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易経 · 六十四卦
周易・易経・第3卦・屯卦・水雷屯・上坎下震
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屯。大いに通じ、正しさを守るのがよい。出かけてはならない。諸侯を建てるのがよい。
『彖伝』にいう。屯とは、剛と柔が初めて交わって難が生じることである。険の中で動き、大いに通じるには正を守るべきである。雷雨の動きが満ち、天は混沌の中で創造する。諸侯を建てるのがよいが、安らかではない。
『象伝』にいう。雲と雷が屯である。君子はこれにならい、物事を整え治める。

易経 第 3 卦 原文と概説
『周易』第三卦の詳しい解説
屯卦の原文
屯。大いに、通じ、利、貞。用いるなかれ。進むところがある。諸侯を建てるのがよい。
『象伝』にいう。雲と雷が屯である。君子はこれにならい、物事を整え治める。
現代語による説明
屯卦。大いに通じて利益があり、吉の占いである。外出には不利。国を建て、諸侯を封じるのがよい。
『象辞』にいう。屯の上卦は坎で、坎は雲を表し、下卦は震で、震は雷を表す。雲が上を行き、雷が下で動くのが屯の卦象である。君子はこの卦象を見て雲の恵みと雷の威厳にならい、国の政務を治める。
『断易天機』による解説
屯卦は上が坎、下が震で、坎宮の二世卦です。屯は困難を示し、動いて険難に遭うことも象徴します。剛毅果断であってこそ吉となります。
北宋の易学者・邵雍の解釈
万物が生まれ始めるため、始まりは困難である。先に苦労し、後に安楽を得て、苦しみが尽きれば甘さが訪れる。
この卦を得た人は困難な状況にあり、進むより守るのがよい。さらに苦労して努力し、困難を除いてこそ通達できます。初めは難しいが、後に解決する象です。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:守るのがよく、進むのはよくない。
財運:創業は困難が多い。
家宅:住居を修繕する。初婚は不和。
身体:元気を保つ。
伝統的な卦の解釈
これは異卦(下が震、上が坎)が重なったものです。震は雷で動を表し、坎は雨で険を表します。雷雨が交わり、危険な兆しが次々に現れ、環境は厳しい。「屯」はもともと植物が大地に芽生えることを指し、万物が困難や険阻の中で生まれ始めることを意味します。しかし時に従い運に応じれば、必ず生き生きと栄えます。
大象:屯は難であり、何事も進もうとして進めない。
運勢:困難な状況にあり、一歩一歩慎重に進む。初めは難しくても、後に解決する意味がある。
事業:初めは不利なことが多い。難しさを知ったうえで進み、細心の注意を払いながら勇敢に前進し、柔軟に対応すれば、大きな成功が望めます。時機が来たら必ずつかむべきですが、焦ってはいけません。なお困難は残るため、他人の助けが不可欠です。普段から人に恩恵を施すべきでしょう。
商売:創業の初期は歩みが困難で、挫折が多い。信念を固くすることが最も大切で、表面の現象に惑わされてはいけません。積極的に進み、果断に行動して道を開くことです。それでも窮境を脱せないなら、退いて保全し、機会を待って、再び大きな計画を展開します。
名を求めるには、積極的に努力し、自ら進んで追い求めれば、成功できる。
恋愛・結婚:よい縁には苦労が多い。忠実で純粋に、勇敢に求めれば成功し、幸福な結婚となる。
決断:始めは困難ですが、不屈の忍耐力と粘り強く努力する精神があれば、前途は計り知れません。しかし他人に理解されず、孤独と苦悩に陥りやすく、そのため事業が困難な状態になります。徳のある人の助けを得てこそ脱出できます。楽観的な精神で世に処すれば、成果を上げられます。
第三卦の哲学的意味
『易経』の各卦はそれぞれ一つの象徴であり、多くの具体的な意味を表します。乾は天、坤は地、乾は父、坤は母を象徴する、といった具合です。乾と坤は父母卦と呼ばれ、二卦の交互の変化によって宇宙の万事万物が生じます。そして第三卦の屯は、物事の始まりを象徴します。
『序卦伝』にいう。「天地の間を満たすものはただ万物である。ゆえにこれを受けるに屯をもってする。屯とは満ちること、屯とは物が初めて生まれることである。」天地の間を満たすのは万物なので、その次に屯卦が現れます。屯には満ちるという意味があり、万物が生まれ始めるという意味もあります。
屯卦は進みにくい象で、始まりの段階の困難、すなわち「何事も初めが難しい」ことを象徴します。卦象では、上卦の坎が艱難・危険を表すためです。下卦は前進しようとしますが、坎に阻まれ、困難の中で進まなければなりません。本卦は下下卦に属します。『象伝』はこの卦を次のように評します。「風が乱れた糸を吹き散らし、端が見えない。あれこれ乱れて憂いを犯す。ゆっくり穏やかに進めば左も順調だが、急げばかえって不自由を招く。」
