易経 · 六十四卦

周易・易経 第19卦 臨卦、地沢臨、坤上兌下

臨。大いに通る。正しさを守ればよい。八月に至れば凶がある。

彖伝にいう。臨とは、剛が次第に成長すること。喜びながら順い、剛中が応じる。正しさによる大いなる通達は天の道である。八月に至れば凶があるというのは、衰えが長く続かないからである。

象伝にいう。沢の上に地があるのが臨。君子はこれを見て、尽きることのない思いで人を教化し、限りなく民を包み守る。

易経 第 19 卦の本卦・互卦・錯卦・綜卦の図

易経 第 19 卦 原文と概説

周易第十九卦の詳しい解説。
臨卦原文
臨。大いに通る。正しさを守ればよい。八月に至れば凶がある。
象伝にいう。沢の上に地があるのが臨。君子はこれを見て、尽きることのない思いで人を教化し、限りなく民を包み守る。
現代語による説明
臨卦。大吉大利で、吉兆の占い。八月になると凶険が現れるかもしれない。
『象伝』にいう。下卦は兌で沢、上卦は坤で地。堤岸が大沢より高く、河や沢が大地に収まるのが臨の卦象である。君子はこの象を観て、天下に君臨し、民を教化し、心を尽くして恩恵を広め、限りない徳業によって万民を包み守る。
『断易天機』による解説
臨卦は坤上兌下で、坤宮二世卦である。下の兌は喜び、上の坤は順を表し、喜んで順えば通達が保証される。
北宋の易学者・邵雍の解釈
上位者が下位者に臨み、互いに助け合う。安んじていても危うきを思い、常に慎み戒める。
この卦を得た者は幸運が訪れ、物事は意のままに進み、人間関係も和合する。ただし行動を急ぎ過ぎてはならない。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。流水のように、幸運がまさに訪れようとしている。
財運。商売は成功し、利益が期待できる。
住まい。家業が盛んになる。両家が和合する。
身体。病は長引くが、危険には至らない。
伝統的な卦の解釈
この卦は異卦(下が兌、上が坤)が重なったもの。坤は地、兌は沢であり、地は沢より高く、沢は地に収まる。君主が自ら天下に臨み、国を治め安寧を保ち、上下が融和することを表す。
大象。池沢の水が大地の万物を潤し、互いに助け合って生々発展する。
運勢。万事が通じ、上下が和合し、前途は有望である。ただし急ぎ過ぎてはならない。
事業。成功の絶好の時機であり、必ずつかんで好機を失ってはならない。ただし、これで満足してはならない。時運はすぐに去るので、長期的に考え、経験をまとめ、他者と団結して共に新分野を切り開くこと。
商売。非常に順調で収穫もあるが、常に市場の動向に注意し、細心に努力して不測の事故を防ぐこと。特に人間関係を適切に処理すべきである。
名を求めること。努力が実を結ぶ時期に来ている。さらに謙虚になり、自分に厳しく求め、慎重に目標を実現すること。思いがけない事態が起こるかもしれないが、強い意志で落ち着いて対処せよ。弱すぎれば機会を失う。
結婚・恋愛。急いで進め、全力を尽くすこと。双方が誠実に接すれば、幸福で調和した結果になる。
決断。頭の回転が速く、人との交際に巧みで、主体性があり、指導力も備えている。必ず人格全般を磨き、誠実に人に接して、よい個人的威信を築くこと。特に遠大な視野と長期計画を持てば、事業の発展と明るい前途を保証できる。

