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易経 · 六十四卦
周易・易経・第61卦・中孚卦・風沢中孚・上が巽、下が兌
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中孚:豚と魚。吉。大河を渡るのによい。正しさを守るのによい。
彖伝にいう。中孚は、柔が内にあり、剛が中を得ている。喜悦して謙遜するので、誠信が国を教化する。豚や魚を供えるのも吉であり、誠信が豚や魚にまで及ぶからである。大河を渡るのによく、空の木舟に乗るようなものである。中孚が正しさを守るのによいのは、天に応じるからである。
象伝にいう。沢の上に風があるのが中孚である。君子はこれにならい、訴訟を審理して死刑の執行を遅らせる。

易経 第 61 卦 原文と概説
周易第六十一卦詳解
中孚卦の原文
中孚。豚や魚。吉。大河を渡るのによく、正しさを守るのによい。
象伝にいう。沢の上に風があるのが中孚である。君子はこれにならい、訴訟を審理して死刑の執行を遅らせる。
現代語による説明
中孚は、豚や魚を祭りに供える。供物は質素でも心が誠実なので吉である。また水を渡って川を越えるのにもよい。これは吉兆の占いである。
象辞にいう。この卦は上卦が巽で風を表し、下卦が兌で沢を表す。沢の上に風が吹けば、風が起こり波が立つ。これが中孚の卦象である。君子はこの卦象を見て、風によって国を教化するには徳による教えを第一とし、訴訟を審理する際も重い刑罰を安易に科さない。
『断易天機』による解説
中孚は上が巽、下が兌で、艮宮の遊魂卦である。中孚とは忠実と信義の意味であり、大河を渡るのによく、災難が消えることを主とする。
北宋の易学者・邵雍の解釈
信があり実がある。誠実で信頼できる。理解し合える友の助けを得て、願い事は成就する。
この卦を得た人は、正直で誠実なら吉で、友人の助けを得て事を成し遂げられる。邪念を抱く者は凶である。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。波乱は避けにくい。訴訟に注意すること。
財運。慎重に行動すれば災いを免れる。
家庭。訴訟の災い。婚姻が訴訟を招く。
健康。驚きはあるが、危険はない。
伝統的な卦の解釈
この卦は異なる卦、すなわち下が兌、上が巽で重なっている。「孚」の本来の意味は孵化であり、卵が殻を破る日は非常に正確なので、信頼という意味が生じた。卦の形は外が実り内が空で、心の中の誠実さをたとえるため、中孚と呼ばれる。これは世に立ち処する根本である。
大象。中孚は誠信を意味する。風が沢の水面を吹けば、沢の水は必ず応じて波を起こす。共鳴の象である。
運勢。何事も「誠」をもって人に接し、「信」をもって事に当たればすべて吉である。邪念を抱けば凶。
仕事。誠実で忠実な態度で仕事に向き合えば、大きな成果を上げ、順調に発展する。正しい道の原則を守り続け、油断してはならない。また、人を過度に信じてもならず、とりわけ傲慢な性格で自分を閉ざしてはならない。さもなければ仕事は失敗へ向かう。
商売。処理はうまく進み、市場の要求にも合っている。慎重に経営し、信義を重んじ、質の高いサービスを提供すれば満足できる結果が得られる。危険や困難に挑んでも問題は起こりにくい。
名声を求めるなら、道徳的修養を基礎として知識と技能を苦学し、絶えず自分を高めること。同時に困難を恐れず、努力して前進する。
恋愛・結婚。双方が誠実な態度で接し合えば、幸福で円満になる。
決断。誠信を立身処世の礎とし、人に誠実に接し、制度を守り、原則を貫き、和やかで謙虚であれば、どんな困難にも打ち勝てる。問題が起きても、後から過ちを正せる。ただし、人を観察する力を高め、是非を見分ける力を養うことが必須である。
中孚卦の原文
中孚。豚や魚。吉。大河を渡るのによく、正しさを守るのによい。
象伝にいう。沢の上に風があるのが中孚である。君子はこれにならい、訴訟を審理して死刑の執行を遅らせる。
現代語による説明
中孚は、豚や魚を祭りに供える。供物は質素でも心が誠実なので吉である。また水を渡って川を越えるのにもよい。これは吉兆の占いである。
象辞にいう。この卦は上卦が巽で風を表し、下卦が兌で沢を表す。沢の上に風が吹けば、風が起こり波が立つ。これが中孚の卦象である。君子はこの卦象を見て、風によって国を教化するには徳による教えを第一とし、訴訟を審理する際も重い刑罰を安易に科さない。
『断易天機』による解説
中孚は上が巽、下が兌で、艮宮の遊魂卦である。中孚とは忠実と信義の意味であり、大河を渡るのによく、災難が消えることを主とする。
北宋の易学者・邵雍の解釈
信があり実がある。誠実で信頼できる。理解し合える友の助けを得て、願い事は成就する。
この卦を得た人は、正直で誠実なら吉で、友人の助けを得て事を成し遂げられる。邪念を抱く者は凶である。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。波乱は避けにくい。訴訟に注意すること。
財運。慎重に行動すれば災いを免れる。
家庭。訴訟の災い。婚姻が訴訟を招く。
健康。驚きはあるが、危険はない。
伝統的な卦の解釈
この卦は異なる卦、すなわち下が兌、上が巽で重なっている。「孚」の本来の意味は孵化であり、卵が殻を破る日は非常に正確なので、信頼という意味が生じた。卦の形は外が実り内が空で、心の中の誠実さをたとえるため、中孚と呼ばれる。これは世に立ち処する根本である。