屯卦の上卦は坎で水、下卦は震で雷を表すため、全体の卦象は水雷屯です。つまり水と雷の組み合わせが屯卦の象徴です。しかし「屯」という字は幼い苗の姿を表すのに、卦象は水と雷です。この間にはどんな関係があるのでしょうか。坎が上にあるのは雲を表し、震が下にあるのは雷を表します。黒雲が現れ、雷鳴が起こると、自然に雨が降ります。雨が降ってこそ、大地の植物は成長し、苗も育つ望みを得ます。このように、卦名と卦画は実に巧みに結びついています。
易経 第 3 卦 爻ごとの詳解
『周易』第三卦・初九爻の詳しい解説
初九の爻辞
初九。ためらい進めない。居て正を守るのがよい。諸侯を建てるのがよい。
『象伝』にいう。ためらい進めなくても、志の行いは正しい。尊い者が卑しい者の下に身を置けば、大いに民心を得る。
現代語による説明
初九。ためらって進みにくい。ここに留まることを問う占いには吉である。巫がこの爻を得れば、国を建て諸侯を封じるのによい。
『象辞』にいう。ためらって進みにくくても、志と行いは正しい。初九は陰爻である六二の下にあり、尊い者が低い者にへりくだって従うことを象徴するため、大いに民心を得る。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平。この爻を得た人は、分を守れば憂いがなく、焦って動くと不利です。官職にある人はまだ重用されませんが、正道を守れば好運が期待できます。女性の場合は、良妻として家を興します。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:進みたいが進めない。正道を守る。
財運:商売には不利。正しい君子を任用するとよい。
家宅:立派な家で安らかに暮らす。婚姻は吉。
身体:健康で心配がない。
初九の変卦
初九が動くと、周易第8卦「水地比」になります。これは異卦(下が坤、上が坎)が重なったものです。坤は地、坎は水を表します。水は大地に寄り添い、大地は川や海を受け入れ、互いに頼り合い、親密で隔たりがありません。この卦は師卦と正反対で、互いに総卦の関係です。親しみ助け合うこと、心を広く私心なくすること、誠実に団結する道理を説いています。
初九爻の哲学的意味
屯卦では「諸侯を建てるのがよい」と繰り返し強調されています。何事も始まる時は、同時に困難な時でもあり、他人の助けを求めなければならないからです。新しいことを始める際に自信がなければ、目標や戦略を調整し、経験のある部下に教えを請い、彼らを「封じる」のです。つまり、一定の利益を与えると同時に、諸侯を封じるように責任と義務も与えます。それがあなたの事業に有利です。
この卦を得た人は困難の中にいて、ためらって前に進めず、潜在能力を発揮できない可能性があります。この時は何かを成そうとせず、家に留まって徳を守るのがよいでしょう。自分の威信を築き、人脈を育て、ある程度の成果を上げてから世に出て大きく活動するか、時を待つことです。事業の初めは歩みが困難で、成果を出しにくいものの、それでも正道を守り、勇敢に進めば、前途は必ず有利になります。
『象伝』にいう。ためらい進めなくても、志の行いは正しい。尊い者が卑しい者の下に身を置けば、大いに民心を得る。
『象伝』にいう。ためらい進めなくても、志の行いは正しい。尊い者が卑しい者の下に身を置けば、大いに民心を得る。
この言葉の意味は、ためらって前に進めなくても、進もうとする心は正当だということです。尊い身でありながら卑しい者の下に身を置けば、広く民衆の支持を得られます。
初爻は、困難に出会っても気落ちせず、前進する心を持つよう人に教えています。また「尊い者が卑しい者の下に身を置く」ことにも注意を促します。君主は臣下を大切にし、指導者は部下を敬う、つまり賢者や有能な人を礼を尽くして迎えるべきだということです。
この卦を得た人は、多くの人から何かを任されたり、指導者や小さな頭目になったりするよう推挙されるかもしれません。あなた自身にその能力はありますが、時機が悪く、願いを実現するのは難しいでしょう。いわば大志を遂げられない状態です。
初九は正位を得た陽爻であり、大志を抱きながら下位の職にいる社員のようなものです。『周易』では陽を尊び、陰を卑しいものとするため、初九は「尊い者が卑しい者の下に身を置く」とされます。つまり尊い身分の者が低い地位に来るということです。現代では、陽を男性、陰を女性とみなしてはなりません。実際、大志を抱く人は誰でも尊いのです。その志が、その人を尊い存在にするからです。このような大志を抱く人が低い地位にいるなら、盤石のように堅く、華表のように自立し強くあらねばなりません。そうしてこそ、大きな事業を成し遂げられます。
『周易』第三卦・九二爻の詳しい解説
六二の爻辞
六二。進退に迷い、馬に乗った者たちが列をなして進む。賊ではなく婚姻を求める者である。娘は貞節を守って嫁がず、十年後になって嫁ぐ。
『象伝』にいう。六二の難は、剛の上に乗っているからである。「十年後になって嫁ぐ」とは、常道に戻ることである。
現代語による説明
六二:ためらって前に進めない。道中でためらい、馬車をその場で行きつ戻りつさせる。略奪に来たのではなく、娘を迎えに来たのである。この女性は子を宿せず、十年たって初めて懐妊する。
