易経 · 六十四卦

周易・易経・第60卦・節卦・水沢節・上が坎、下が兌

節:通る。苦しい節制は正しく保てない。

彖伝にいう。節は通る。剛と柔が分かれ、剛が中を得ている。苦しい節制を正しいものとして守れないのは、その道が行き詰まるからである。悦びをもって険難を進み、正しい位にあって節制し、中正によって通達する。天地に節度があるから四季が成り立つ。制度によって節度を定めれば、財を損なわず、民を害さない。

象伝にいう。沢の上に水があるのが節である。君子はこれにならい、数や度量を定め、徳行を考察する。

易経 第 60 卦の本卦・互卦・錯卦・綜卦の図

易経 第 60 卦 原文と概説

『周易』第60卦の詳しい解説
節卦の原文
節。通る。苦しい節制は正しく保てない。
象伝にいう。沢の上に水があるのが節である。君子はこれにならい、数や度量を定め、徳行を考察する。
現代語による説明
節卦:通達する。節制を苦しいと感じるなら、その吉凶は占っても定められない。
『象辞』にいう。本卦の下卦は兌で、兌は沢を表し、上卦は坎で、坎は水を表す。沢に水が満ちるため、堤防を高く築かなければならない。これが節卦の象である。君子はこの象を観て、政治の綱紀や制度を整え、倫理の原則を確立する。
『断易天機』による解説
節卦は上が坎、下が兌で、坎宮の初世卦である。節は節制と倹約を示し、浪費をやめることを意味する。そうしてこそ家庭の安寧を保てる。
北宋の易学者・邵雍の解釈
節度を守り、ほどよいところでやめる。時勢を見極め、変化に応じる術を知る。
この卦を得た人は、分を守り、貪欲になりすぎないこと。何事も節制し、度を越さず、とくに酒色を慎むべきである。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:品行を正しくすれば、名利は自然に成る。
財運:正しく商売すれば、豊かさを得られる。
家庭:裕福な家である。婚姻は吉祥。
身体:飲食を節制する。
伝統的な卦の解釈
この卦は異なる卦(下が兌、上が坎)が重なったもの。兌は沢、坎は水である。沢には水があるが流れには限りがあり、多すぎれば沢の外へあふれる。したがって節度が必要であり、節と呼ばれる。節卦と渙卦は反対で、互いに綜卦となり、相補的に用いられる。天地は節度があるから常に新しく、国家は節度があるから安定し、個人は節度があるから完成する。
大象:沢は池や沼であり、その上に坎の水がある。水を蓄え、流れ出さないよう制する象だが、水位が高すぎれば氾濫する。
運勢:志を伸ばしにくい。何事も節制し、度を越さず、とくに酒色を慎むこと。
仕事:発展の時期にあり、決して急ぎすぎてはならない。しかし、良い機会を捨ててもいけない。道に従い義を守る原則を貫けば、大胆に行動してよい。そうすれば仕事はさらに発展する。
商売:市場は好況で、自分に有利である。努力して開拓し、機会を逃してはならない。ただし、頭は冷静に保ち、投資には限度を設け、ほどよいところでやめ、回収すべき時には回収すること。
名声を求めること:自分に厳しく求め、物事を処理する際に節度を知り、極端に走らなければ、滞りなく順調に進める。
婚愛:感情に我を忘れるほど深入りしてはならない。自然の成り行きに任せれば、良い結果になる。
決断:好機をつかみ、逃してはならない。行動は適度に抑え、無理をせず、冒険もせず、分相応に行うこと。何事にも固執せず、変えるべき時は変える。ただし、節制すべき時には必ず節制する。節制にも限度があり、過度になれば苦となって良い結果を生まない。これは本末転倒であり、十分に注意しなければならない。