大象。中孚は誠信を意味する。風が沢の水面を吹けば、沢の水は必ず応じて波を起こす。共鳴の象である。
運勢。何事も「誠」をもって人に接し、「信」をもって事に当たればすべて吉である。邪念を抱けば凶。
仕事。誠実で忠実な態度で仕事に向き合えば、大きな成果を上げ、順調に発展する。正しい道の原則を守り続け、油断してはならない。また、人を過度に信じてもならず、とりわけ傲慢な性格で自分を閉ざしてはならない。さもなければ仕事は失敗へ向かう。
商売。処理はうまく進み、市場の要求にも合っている。慎重に経営し、信義を重んじ、質の高いサービスを提供すれば満足できる結果が得られる。危険や困難に挑んでも問題は起こりにくい。
名声を求めるなら、道徳的修養を基礎として知識と技能を苦学し、絶えず自分を高めること。同時に困難を恐れず、努力して前進する。
恋愛・結婚。双方が誠実な態度で接し合えば、幸福で円満になる。
決断。誠信を立身処世の礎とし、人に誠実に接し、制度を守り、原則を貫き、和やかで謙虚であれば、どんな困難にも打ち勝てる。問題が起きても、後から過ちを正せる。ただし、人を観察する力を高め、是非を見分ける力を養うことが必須である。
易経 第 61 卦 爻ごとの詳解
周易第六十一卦初九爻詳解
初九の爻辞
初九。よく考えれば吉。ほかに心が動けば安らかでない。
象伝にいう。初九の「よく考えれば吉」とは、志がまだ変わっていないからである。
現代語による説明
初九。心を安んじる儀礼を行えば吉。このような変事があれば、当然、安楽の宴は開かない。
象辞にいう。初九の爻辞が心を安んじる儀礼を行えば吉とするのは、先人を慕う志が変わっていないからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た人は、貴人に引き立てられ、計画が成就する。ただし喜びの中に憂いもある。正道を歩み、身を修め、安逸にふけってはならない。官職にある人は推薦され、要職に就ける。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。一心専念すれば志は成就する。
財運。本業に安んじていれば、長く続けた後に必ず得る。
家庭。転居する必要はない。一つの道を最後まで貫く。
健康。病状の変化に十分注意すること。変化すれば危険である。
初九の変卦
中孚の初九が変じると、周易第59卦の風水渙となる。この卦は異なる卦、すなわち下が坎、上が巽で重なっている。風が水上を行き、波を押し広げ、四方に流れあふれる。渙は水が流れ散る意味である。組織や人心の離散を象徴し、積極的な手段と方法で克服し、弊害に打ち勝ち、散乱を救って危機を安全へ転じなければならない。
初九爻の哲学的意味
中孚の第一爻。爻辞。初九。よく考えれば吉。ほかに心が動けば安らかでない。爻辞の解釈。
「虞」は予測し、推測すること。「他有り」は別の心を起こすこと。「燕」は安寧、安逸を指す。
この爻辞の意味は、吉祥を予測できるということ。しかし別の考えを抱けば、安らぎを失う。
卦象から見ると、初九は陽爻が剛位にあり、正位を得ている。また下卦兌の始めに位置し、兌は喜悦を表す。初九が現在の位置に安んじ、自ら楽しめるので吉を得ることを示す。しかし六四とは正応し、六四は君主に近い大臣の位なので、初九との関係は深く、昇進の機会を得る可能性がある。一方、初九は九二と逆比の関係にあるため、昇進を望めば九二に妨げられ、争いに発展する恐れもあり、安らかでいられない。
象伝はこの爻を次のように解釈する。「初九は、よく考えれば吉」であるのは、志が変わっていないからだ。ここでいう吉とは、ほかに求める志が変わっていないため予測できるのである。
この爻を得た人は、自分の仕事に専念すること。ほかの過大な望みを抱かず、昇進や大金を得ることを考えないほうがよい。そうした望みは妨げに遭い、安らかな日々を失わせる。現状に安んじれば、すべて吉となる。現状を変えようと行動すれば、思いがけない面倒が起こる。
初九。よく考えれば吉。ほかに心が動けば安らかでない。
象伝にいう。初九の「よく考えれば吉」とは、志がまだ変わっていないからである。
経文の意味は、よく考えてから事を行えば吉であり、別の疑いを抱けば不安を招くということ。
象辞の意味は、よく考えてから事を行えば吉なのは、自分の志を変えていないからだということ。
周易第六十一卦九二爻詳解
九二の爻辞
九二。鶴が木陰で鳴き、その子が声を合わせる。私にはよい酒がある。あなたと共に分かち合おう。
象伝にいう。その子が声を合わせるとは、心の願いが通じ合うことである。
現代語による説明
九二。老いた鶴が木陰で鳴き、若い鶴がそばで応じる。私には美酒がある。あなたと分かち合おう。
象辞にいう。若い鶴が老いた鶴に応じるのは、心が通じ合っている表れである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た人は、どこへ行っても不利がなく、財を多く得るか、子を授かる。官職にある人は昇進する。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。こちらが唱えれば相手が和し、まさに願いどおり。
財運。売り手と買い手が心を一つにして、互いに利益を得る。
家庭。家は栄え、子は孝行する。夫唱婦随。