『象伝』はいう。六二の爻が困難を示すのは、初九という陽爻の上に乗っているからである。十年たってようやく懐妊するのは、常ならぬことである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平:この爻を得た者は、結婚の喜びがある。官職にある者は権勢が次第に増す。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:しばらくは成就しないが、十年で成し遂げられる。
財運:売却は難しく、かなり時間がかかる。
家庭:良縁だが、待つ必要がある。
健康:運動の習慣を保つ。
六二の変卦
六二が変じると、周易の第60卦「水沢節」となる。この卦は異卦で、下に兌、上に坎が重なる。兌は沢、坎は水を表す。沢には水があっても流れには限りがあり、多すぎれば沢の外へあふれる。そこで節度が必要となり、「節」と名づけられる。節卦は渙卦と反対で、互いに綜卦の関係にあり、交互に用いられる。天地は節度があってこそ常に新しく、国家は節度があってこそ安定し、個人は節度があってこそ完成する。
九二爻の哲学的意味
六二がこのように順調でない理由を、『象伝』は次のように説明する。「六二の難は、剛に乗るためである。十年して、ようやく嫁ぐ。常に反するのである。」つまり、六二の困難な状況は、剛爻の上に乗っているために生じる。十年たって初めて嫁ぐが、最後にはすべてが正常に戻るという意味である。
この卦から、伴侶を選ぶ要点がわかる。金銭でも地位でもなく、心にかなう相手かどうか、そして大志を抱き将来性があるかどうかが大切なのである。こうして見る目のある六二は、十年後、ついに事業で成功した意中の人、初九に嫁いだ。この爻から、女性の読者は啓発を得て、自分の意中の人をどう選ぶべきか学ぶとよい。
周易第三卦・九三爻の詳しい解説
六三の爻辞
六三:案内役なしに鹿を追い、ただ林の中へ入っていく。君子は、機を見て捨てるほうがよいと判断する。進めば恥辱を招く。
『象伝』はいう。案内役なしに鹿を追うのは、獲物をむちゃに追いかけることである。君子がそれを捨てるのは、進めば恥辱を招き、行き詰まると知っているからである。
現代語による説明
六三:案内役の役人なしに野鹿を追う。鹿が山林へ逃げ込んだと考え、君子は、捨てたほうがよいと機敏に判断する。山林深く分け入れば危険である。
『象伝』はいう。野鹿を追うのに案内役がいないのは、ただ獲物を追いかけようとしているだけである。君子が野鹿をあきらめるのは、山林深く入れば危険だと知っており、それ以外に方法がないからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶:この爻を得た者は、分を守り自制しなければ災難に遭う。官職にある者は汚職の疑いを受け、停職や降格の憂き目に遭うおそれがある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:宝を求めて利益を得ても、さして取るに足りない。
財運:損失のおそれがある。手放すほうがよい。
家庭:正しい道を通らずに縁談を求めれば、困難に遭う。
健康:欲にふけって身体を損なってはならない。
六三の変卦
六三が変じると、周易の第63卦「水火既済」となる。この卦は異卦で、下に離、上に坎が重なる。坎は水、離は火を表す。水と火が交わり、水が火の上にあるため、水勢が火勢を圧し、消火の大事業が成し遂げられる。「既」はすでに、「済」は成就を意味する。既済とは、事がすでに成功したが、やがて変化が起こることをいう。
九三爻の哲学的な意味
この爻を詳しく見てみよう。六三は下卦の中にあり、下卦は震卦に属する。震は行動を意味する。また六三は互卦の坤の中にあり、坤は田地を表す。六三の位置から、田で狩りをしていることが読み取れる。六三は陰爻でありながら、「三」という剛位に居り、上には指導者もいない。つまり田や林に入ることを示しているが、従うべき相手も、指揮や案内をする者もいない。しかも自身は陰で、この能力を備えていない。このような状況では、獲物を追うのをあきらめるほうがよく、さもなければ困難に遭う。
この爻を得た者は、事を行うとき機を見て動くことを学ぶべきである。力のある助手や指導者の支援がなく、自分もその事に長けていないなら、あきらめて手を出さないこと。自分がある分野の人材でないのに、無理にその分野のことを成し遂げようとすれば、事が成らないだけでなく、災いも招く。
『象伝』はこの爻を次のように分析する。「案内役なしに鹿を追うのは、獲物について行くことである。君子はこれを捨てる。進めば恥辱を招き、行き詰まる。」
これは、野鹿を追うのに猟官の導きがないのは、ただ獲物を欲して獣の後を追っているだけだ、という意味である。君子はあきらめるべきで、さらに追い続ければ困難に遭い、ついには窮地に陥ることさえある。
この爻を得た者は、事を行う際に注意すべきである。できることなら、天の時・地の利・人の和がそろい、自分にも能力があるのだから、ためらわずに行えばよい。できないこと、能力のないことは、目の前に金銀の山があっても行ってはならない。栄華富貴だけを欲し、できるかどうかを考えなければ、必ず災いが起こる。このような時は、捨てるべきものを捨て、貪欲を抑えなければならない。自分の置かれた状況を顧みず、獲物を追うことだけに夢中になってはいけない。
