火の山を焚くの象あり。野火の山を焼くは、過ぎて留まらざるなり、君子その象を取りて訟を聴き、片言にして即ち折り、故に「獄を留めず」なり。明は《離》の照らすを取り、慎は《艮》の止まるに法(のっと)る。法を執ること山の如く、動かすべからざるなり、奸を燭(てら)すこと火の如く、掩蔽(えんぺい)する無きなり、これをもって刑を用いれば、刑枉(まが)ることなし。卦の上互は《兌》、《兌》は人を刑となす、故に「刑を用う」と曰う。反卦は《豊》、《豊》の象は「獄を折る」、故に「獄を留めず」と曰う。

  【占い】
○ 時運を占う:運未だ全盛ならず、明にしてこれを察し、慎みてこれを防ぐべし、災害あると即ち、直ちに解脱すべし。


○ 商売を占う:外に出でて販運するに宜しく、来るに随い売るべし、留積すべからず。

○ 功名を占う:火、山の上にあり、光明遠く燭(てら)すの象あり、昇用即時にあり。

○ 征戦を占う:火攻を用いるべし。

○ 家宅を占う:慎みて火災を防ぐべし。

○ 婚姻を占う:即日成るべし。

○ 病気を占う:これ肝火上炎の症なり、その勢い危うかるべし、生死即時にあり、宜しく慎むべし。

○ 訟事を占う:即日終わるべし。

○ 行人を問う:すぐ帰る。

○ 六甲(妊娠)を占う:上半月は女を生み、下半月は男を生む。

初六:旅、瑣瑣(ささ)たり。その所に斯(はな)れて災を取る。

初六:旅、瑣瑣(ささ)たり。その所に斯(はな)れて災を取る。

《象伝》に曰く:旅、瑣瑣(ささ)たるは、志窮まりて災なるなり。

初は卦の最下に居り、これ始めて旅人となる者なり。「瑣瑣(ささ)」は小なり。「斯」は《爾雅》に「離なり」と曰う。「所」は即ち《詩》の「爰(ここ)に我が所を得る」の所にして、居処を謂うなり。二・三爻の「次」と曰い、四の「処」と曰うと、皆旅舎の地となすなり。「その所に斯(はな)る」とは、旅行在外の時、瑣瑣たる細故に因りて、遂にその旅処を離れるに至るを謂うなり。《序卦》に「旅にして容れる所なし」と曰う、その所を離れれば、即ち必ず容れる地なきなり、故に「災を取る」とは、その災の自ら取るよりするを言えるなり。《伝》は「志窮まる」に本を推す、その瑣瑣たる事に較量し、一に遂げざるあれば、即ちその旅処を離れ、ただに旅窮まるのみならず志もまた窮まるなり、窮まれば即ち災を招く、故に「志窮まりて災なるなり」と曰う。