健康。感染性の病気。
九二の変卦
九二が変じると、周易第42卦の風雷益となる。この卦は下が震、上が巽で重なっている。巽は風、震は雷である。風と雷が激しく動き、その勢いはますます強くなり、雷はさらに響き、風と雷が互いに助け合って増大する。この卦は損卦と反対である。上を減らして下を益する意味であり、損卦は下を減らして上を益する。二卦は損益の原則を説く。
九二爻の哲学的意味
中孚の第二爻。爻辞。九二。鶴が木陰で鳴き、その子が声を合わせる。
爻辞の解釈
「陰」は暗く人目につかない場所。「和」は応じて声を合わせること。「爵」は古代の酒器で、ここでは酒を指す。「靡」は共に分かち合うこと。
この爻辞の意味は、鶴が暗い木陰で鳴くと、若い鶴がそれに応じるということ。私には香り高い美酒があり、あなたと共に心ゆくまで飲みたい。
卦象から見ると、九二は陽爻が柔位にあり、下卦の中央に位置する。その上の六三と六四はともに陰爻なので、九二は暗い場所にいる。九二は正位を得ていないが、中道を守り、他者と分かち合おうとしている。
九二の爻は分かち合いの精神を示している。仕事で自分の役職に満足できなくても、心構えを調整して受け入れ、同僚と調和した関係を保つこと。反対ばかりせず、他人と分かち合う気持ちを持てば、非常に和やかな職場環境がつくられる。
九二。鶴が木陰で鳴き、その子が声を合わせる。私にはよい酒がある。あなたと共に分かち合おう。
象伝にいう。その子が声を合わせるとは、心の願いが通じ合うことである。
周易第六十一卦九三爻詳解
六三の爻辞
六三。敵に遭う。ある者は太鼓を打ち、ある者はやめ、ある者は泣き、ある者は歌う。
象伝にいう。ある者は太鼓を打ち、ある者はやめるのは、位が正しくないからである。
現代語による説明
六三。敵を打ち破った。ある者は太鼓を打って追撃し、ある者は凱旋して勝利を報告する。知らせが届くと、うれし涙を流す者もいれば、大声で歌う者もいる。
象辞にいう。ある者は太鼓を打って追撃し、ある者は凱旋して勝利を報告する。しかし爻象から見ると、六三は陰爻が剛位にあり、勝利の中に思いがけない災いが潜んでいる恐れがある。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶。この爻を得た人は、喜びの中に憂いがあり、事は何度も変転する。官職にある人は同僚と不和になり、進んだ後に退く。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。運勢が逆転し、栄辱もそれに従う。
財運。成功と失敗を繰り返し、主体性を欠く。
家庭。奇怪な事態に注意。繰り返しても成就しない。
健康。良くなったり悪くなったりする。神仏の加護を願う。
六三の変卦
六三が変じると、周易第9卦の風天小畜となる。この卦は下が乾、上が巽で重なっている。乾は天、巽は風を表す。風雨が順調で穀物が育つことをたとえるので小畜と名づける。力には限りがあり、ある程度まで発展するのを待って初めて大きな事を成せる。
九三爻の哲学的な意味
この爻辞の意味は、強敵に遭遇し、太鼓を打って攻めるか、疲れて敗退するか、恐れて泣くか、災難を免れて歌うか、ということである。
卦象から見ると、六三は陰爻が剛位にあり、正位を失っている。上下卦の境にあり、上九と正応するため、心が外に動き、物に執着していることを示す。本来は自分の位に安んじるべきなのに、上九に取り入って昇進やより大きな発展の機会を得ようとする。しかし各方面から抵抗を受け、不安の中に陥る。
象伝はこの爻を「ある者は太鼓を打ち、ある者はやめる。位が正しくない」と解釈する。強敵に遭い、太鼓を打って攻めたり、疲れて敗退したりするのは、六三が不正な位にいるためである。
この爻を得た人は、後ろ盾があったり上層部の指導者と親しかったりして、昇進や自分の発展に便宜を得ようと、相手にひたすら取り入ろうとするかもしれない。しかし周囲の人や上司はそのやり方を非常に嫌い、妨害したり打撃を加えたりする。しかも頼っている相手は最高権力者ではないため、障害が重なる。
六三。敵に遭う。ある者は太鼓を打ち、ある者はやめ、ある者は泣き、ある者は歌う。
象伝にいう。ある者は太鼓を打ち、ある者はやめるのは、位が正しくないからである。
周易第六十一卦九四爻詳解
六四の爻辞
六四。月は満ちようとしている。馬の仲間を失うが、咎はない。
象伝にいう。馬の仲間を失うとは、同類との関係を断って上に向かうことである。
現代語による説明
六四。月半ば、馬を失うが、大きな災いはない。
象辞にいう。馬を失ったので、以後は警戒を倍にし、同じことが再び起こらないようにする。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平。この爻を得た人は引き立てられるが、配偶者や財産を失う憂いがある。官職にある人は昇進し、要職に就く。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。満ちた状態を保ち、まず公を優先し、その後に私を考える。
財運。計画は順調で、財源も豊かである。
家庭。陰の気が強すぎる。配偶者に先立たれる可能性がある。
健康。徐々に回復できる。
六四の変卦