第十九卦の哲学的意味

臨卦の卦象、地沢臨の象徴的意味
地沢臨は兌と坤からなり、下が兌、上が坤である。兌は喜びを表し、沢を象徴する。坤は順を表し、地を象徴する。上に地、下に沢があるのは、大地が高い所から沢を監督する象徴である。大地が沢を押さえる姿は、上位者が下位者に圧力をかけ、自分の意志を強制するようにも見える。この卦を「臨」と名づけたのは、臨の本来の意味が上から下を見ることだからである。その含意は、上位者が下位者を指導・管理することにある。監督する、直面する、臨むなど、臨む対象によって、君主が民に臨む、自分が事に臨むなど多くの意味を含む。自己と他者、主体と客体の関係をどう正しく扱うかが、臨卦のテーマである。象伝は臨を次のように説明する。「沢の上に地があるのが臨。君子は尽きない思いで教化し、限りなく民を包み守る」。
地沢臨の象伝のこの一節は、次の意味である。臨の卦象は下が兌(沢)、上が坤(地)で、地が沢の上にある姿である。沢の上に地があり、地が高い所から下を臨むのは監督を象徴する。君子はここから啓発を受け、心を尽くして民を教え、限りない盛徳によって民を守る。
地沢臨は、大地と沢水が接して気を通わせる象であり、君主と民が平和に暮らし、君主が民に親しみ、民が君主を喜ぶことを示す。この卦には、指導者が自ら下位者に臨む意味と、下位者が恭しく指導者を迎える意味の両方がある。臨卦は民を教え守る道理を示す中上卦である。象伝はこう断じる。君王に道がなければ民は逆さにつるされる。常に雲を払い青空を見たいと願う。幸い明君に出会い仁政が施され、再び安らかに自然に暮らせる。
地沢臨の卦画は、下に陽爻二本、上に陰爻四本がある。
地沢臨の卦を卦象から見ると、下にある二本の陽爻は、陽気が次第に強まっていくことを表し、正気が増していくことにもたとえられます。臨卦は十二消息卦の一つで、対応する節気は大寒です。臨卦の六爻は、小寒から立春までの三十日余りを表します。五日を一候とし、一爻が一候に当たります。この時期には、卦象にすでに二つの陽が現れており、陽気が徐々に盛んになっていることを示します。そのため、臨卦には盛大になっていくという意味もあります。また、臨卦は上卦が坤で地を表し、下卦が兌で沢を表します。したがって、沢の上に地があることが臨卦の卦象となります。「沢の上に地がある」とはどういうことでしょうか。沼沢の外側には果てしない大地があり、その大地は沼沢より高い位置にある、という意味です。だから「沢の上に地がある」といいます。沼沢のほとりの土地に立って、沼沢の中を見渡すこと、それが臨です。このように、卦象と卦名の意味はかなりよく一致しています。

易経 第 19 卦 爻ごとの詳解

周易第十九卦・初九爻の詳しい解説。
初九の爻辞
初九。誠意をもって臨めば、正しさを守って吉。
象伝にいう。誠意をもって臨み正しさを守れば吉なのは、志と行いが正しいからである。
現代語による説明
初九。感化の政策で民を治める。占えば吉兆を得る。
『象伝』にいう。感化の政策で民を治め、治道を正しくすれば自然に吉である。心が正しく、行いも正しいからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。これを得た者は運が開け、計画が意のままに進む。官職にある者は人々の支持を得て昇進できる。受験する学問の徒はきっと優れた成績を得る。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。幸運が始まったばかりで、正しさを守れば大吉。
財運。新商品を売り出せば、自然に利益が得られる。
住まい。吉事が家の門に臨む。よい伴侶を得られる。
身体。初期の病なら治癒を保てる。

初九の変卦
"周易第19卦的其中之一变卦卦的卦图

初九が動くと、周易の第7卦「地水師」になる。この卦は異卦(下が坎、上が坤)が重なったもの。「師」は軍隊を意味する。坎は水で険、坤は地で順を表し、農に兵を置くことを象徴する。戦争は凶で危険であり、兵を用いるのは聖人がやむを得ず行う最後の手段である。しかし、形勢に従い、出兵の大義名分があるため、矛盾を順調に解決し、凶を吉に変えられる。