第60卦の哲学的意味

節卦は異なる卦が重なったもので、下卦が兌、上卦が坎である。兌は沢、坎は水を表す。沢には水があるが流れは限られ、多すぎれば外へあふれる。だから節度が必要で、節と呼ばれる。天地は節度があるから常に新しく、国家は節度があるから安定し、個人は節度があるから完成する。
節卦は渙卦の後に置かれる。『序卦伝』では、「物はついに離れ続けることはできない。だから節でこれを受ける」と説く。いつまでも離散・分散し続けるのはよくないため、次に節卦を論じる。節卦と渙卦は反対で、互いに綜卦となり、相互に用いられる。
『象伝』では次のように説く。沢の上に水があるのが節であり、君子は数度を定め、徳行を議する。ここでは、節卦の象は下が兌(沢)、上が坎(水)で、沢の上に水がある形であり、堤防による制御を象徴すると指摘している。沢の水は満ちればあふれるが、堤防は水量の増減を調節するためのものである。君子は節の道理にならい、法令制度や必要な礼儀・規範を定めて行動の基準とし、人々の行動を節制すべきである。
節卦は万物に節度があることを象徴し、人々に節制の道理を教える、最上級に吉の卦である。『象伝』ではこの卦を次のように判断する。時が来て運が転じ、喜びが生じる。壇に上って神として封じられる姜太公のように、ここに至れば諸神も皆その位を退く。たとえ災いがあっても凶にはならない。
節卦の象:卦象から見ると、上卦は坎で水、下卦は兌で沢であり、沢の上に水があるのが節卦の象である。水は高い所から低い所へ絶えず流れるが、浅いくぼ地を通ると蓄えられ、先へ流れなくなる。沼地は地面より低いため、雨や川の水が流れ込むと、そこに水がたまる。このように水がたまって沢になることが、節卦の大きな象である。

易経 第 60 卦 爻ごとの詳解

『周易』第60卦・初九爻の詳しい解説
初九の爻辞
初九。門や庭から出なければ、咎はない。
象伝にいう。「門や庭から出ない」とは、通じる時と塞がる時を知ることである。
現代語による説明
初九。この爻を占って得たなら、門を閉ざして外出しなければ、災いはない。
『象辞』にいう。門を閉ざして外出しないのは、進んでも通じないと知っているからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平。この爻を得た人は、進取には不利で、現状を守るのがよい。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:門を閉ざして修養すれば、平安こそ福である。
財運:行商には不利だが、店を開くことはできる。
家庭:家で安らかに暮らせる。夫婦の釣り合いもよい。
身体:家で静かに療養する。

初九の変卦


初九が変爻すると、『周易』の29卦、水が重なる坎為水となる。この卦は同じ卦(下も坎、上も坎)が重なったもの。坎は水であり険難を表す。坎が二つ重なれば、険の上にさらに険が加わり、障害が幾重にもある。一つの陽が二つの陰に陥っている。幸い、陰は虚で陽は実なので、誠を貫けば道が大きく開ける。険難が重なるからこそ、人間性の輝きが示される。

初九爻の哲学的意味

節卦第一爻の爻辞:初九。「門や庭から出なければ、咎はない。」爻辞の解説
戸庭:家の庭を囲む塀に設けられた出入口。
この爻辞の意味は、庭の外へ踏み出さなければ害はないということである。
卦象から見ると、初九は陽爻が剛位にあり、動きたがる象を持つ。しかし初九は兌卦の始めに位置し、兌は少女を象徴する。古代には、良家の娘は大門を出ず、内門も越えないことが求められ、行動を節制して教養を示した。しばしば外出して自制を知らなければ、評判が悪くなる。卦全体で見ると初九は動こうとするが、上の九二と反対に比し、九二に阻まれて上進できない。したがって家にいるのが最善である。
『象伝』ではこの爻を次のように分析する。「門や庭から出なければ」とは、道が通じる時は進み、塞がる時は止まる道理を知ることである。
この爻を得た人は、しばらく外出せず、家にいるのがよい。活発な性質には合わないだろうが、必ず自分を抑えること。家にこもって静かに過ごし、孤独を甘受すれば、外へ出ない限り災いはない。
初九:門や庭から出なければ、咎はない。
象伝にいう。「門や庭から出なければ」とは、通じる時と塞がる時を知ることである。
経文の意味は、家から出なければ災難はないということである。
象辞の意味は、家から出ないのは、閉塞と通達の時勢の道理を理解しているからだということである。
『周易』第60卦・九二爻の詳しい解説
九二の爻辞
九二。家の門から出なければ、凶である。
象伝にいう。「家の門から出ない」とは、時機を極端に失うことである。
現代語による説明
九二。この爻を占って得たなら、門を閉ざして外出しなくても、凶険がある。
『象辞』にいう。門を閉ざして外出しないのも危険である。好機をみすみす逃し、過ちが極まっているからだ。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶。この爻を得た人は運が悪く、物事が多く食い違う。動く方がよく、静止はよくない。官職にある人は時運に恵まれない。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:旧習に流されて自ら誤り、好機を逃す。
財運:好機を逃し、もうけるどころか損をする。
家庭:家に人がいない。寂しさと恨みは避けがたい。
身体:歩行が困難である。