  【占い】
○ 時運を占う:出身既に微にして、行運もまた陋(いちじる)し、孤身客となり、恐らくは利を獲難し。


○ 商売を占う:資財微細にして、生業もまた卑し、災禍を免れ難し。

○ 功名を占う:得るといえどもまた卑し。

○ 征戦を占う:五百人を旅とするに按ずるに、軍力単薄にして、敗れありて勝ちなし。

○ 家宅を占う:地位委瑣(いさ)握綽(あくしゃく)にして、必ず小戸の家なり。慎めば災を免るべし。

○ 婚姻を占う:《詩》の「瑣瑣たる姻婭(いんあ)は、則ち膴仕(ぶし)なし」に、名門大族にあらざるを知るなり。

○ 病気を占う:小災悔あり、初起なれば治すべし。

○ 妊娠:男児が生まれる。

【例】 友人某来たり、気運を占わんことを請う、筮して《旅》の《離》を得たり。

断に曰く:旅は羈旅なり、遠く他郷に出でて、孤身只影、羈旅親なきとなす。爻象は柔をもって吉となし、剛をもって凶となす、蓋しただ柔順にして衆を和せば、ここに孤立せざるなり。初爻は初めて行旅するとなし、「瑣瑣(ささ)」は小なり、気を量(はか)るに浅陋(せんろう)にして、錙銖(ししゅう)を必ず較べ、これをもって災を取る、災は自ら取るよりするのみ。今足下気運を占い、この爻辞を得たり。夫れ人生は寄するが如く、天地は本より逆旅(ぎゃくりょ)なり、財を散じて衆を和せば、則ち四海皆兄弟となり、財を殺(おさ)めて怨みを取れば、則ち坦途も荊棘(けいきょく)となる。人苟も委瑣握綽(いさいあくしゃく)にして、逐逐(ちくちく)として利をなせば、勢い容れる地なきに至らん、いわゆる「旅にして容れる所なし」なり、災禍の来たる、必ず免れ難し。足下宜しく大度寛容にして、財を吝(惜)しむなく、怨みを招くなく、和悦して世に処すべし、いわゆる「言忠信、行篤敬なれば、蛮貊(ばんばく)といえども行われん」なり。

六二:旅、次(やど)に即(つ)き、その資を懐にし、童仆(どうぼく)の貞を得。

六二:旅、次(やど)に即(つ)き、その資を懐にし、童仆(どうぼく)の貞を得。

《象伝》に曰く:童仆の貞を得るは、終わりに尤(とが)なきなり。

「即」は就くなり。「次」は舎なり。「資」は貨なり。幼き者は童、壮なる者は仆、《艮》は童仆となす、故に「童仆」と曰う。《離》は資斧となす、故に資を懐にすと曰う。二爻は柔中にして正に居り、「次(やど)に即(つ)く」の象あり。虚をもって実を承け、「資を懐にする」の象あり。柔順なれば、即ち童仆もまたその忠信を尽くし、三事皆その便宜を得。内に己を失わずして、己に不安なく、外に人を失わずして、人ともにせざるなし、皆柔順中正の徳の致す所によるなり、故に「旅、次(やど)に即(つ)き、その資を懐にし、童仆の貞を得」と曰う。吉を言わざる者は、旅寓の際、災厲(さいれい)を免るるを得るを幸いととなすのみ。《象伝》の意もまたこれに外ならざるなり。

  【占い】
○ 時運を占う:財あり人あり、運途中正なり、自から憂いなし。


○ 商売を占う:財を得れば則ち以て利を謀るべく、人を得れば則ち以てともに事をなすべし、千里客となるとも、以て憂いなかるべし。

○ 功名を占う:財をもって捐納(えんのう)する者なり。

○ 征戦を占う:資財は即ち軍糧なり、「童仆」は即ち軍卒なり、糧足れり兵強く、攻めて克たざるなし。

○ 家宅を占う:必ずこれ寄居の宅なり、喜ばしく財用充裕を得、童従順正にして、家室和平、自から咎禍なきなり。

○ 婚姻を占う:富室の婿養子となるの象あり。

○ 病気を占う:旅処に病を得るも、喜ばしく童仆ありて心をつくして服侍し、調養して全快すべし。

○ 妊娠:男児が生まれる。

【例】 明治十七年、余九州に漫遊し、一日某石灰坑を往観す。その夜社員ありて予が寓を過訪して曰く「君幹事に精なり、今日敝坑を巡視す、定めて高見あらん、幸いに教示を請う」。余曰く「炭坑の業、余素より未だ諳(つまびらか)にせず、辱く諸君の下問を承く、敢えて一占をなして以てこれを決せん」。筮して《旅》の《鼎》を得たり。

断に曰く:本社は東京に支店を出し、遠く九州を隔てて鉱山業を営んでおり、諸君はみな外にある旅人である。故に「旅、次(やど)に即(つ)き、その資を懐にし、童仆の貞を得る」と言う。この鉱山業には財も人もあり、大をなし久しく維持できることを知り、その経営において上下の用人はみな正直にして私心がないから、本来は憂いなしとすべきである。しかし三爻にはその宿を焼き童仆を失う象があり、来年は火災を防ぐべし。四爻に「その資斧を得る」とあり、再来年は利益を得て失ったものを補うことができる。五爻は小を失い大を得て、鉱山業の評判が上方に達し、鉱務が全盛となる時である。惜しむべきは上爻に「鳥その巣を焼く、先には笑い後には号咷(ごうとう)す」とあり、この象は憂うべきもので、およそ五年以内に応ずるであろうから、あらかじめ慎み防ぐべきである。