初九爻の哲学的意味

臨卦の第一爻、爻辞。初九。誠意をもって臨めば、正しさを守って吉。爻辞の解釈。
「咸」とは、作為のない感応、すなわち心から出る誠実さを指す。私心や偏見のない交わりであり、取り繕いや見せかけではない。
この爻の意味は、感化の心を抱いて民に臨めば、吉祥を得るということである。
象伝にいう。「誠意をもって臨めば、正しさを守って吉」とは、志と行いが正しいからである。その意味は、感化の心を抱いて民に臨み、指導・監督の責任を果たせば吉となるのは、志と行いがともに正しく、私心や雑念、見せかけや誇示がないからだということである。
この爻を得た者は、下部の部署や組織へ仕事の点検に行くことになるかもしれない。しかし、仕事を出発点にする真心を忘れず、下位者に私心や偏見なく、心からの誠実さをもって接すること。格好だけをつくろったり、形式を踏んだり、下位者に指導者ぶった態度を取ったりしてはならず、それは自分に不利である。感化によって民や下位者を統御し、正道を守ってこそ吉を得る。
初九は社会の最下層にいるが、上層の人物が視察に来ることを感じ取れる。そのため正道を守ってこそ吉となる。初九は陽爻が奇数位にあり得位である。分を守り、自分の職分を果たし、それによって指導者の評価を得られることを示す。
周易第十九卦・九二爻の詳しい解説。
九二の爻辞
九二。誠意をもって臨めば吉で、不利なことはない。
象伝にいう。誠意をもって臨めば吉で不利はないが、まだ命に順ってはいない。
現代語による説明
九二。穏やかな政策で民を治める。吉で、不利なことはない。
『象伝』にいう。穏やかな政策で民を治めれば吉で不利はない。民がまだ十分に教化され命に従っていないからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。これを得た者は計画で利益を得るが、時機を見極めるべきである。そうでなければ事を成せず、よい中にも不足が残る。官職にある者は公明正大で、地位も高潔になる。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。貴人の助けがあり、運気はまさに盛んである。
財運。何度も経営しても、なお利益が得られる。
住まい。福星が高く輝く。縁談も吉。
身体。大きな問題はない。訴訟はまだ決着しない。

九二の変卦
"周易第19卦的其中之一变卦卦的卦图

九二が動くと、周易の第24卦「地雷復」になる。この卦は異卦(下が震、上が坤)が重なったもの。震は雷で動、坤は地で順を表す。動いて順に従うとは自然に従うこと。内に陽、外に陰があり、順序に従って動き、進退が自在で、前進に有利である。

九二爻の哲学的意味

臨卦の第二爻、爻辞。九二。誠意をもって臨めば吉で、不利なことはない。爻辞の解釈。
この爻は初九と意味が近い。感化の心を抱いて民に臨めば吉祥を得、不利なことはないという意味である。
象伝にいう。「誠意をもって臨めば吉で、不利なことはない」とは、まだ命に順っていないからである。象伝はこの爻を分析し、感化の心を抱いて民に臨めば吉祥を得、不利なことはないとする。
卦象から見ると、九二は陽爻が剛位にあり、陽爻らしい決断力と敢行の性質を持つ。上では六五に応じるが、六五は陰爻が君位にあり、位を得ていない。九二と六五はいずれも正位ではなく、九二が六五と意見を異にし、その命に従っていないことを示す。しかしこれは不吉ではない。九二に私心がなく、謙虚で柔和に民に接しているからである。
この爻を得た者は、誠意を抱いて行動し、謙虚で柔和に人に接し、正道を守ること。たとえ上司の命令に背いても、不利な結果にはならない。
九二は大夫の位である。九二は陽爻が偶数位にあり不正位だが、中を保つことができる。中正の道で行えば、自然に上から賞賛される。君王である六五と応じているので、一挙一動が君王に評価される。不利な要素などどうしてあろうか。うまく行えば君王の褒賞を得、九二も自然にいっそう励むことになる。
周易第十九卦・九三爻の詳しい解説。
六三の爻辞
六三。甘言で臨めば、何の利益もない。それを憂い改めれば、咎はない。
象伝にいう。甘言で臨むのは、位が不当だからである。それを憂い改めれば、咎は長く続かない。
現代語による説明
六三。圧服の政策で民を治めれば、何の利益もない。反省し憂いれば、災いは除かれる。
『象伝』にいう。圧服の政策で民を治めるのは、陰爻の六三が陽位にいて不当なのと同じであり、その君主は有能な君主ではない。反省し憂いれば、その災いは除かれる。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶。これを得た者は憂いがあり、苦労して疲れる。官職にある者は小人の讒言に攻撃され、志を伸ばせない。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。悔いを知って正せば、後の運に期待できる。
財運。砂糖業は利益があるが、他の業種は必ずしもそうではない。
住まい。転居がよい。結婚はうまくいかない。
身体。薬が症状に合わない。苦味や辛味の薬を服用するとよい。