九二の変卦


九二が変爻すると、『周易』の3卦、水雷屯となる。この卦は異なる卦(下が震、上が坎)が重なったもの。震は雷で動きを表し、坎は雨で険難を表す。雷雨が重なり、険しい環境に危険が満ちている。「屯」はもともと植物が大地から芽生えることを指し、万物の始まりは困難や険阻に満ちる。しかし時に従い、状況に応じれば、必ず盛んに成長する。

初九爻の哲学的意味

節卦第二爻の爻辞:九二。「家の門から出なければ、凶である。」爻辞の解説
この爻辞の意味は、節制しすぎて家の門を出ないと、危険が生じるということである。
卦象から見ると、九二は陽爻が柔位にあり、積極的で動こうとする性質も持つ。しかも初九とは異なり、九二は震卦(九二・六三・九四)の中にあり、震は長男を表す。これは少女を表す兌とは異なる。古代社会では、女性は大門を出ず内門にも入らないことが求められた一方、男性は積極的に外へ出て世間を渡り、家庭と社会の責任を担うべきだった。特に家の長男には重い責任があった。しかし九二という長男は柔位にあり、坎の困難に媚び、難しさに頭を下げて家にこもる。進むべき時に進まず、出るべき時に出ないため、社会から隔絶し、災いに遭う。
『象伝』ではこの爻を次のように分析する。「家の門から出なければ」とは、適切で妥当な時機を失うことである。
この爻を得た人は、一日中家にいる現状から抜け出し、外へ出てさまざまな友人と交流し、世間を見て、自分がすべきことを行うべきである。一日中部屋に閉じこもって世間から隔絶すれば、多くの重要な機会を失い、非常に不利になる。
九二:家の門から出なければ、凶である。
象伝にいう。「家の門から出ない」とは、時機を極端に失うことである。
経文の意味は、家から出なければ凶険だということである。
象辞の意味は、家から出ないことで、時機を完全に失ったということである。

『周易』第60卦・六三爻の詳しい解説
六三の爻辞
六三。節制しなければ、嘆きとなる。咎はない。
象伝にいう。「節制しなかったことの嘆き」とは、いったい誰を咎められようか。
現代語による説明
六三。倹約しなければ困窮し、困窮すれば過ちを悔い改めるようになる。悔い改めれば災いは避けられる。
『象辞』にいう。贅沢が悔恨をもたらした。それは誰の過ちなのか。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平。この爻を得た人は苦労が多く、得るものは少ない。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:得た後に失い、無奈に嘆く。
財運:財を守る術を知らず、自業自得となる。
家庭:初めは富み、後には貧しくなる。初めは喜び、後には悲しみ。
身体:飲食の節制を欠いたため病気になる。

六三の変卦
六三が変爻すると、『周易』の5卦、水天需となる。この卦は異なる卦(下が乾、上が坎)が重なったもの。下卦の乾は剛健を意味し、上卦の坎は険難・陥穽を意味する。剛健なものが険難に遭う時は、安定して慎重に進み、軽率に行動してはならない。時を観て変化を待てば、進む先は必ず成就する。