六三は震卦の最上位にあり、震は行動を表す。しかし最上位にある六三は、行動が過剰になりやすい。さらに上へ進めば坎卦に入り、坎は険である。前途には危険があるので、爻辞は非常に生き生きした比喩で、極めて適切な忠告を与えている。君子は鹿を追って森に入った。それは見知らぬ森である。この君子は鹿を得たいと焦り、経験のある猟官を連れていなかったため、道に迷う危険に直面した。どうすべきか、追い続けるか、あきらめるか。この君子は賢明で、あきらめることを選んだ。
周易第三卦・九四爻の詳しい解説
六四の爻辞
六四:馬車に乗ってその場をめぐり、婚姻を求める。進めば吉で、何事にも不利はない。
『象伝』はいう。求めて進むのは、情勢を明らかに理解しているからである。
現代語による説明
六四:馬車をその場でめぐらせる。これは婚姻を求めているのである。大胆に進めば、必ず吉となる。
『象伝』はいう。求める勇気を持ち、果敢に踏み込むのは、その人が情勢をよく理解しているからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉:この爻を得た者は、企てが成就し、万事が調和する。友人の助けを得て、大いに吉となる。官職にある者は名声が高まり、昇進の機会がある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:流れに従って行えば、大きく発展する。
財運:利益が明らかに見えるので、収穫があるはずだ。
家庭:婚姻は吉祥である。
健康:医師の指示に従う。
六四の変卦
六四が変じると、周易の第17卦「沢雷随」となる。この卦は異卦で、下に震、上に兌が重なる。震は雷であり動き、兌は悦びを表す。動いて悦ぶことが「随」である。随とは互いに従うことで、自分が物に従えば物も自分に従い、互いに通じ合う。随うには必ず時と勢いに従い、原則と条件を守らなければならず、貞固を前提とする。
九四爻の哲学的意味
この爻を得た者は、事を行うとき機を見て動くことを学ぶべきである。力のある助手や指導者の支援がなく、自分もその事に長けていないなら、あきらめて手を出さないこと。自分がある分野の人材でないのに、無理にその分野のことを成し遂げようとすれば、事が成らないだけでなく、災いも招く。
『象伝』はこの爻を次のように分析する。「案内役なしに鹿を追うのは、獲物について行くことである。君子はこれを捨てる。進めば恥辱を招き、行き詰まる。」
これは、野鹿を追うのに猟官の導きがないのは、ただ獲物を欲して獣の後を追っているだけだ、という意味である。君子はあきらめるべきで、さらに追い続ければ困難に遭い、ついには窮地に陥ることさえある。
この爻を得た者は、事を行う際に注意すべきである。できることなら、天の時・地の利・人の和がそろい、自分にも能力があるのだから、ためらわずに行えばよい。できないこと、能力のないことは、目の前に金銀の山があっても行ってはならない。栄華富貴だけを欲し、できるかどうかを考えなければ、必ず災いが起こる。このような時は、捨てるべきものを捨て、貪欲を抑えなければならない。自分の置かれた状況を顧みず、獲物を追うことだけに夢中になってはいけない。
周易第三卦・九五爻の詳しい解説
九五の爻辞
九五:脂身を蓄える。小さなことを占えば吉、大きなことを占えば凶。
『象伝』はいう。脂身を蓄えるとは、施しが広く行き渡っていないことである。
現代語による説明
九五:脂身を蓄える。この爻を得て占うと、小事を問えば吉、大事を問えば凶。
『象伝』はいう。「脂身を蓄える」とは、施しが広く及んでいないという意味である。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平:この爻を得た者は、事を企てる際に焦ってはならない。小事は成るが、大事には望みがなく、凶災を招くことさえある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:引き立ててくれる人がなく、しばらく望みがない。
財運:小商いなら利益を得られるが、大きな商売は凶。
家庭:財を蓄えすぎると和を損なう。
健康:初期の病は治せるが、慢性の病は危険である。
九五の変卦
九五が変じると、周易の第24卦「地雷復」となる。この卦は異卦で、下に震、上に坤が重なる。震は雷・動、坤は地・順を表す。動けば順調に進み、自然のままに従う。順の中に動きがあり、内は陽、外は陰で、段階を追って運行し、進退自在で、前進に適する。
九五爻の哲学的意味
卦象から見ると、六四は陰爻で柔位に居り、正しい位置を得ている。この爻を得て結婚を求めたい者は、相手に好かれないのではないか、拒まれるのではないかとためらう必要はない。むしろ大胆に進んで求めるとよい。その過程には困難や挫折があるように見えても、非常に吉であり、想像するほど多くの困難はない。
『象伝』はいう。求めて進むのは、明智である。
