易経 · 六十四卦

周易・易経 第11卦 泰卦 地天泰(上卦坤・下卦乾)

泰。小が去り、大が来る。吉にして通る。

彖伝にいう。泰は、小さいものが去り、大きいものが来るので、めでたく物事が通じる。これは天地が交わって万物が通じ、上にいる者と下にいる者が交わって志が一つになることをいう。内側は陽で外側は陰、内側は健やかで外側は従順、内側は君子で外側は小人である。君子の道は盛んになり、小人の道は衰えていく。

象伝にいう。天地が交わるのが泰である。君主はこれにならい、天地の道を裁ち整え、天地の宜しきを助け、民を支える。

易経 第 11 卦の本卦・互卦・錯卦・綜卦の図

易経 第 11 卦 原文と概説

周易第十一卦の詳しい解説
予卦の原文
予。諸侯を建て、軍を動かすのによい。
象伝にいう。雷が地から現れて奮い動かすのが予である。先王はこれにならい、音楽を作って徳を崇め、盛大に上帝へ供物を献じ、祖先をこれに配した。
現代語による説明
予卦。諸侯を封じて国を建て、兵を出して戦うのによい。
象伝はいう。上卦は震で雷、下卦は坤で地である。春雷が轟き、大地が震え、万物を促して生じさせる。これが予卦の象である。先王はこの象を観て、大地に満ちる雷鳴にならい、音楽を作り、功績と徳を歌い、栄光を上帝と祖先に帰した。
『断易天機』による解説
予卦は上が震、下が坤で、震宮の初世卦である。雷が地から出て奮い動かすのは、春雷が万物を目覚めさせ、君王の威が民の間に行き渡ることを象徴する。したがって諸侯を建て、軍を動かすのによい。
家庭運。家族は和合し、通じて栄える象がある。何事も得失をよく点検し、むやみに振る舞ってはならない。さもなければ災いを招き、不利となる。
病気。慢性病には不利。腸・肺・頭部の症状に注意する。
妊娠。貴い男子が生まれる。安らかで災いはない。女子でも同様に問題はない。
子ども。親子は睦まじく、幸福で円満である。養育に心を配り、あまりわがままにさせてはならない。さもなければ不幸な衰運に陥る。
資金繰り。成就する。
売買。取引は有益で利益がある。
待ち人。来る。
人探し。友人または親戚の家にいる。知らせもあり、見つけられる。
失物。見つからない。
外出。順風満帆。
試験。合格の望みがある。さらに努力し、怠ってはならない。
訴訟。小事から是非が大きくなるが、最後には和解できる。
仕事を求める。吉で順調。
転職。吉。
開業。開業する者には吉の象がある。

第十一卦の哲学的な意味

これは陰である。本来、乾は天なので上に、坤は地なので下にあるべきだが、上が坤で下が乾の泰卦は非常に吉である。上卦は坤で地、陰気に属し、下卦は乾で天、陽気に属する。重く濁った陰気は下降し、清らかな陽気は上昇して、陰陽が交感する。上昇する陽気に制約がなければ力を使い果たして成果を生まず、下降する陰気に制約がなければ、それも力を使い果たす。だから陽気が上昇すると陰気が覆い守り、陰気が下降すると陽気が支える。陰陽が交感し、上下が通じ、天地が交わることで、万物は泰安となる。象伝にいう。「天地が交わるのが泰である。君主はこれにならい、天地の道を裁ち整え、天地の宜しきを助け、民を支える。」象伝は、泰卦が下に乾(天)、上に坤(地)を持ち、地気が上昇し乾気が下降する、すなわち地気が乾気の上にある象だと示す。陰陽の気が一方は上り一方は下り、互いに交わって滞りなく通じるのである。この時、君主は機をつかみ、巧みに調整して天地交合の道を成就し、天地が万物を生み出す機宜を助け、天下の民を守って安らかに暮らし働けるようにすべきである。泰卦は通達を象徴し、時に応じて変わる道理を示す中位の卦である。象はこの卦をこう判断する。「学問を胸いっぱいに蓄えて試験場に入り、三つの試験すべてで及第して意気揚々と帰る。これより憂いと鬱屈を解き放てば、喜びは平地に轟く雷のように響く。」この卦の名は泰である。『説文解字』は「泰とは大なり」といい、『礼記』曲礼上の疏は「泰とは、大いなるものの中でも最も大きいもの」と説く。つまり泰は極めて広大という意味である。土地が広く物産が豊かなら、人々は自然に富裕になるので、泰には富裕・ゆとりの意味もある。衣食が足りれば社会は平和で安定するため、泰には安泰・安定の意味も含まれる。