六三の変卦
"周易第19卦的其中之一变卦卦的卦图

三爻が動いて、周易の第11卦、地天泰となります。この卦は異なる二つの卦、すなわち下が乾、上が坤で重なっています。乾は天であり陽、坤は地であり陰です。陰陽が感じ応じ、上下が通じ、天地が交わることで、万物が入り乱れるほど盛んになります。これに反すれば凶となります。あらゆる事物は対立し、変化し、盛んを極めれば必ず衰え、衰えればまた盛んに転じます。したがって、時に応じて変化する者が泰、すなわち通じる状態を得るのです。

九三爻の哲学的な意味

臨卦の第三爻、爻辞。六三。甘言で臨めば、何の利益もない。すでにそれを憂い改めれば、咎はない。爻辞の解釈。
「甘」は甘い言葉を指す。「憂之」は反省し、後悔すること。
この爻辞の意味は、高い所から甘い言葉だけで監督しても何の利益もない。しかし自分の過ちに気づき、憂い恐れて改めることができれば、災いは招かれないということである。
象伝はこの爻をこう分析する。「甘言で臨む」のは位が不当だからである。「すでにそれを憂い改める」なら、咎は長く続かない。象伝は、上から甘い言葉だけで監督するのは六三の位置が不当だからだと指摘する。しかし、すでに悟り、憂い恐れて過ちを改めれば、害は長く続かない。卦象から見ると、六三は陰爻が剛位にあり不当で、下卦の頂点にあって中位から遠く、中道を守れない。美辞麗句だけで民を統御し、言うだけで実行せず、見せかけを得意とする。
この爻を得た者が指導者なら、部下への態度を反省すべきである。いつも甘い言葉で取り込み、空約束ばかりして実行していないのではないか。そうなら直ちに改め、巧みなへつらいを減らし、過ちを改め善に移ってこそ、障りがなくなる。
経文の意味は、「来る者に甘美に接すれば、往来しても利益はない。置かれた状況を憂慮できれば、災いはない」ということである。象伝の意味は、「来る者に甘美に接する」のは、位置がふさわしくないからである。この状況を憂慮できれば、災いは長く続かない、ということである。
六三は下卦の兌の最上位にあるため、喜びの象を示す。また二つの陽爻の上に臨むので、利益を得る。しかし二つの陽爻より権力が大きくても、上位者の評価を得られないため、「利するところなし」となる。六三は陰爻でありながら陽位に居て中を得ていないので、境遇はあまりよくない。それでも、この状況に潜む危機を察知し、憂いを抱いて解決策を探るため、災いはない。
周易第19卦・九四爻の詳しい解説
六四の爻辞
六四。至臨。咎なし。
象伝にいう。「至臨に咎なし」とは、位がふさわしいからである。
現代語による説明
六四。自ら国事を処理し、民を治める。害はない。
象伝はいう。自ら国事を処理し民を治めても害がないのは、六四の陰爻が陰位に居るのと同じである。このような君主は職責を果たす君主である。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平。これを得る者は人間関係が和合し、事業で利益を得る。ただし大事を成そうとする者は、慎重に行動し、準備を整えてから進むべきである。官職にある者は同僚の助けを得る。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。幸運がすでに訪れ、吉であって凶はない。
財運。売買は時を得ており、どこへ行っても不利はない。
家庭。家業は盛んで、婚姻にも適している。
身体。危険な兆しはあるが、なお回復できる。

六四の変卦
"周易第19卦的其中之一变卦卦的卦图

六四が変爻すると周易第54卦、雷沢帰妹となる。この卦は異卦で、下に兌、上に震が重なる。震は動きと長男を、兌は喜びと少女を表す。少女が長男に従うことで慕う情が生じ、婚姻へ動く象、娘を嫁がせる象となるため、「帰妹」と称する。