これは、揺るがずに求め続けることが、明智の行いだという意味である。
この爻は屯卦に属し、物事が生まれたばかりの時を示す。そのため困難に直面するのは必然であり、それによって気落ちして歩みや求める心を止めてはならない。心配を振り払い、大胆に追い求めるべきである。
周易第三卦・上九爻の詳しい解説
上六の爻辞
上六:馬車に乗ってその場をめぐり、血の涙を連々と流して泣く。
『象伝』はいう。血の涙を連々と流す。このような有様が、どうして長く続くだろうか。
現代語による説明
上六:馬車をその場でめぐらせ、声もなく泣き、涙を次々と流す。
『象伝』はいう。声もなく泣き、涙を流し続ける。このような状態がどうして長く続くだろうか。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶:この爻を得た者は家運が衰え、損失に注意しなければならない。官職にある者は、つまらない者の讒言にくれぐれも注意すること。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:前には進む道がない。命を守ることを第一とする。
財運:決断できず、好機をすべて失う。
家庭:家運が衰える。
健康:吐血の病。凶。
上六の変卦
上六が変じると、周易の第42卦「風雷益」となる。この卦は異卦で、下に震、上に巽が重なる。巽は風、震は雷を表す。風と雷が激しく動き、その勢いはますます強くなる。雷はますます響き、風雷が互いに助け合って、ともに増益する。この卦は損卦と反対であり、上を減らして下を益する。損卦は下を減らして上を益する。二卦は損益の原理を説いている。
上九爻の哲学的意味
『易経』では九五の位が尊ばれる。九五は坎卦の中にあり、坎は雲を表す。雲は集まった水滴で、まだ雨に変わっていない。だから「脂身を蓄える」というのである。天子がこの卦を得たなら、天子の恩沢が広く行き渡っていないことを示す。天子は、蓄えることと施すことの道理を知らなければならない。自分の財物を少なく蓄え、民に多く施せば吉となる。反対なら凶である。
『象伝』はいう。「脂身を蓄える」とは、施しが明らかに広がっていないことである。
ここで指摘されているのは、「自分のために財を蓄えることばかり考え、人を助けることを顧みない」人は、何かを成し遂げようとしても前途があまり明るくないということである。
普通の人がこの卦を得たなら、取捨の道理を理解しなければならない。自分のために財を蓄えることだけを考え、他人を助けることを顧みないのは非常に危険である。そうすれば小事は成功する可能性があっても、大事には必ず危険が生じる。だから自分の財布だけを見つめず、「広く恩沢を施す」こと。捨てることを知ってこそ、凶を避けて吉へ向かえる。
初九の爻辞
初九。ためらい進めない。居て正を守るのがよい。諸侯を建てるのがよい。
『象伝』にいう。ためらい進めなくても、志の行いは正しい。尊い者が卑しい者の下に身を置けば、大いに民心を得る。
現代語による説明
初九。ためらって進みにくい。ここに留まることを問う占いには吉である。巫がこの爻を得れば、国を建て諸侯を封じるのによい。
『象辞』にいう。ためらって進みにくくても、志と行いは正しい。初九は陰爻である六二の下にあり、尊い者が低い者にへりくだって従うことを象徴するため、大いに民心を得る。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平。この爻を得た人は、分を守れば憂いがなく、焦って動くと不利です。官職にある人はまだ重用されませんが、正道を守れば好運が期待できます。女性の場合は、良妻として家を興します。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:進みたいが進めない。正道を守る。
財運:商売には不利。正しい君子を任用するとよい。
家宅:立派な家で安らかに暮らす。婚姻は吉。
身体:健康で心配がない。
初九の変卦
初九が動くと、周易第8卦「水地比」になります。これは異卦(下が坤、上が坎)が重なったものです。坤は地、坎は水を表します。水は大地に寄り添い、大地は川や海を受け入れ、互いに頼り合い、親密で隔たりがありません。この卦は師卦と正反対で、互いに総卦の関係です。親しみ助け合うこと、心を広く私心なくすること、誠実に団結する道理を説いています。
初九爻の哲学的意味
屯卦では「諸侯を建てるのがよい」と繰り返し強調されています。何事も始まる時は、同時に困難な時でもあり、他人の助けを求めなければならないからです。新しいことを始める際に自信がなければ、目標や戦略を調整し、経験のある部下に教えを請い、彼らを「封じる」のです。つまり、一定の利益を与えると同時に、諸侯を封じるように責任と義務も与えます。それがあなたの事業に有利です。
この卦を得た人は困難の中にいて、ためらって前に進めず、潜在能力を発揮できない可能性があります。この時は何かを成そうとせず、家に留まって徳を守るのがよいでしょう。自分の威信を築き、人脈を育て、ある程度の成果を上げてから世に出て大きく活動するか、時を待つことです。事業の初めは歩みが困難で、成果を出しにくいものの、それでも正道を守り、勇敢に進めば、前途は必ず有利になります。