易経 第 11 卦 爻ごとの詳解

周易第十一卦・初九爻の詳しい解説
初九の爻辞
初九。茅を根ごと、その仲間とともに引き抜く。進めば吉。
象伝にいう。茅を引き抜いて進めば吉なのは、志が外へ向かっているからである。
現代語による説明
初九。茅を根ごと、その類とともに引き抜く。敵を討つために進めば吉。
象伝はいう。茅を根こそぎ抜き、敵を徹底して征服すれば吉なのは、志が敵国を討つことにあるからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。これを得る者は志を同じくする者と計画をともにし、財利が日に日に増す。官にある者は徐々に昇進する。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。人の力を借りて事を成し、徐々に昇進する。
財運。共同経営が成功し、商品と財貨が集まる。
家宅。団らんし平安である。
健康。一緒に運動する約束をする。

初九の変卦
"周易第11卦的其中之一变卦卦的卦图
初九が変じると、周易の46卦「地風升」となる。この卦は異卦で、下が巽、上が坤で重なる。坤は地と順、巽は木と謙譲を表す。大地から木が生え、徐々に成長して日に日に高く有用になることは、事業が一歩一歩向上し、前途が広いことのたとえである。そこから升と名づけられた。

初九爻の哲学的意味

仕事において、功名や利禄を第一にしてはならず、人脈をより重視すべきである。人と付き合う時は金銭を惜しんではならない。友人と食事をするなら、最高の酒でもてなすべきである。良好な人脈の基礎を築いてこそ、物事は吉祥に進む。事業を始めるには、自分一人の力だけでは成功しにくい。志を同じくする「仲間」を見つけ、ともに取り組んでこそ成功の可能性がある。

古代には、易経は君主の占いにも用いられた。君主や指導者がこの卦を得たなら、国内の腐敗勢力に注意し、雑草を抜くように根こそぎ除くべきである。そうしてこそ大吉となる。
経文の意味は、茅を抜くと、茅の長い根がその仲間まで土から引き離すのであり、征戦は吉ということ。象の意味は、茅を抜いて征戦するのが吉なのは、その心志が上へ向かい、進取にあるからだということである。
茅を抜くことは古代人の農業生産の一つであった。何に使ったのか。第一に、田畑から茅を抜いて作物の成長を助けるため。第二に、家畜の飼料にするため。第三に、祭祀の品として使い、供物を茅の上に置くためである。


周易第十一卦・九二爻の詳しい解説
九二の爻辞
九二。荒野を包容し、瓢を浮き輪として川を渡り、遠方をも遺さず、党派をつくらず、中道を行って尊ばれる。
象伝にいう。荒野を包容し、中道を行って尊ばれるのは、徳を光明広大にするからである。
現代語による説明
九二。くり抜いた瓢を身につけて川を渡れば、沈まない。金銭を失っても、途中で人の助けを得る。
象伝はいう。その人の度量が広く、同じ道を行く者から深く認められるのは、光明正大だからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。これを得る者は幸運に恵まれ、必ず貴人に出会う。ただし目上の人への損害や、言葉による傷に注意する。官にある者は高位に就き、功名が顕著になる。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。功名が顕著になり、海外もよい。
財運。行商に利益があり、国際貿易によい。
家宅。召使いを信用してはならない。
健康。病気は治りにくい。
九二の変卦
"周易第11卦的其中之一变卦卦的卦图
九二が変じると、周易の36卦「地火明夷」となる。この卦は異卦で、下が離、上が坤で重なる。離は明、坤は順であり、離は太陽、坤は大地である。太陽が地中に沈み、光明が損なわれ、前途が見えず、環境は困難である。時に従って身を隠し、正道を堅く守り、外には愚かに見せて内に知恵を保ち、光を隠して自らを養うべきである。