九四爻の哲学的意味

臨卦第四爻の爻辞は「六四。至臨。咎なし」。爻辞の解釈。「至臨」とは、自ら国事を処理すること。本爻の意味は、自ら国事を処理すれば災いはない、ということである。
臨卦第四爻の爻辞。「六四。至臨。咎なし」。人生への示唆
卦象から見ると、六四は陰爻が柔位に居て得位し、謙虚で柔順な性質を備える。四爻は君主に近い大臣の位で、上卦の六五を補佐する。六四は六五に隣接し、初九とも応じる。近臣として正道を守り、上に対しては職務に忠実であり、下にいる賢者の初九とも呼応して、そのような有用な人物を強く推薦する。初九は陽爻、六四は陰爻なので、初九が勢いを得れば六四は影響を受け、陽が伸び陰が衰える。しかし六四は自分の利益を顧みず、指導者に賢者を推薦するので、災いはない。
象伝はこの爻を次のように分析する。「至臨、咎なし」とは、位がふさわしいからである。
象伝は「自ら国事を処理しても災いがない」のは、六四の位置が適切だからだと説明する。高位にあって上では君主を欺かず、下では民を抑圧せず、自ら黽勉して賢能を積極的に推薦し、後進に道を譲る。このような人は称賛を得る。春秋時代の斉の桓公の師、鮑叔牙がその例である。近臣として桓公に尽くす一方、賢者を推薦した。彼の諫言により、桓公はかつて自分を射殺そうとした仇敵の管仲を宰相に登用した。管仲の補佐によって、桓公は覇者の地位を確立した。鮑叔牙は自分の名利にこだわらず、位を退いて賢者に譲り、人々から称賛された。
この爻を得た者は、鮑叔牙の行いに学ぶべきである。一時的に損をし、悔しい思いをしても、最後には名声も利益も得ることになる。
六四は諸侯の位にあるが、初九と応じるため「至臨」と称される。つまり六四は民情を察し、最下層まで深く入り、下の民衆と心を通わせる。このような視察が「至臨」である。指導者がここまでできれば得難い美徳であり、どうして災いがあろうか。
周易第19卦・九五爻の詳しい解説
六五の爻辞
六五。知臨。大君の宜しきなり。吉。
象伝にいう。「大君の宜しき」とは、中道を行うことをいう。
現代語による説明
六五。明知をもって民を治め、君主の本分を備えれば、自然に吉となる。
象伝はいう。君主の本分を備えるのは、六五が上卦の中央に居て、人が中正の道に従って行う象だからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た者は万事が思いどおりになる。官職にある者は上司に評価される。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。ちょうど幸運の時期で、助けてくれる人もいる。
財運。商況を把握すれば、当然利益がある。
家庭。五福が門に臨み、家庭も婚姻もよい。
身体。名医の治療を受ければ、自然に回復する。

六五の変卦
"周易第19卦的其中之一变卦卦的卦图
六五が変爻すると周易第60卦、水沢節となる。この卦は異卦で、下に兌、上に坎が重なる。兌は沢、坎は水を表す。沢に蓄えられる水には限りがあり、多すぎれば沢の外へあふれる。そこで節度が必要となり、「節」と称する。節卦は渙卦と反対で、互いに綜卦の関係にあり、交互に用いられる。天地は節度があってこそ常に新しく、国家は節度があってこそ安定し、個人は節度があってこそ完成する。