『象伝』にいう。ためらい進めなくても、志の行いは正しい。尊い者が卑しい者の下に身を置けば、大いに民心を得る。
『象伝』にいう。ためらい進めなくても、志の行いは正しい。尊い者が卑しい者の下に身を置けば、大いに民心を得る。
この言葉の意味は、ためらって前に進めなくても、進もうとする心は正当だということです。尊い身でありながら卑しい者の下に身を置けば、広く民衆の支持を得られます。
初爻は、困難に出会っても気落ちせず、前進する心を持つよう人に教えています。また「尊い者が卑しい者の下に身を置く」ことにも注意を促します。君主は臣下を大切にし、指導者は部下を敬う、つまり賢者や有能な人を礼を尽くして迎えるべきだということです。
この卦を得た人は、多くの人から何かを任されたり、指導者や小さな頭目になったりするよう推挙されるかもしれません。あなた自身にその能力はありますが、時機が悪く、願いを実現するのは難しいでしょう。いわば大志を遂げられない状態です。
初九は正位を得た陽爻であり、大志を抱きながら下位の職にいる社員のようなものです。『周易』では陽を尊び、陰を卑しいものとするため、初九は「尊い者が卑しい者の下に身を置く」とされます。つまり尊い身分の者が低い地位に来るということです。現代では、陽を男性、陰を女性とみなしてはなりません。実際、大志を抱く人は誰でも尊いのです。その志が、その人を尊い存在にするからです。このような大志を抱く人が低い地位にいるなら、盤石のように堅く、華表のように自立し強くあらねばなりません。そうしてこそ、大きな事業を成し遂げられます。
『周易』第三卦・九二爻の詳しい解説
六二の爻辞
六二。進退に迷い、馬に乗った者たちが列をなして進む。賊ではなく婚姻を求める者である。娘は貞節を守って嫁がず、十年後になって嫁ぐ。
『象伝』にいう。六二の難は、剛の上に乗っているからである。「十年後になって嫁ぐ」とは、常道に戻ることである。
現代語による説明
六二:ためらって前に進めない。道中でためらい、馬車をその場で行きつ戻りつさせる。略奪に来たのではなく、娘を迎えに来たのである。この女性は子を宿せず、十年たって初めて懐妊する。
『象伝』はいう。六二の爻が困難を示すのは、初九という陽爻の上に乗っているからである。十年たってようやく懐妊するのは、常ならぬことである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平:この爻を得た者は、結婚の喜びがある。官職にある者は権勢が次第に増す。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:しばらくは成就しないが、十年で成し遂げられる。
財運:売却は難しく、かなり時間がかかる。
家庭:良縁だが、待つ必要がある。
健康:運動の習慣を保つ。
六二の変卦
六二が変じると、周易の第60卦「水沢節」となる。この卦は異卦で、下に兌、上に坎が重なる。兌は沢、坎は水を表す。沢には水があっても流れには限りがあり、多すぎれば沢の外へあふれる。そこで節度が必要となり、「節」と名づけられる。節卦は渙卦と反対で、互いに綜卦の関係にあり、交互に用いられる。天地は節度があってこそ常に新しく、国家は節度があってこそ安定し、個人は節度があってこそ完成する。
九二爻の哲学的意味
六二がこのように順調でない理由を、『象伝』は次のように説明する。「六二の難は、剛に乗るためである。十年して、ようやく嫁ぐ。常に反するのである。」つまり、六二の困難な状況は、剛爻の上に乗っているために生じる。十年たって初めて嫁ぐが、最後にはすべてが正常に戻るという意味である。
この卦から、伴侶を選ぶ要点がわかる。金銭でも地位でもなく、心にかなう相手かどうか、そして大志を抱き将来性があるかどうかが大切なのである。こうして見る目のある六二は、十年後、ついに事業で成功した意中の人、初九に嫁いだ。この爻から、女性の読者は啓発を得て、自分の意中の人をどう選ぶべきか学ぶとよい。
周易第三卦・九三爻の詳しい解説
六三の爻辞
六三:案内役なしに鹿を追い、ただ林の中へ入っていく。君子は、機を見て捨てるほうがよいと判断する。進めば恥辱を招く。
『象伝』はいう。案内役なしに鹿を追うのは、獲物をむちゃに追いかけることである。君子がそれを捨てるのは、進めば恥辱を招き、行き詰まると知っているからである。
現代語による説明
六三:案内役の役人なしに野鹿を追う。鹿が山林へ逃げ込んだと考え、君子は、捨てたほうがよいと機敏に判断する。山林深く分け入れば危険である。
『象伝』はいう。野鹿を追うのに案内役がいないのは、ただ獲物を追いかけようとしているだけである。君子が野鹿をあきらめるのは、山林深く入れば危険だと知っており、それ以外に方法がないからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶:この爻を得た者は、分を守り自制しなければ災難に遭う。官職にある者は汚職の疑いを受け、停職や降格の憂き目に遭うおそれがある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:宝を求めて利益を得ても、さして取るに足りない。