六四が変じると、周易第10卦の天沢履となる。この卦は下が兌、上が乾で重なっている。乾は天、兌は沢で、天を君主、沢を民にたとえる。原文には「虎の尾を踏むが、人を噛まない」とあるので、結果は吉である。君主は上、民は下で、それぞれ正しい位を得る。柔らかな兌が剛の乾に出会うため、歩む道は危うい。履は実践を意味し、地に足をつけて前進するという卦義である。
九四爻の哲学的意味
中孚の第四爻。爻辞。六四。月は満ちようとしている。馬の仲間を失うが、咎はない。爻辞の解釈。
「望」は旧暦十五日または十六日の満月を指す。ここでは月がほぼ満ちているが、まだ完全には満ちていないことをいう。
この爻辞の意味は、月が満ちようとしてまだ満ちきらず、よい馬が組になる相手を失ったが、過失はないということ。
卦象から見ると、六四は陰爻が柔位にあり、正位を得ている。君主に近い大臣の位で、九五の君主と親しく、深い信頼を得ている。しかし六四は正道を守れず、下の初九と正応するため、私党を結ぶ疑いがある。それでもこの危険に気づき、九五にのみ忠誠を尽くして初九との関係を断つ。これは、馬の仲間が同類と関係せず主人だけに忠実であるようなもので、「馬の仲間を失う」に当たる。六四が自ら改められるなら、過失はない。
象伝はこの爻を「馬の仲間を失う。類を断って上に仕える」と解釈する。六四が誠実で一心不乱に、同類との交わりを断ち、君主に仕えることを指す。
この爻を得た人は、仕事や感情面で二つの選択に直面し、二股をかけているように見られるかもしれない。ここでは決断すべきである。どの選択が自分に合い、利益になるかは自分が分かっているのだから、一つを捨てなければ過ちになる。職場で上司の補佐をしているのに、部下の同僚が上司に不満を持ち、あなたもその声に同調して親しく付き合っているなら、すぐにその同僚との関係を断つこと。そうしなければ自ら面倒を招く。
六四。月は満ちようとしている。馬の仲間を失うが、咎はない。
象伝にいう。馬の仲間を失うとは、同類との関係を断って上に向かうことである。
経文の意味は、月が十五日に近づき、馬を失うが災いはないということ。
象辞の意味は、馬を失うとは、六四が同類との関係を断ち、上の九五を奉じることだということ。
周易第六十一卦九五爻詳解
九五の爻辞
九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。
象伝にいう。誠信があれば固く結ばれるのは、位が正しく適切だからである。
現代語による説明
九五。捕虜が群れをなし、つなぎ合わせて縛られている。災いはない。
象辞にいう。心に誠信を抱き、終始一貫している。これは九五の爻象が示すように、その行いが位にふさわしいということである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た人は人間関係が調和し、計画が成就して、何をしても不利がない。官職にある人は君臣が一心となり、上司から賞賛される。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。運勢は中正で、求めれば必ず応じられる。
財運。心を合わせて力を尽くせば、経営は成功する。
家庭。和やかで楽しい家庭。末永い良縁。
健康。手足が不自由だが、病を抱えながら長生きする。
九五の変卦
九五が変じると、周易第41卦の山沢損となる。この卦は下が兌、上が艮で重なっている。艮は山、兌は沢である。山が上、沢が下にあり、大沢が山の根を浸食する。損益は交互に現れ、損の中に益があり、益の中に損がある。両者には慎重に対処しなければならない。下を減らして上を益することは、国家を治める場合、度を越すと国の基礎を損なう。減らすべき時は減らすが、力を量り、適度にする。少し減らして大いに益するのが最善である。
九五爻の哲学的意味
中孚の第五爻。爻辞。九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。爻辞の解釈。
「攣」は固く結びつき、離れられないことを指す。
この爻辞の意味は、誠信の徳を備え、それによって天下の人心をつなぎ、民衆と密接に結びつくので、災いがないということ。
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中孚卦詳解
中孚の第五爻。爻辞。九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。
2013-10-02|出典:国学堂|所属栏目:中孚卦詳解|クリック数:655回
中孚の第五爻。爻辞。九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。爻辞の解釈。
「攣」は固く結びつき、離れられないことを指す。
この爻辞の意味は、誠信の徳を備え、それによって天下の人心をつなぎ、民衆と密接に結びつくので、災いがないということ。
中孚の第五爻。爻辞。九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。人生への示唆。
卦象から見ると、九五は陽爻が君主の位にあり、中道を守り、六四と親しく接している。両者が助け合うので過失はない。
象伝はこの爻を「誠信があれば固く結ばれる。位が正しく適切だからである」と解釈する。誠信の徳によって天下の人心をつなぐとは、中正で適切な位にいることを指し、誠信の教化の力が国全体に及ぶことを示している。
この爻を得た人は、指導者として誠心誠意部下に接すれば、部下も真心で応じることを理解すべきである。恋愛や結婚では、互いに真心をもって接すれば、愛情は深まり発展する。