九三:旅、その次(やど)を焚(や)き、その童仆(どうぼく)を喪(うしな)う。貞なれども厲(あやう)し。

九三:旅、その次(やど)を焚(や)き、その童仆(どうぼく)を喪(うしな)う。貞なれども厲(あやう)し。

《象伝》に曰く:旅、その次を焚く、また以て傷(痛)めり。旅を以て下(しも)と与(とも)にす、その義(ぎ)喪(うしな)うなり。

三爻は内卦の極に処し、艮を出でて離に入る。離は火となり、故に焚く象あり。艮は居となり、舎となる。「次」とは旅舎なり、故に「その次を焚く」という。童仆は次に随侍する者であり、次が焚ければ童仆もまた喪われ、主を背にして去る者である。艮は童仆となり、故に「その童仆を喪う」という。旅次が焚け、禍は不測に起こり、童仆の不戒に由るものもあれば、童仆に由らないものもある。三爻に「童仆の貞」とあるが、貞といえどもまた危うく、故に「貞にして厲し」という。旅次が火災に遭い、身は危うく資は失われ、旅客はもとより傷を受ける。童仆においては、これまで使令を受けていたが、ひとたび火災をへて、主人の責問を深く恐れ、ここを捨てて去るのもまたその義であり、故に《象伝》は二様に釈している。

  【占い】
○時運を占う:運途は転倒し、破敗が重なり、大いに危うい。


○軍旅を占う:火攻めを謹んで防ぐべし。特に軍心が瓦解し、戦わずして自ら逃走することを憂う。

○商売を占う:不測の禍あるを防ぐべし。危うい。

○功名を占う:目下は望みがたい。必ず二年後、五爻に「終には誉命を以てす」に至り、名を成すことができる。

○婚姻を占う:一時成らず、共に老いることは難しい。

○家宅を占う:火災の災いあるを防ぐべし。

○疾病を占う:本人は癒えることができるが、子女あるいは童仆は保ちがたい。

○失物を占う:必ず童仆の盗むところである。

○ 妊娠:男児が生まれる。

【例】 真言宗の高僧雲照律師は、博識にして釈氏の風俗に詳しく、一宗の覚士であった。余は昔、高野・西京に遊んだ時、相逢うを得た。明治十八年の夏初め、雲照師が偶々余の廬を訪れ、余に謂って曰く、「貧衲は虚無を宗とすれば、吉凶悔吝は復た掛念することなし。眷眷として忘れざる所は、ただ宗教の盛衰に在るのみ。敢えて一占を煩わさん」と。筮して《旅》の《晋》を得た。

断に曰く:夫れ《旅》は親寡(すく)なき卦なり。禅家においては凡を離れ俗を脱し、身を空門に入れ、四大を以て禅房となし、六道を以て逆旅(げくりょ)となし、およそ一生に経る所の悔吝吉凶は、悉く幻境に属するのみ。今、律師が宗教の盛衰を占って《旅》の三爻を得たり。律師の本山を脱離して世外に雲遊し、到る所天涯にして、何ぞ旅舎あらんや。随身の衣鉢にして、何ぞ童仆あらんや。八妄みな空なれば、いわゆる貞なるものなし。九根障害なければ、いわゆる厲なるものなし。三昧の火すでに消えれば、焚く所なし。四禅の縛(ばく)すでに脱すれば、喪う所なし。爻象の示す所、律師の掛慮とするに足らず。按ずるに《旅》の三変じて《晋》となる。《晋》の《彖伝》に「晋は進むなり、明地上に出でむ」とあり、《離》は日なり、象は仏日の長(とこしえ)に明らかなるがごとく、大地を照らす。禅門の宗教は、まさに日々進み日々盛んなる象あり、これ律師のために慶出すべきなり。