九二爻の哲学的意味

卦象から見ると、九二は陽爻が陰位にあり、位を失っているが中位にある。
初九は人脈を重視すべきだと述べ、九二は人と交わる過程で、左にも右にも偏らず、中庸の道を実践すべきだと強調する。あらゆるものを包容する広い心を持ち、さまざまな人と良好な関係を保てば、自分の道を広げられる。
象伝にいう。「荒野を包容し」、「中道を行って尊ばれる」のは、光があるからである。
これは人に、爻辞のいう「大河や荒野を包容するような広い心」を持ち、「公正で徳のある君主を補佐できる」境地に達したなら、自分自身も光明正大で、道徳的に高潔でなければならないと教えている。
経文の意味は、八方の荒野を包容し、徒歩で川を渡り、遠方の友を失わず、党派を組んで私利を図らない。これが中正な行動規範であるということ。
象の意味は、八方の荒野を包容し、中正を行動の規範とすることであり、九二の徳が広大であることを示す。
周易第十一卦・九三爻の詳しい解説
九三の爻辞
九三。平地はいつまでも平らではなく、行ったものは必ず帰る。困難の中でも貞を守れば咎はない。その誠が奪われることを心配するな。食事には福がある。
象伝にいう。行ったものは必ず帰る。これは天地の際の道理である。
現代語による説明
九三。平地はやがて坂となり、去ったものは必ず戻る。困難な事を占えば、苦境を乗り越えられる象である。捕らえられることを心配するな。飲食にはなお恵みがある。
象伝はいう。去ったものは必ず戻る。これは天地の法則である。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平。これを得る者は慎重に自制し、保守的にすれば安泰である。そうしなければ小人に害され、何事にも障害が生じる。官にある者は困難に遭い、小人と他人の嫉妬に注意しなければならない。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。慎重に保守すべきで、安逸な楽しみにふければ身を滅ぼす。
財運。目先は失意だが、後には大きな利益がある。
家宅。先祖から受け継いだ事業を慎んで守る。
健康。子どもは問題ないが、老人には不吉。

九三の変卦
九三が変じると、周易の19卦「地沢臨」となる。この卦は異卦で、下が兌、上が坤で重なる。坤は地、兌は沢であり、地は沢より高く、沢は地に容れられる。君主が天下に親臨して国を治め、上下が融和することをたとえる。

九三爻の哲学的な意味

卦象から見ると、九三は陽爻が剛位にあり、正位を得ている。しかし上下卦の接するところに位置している。
この卦から見ると、ここは乾と坤、天と地が交わる場所であり、多くの予測できない変化に直面することになる。
この卦を得た人は、人生の道理を理解しなければなりません。逆境にあるなら、越えられない坂はなく、やがて道が曲がって開け、平坦な道に出る時が来ると知りましょう。反対に、今が順調でも、険阻や困難に出会うことがあるので油断してはいけません。誰の人生も順風満帆ではありません。もちろん、いつまでも不運が続くわけでもありません。
この卦を得た人は、人生の予測できない変化に一時は迷うかもしれません。しかし、正しい道を守り、誠実な心を抱き続ければ、ついには「雲が晴れて明るい月が見える」時が来ます。
本文の意味は、平地だけで坂のない場所はなく、行くだけで帰りのない道もない、ということです。困難の中でも正しい道を守れば災いはありません。過度に心配する必要はなく、内に誠を保てば、飲食の恵みにあずかれます。

周易第十一卦・九四爻の詳しい解説
六四の爻辞
六四。ひらひらと軽やかで富まず、隣人と力を合わせ、戒めなくても誠をもって接する。
象伝にいう。ひらひらと軽やかで富まないのは、皆が実質を失っているからである。戒めなくても誠をもって接するのは、心の底からそう願っているからである。
現代語による説明
六四。巧みな言葉で人を欺けば、隣の邑にも災いをもたらす。警戒しなければ、災難に遭い捕らえられる。
『象辞』にいう。巧みな言葉で人を欺き、隣人にまで災いが及ぶとは、皆がともに損失を受けることである。警戒せず災難に遭って捕らえられるのは、心があまりに実直で人を疑わないからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平。これを得た人は、計画や営みで不利になり、退いて守れば無事です。官職にある人は前進や昇進が難しいので、退いて守るのがよいでしょう。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。友人が心を一つにすれば、何事も計画できます。
金運:外見は強そうでも内実は弱く、同業者から助けを得る。
家庭。親族や友人が助けてくれ、当面は心配ありません。
健康。心配する必要はありません。