財運:損失のおそれがある。手放すほうがよい。
家庭:正しい道を通らずに縁談を求めれば、困難に遭う。
健康:欲にふけって身体を損なってはならない。
六三の変卦
六三が変じると、周易の第63卦「水火既済」となる。この卦は異卦で、下に離、上に坎が重なる。坎は水、離は火を表す。水と火が交わり、水が火の上にあるため、水勢が火勢を圧し、消火の大事業が成し遂げられる。「既」はすでに、「済」は成就を意味する。既済とは、事がすでに成功したが、やがて変化が起こることをいう。
九三爻の哲学的な意味
この爻を詳しく見てみよう。六三は下卦の中にあり、下卦は震卦に属する。震は行動を意味する。また六三は互卦の坤の中にあり、坤は田地を表す。六三の位置から、田で狩りをしていることが読み取れる。六三は陰爻でありながら、「三」という剛位に居り、上には指導者もいない。つまり田や林に入ることを示しているが、従うべき相手も、指揮や案内をする者もいない。しかも自身は陰で、この能力を備えていない。このような状況では、獲物を追うのをあきらめるほうがよく、さもなければ困難に遭う。
この爻を得た者は、事を行うとき機を見て動くことを学ぶべきである。力のある助手や指導者の支援がなく、自分もその事に長けていないなら、あきらめて手を出さないこと。自分がある分野の人材でないのに、無理にその分野のことを成し遂げようとすれば、事が成らないだけでなく、災いも招く。
『象伝』はこの爻を次のように分析する。「案内役なしに鹿を追うのは、獲物について行くことである。君子はこれを捨てる。進めば恥辱を招き、行き詰まる。」
これは、野鹿を追うのに猟官の導きがないのは、ただ獲物を欲して獣の後を追っているだけだ、という意味である。君子はあきらめるべきで、さらに追い続ければ困難に遭い、ついには窮地に陥ることさえある。
この爻を得た者は、事を行う際に注意すべきである。できることなら、天の時・地の利・人の和がそろい、自分にも能力があるのだから、ためらわずに行えばよい。できないこと、能力のないことは、目の前に金銀の山があっても行ってはならない。栄華富貴だけを欲し、できるかどうかを考えなければ、必ず災いが起こる。このような時は、捨てるべきものを捨て、貪欲を抑えなければならない。自分の置かれた状況を顧みず、獲物を追うことだけに夢中になってはいけない。
六三は震卦の最上位にあり、震は行動を表す。しかし最上位にある六三は、行動が過剰になりやすい。さらに上へ進めば坎卦に入り、坎は険である。前途には危険があるので、爻辞は非常に生き生きした比喩で、極めて適切な忠告を与えている。君子は鹿を追って森に入った。それは見知らぬ森である。この君子は鹿を得たいと焦り、経験のある猟官を連れていなかったため、道に迷う危険に直面した。どうすべきか、追い続けるか、あきらめるか。この君子は賢明で、あきらめることを選んだ。
周易第三卦・九四爻の詳しい解説
六四の爻辞
六四:馬車に乗ってその場をめぐり、婚姻を求める。進めば吉で、何事にも不利はない。
『象伝』はいう。求めて進むのは、情勢を明らかに理解しているからである。
現代語による説明
六四:馬車をその場でめぐらせる。これは婚姻を求めているのである。大胆に進めば、必ず吉となる。
『象伝』はいう。求める勇気を持ち、果敢に踏み込むのは、その人が情勢をよく理解しているからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉:この爻を得た者は、企てが成就し、万事が調和する。友人の助けを得て、大いに吉となる。官職にある者は名声が高まり、昇進の機会がある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:流れに従って行えば、大きく発展する。
財運:利益が明らかに見えるので、収穫があるはずだ。
家庭:婚姻は吉祥である。
健康:医師の指示に従う。
六四の変卦
六四が変じると、周易の第17卦「沢雷随」となる。この卦は異卦で、下に震、上に兌が重なる。震は雷であり動き、兌は悦びを表す。動いて悦ぶことが「随」である。随とは互いに従うことで、自分が物に従えば物も自分に従い、互いに通じ合う。随うには必ず時と勢いに従い、原則と条件を守らなければならず、貞固を前提とする。
九四爻の哲学的意味
この爻を得た者は、事を行うとき機を見て動くことを学ぶべきである。力のある助手や指導者の支援がなく、自分もその事に長けていないなら、あきらめて手を出さないこと。自分がある分野の人材でないのに、無理にその分野のことを成し遂げようとすれば、事が成らないだけでなく、災いも招く。
『象伝』はこの爻を次のように分析する。「案内役なしに鹿を追うのは、獲物について行くことである。君子はこれを捨てる。進めば恥辱を招き、行き詰まる。」