九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。
象伝にいう。誠信があれば固く結ばれるのは、位が正しく適切だからである。
経文の意味は、誠信によって天下の人々を結びつければ、災いはないということ。
象辞の意味は、誠信によって天下を結ぶのは、九五が中を得て正位にあるからだということ。
周易第六十一卦上九爻詳解
上九の爻辞
上九。雉の声が天にまで届く。正しさを守っても凶。
象伝にいう。雉の声が天にまで届くとは、どうして長続きできようか。
現代語による説明
上九。鶏が空へ飛び上がる。占えば凶兆である。
象辞にいう。鶏が空へ飛び上がるが、どうして長く飛び続けられようか。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶。この爻を得た人は、うわべが多く実質が少なく、前途は険しい。商売人は損失を被る。官職にある人は君主のお側近くに仕える喜びがある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。中身がなく実質に乏しく、人を心配させる。
財運。外見は強いが内実は弱く、อนาคตน่าเป็นห่วง。
家庭。家業を守るのは難しい。夫婦は共に老いられない恐れがある。
健康。病状が非常につらい。
上九の変卦
上九が変じると、周易第60卦の水沢節となる。この卦は下が兌、上が坎で重なっている。兌は沢、坎は水である。沢に水があっても流れには限りがあり、多すぎれば沢の外へあふれる。だから節度が必要であり、節と呼ぶ。節は渙と反対で、互いに綜卦となり、組み合わせて用いられる。天地は節度があってこそ常に新しく、国家は節度があってこそ安定し、人は節度があってこそ完成する。
上九爻の哲学的意味
中孚の第六爻。爻辞。上九。雉の声が天にまで届く。正しさを守っても凶。爻辞の解釈。
「翰」は赤い羽根を持つ山鳥で、錦鶏ともいう。
この爻辞の意味は、錦鶏が華やかな外見を頼みにして、大声で鳴きながら天に昇ろうとするので、凶事が起こる可能性があるということ。
卦象から見ると、上九は陽爻が柔位にあり、中道を保って正道を守ることができず、九五とも逆比で対立する。以前に成果を上げたり、ある程度の名声を得たりしていても、それは錦鶏のように外見だけである。天に昇る力がないのに大声で昇ると言うのは、有名だが実体のない詐欺師のようなもの。欺瞞と虚偽を極めるので、非常に危険である。
象伝はこの爻を「雉の声が天にまで届く。どうして長続きできようか」と解釈する。錦鶏が華やかな外見を頼みにして天へ昇ろうと大声で鳴くのは、声だけが高く実質がなく、真情よりも声が先走っている。どうして長く保てようか。
この爻を得た人は、自分にできないことをしてはならない。また、人に敬服され、従わせようとして大げさに勢いを示してはならない。いつか化けの皮がはがれ、災いを招く。以前成功したことで得意になり、傲慢で人を見下すようになれば、すぐに失敗の苦さを味わうことになる。
上九。雉の声が天にまで届く。正しさを守っても凶。
象伝にいう。雉の声が天にまで届くとは、どうして長続きできようか。
経文の意味は、鶏が空へ飛び、正道を守ろうとしても危険だということ。
象辞の意味は、鶏が空へ飛ぶが、どうして長く飛べようかということ。
初九の爻辞
初九。よく考えれば吉。ほかに心が動けば安らかでない。
象伝にいう。初九の「よく考えれば吉」とは、志がまだ変わっていないからである。
現代語による説明
初九。心を安んじる儀礼を行えば吉。このような変事があれば、当然、安楽の宴は開かない。
象辞にいう。初九の爻辞が心を安んじる儀礼を行えば吉とするのは、先人を慕う志が変わっていないからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た人は、貴人に引き立てられ、計画が成就する。ただし喜びの中に憂いもある。正道を歩み、身を修め、安逸にふけってはならない。官職にある人は推薦され、要職に就ける。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。一心専念すれば志は成就する。
財運。本業に安んじていれば、長く続けた後に必ず得る。
家庭。転居する必要はない。一つの道を最後まで貫く。
健康。病状の変化に十分注意すること。変化すれば危険である。
初九の変卦
中孚の初九が変じると、周易第59卦の風水渙となる。この卦は異なる卦、すなわち下が坎、上が巽で重なっている。風が水上を行き、波を押し広げ、四方に流れあふれる。渙は水が流れ散る意味である。組織や人心の離散を象徴し、積極的な手段と方法で克服し、弊害に打ち勝ち、散乱を救って危機を安全へ転じなければならない。
初九爻の哲学的意味
中孚の第一爻。爻辞。初九。よく考えれば吉。ほかに心が動けば安らかでない。爻辞の解釈。
「虞」は予測し、推測すること。「他有り」は別の心を起こすこと。「燕」は安寧、安逸を指す。
この爻辞の意味は、吉祥を予測できるということ。しかし別の考えを抱けば、安らぎを失う。