六四の変卦
"周易第11卦的其中之一变卦卦的卦图
四爻が変じて、周易の34卦「雷天大壮」となる。この卦は、異なる二つの卦(下が乾、上が震)が重なったものである。震は雷、乾は天を表す。乾は剛健、震は動きを表す。天に雷鳴がとどろき、雲と雷が鳴り響いて勢いは壮大である。陽気が盛んで、万物が成長する。剛健で力があるため「壮」といい、大きく、しかも盛んなので「大壮」と名づけられた。四つの陽爻が盛んで、積極的に事を成そうとしている。上も下も正しく、標が正しければ影もまっすぐである。

九四爻の哲学的意味

確かに、国家という観点から見ると、六四は大臣同士が互いに謙譲し、個人の富貴を目的とせず、心を開いて接し、ともに君主を支えるべきだと説いています。そうすれば国は泰平となり、民は安らかに暮らせます。
卦象から見ると、六四は尊い九五のすぐそばにあり、上下二体の陰陽が交わる位置にいます。上には指導者が、下には部下がいます。忠の道も公の道も尽くし、謙虚な態度で上層の指導者との結束を保ち、さらに賢者を敬い身分の低い者にも礼を尽くせば、安泰で和やかな局面が現れます。
個人にとっては、近隣の人や同僚との関係を良好に保つことが大切です。仕事が発展し、地位が上がっても、得意になって我を忘れてはいけません。
六四。ひらひらと軽やかで富まず、隣人と力を合わせ、戒めなくても誠をもって接する。
象伝にいう。ひらひらと軽やかで富まないのは、皆が実質を失っているからである。戒めなくても誠をもって接するのは、心の底からそう願っているからである。
本文の意味は、軽やかで富まず、隣人と交わり、警戒心を抱かず誠を心に持つ、ということです。象伝の意味は、軽やかで富まないのは、皆が実質に乏しいからです。警戒せず誠を抱くのは、心の中でそれを願っているからです。
国家の重臣である六四が、どうして「軽やかで富まない」のでしょうか。実は清廉な官僚なのです。太平の世に、清廉な官僚がいなくてどうしてよいでしょう。もし国家の重臣が皆、富んでいて貪欲なら、民はどうして豊かになれるでしょうか。どうして太平の世が現れるでしょうか。だから盛世には、よい皇帝だけでなく、よい官僚も必要なのです。六四の大官はなかなか立派で、親しみやすく、内心は誠実で信用を重んじ、人々は彼と交わるのに警戒する必要がありません。テレビで描かれる紀暁嵐や劉羅鍋が、まさにこのような清廉な官僚です。
周易第十一卦・九五爻の詳しい解説
六五の爻辞
六五。殷の帝乙が妹を嫁がせ、それによって福を得、大いなる吉となる。
象伝にいう。福を得て大いに吉なのは、中正の道に従って願いを実行するからである。
現代語による説明
六五。殷の帝乙が娘を周の文王に嫁がせ、それによって福を得、大いに吉となる。
『象辞』にいう。福を得て大いに吉なのは、六五が上卦の中央に位置し、人が中正の道に従って行動する姿に似ているからである。行うことは必ず成就する。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。これを得た人は人から評価され、引き立てられ、または結婚や子どもに恵まれ、幸福で安らかな生活を送ります。官職にある人は昇進するか、喜ばしい出来事があります。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。謙虚に人と接すれば、何事も吉です。
金運。国際貿易は大いに有利です。
家庭。賢い妻に支えられ、遠方への嫁入り・婿取りがあります。
健康。必ず神仏の加護があります。

六五の変卦
"周易第11卦的其中之一变卦卦的卦图
六五が変じると、周易の5卦、水天需になります。この卦は異卦(下が乾、上が坎)が重なったものです。下卦の乾は剛健を、上卦の坎は険難を表します。剛健さで険難に向き合う時は、安定して慎重に進み、軽率に行動してはいけません。時勢を見て変化を待てば、進む先では必ず成功します。