九三爻の哲学的な意味

節卦第三爻の爻辞:六三。「節制しなければ、嘆きとなる。咎はない。」爻辞の解説
この爻辞の意味は、本来は節制すべきなのにできず、後になって嘆き、深く後悔するが、災いはないということである。
卦象から見ると、六三は陰爻が剛位にあり、位も正しくなく中にもいない。行いが正しくなく、節制できないため職責を怠った咎がある。しかし後になってすぐに気づき、過ちを改め善へ移ろうとする心があるので、咎はない。『象伝』はこの爻を「節制しなかったことの嘆き、誰を咎められようか」と解釈する。ここでは、「本来は節制すべきなのにできず、後で深く嘆き悔いる」なら、いったい誰が責められようか、と指摘している。この爻を得た人は、言葉と行動を慎むべきである。自分の不足に気づかず、人の忠告にも耳を傾けなければ、後で後悔するしかない。誰にも責められなくても、自分にとって良いことではない。
六三:節制しなければ、嘆きとなる。咎はない。
象伝にいう。「節制しなかったことの嘆き」とは、いったい誰を咎められようか。
経文の意味は、自分を節制しなければ嘆き悲しむことになるが、災いはないということである。象辞の意味は、自分の節制不足が悲しみを招いたのだから、いったい誰を責められようかということである。
『周易』第60卦・九四爻の詳しい解説
六四の爻辞
六四。安らかな節制。通る。
象伝にいう。安らかな節制が通るのは、上位者の道を受け継ぐからである。
現代語による説明
六四。倹約と礼を守る暮らしに安んじれば、通る。
『象辞』にいう。倹約と礼を守る暮らしに安んじることが吉なのは、君主の意向に従うからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た人は、公正を守り法に従い、正道に安んじるので、利益と福を得られる。官職にある人は上司に認められ、昇進が望める。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:平安こそ福。命に従って行動する。
財運:他郷で安らかに暮らし、何事も倹約する。
家庭:平安無事。夫婦は穏やかに過ごす。
身体:病は口から入る。
六四の変卦


六四が変爻すると、『周易』の58卦、兌為沢となる。この卦は同じ卦(下が兌、上も兌)が重なったもの。兌は沢で水を表す。二つの沢がつながり、二つの水が交流し、上下が和合する。団結して助け合い、喜びをもたらす。兌は悦びを意味する。剛健の徳を内に保ち、外には柔和な姿を示し、正道を堅く歩んで民を向上へ導く。

九四爻の哲学的意味

節卦第四爻の爻辞:六四。「安らかな節制。通る。」爻辞の解説
この爻辞の意味は、安らかに節制を実行すれば、通達を得られるということである。
卦象から見ると、六四は陰爻が柔位にあり、正しい位を得ている。その上の九五を受け、九五とは親しく比する関係にあり、下では初九と正しく応じているため、上下の関係が調和している。上では君主に従い、下では賢者の監督を受け、それを自分を節制する力とするので、通達できる。
『象伝』ではこの爻を次のように解釈する。「安らかな節制が通るのは、上位者の道を受け継ぐからである」。ここでは、「安らかに節制を実行すれば通達を得る」とは、柔順で上位者を尊ぶ道を慎んで守ることだと示している。
この爻を得た人は、あらゆる面で節制でき、しかも自ら進んでそうしており、度合いもよくわきまえている。そのため各方面で通達を得られる。
六四:安らかな節制。通る。
象伝にいう。安らかな節制が通るのは、上位者の道を受け継ぐからである。
経文の意味は、節制に安んじれば通達するということである。
象辞の意味は、節制に安んじて得られる通達が、九五に従い受け継ぐ天道によるということである。
『周易』第60卦・九五爻の詳しい解説
九五の爻辞
九五。甘い節制。吉。進めば称賛を得る。
象伝にいう。甘い節制が吉なのは、中位にあるからである。
現代語による説明
九五。倹約と礼を守ることを楽しめば吉である。これを実践して進めば、行く先々で人の援助を得る。
『象辞』にいう。倹約と礼を守ることを楽しむのが吉なのは、九五の爻が適切な位にあり、徳に住して義を行う人のように、自然に人の援助を得るからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た人は運がよく、願い事が成就する。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:苦しみが去って楽が訪れ、功名は必ず顕れる。
財運:米を他所へ売りに行けば、利益は必ず大きい。
家庭:正直で倹約的。末永く仲睦まじい夫婦。
身体:食事を節制すれば治る。
九五の変卦
九五が変爻すると、『周易』の19卦、地沢臨となる。この卦は異なる卦(下が兌、上が坤)が重なったもの。坤は地、兌は沢で、地は沢より高く、沢は地に包まれる。君主が自ら天下に臨み、国を治め安定させ、上下が和合することを象徴する。