卦象から見ると、初九は陽爻が剛位にあり、正位を得ている。また下卦兌の始めに位置し、兌は喜悦を表す。初九が現在の位置に安んじ、自ら楽しめるので吉を得ることを示す。しかし六四とは正応し、六四は君主に近い大臣の位なので、初九との関係は深く、昇進の機会を得る可能性がある。一方、初九は九二と逆比の関係にあるため、昇進を望めば九二に妨げられ、争いに発展する恐れもあり、安らかでいられない。
象伝はこの爻を次のように解釈する。「初九は、よく考えれば吉」であるのは、志が変わっていないからだ。ここでいう吉とは、ほかに求める志が変わっていないため予測できるのである。
この爻を得た人は、自分の仕事に専念すること。ほかの過大な望みを抱かず、昇進や大金を得ることを考えないほうがよい。そうした望みは妨げに遭い、安らかな日々を失わせる。現状に安んじれば、すべて吉となる。現状を変えようと行動すれば、思いがけない面倒が起こる。
初九。よく考えれば吉。ほかに心が動けば安らかでない。
象伝にいう。初九の「よく考えれば吉」とは、志がまだ変わっていないからである。
経文の意味は、よく考えてから事を行えば吉であり、別の疑いを抱けば不安を招くということ。
象辞の意味は、よく考えてから事を行えば吉なのは、自分の志を変えていないからだということ。
周易第六十一卦九二爻詳解
九二の爻辞
九二。鶴が木陰で鳴き、その子が声を合わせる。私にはよい酒がある。あなたと共に分かち合おう。
象伝にいう。その子が声を合わせるとは、心の願いが通じ合うことである。
現代語による説明
九二。老いた鶴が木陰で鳴き、若い鶴がそばで応じる。私には美酒がある。あなたと分かち合おう。
象辞にいう。若い鶴が老いた鶴に応じるのは、心が通じ合っている表れである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た人は、どこへ行っても不利がなく、財を多く得るか、子を授かる。官職にある人は昇進する。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。こちらが唱えれば相手が和し、まさに願いどおり。
財運。売り手と買い手が心を一つにして、互いに利益を得る。
家庭。家は栄え、子は孝行する。夫唱婦随。
健康。感染性の病気。
九二の変卦
九二が変じると、周易第42卦の風雷益となる。この卦は下が震、上が巽で重なっている。巽は風、震は雷である。風と雷が激しく動き、その勢いはますます強くなり、雷はさらに響き、風と雷が互いに助け合って増大する。この卦は損卦と反対である。上を減らして下を益する意味であり、損卦は下を減らして上を益する。二卦は損益の原則を説く。
九二爻の哲学的意味
中孚の第二爻。爻辞。九二。鶴が木陰で鳴き、その子が声を合わせる。
爻辞の解釈
「陰」は暗く人目につかない場所。「和」は応じて声を合わせること。「爵」は古代の酒器で、ここでは酒を指す。「靡」は共に分かち合うこと。
この爻辞の意味は、鶴が暗い木陰で鳴くと、若い鶴がそれに応じるということ。私には香り高い美酒があり、あなたと共に心ゆくまで飲みたい。
卦象から見ると、九二は陽爻が柔位にあり、下卦の中央に位置する。その上の六三と六四はともに陰爻なので、九二は暗い場所にいる。九二は正位を得ていないが、中道を守り、他者と分かち合おうとしている。
九二の爻は分かち合いの精神を示している。仕事で自分の役職に満足できなくても、心構えを調整して受け入れ、同僚と調和した関係を保つこと。反対ばかりせず、他人と分かち合う気持ちを持てば、非常に和やかな職場環境がつくられる。
九二。鶴が木陰で鳴き、その子が声を合わせる。私にはよい酒がある。あなたと共に分かち合おう。
象伝にいう。その子が声を合わせるとは、心の願いが通じ合うことである。
周易第六十一卦九三爻詳解
六三の爻辞
六三。敵に遭う。ある者は太鼓を打ち、ある者はやめ、ある者は泣き、ある者は歌う。
象伝にいう。ある者は太鼓を打ち、ある者はやめるのは、位が正しくないからである。
現代語による説明
六三。敵を打ち破った。ある者は太鼓を打って追撃し、ある者は凱旋して勝利を報告する。知らせが届くと、うれし涙を流す者もいれば、大声で歌う者もいる。
象辞にいう。ある者は太鼓を打って追撃し、ある者は凱旋して勝利を報告する。しかし爻象から見ると、六三は陰爻が剛位にあり、勝利の中に思いがけない災いが潜んでいる恐れがある。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶。この爻を得た人は、喜びの中に憂いがあり、事は何度も変転する。官職にある人は同僚と不和になり、進んだ後に退く。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。運勢が逆転し、栄辱もそれに従う。
財運。成功と失敗を繰り返し、主体性を欠く。
家庭。奇怪な事態に注意。繰り返しても成就しない。
健康。良くなったり悪くなったりする。神仏の加護を願う。
六三の変卦
六三が変じると、周易第9卦の風天小畜となる。この卦は下が乾、上が巽で重なっている。乾は天、巽は風を表す。風雨が順調で穀物が育つことをたとえるので小畜と名づける。力には限りがあり、ある程度まで発展するのを待って初めて大きな事を成せる。
九三爻の哲学的な意味
この爻辞の意味は、強敵に遭遇し、太鼓を打って攻めるか、疲れて敗退するか、恐れて泣くか、災難を免れて歌うか、ということである。