九五爻の哲学的意味

本文の意味は、殷の帝乙が妹を嫁がせ、それによって福を得て大いに吉となった、ということです。
諸侯国が富強になると、盟主は婚姻によって関係を結ぼうとしました。どうするのか。妹や娘をあなたに嫁がせるのです。これは封建社会における典型的な治国法でした。秦以前は封建制で、諸侯は婚姻によって結束を強めましたが、結果として内輪の争いや反乱を招きました。黄帝の時代から戦国時代に至るまで、多くの戦争は血縁関係を持つ支配階級同士の権力と利益をめぐる争いでした。
血縁関係を持つ支配階級同士の権力と利益をめぐる争いでした。
『易経』では「殷の帝乙が妹を嫁がせた」ことが何度も取り上げられ、周がこれを誇るべき出来事と考えていたことが分かります。殷商の天子・帝乙は妹を周の文王に嫁がせました。これは周にとって確かに大事件でした。周が勢力を伸ばしたのは、殷商との血縁関係の恩恵を受けたからであり、紂王が文王を殺さなかったことにも、この血縁がある程度関係していました。文王は紂王の義理の叔父で、しかも比較的実直な人物だったため、紂王は
自然に文王を断固として除こうとは考えなかったのです。
「殷の帝乙が妹を嫁がせる」という手法は、今日にも存在し、一定の意味を持っています。「六五」は陰柔でありながら中位を得て、下では九二に応じ、上下が通じて泰平となる象です。例えば、互いに競争する二つの大企業が、一つの婚姻によって敵から友へ、友から親族へと変わることがあります。解放前の「宋家の三姉妹」は、婚姻同盟の成功例です。「宋家の三姉妹」については書籍が多いので、ここでは詳しく述べません。
この卦を得た人は、苦しみに耐え、辛抱強く待った末、長年心に願ってきたことが実現し、ついに喜びの時が訪れることを示します。
周易第十一卦・上六爻の詳しい解説
上六の爻辞
上六。城壁が堀に崩れ落ちる。軍を用いてはならない。邑から命令が伝わる。正しさを守っても恥辱となる。
象伝にいう。城壁が堀に崩れ落ちるとは、その命令が乱れていることである。
現代語による説明
上六。城壁が破られ、堀の中へ崩れ落ちる。「攻撃をやめよ」と邑から命令が伝わる。占えば不吉な兆しである。
『象辞』にいう。城壁が破られ堀に崩れ落ちるとは、本来は勢いに乗じて攻めるべきなのに、反対に攻撃停止の命令が出されたことをいう。これは邑から伝わった命令が混乱しているからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶。これを得た人は損失や病気に遭うことがあります。慎重で誠実な人は災いを免れます。官職にある人は降格されるでしょう。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運。慎重に身を守り、小人に注意しなさい。
金運。小さく試す程度にして、機会を待ちましょう。
家庭。家業を慎重に守りなさい。
健康。転倒に注意しましょう。

上六の変卦
"周易第11卦的其中之一变卦卦的卦图
上六が変じると、周易の26卦、山天大畜になります。この卦は異卦(下が乾、上が艮)が重なったものです。乾は天で剛健、艮は山で篤実を表します。「畜」は蓄えること、「大畜」は大いに蓄えることです。そこで、重大な困難や険阻を恐れず、心身を修めて徳と事業を豊かにします。

上九爻の哲学的意味

泰が長く続けば否となり、否が極まれば泰が来るのと同じく、これは天理の必然です。古代にはどの都市にも高い城壁が築かれ、その下に溝がありました。城壁下の溝は、水がなければ隍、水があれば池と呼ばれました。人々は安全のため、隍の土を掘って城壁を築きました。これは治世の道に似ており、最後には安泰を実現します。しかし「泰」の終わりには再び「否」に戻り、城壁が崩れて、その土がまた隍に積もるようになります。これが「城、隍に復す」という道理です。
象伝にいう。城壁が堀に戻るとは、その命令が乱れていることである。
この卦を得た人は、自分の置かれた状況が悪い方向へ変化しようとしていることを理解しなければなりません。だから自分を律することに注意しなければ、みずから面倒を招くことになります。事態を適時に抑えられなければ、仕事や事業が危うくなる可能性があります。