これは、野鹿を追うのに猟官の導きがないのは、ただ獲物を欲して獣の後を追っているだけだ、という意味である。君子はあきらめるべきで、さらに追い続ければ困難に遭い、ついには窮地に陥ることさえある。
この爻を得た者は、事を行う際に注意すべきである。できることなら、天の時・地の利・人の和がそろい、自分にも能力があるのだから、ためらわずに行えばよい。できないこと、能力のないことは、目の前に金銀の山があっても行ってはならない。栄華富貴だけを欲し、できるかどうかを考えなければ、必ず災いが起こる。このような時は、捨てるべきものを捨て、貪欲を抑えなければならない。自分の置かれた状況を顧みず、獲物を追うことだけに夢中になってはいけない。
周易第三卦・九五爻の詳しい解説
九五の爻辞
九五:脂身を蓄える。小さなことを占えば吉、大きなことを占えば凶。
『象伝』はいう。脂身を蓄えるとは、施しが広く行き渡っていないことである。
現代語による説明
九五:脂身を蓄える。この爻を得て占うと、小事を問えば吉、大事を問えば凶。
『象伝』はいう。「脂身を蓄える」とは、施しが広く及んでいないという意味である。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平:この爻を得た者は、事を企てる際に焦ってはならない。小事は成るが、大事には望みがなく、凶災を招くことさえある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:引き立ててくれる人がなく、しばらく望みがない。
財運:小商いなら利益を得られるが、大きな商売は凶。
家庭:財を蓄えすぎると和を損なう。
健康:初期の病は治せるが、慢性の病は危険である。
九五の変卦
九五が変じると、周易の第24卦「地雷復」となる。この卦は異卦で、下に震、上に坤が重なる。震は雷・動、坤は地・順を表す。動けば順調に進み、自然のままに従う。順の中に動きがあり、内は陽、外は陰で、段階を追って運行し、進退自在で、前進に適する。
九五爻の哲学的意味
卦象から見ると、六四は陰爻で柔位に居り、正しい位置を得ている。この爻を得て結婚を求めたい者は、相手に好かれないのではないか、拒まれるのではないかとためらう必要はない。むしろ大胆に進んで求めるとよい。その過程には困難や挫折があるように見えても、非常に吉であり、想像するほど多くの困難はない。
『象伝』はいう。求めて進むのは、明智である。
これは、揺るがずに求め続けることが、明智の行いだという意味である。
この爻は屯卦に属し、物事が生まれたばかりの時を示す。そのため困難に直面するのは必然であり、それによって気落ちして歩みや求める心を止めてはならない。心配を振り払い、大胆に追い求めるべきである。
周易第三卦・上九爻の詳しい解説
上六の爻辞
上六:馬車に乗ってその場をめぐり、血の涙を連々と流して泣く。
『象伝』はいう。血の涙を連々と流す。このような有様が、どうして長く続くだろうか。
現代語による説明
上六:馬車をその場でめぐらせ、声もなく泣き、涙を次々と流す。
『象伝』はいう。声もなく泣き、涙を流し続ける。このような状態がどうして長く続くだろうか。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶:この爻を得た者は家運が衰え、損失に注意しなければならない。官職にある者は、つまらない者の讒言にくれぐれも注意すること。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:前には進む道がない。命を守ることを第一とする。
財運:決断できず、好機をすべて失う。
家庭:家運が衰える。
健康:吐血の病。凶。
上六の変卦
上六が変じると、周易の第42卦「風雷益」となる。この卦は異卦で、下に震、上に巽が重なる。巽は風、震は雷を表す。風と雷が激しく動き、その勢いはますます強くなる。雷はますます響き、風雷が互いに助け合って、ともに増益する。この卦は損卦と反対であり、上を減らして下を益する。損卦は下を減らして上を益する。二卦は損益の原理を説いている。
上九爻の哲学的意味
『易経』では九五の位が尊ばれる。九五は坎卦の中にあり、坎は雲を表す。雲は集まった水滴で、まだ雨に変わっていない。だから「脂身を蓄える」というのである。天子がこの卦を得たなら、天子の恩沢が広く行き渡っていないことを示す。天子は、蓄えることと施すことの道理を知らなければならない。自分の財物を少なく蓄え、民に多く施せば吉となる。反対なら凶である。
『象伝』はいう。「脂身を蓄える」とは、施しが明らかに広がっていないことである。
ここで指摘されているのは、「自分のために財を蓄えることばかり考え、人を助けることを顧みない」人は、何かを成し遂げようとしても前途があまり明るくないということである。
普通の人がこの卦を得たなら、取捨の道理を理解しなければならない。自分のために財を蓄えることだけを考え、他人を助けることを顧みないのは非常に危険である。そうすれば小事は成功する可能性があっても、大事には必ず危険が生じる。だから自分の財布だけを見つめず、「広く恩沢を施す」こと。捨てることを知ってこそ、凶を避けて吉へ向かえる。