九四:旅、処(しょ)にす。その資斧(しふ)を得るも、我が心快からず。

九四:旅、処(しょ)にす。その資斧(しふ)を得るも、我が心快からず。

《象伝》に曰く:旅、処にするとは、未だ位を得ざるなり。その資斧を得るも、心未だ快からざるなり。

四は離の始めに居り、離は見となる。四の旅行は、行って利見を求めるものである。位を得れば朝廷に進み、得ざれば処に旅す。故に《伝》に「未だ位を得ざるなり」と言う。離は資斧となり、故に「資斧」と言う。すなわち《春秋伝》に言う「居ればすなわち一日の積を具え、行けばすなわち一夕の衛を備う」とはこれである。資は二の「資を懐にす」と異なり、二の資は我より具え、四の資は外より来る、故に「得」と言う。離は干戈(かんか)となり、斧の象があり、斧は衛となす所以なり。四が僕々(ぼくぼく)として旅する所以のものは、ただ位を得て時に乗ぜんことを期するのみ。しかるに得る所はわずかに資斧に過ぎず、願う所未だ償わざる故に、「我が心快からず」なり。四は初めて離爻に入り、文采未だ彰(あら)われず、名誉未だ顕れざるを以て、禄位はなお未だ得ざるなり。

  【占い】
○時運を占う:盛運未だ至らず、得る所もわずかに過ぎない。


○商売を占う:外に出て販運すればわずかに利益あるも、望みを満たすに能わず。

○功名を占う:一時未だ得られず、来年を待てば、必ず成就できる。

○軍旅を占う:敵の糧食を分捕ることはできるが、遽(にわか)に大勝を得ることはできない。

○婚姻を占う:持参金は頗(すこぶ)る厚いが、偏房(側室)であって正嫡にあらざるなり。

○家宅を占う:地位不当なり。

○疾病を占う:心疾(心臓の病、あるいは心の病)なり。謀望の遂げざるに因り、憂鬱の致す所なり。

○ 失物を問う:見つかる。

○ 妊娠について問う。女児が生まれる。

【例】 明治十八年某月、ある貴顕が来訪して曰く、「余の知友某氏は、今外国公使の命を受けたが、某氏にはなお別に希望がある。成るや否やを知らんと欲す。請う一筮を労せん」と。筮して《旅》の《艮》を得た。

断に曰く:《旅》は内を出でて外に向かうの卦なり。外国に出使することは、すなわち旅行の象なり。およそ使臣の遠く異国に適(ゆ)くや、行けばすなわち餐を授けられ、宿すればすなわち館を授けらるるは、固(もと)よりその宜しきところなり、故に「処に旅す、その資斧を得る」と言う。使任を捨てて別に位置を謀るに至りては、これ得隴望蜀(とくろうぼうしょく)にして、恐らくは如願以て償うに能わざらん、その中心の快からざるは宜(むべ)なるなり。五爻の「終には誉命を以てす」に至れば、すなわち謀る所遂ぐべし。

六五:雉(きじ)を射る。一矢(いっし)亡(うしな)うも、終には誉命(よめい)を以てす。

六五:雉(きじ)を射る。一矢(いっし)亡(うしな)うも、終には誉命(よめい)を以てす。

《象伝》に曰く:終には誉命を以てすとは、上(かみ)に逮(およ)ぶなり。

五爻は柔順文明にして、離の主となり、離は雉となり、また弓矢となる。故に「雉を射る」の象を取る。五動けば体は乾となり、矢動き雉飛ぶ、故に「一矢亡う」なり。五は坤の三より来たり、坤は終となり、離は誉となり、下互は巽にして巽は命となり、故に「終には誉命を以てす」と言う。古者(いにしえ)、士は雉を以て贄(にしえ)となし、雉を射て得れば、これ士の進身に階(はしご)あるなり。五は遠く他邦に適き、雉を射るを以て能を著わし、一時翕然(きゅうぜん)として美を称せられ、名誉は上に聞(きこ)え、命を賜わるの慶び来る。故に《伝》これを釈して「上に逮ぶなり」と言う。