九五爻の哲学的意味

臨卦第五爻の爻辞。「六五。知臨。大君の宜しきなり。吉」。爻辞の解釈。「知」は「智」と同じで、明智を意味する。
本爻の意味は、聡明な知恵によって監督を行うことが偉大な君主に最もふさわしい統治の道であり、吉を得るということである。
臨卦第五爻の爻辞。「六五。知臨。大君の宜しきなり。吉」。人生への示唆
象伝にいう。「大君の宜しき」とは、中道を行うことをいう。六五は柔爻で上卦の中央に居るため、忠実で柔順な徳を備えた君主である。象伝は「聡明な知恵によって監督を行うことは、偉大な君主に最もふさわしい統治の道である」と解釈する。これは中庸の道を行い、柔をもって剛に勝つ方法、天下で最も柔らかなものを用いて天下で最も剛いものに勝つことをいう。
この爻を得た者は、六五の爻の行いに学ぶべきである。たとえ事業が挫折に遭っていても、このようにすれば危難から救い、再び活力を取り戻せる。この爻を得た者は、望みごとが成就に向かい、待っている知らせも間もなく返ってくる。
知恵を用いて民情を察することは、まさに天子が身につけなければならない能力である。六五は知恵によって民情を察し、真実の状況を把握できるので吉である。国君たる者は、必ず自分の民を理解しなければならない。天安門の二本の華表にはそれぞれ小さな獣があり、一方は南を向き、もう一方は北を向いている。これが二本の華表の違いである。そこにはどんな意味があるのか。南を向く獣は、君主が民間へ赴いて民情を察することを忘れてはならないと警告している。なぜそうするのか。大臣たちは太平を装い、君主に嘘をつくことがあるからである。例えば袁世凱が皇帝になった後、全国は反対の声に包まれた。彼に取り入ろうとした大臣たちは、袁世凱だけのために新聞を印刷させた。その新聞は毎日一部だけ印刷され、彼一人が読むものだった。内容はすべて「情勢は非常によい」といった記事で、袁世凱は読んで喜んだ。ところが即位から81日後、彼は玉座から追い落とされた。だから君主は自分の目で民衆の暮らしを見なければならない。清朝の盛世には、康熙帝と乾隆帝が幾度も江南を訪れたが、それは巡視して民情を察するためであった。天安門の華表で北を向く獣は、外へ巡視や遊興に出ても国政の安危を忘れてはならないと君主に警告する。いつも外を巡視していて、朝廷に奸臣の反乱が起きたらどうするのか。ゆえに君主は外での巡視を長引かせず、必ず戻って政権を固めなければならない。
しかし君主たる者、長く外へ出ていることはできない。それではどうすれば真の民情を把握できるのか。そこで必要なのが「知臨」である。どう「知臨」するのか。テレビで描かれる康熙帝や乾隆帝の身分を隠した民情視察が「知臨」である。もちろん、お忍びの視察以外にも、忠臣に巡視させて正確な情報を得ることができる。だが鍵は「知」にある。知があってこそ、真の「臨」に到達できる。
周易第19卦・上六爻の詳しい解説
上六の爻辞
上六。敦臨。吉。咎なし。
象伝にいう。「敦臨の吉」とは、志が内にあるからである。
現代語による説明
上六。篤厚な道によって民を治めれば、吉であり、自然に災いもない。
象伝はいう。篤厚な道によって民を治めれば吉なのは、篤厚で誠実な心が内にあるからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た者は利益を多く得て、何をしても不利がない。ただし勢いが強すぎて衰えに転じないよう注意せよ。官職にある者は上司に重んじられ、重要な任務を任される。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。幸運はすでに尽きたが、忠厚であれば咎はない。
財運。内地で商売すれば、なお利益がある。
家庭。忠厚で厳粛である。
身体。元気を養えば、自然に健康になる。

上六の変卦
"周易第19卦的其中之一变卦卦的卦图

上六が変爻すると周易第41卦、山沢損となる。この卦は異卦で、下に兌、上に艮が重なる。艮は山、兌は沢を表す。山の下に沢があり、大きな沢が山の根元を浸食する。損と益は交互に現れ、損の中に益があり、益の中に損がある。両者の関係は慎重に扱わなければならない。下を損なって上を益するような統治は、度を過ぎれば国家の基盤を傷つける。損なうべき時は損なうが、必ず力に応じ、節度を守ること。損を少なくして益を多くするのが最善である。

上九爻の哲学的意味

臨卦第六爻の爻辞。「上六。敦臨。吉。咎なし」。爻辞の解釈。「敦」とは篤厚を指す。
本爻の意味は、篤厚で誠実に民を治めれば吉であり、災いがないということである。
爻辞。「上六。敦臨。吉。咎なし」。人生への示唆
象伝にいう。「敦臨の吉」とは、志が内にあるからである。
象伝は「篤厚で誠実に民を治めれば吉で災いがない」と説明する。これは志が国と家に利益をもたらすことにあると示している。この爻を得た者は、何よりも篤厚で人情に厚くあることを忘れてはならない。これが本爻の主な教えである。仕事でも生活でも、批判を含め、さまざまな意見を寛容に受け入れるべきだ。このような篤厚な年長者の風格は、人々の尊敬を得る。部下に接するときは、自分の篤厚の徳を示すことで、吉を得て災いから遠ざかれる。
上六は太上皇の位にあるため、当然ながら君主としての威勢をいくらか失っている。だから民衆を巡視するときは、篤厚な性情で臨まなければならない。古代には天下は統治者一族の天下だったので、太上皇も天下の平和に貢献しなければならなかった。民衆と穏やかに接するのは、真の民情を得て、皇帝の天下統治の方策を立てる助けとなるためである。
上六はまた隠士の階層にも属する。古代の隠士は社会に大きく貢献した。表面上は山林に隠居していても、実際には国を心にかけていた。地位や権力を持たないため、民衆の心の内にある本当の考えをよりよく理解できた。また隠士はしばしば統治者と交流があり、統治者もこの階層を重視したので、天下の治め方について価値ある忠告を君主に行うことが多かった。