九五爻の哲学的意味

節卦第五爻の爻辞:九五。「甘い節制。吉。進めば称賛を得る。」爻辞の解説
甘節:心から望んで節制すること。
この爻辞の意味は、心から節制すれば吉祥を得られ、前進すれば必ず称賛されるということである。
卦象から見ると、九五は君主の位にある陽爻で、中を守り正を保つ。物事を分寸に従って処理し、偏りも行き過ぎもない。君主として自ら進んでそうするため、臣民の模範となり、民の支持を得て、さらに多くの賢者を補佐に引き寄せる。
『象伝』ではこの爻を次のように解釈する。「甘い節制が吉なのは、中央の位にあるからである」。ここでは、「心から節制すれば吉祥を得られる」のは、中正の位にいるためだと示している。
この爻を得た人は、組織の指導者か、子どもの親である可能性がある。あらゆる面で自分を節制し、部下や子どもの手本となれば、尊敬を得られる。
九五:甘い節制。吉。進めば称賛を得る。
象伝にいう。甘い節制が吉なのは、中位にあるからである。
経文の意味は、倹約の暮らしを甘美なものと感じれば吉で、前進すれば尊敬を得るということである。
象辞の意味は、倹約の暮らしを甘美なものとする吉祥が、九五が中正の位にあることから生じるということである。
『周易』第60卦・上六爻の詳しい解説
上六の爻辞
上六。苦しい節制。正しさを守っても凶である。悔いは消える。
象伝にいう。苦しい節制を正しく守って凶となるのは、その道が行き詰まるからである。
現代語による説明
上六。倹約と礼を守ることを苦しいと感じ、占えば凶兆となる。その人は家運の衰退を悔いることになる。
『象辞』にいう。倹約と礼を守ることを苦しいと感じて占いが凶となるのは、一卦の末端に上六の陰爻が孤立しているように、人が貧困と閉塞の境地に入るからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶。この爻を得た人は時運に恵まれず、名も利も得られない。官職にある人が融通を知らなければ、前途は暗い。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:融通が利かず、一生貧しい。
財運:好機を失い、嘆いても無駄である。
家庭:開明であるのがよい。頑固では暮らしにくい。
身体:病状は危篤である。

上六の変卦


上六が変爻すると、『周易』の61卦、風沢中孚となる。この卦は異なる卦(下が兌、上が巽)が重なったもの。孚の本来の意味は孵化で、卵が殻からかえる時期が非常に正確であることから、信の意味を持つ。卦の形は外が実で内が虚、心中の誠を象徴するので中孚卦と呼ばれる。これは身を立て世に処する根本である。

上九爻の哲学的意味

節卦第六爻の爻辞:上六。「苦しい節制。正しさを守っても凶。悔いは消える。」爻辞の解説
この爻辞の意味は、節制が過度になると苦しくなり、改めずに固執すれば危険が生じる。しかし、過度な節制を悔いれば、危険が消える可能性があるということである。
卦象から見ると、上六は陰爻が柔位にあり、正位を得ている。しかし節卦の最上位にあり、中位ではないため中道を守れず、中道を越えて極端な節制に走る象がある。苦しみながら節制を強め、緩めることを知らず、塞がりを知っても通じさせることができない。
『象伝』ではこの爻を次のように分析する。「苦しい節制を正しく守れば凶」とは、その道が行き詰まるからである。ここでは、「節制が過度になると苦しくなり、危険が生じる」のは、過度な節制が必ず行き止まりへ導くためだと示している。
この爻を得た人は、すでに節制が過ぎる傾向にある。たとえば倹約は美徳だが、金を節約するために粗末な食事や服装をするなら、それは過度の節制である。自分を抑えすぎてはならない。過度に自分を縛り、苦行者のように暮らし、仕事でも自由に手を広げられなければ、不利になる。急務は、自分を放任することと節制することの間に中間点を見つけることである。自分に対しても他人に対しても、過度な節制は通用しないからだ。
上六:苦しい節制。正しさを守っても凶。悔いは消える。
象伝にいう。苦しい節制を正しく守って凶となるのは、その道が行き詰まるからである。
経文の意味は、過度に苦しい節制を続ければ正道を守っても危険だが、悔いは残らないということである。
象辞の意味は、過度な節制の危険は、行き詰まりの境地に至ることから生じるということである。