  【占い】
○時運を占う:運途は柔順にして、小往き大来たり、終には慶びあるなり。


○商売を占う:小失ありといえども大得あり、名利ともに全うす。

○功名を占う:晩運は亨通し、声名は上に達す。

○軍旅を占う:一剪(いっせん)にして成功するの象あり。

○家宅を占う:翚飛鳥革(きひちょうかく・美しく立派な建築)、善美称するに堪えたり。

○婚姻を占う:二と五が応を得て、世に佳偶と称せらる。

○疾病を占う:思うに身を矢石に臨ませ、忠を以て難に殉じ、賜命の栄を得るものならん。

○六甲(妊娠)を占う:桑弧蓬矢(そうこほうし・男子誕生)の兆しあり、男児の喜ぶべきなり。

【例】 明治二十四年、ある貴顕の気運を占い、筮して《旅》の《遁》を得た。

断に曰く:五は文明の爻に処し、雉は鳥の文(あや)ある者なり、故に「離は雉となす」。雉を射てこれを得るは、言わく能く文明を模範とすることなり。矢は近きより発して遠きに及ぶ、《旅》の象あり。一矢亡うといえども、一雉獲るべし、小費大得、その志誉の上が聞(きこ)ゆるは宜しきなり。今、貴下が気運を占い、この爻を得たり。卦象に就いて論ずれば、貴下に命を奉じて遠遊するの象あるを知る。爻辞に就いて論ずれば、貴下に「小往き大来る」の慶びあるを知る。維新以来、国家の政令は多く欧米を模範とす。今貴下、皇華奉使として遠く異国に適き、一には二国の好を敦くし、一には上国の風を観る。彼のいわゆる日進月歩の文明なるもの、何ぞ一挙してこれを得るに難からんや。譬えば雉を射るがごとし、一矢にして的に中(あ)たるべし。すなわち貴下の声誉は遠く四方に播(は)しかれ、貴下の使命は必ずや三賜の栄を邀(むか)えん。これ貴下のために預(あらかじ)め賀すべきなり。

上九:鳥その巣を焚く。旅人、先には笑い後には号咷(ごうとう)す。牛を易(えき)に喪う、凶。

上九:鳥その巣を焚く。旅人、先には笑い後には号咷(ごうとう)す。牛を易(えき)に喪う、凶。

《象伝》に曰く:旅を以て上に在り、その義焚くなり。牛を易に喪うとは、終にこれを聞くこと莫(な)きなり。

離は鳥となり、艮は止となる、故に「巣」と言う。離は火となり、互巽は木となり、故に「その巣を焚く」と言う。鳥の巣あるは、なお《旅》の次あるがごとし。三は内卦の極に居り、剛にして中を過ぐ、故にその次焚く。上は全卦の極に居り、高うして危うきを忘る、故にその巣もまた焚く、辞は異なりといえども、その義は一なり。三より五に至る互兌は、兌は悦となり、口となり、笑う象あり。離の五に「涕(なみだ)出でて沱若(だじゃく)たり」とあり、号咷の象あり。先には互兌、後には離に入る、故に「先には笑い後には号咷す」と言う。離は本(もと)坤体にして、坤は牛となり、また喪となる、故に「牛を喪う」と言う。牛の性は最も順なり。《旅》卦全体は、柔順なる者を吉とし、剛暴なる者を凶とす。上は剛を以て極に処し、その順を失う、これ「牛を喪う」と謂うなり。「易」とは難からざるなり。その牛を喪えば、勢い必ず凶なり。《象伝》は《旅》の上極に処するを以て、あたかも離木の上に槁(か)るがごとし、故に「その義焚くなり」と言う。「終にこれを聞くこと莫き」とは、「牛を易に喪う」は、なお外に客死し、室なく家なく、終に過ぎてこれを聞き問う者なきがごときなり。《大壮》に「羊を喪う」と言うは、その狠(ごう)を喪うなり。《旅》に「牛を喪う」と言うは、その順を喪うなり。狠は喪うべし、順は喪うべからざるなり。