卦象から見ると、六三は陰爻が剛位にあり、正位を失っている。上下卦の境にあり、上九と正応するため、心が外に動き、物に執着していることを示す。本来は自分の位に安んじるべきなのに、上九に取り入って昇進やより大きな発展の機会を得ようとする。しかし各方面から抵抗を受け、不安の中に陥る。
象伝はこの爻を「ある者は太鼓を打ち、ある者はやめる。位が正しくない」と解釈する。強敵に遭い、太鼓を打って攻めたり、疲れて敗退したりするのは、六三が不正な位にいるためである。
この爻を得た人は、後ろ盾があったり上層部の指導者と親しかったりして、昇進や自分の発展に便宜を得ようと、相手にひたすら取り入ろうとするかもしれない。しかし周囲の人や上司はそのやり方を非常に嫌い、妨害したり打撃を加えたりする。しかも頼っている相手は最高権力者ではないため、障害が重なる。
六三。敵に遭う。ある者は太鼓を打ち、ある者はやめ、ある者は泣き、ある者は歌う。
象伝にいう。ある者は太鼓を打ち、ある者はやめるのは、位が正しくないからである。
周易第六十一卦九四爻詳解
六四の爻辞
六四。月は満ちようとしている。馬の仲間を失うが、咎はない。
象伝にいう。馬の仲間を失うとは、同類との関係を断って上に向かうことである。
現代語による説明
六四。月半ば、馬を失うが、大きな災いはない。
象辞にいう。馬を失ったので、以後は警戒を倍にし、同じことが再び起こらないようにする。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平。この爻を得た人は引き立てられるが、配偶者や財産を失う憂いがある。官職にある人は昇進し、要職に就く。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。満ちた状態を保ち、まず公を優先し、その後に私を考える。
財運。計画は順調で、財源も豊かである。
家庭。陰の気が強すぎる。配偶者に先立たれる可能性がある。
健康。徐々に回復できる。
六四の変卦
六四が変じると、周易第10卦の天沢履となる。この卦は下が兌、上が乾で重なっている。乾は天、兌は沢で、天を君主、沢を民にたとえる。原文には「虎の尾を踏むが、人を噛まない」とあるので、結果は吉である。君主は上、民は下で、それぞれ正しい位を得る。柔らかな兌が剛の乾に出会うため、歩む道は危うい。履は実践を意味し、地に足をつけて前進するという卦義である。
九四爻の哲学的意味
中孚の第四爻。爻辞。六四。月は満ちようとしている。馬の仲間を失うが、咎はない。爻辞の解釈。
「望」は旧暦十五日または十六日の満月を指す。ここでは月がほぼ満ちているが、まだ完全には満ちていないことをいう。
この爻辞の意味は、月が満ちようとしてまだ満ちきらず、よい馬が組になる相手を失ったが、過失はないということ。
卦象から見ると、六四は陰爻が柔位にあり、正位を得ている。君主に近い大臣の位で、九五の君主と親しく、深い信頼を得ている。しかし六四は正道を守れず、下の初九と正応するため、私党を結ぶ疑いがある。それでもこの危険に気づき、九五にのみ忠誠を尽くして初九との関係を断つ。これは、馬の仲間が同類と関係せず主人だけに忠実であるようなもので、「馬の仲間を失う」に当たる。六四が自ら改められるなら、過失はない。
象伝はこの爻を「馬の仲間を失う。類を断って上に仕える」と解釈する。六四が誠実で一心不乱に、同類との交わりを断ち、君主に仕えることを指す。
この爻を得た人は、仕事や感情面で二つの選択に直面し、二股をかけているように見られるかもしれない。ここでは決断すべきである。どの選択が自分に合い、利益になるかは自分が分かっているのだから、一つを捨てなければ過ちになる。職場で上司の補佐をしているのに、部下の同僚が上司に不満を持ち、あなたもその声に同調して親しく付き合っているなら、すぐにその同僚との関係を断つこと。そうしなければ自ら面倒を招く。
六四。月は満ちようとしている。馬の仲間を失うが、咎はない。
象伝にいう。馬の仲間を失うとは、同類との関係を断って上に向かうことである。
経文の意味は、月が十五日に近づき、馬を失うが災いはないということ。
象辞の意味は、馬を失うとは、六四が同類との関係を断ち、上の九五を奉じることだということ。
周易第六十一卦九五爻詳解
九五の爻辞
九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。
象伝にいう。誠信があれば固く結ばれるのは、位が正しく適切だからである。
現代語による説明
九五。捕虜が群れをなし、つなぎ合わせて縛られている。災いはない。
象辞にいう。心に誠信を抱き、終始一貫している。これは九五の爻象が示すように、その行いが位にふさわしいということである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た人は人間関係が調和し、計画が成就して、何をしても不利がない。官職にある人は君臣が一心となり、上司から賞賛される。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。運勢は中正で、求めれば必ず応じられる。
財運。心を合わせて力を尽くせば、経営は成功する。
家庭。和やかで楽しい家庭。末永い良縁。
健康。手足が不自由だが、病を抱えながら長生きする。
九五の変卦