  【占い】
○時運を占う:行運すでに極まり、高うして与(とも)にするものなく、楽極まりて悲しみ来る、凶の道なり。


○軍旅を占う:陣営を焚かれ砦を劫(おびや)かさるるの危うきを防ぐべし。

○商売を占う:先には小利あるも、後には大損あり、凶災重ねて至る、危うむべし危うむべし。

○功名を占う:喪うことありて得ることなし。

○家宅を占う:巣を覆(くつがえ)し卵を累(かさ)ねる(危急存亡)の危うきあり。

○婚姻を占う:先には成り後には散じ、先には喜び後には悲しむ、凶なり。

○疾病を占う:牛年に属する者は必ず凶なり。

○ 妊娠を問う。女児が生まれるが、育たない。

【例】 明治二十四年五月、余が大孤に遊寓していた時、一日(あるひ)侵暁(しんぎょう)、新聞記者数人が余の旅舎を訪れ、「今回一大事変あり、請う余のために一占せよ」と。余、何の事なるかを尋ねるに、「大津事変なり」と曰う。筮して《旅》の《小過》を得た。

断に曰く:卦名を《旅》と曰う、名のため利のため、貴となく賤となく、およそ北馬南船(ほくばなんせん)、天涯に遨遊する者は、みな旅人なり。旅人の風塵に馳逐するは、なお鳥の雲霄に翱翔するがごとし。鳥の棲集するに巣あり、旅の止宿するに所あり、その義一なり。上は高位に居り、貴人の象あり。高うして危うく、巣を焚くの憂いあり。巣の未だ焚かざるや、安棲楽しむべし。巣の既にして焚くや、失所悲しむべし。故に「先には笑い後には号咷す」の辞あり。牛は車を駕して行くなれば、「その巣を焚く」は、既にしてその棲(すみか)を得ず。「その牛を喪う」は、また行くに便ならず、帳々(ちょうちょう)として行く所なきに近からんや。大津事変を占い、《旅》の上爻を得たり。上爻は艮の極に処し、艮反ずれば震となり、震は主器となり、太子の象あり。上爻はまた位の外に在り、太子外に出遊するの象あり。離は火となり、火は炎上し、樹上に巣くう故に、象は「鳥その巣を焚く」となす。これ巣の焚くは、高うして上に在るを以て凶を取るなり。今番の大津の変も、また露国(ロシア)が強国なるに因り、太子もまた高位に在れば、ここを以てこの非常の禍あり。離はまた刀となり、故に傷は刀撃となし、傷は頭部に在り、また上爻に応ず。露国太子の初めて我が国に来たるや、礼遇の豊かにして、彼此歓洽(かんこう)なり、忽ちこの変に罹り、彼此驚嘆す、すなわちいわゆる「先には笑い後には号咷す」なり。是の日、露国太子は大津に遊ぶに、意は軽車簡易にありて、輿衛(よえい)を駕せず、知らずこの一撃や、正にその易(簡易・油断)に因りて来たるを、故に「牛を易に喪う」と言う。離は牛となす、故に象を牛に取る。離はまた甲となり、聞くならく太子の帽の中に鉄甲あり、故に重傷なしと。卦は上に至りてすでに終わり、卦を出づれば巽となり、巽は帰となる、太子は必ずや直ちに遊を罷めて帰国せんことを知る。《象伝》に「終にこれを聞くこと莫し」と曰う、太子無事にして帰国し、露国においてもまた狂暴と目し、これを置きて聞かざるのみと料知す。凶犯津田三蔵の罪に至りては、《旅》の《大象》に「君子以て明らかに慎みて用刑し、獄を留めず」と曰う、当に速決を以て疑いなかるべし。

余明晰に断ずるを以て、新聞記者咸みな驚服せり。この占いは両国の交際に関わるため、報紙に刊掲することを許されず、謹んで録して扈従(こじゅう)の諸大臣に呈せり。後に大阪《朝日新聞》の報紙に副島伯の論ずる所を刊載し、津田凶犯は宜しく速やかに処決すべしと謂うのを見るに、この言正に《易》の旨に合えり。