九五が変じると、周易第41卦の山沢損となる。この卦は下が兌、上が艮で重なっている。艮は山、兌は沢である。山が上、沢が下にあり、大沢が山の根を浸食する。損益は交互に現れ、損の中に益があり、益の中に損がある。両者には慎重に対処しなければならない。下を減らして上を益することは、国家を治める場合、度を越すと国の基礎を損なう。減らすべき時は減らすが、力を量り、適度にする。少し減らして大いに益するのが最善である。
九五爻の哲学的意味
中孚の第五爻。爻辞。九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。爻辞の解釈。
「攣」は固く結びつき、離れられないことを指す。
この爻辞の意味は、誠信の徳を備え、それによって天下の人心をつなぎ、民衆と密接に結びつくので、災いがないということ。
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中孚卦詳解
中孚の第五爻。爻辞。九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。
2013-10-02|出典:国学堂|所属栏目:中孚卦詳解|クリック数:655回
中孚の第五爻。爻辞。九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。爻辞の解釈。
「攣」は固く結びつき、離れられないことを指す。
この爻辞の意味は、誠信の徳を備え、それによって天下の人心をつなぎ、民衆と密接に結びつくので、災いがないということ。
中孚の第五爻。爻辞。九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。人生への示唆。
卦象から見ると、九五は陽爻が君主の位にあり、中道を守り、六四と親しく接している。両者が助け合うので過失はない。
象伝はこの爻を「誠信があれば固く結ばれる。位が正しく適切だからである」と解釈する。誠信の徳によって天下の人心をつなぐとは、中正で適切な位にいることを指し、誠信の教化の力が国全体に及ぶことを示している。
この爻を得た人は、指導者として誠心誠意部下に接すれば、部下も真心で応じることを理解すべきである。恋愛や結婚では、互いに真心をもって接すれば、愛情は深まり発展する。
九五。誠信があれば固く結ばれる。咎はない。
象伝にいう。誠信があれば固く結ばれるのは、位が正しく適切だからである。
経文の意味は、誠信によって天下の人々を結びつければ、災いはないということ。
象辞の意味は、誠信によって天下を結ぶのは、九五が中を得て正位にあるからだということ。
周易第六十一卦上九爻詳解
上九の爻辞
上九。雉の声が天にまで届く。正しさを守っても凶。
象伝にいう。雉の声が天にまで届くとは、どうして長続きできようか。
現代語による説明
上九。鶏が空へ飛び上がる。占えば凶兆である。
象辞にいう。鶏が空へ飛び上がるが、どうして長く飛び続けられようか。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶。この爻を得た人は、うわべが多く実質が少なく、前途は険しい。商売人は損失を被る。官職にある人は君主のお側近くに仕える喜びがある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。中身がなく実質に乏しく、人を心配させる。
財運。外見は強いが内実は弱く、อนาคตน่าเป็นห่วง。
家庭。家業を守るのは難しい。夫婦は共に老いられない恐れがある。
健康。病状が非常につらい。
上九の変卦
上九が変じると、周易第60卦の水沢節となる。この卦は下が兌、上が坎で重なっている。兌は沢、坎は水である。沢に水があっても流れには限りがあり、多すぎれば沢の外へあふれる。だから節度が必要であり、節と呼ぶ。節は渙と反対で、互いに綜卦となり、組み合わせて用いられる。天地は節度があってこそ常に新しく、国家は節度があってこそ安定し、人は節度があってこそ完成する。
上九爻の哲学的意味
中孚の第六爻。爻辞。上九。雉の声が天にまで届く。正しさを守っても凶。爻辞の解釈。
「翰」は赤い羽根を持つ山鳥で、錦鶏ともいう。
この爻辞の意味は、錦鶏が華やかな外見を頼みにして、大声で鳴きながら天に昇ろうとするので、凶事が起こる可能性があるということ。
卦象から見ると、上九は陽爻が柔位にあり、中道を保って正道を守ることができず、九五とも逆比で対立する。以前に成果を上げたり、ある程度の名声を得たりしていても、それは錦鶏のように外見だけである。天に昇る力がないのに大声で昇ると言うのは、有名だが実体のない詐欺師のようなもの。欺瞞と虚偽を極めるので、非常に危険である。
象伝はこの爻を「雉の声が天にまで届く。どうして長続きできようか」と解釈する。錦鶏が華やかな外見を頼みにして天へ昇ろうと大声で鳴くのは、声だけが高く実質がなく、真情よりも声が先走っている。どうして長く保てようか。
この爻を得た人は、自分にできないことをしてはならない。また、人に敬服され、従わせようとして大げさに勢いを示してはならない。いつか化けの皮がはがれ、災いを招く。以前成功したことで得意になり、傲慢で人を見下すようになれば、すぐに失敗の苦さを味わうことになる。
上九。雉の声が天にまで届く。正しさを守っても凶。
象伝にいう。雉の声が天にまで届くとは、どうして長続きできようか。
経文の意味は、鶏が空へ飛び、正道を守ろうとしても危険だということ。
象辞の意味は、鶏が空へ飛ぶが、どうして長く飛べようかということ。