易経 · 六十四卦

周易・易経 第55卦 豊卦――雷火豊、震上離下

豊――通る。王が至る。憂うるな。正午がよい。

彖伝にいう――豊とは大いなることである。明らかであって動くから豊かになる。「王が至る」とは、大いなるものを尊ぶことである。「憂うるな。正午がよい」とは、天下を照らすのがよいということである。太陽は中天に達すれば傾き、月は満ちれば欠け始める。天地の盈ち欠けは時に従って消長する。まして人間や神霊においてはなおさらである。

象伝にいう――雷と電がともに至るのが豊である。君子はこれを見て、訴訟を裁き、刑罰を執行する。

易経 第 55 卦の本卦・互卦・錯卦・綜卦の図

易経 第 55 卦 原文と概説

周易第五十五卦の詳解
豊卦の原文
豊。通る。王が至る。憂うるな。正午がよい。
象伝にいう――雷と電がともに至るのが豊である。君子はこれを見て、訴訟を裁き、刑罰を執行する。
現代語による説明
豊卦――祭祀を行うと、王が宗廟に自ら赴く。心配するな。最もよい時は正午である。
象伝はいう。上卦は震で雷、下卦は離で電を表す。稲妻が走り雷が鳴るのは、天が示す大いなる天象であり、これが豊の卦象である。君子はこの卦象を観て、電光雷鳴の明晰さと威厳に感じ入り、訴訟を裁き、刑罰を施す。
『断易天機』による解説
豊卦は上が震、下が離で、坎宮の五世卦である。豊は盛大を意味し、本来は吉兆だが、盛りが極まれば必ず衰える。豊かさの中にも隠れた憂いがあるため、注意深く慎重でなければならない。
北宋の易学者・邵雍の解釈
盛大で豊満。財を得て利益が生じ、望みは成就し、必ず喜び事がある。
この卦を得た人は運勢が強く、計画は成就し、名利をともに得られる。ただし欲張りすぎてはならず、足るを知って常に楽しみ、喜びが極まって悲しみに変わること、財を失うこと、さらには火災に注意すること。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:勢いが盛んである。慎重に注意すること。
金運:利益は非常に多いが、訴訟に注意すること。
家庭:東南向きがよい。天が定めた良縁である。
身体:肝火が上がっている。静養がよい。
伝統的な卦の解釈
この卦は異なる卦が重なり、下が離、上が震である。稲妻が走り雷が鳴り、大きな成果を上げ、頂点に達すること、太陽が中天にあるような状態を象徴する。ただし、物事が反対の方向へ進むことに必ず注意せよ。盛衰は無常なので、警戒を怠ってはならない。
大象:雷と電が交わり、勢いは壮大である。さらに離の太陽が天際を動き、大地をあまねく照らす。すべて盛大の象である。
運勢:運勢は非常に強く、収穫の時である。ただし、欲を張りすぎてはならない。足るを知ることが大切であり、争いごとや財産の損失、さらには火災にも注意すること。
仕事・事業:非常に順調で、最盛期にあります。あらゆる面がうまく進み、大きな成果を上げられるでしょう。ただし、衰退の兆しが現れ始めていることには、必ず注意しなければなりません。小さな兆候のうちに問題を防ぎ、うぬぼれや慢心を厳しく戒めましょう。同時に、実現不可能なことをむやみに追い求めず、現在の状態をできるだけ長く保つことに全力を注ぐべきです。
商売:市場の動きを正確に把握できているため、商況は自分にとって非常に有利であり、大胆に事業を発展させてよいでしょう。ただし、必ず市場の動向を綿密に見守り、情報を分析してください。少しでも不注意があれば、一夜にして破産する可能性があります。万一破産した場合は、直ちに教訓を総括し、誠実な協力者を探して、できるだけ早く苦境から抜け出しましょう。
名声:努力と奮闘によって、すでに成果を得ている。それを保ち、着実に発展させることに注意し、虚名を追い求めてはならない。
結婚・恋愛:成功し、円満で幸福になる可能性がある。ただし、一方が自分の条件が変わったと思って心を揺らすなら、不利な結果を招く。
決断:生まれつき聡明で条件にも恵まれているため、あらゆる面が非常に順調である。しかし、人の世は無常だという真理を深く理解し、何事もほどほどに保つこと。極まれば必ず反転することを肝に銘じるべきである。自ら閉じこもって苦境に陥ってはならず、決して落胆してはならない。

第五十五卦の哲学的意味

豊卦の卦象――雷火豊の象徴的意味
豊卦は異なる二つの卦が重なったもので、下卦は離、上卦は震である。離は火、震は雷を表す。雷雨は五穀を豊かに実らせ、火は収穫した穀物を豊かな食事に変える。そこでこの卦を「豊」と名づける。
豊卦は帰妹卦の後に置かれている。『序卦伝』は次のように説明する。「帰する所を得た者は必ず大きくなる。ゆえにこれを受けるに豊をもってする。豊とは大いなることである。」帰妹卦は人々が帰り集まることを表す。多くの人が帰り来れば民が集まり、国が豊かになるので、続いて偉大さを表す豊卦を論じるのである。
『象伝』はこの卦を次のように解釈する。「雷電みな至るは豊なり。君子以て獄を折め刑を致す。」これは、豊卦が下に離(火)、上に震(雷)を配し、離は稲妻、震は雷を表すため、雷と稲妻が同時に到来する象徴であり、盛大で満ちあふれたさまを示すということである。君子は雷電のように、裁判を明らかで公正に行い、刑罰を正しく執行すべきである。
豊卦は上上卦に属する。『象』はこの卦を次のように占断する。古い鏡が何年も曇っていたが、ある朝磨かれて満月のように明るくなる。君子が事を企ててこの卦を得れば、近ごろ運が好転し、喜びが自然に訪れる。

易経 第 55 卦 爻ごとの詳解

周易第五十五卦・初九爻の詳しい解説
初九の爻辞
初九――妹が側室として嫁ぐ。びっこの者が歩けるようなもので、進めば吉。
象伝にいう――妹が側室として嫁ぐのは、常道である。びっこの者が歩けるのが吉なのは、互いに支え合うからである。
現代語による説明
初九――姉が正室として嫁ぎ、妹を側室として伴わせる。びっこの者でも歩くことができる。この爻を占って得れば、出発は吉。
「象伝」はいう。姉が嫁ぐ際に妹も側室として伴わせるとは、姉妹が一人の夫に嫁ぐことで、古代貴族の婚姻の慣例である。びっこの者が歩けて出発が吉なのは、びっこの者が人の助けを得るからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉。この爻を得た人は、小さくても徳があり、願いが順調に進む。官職にある人は実績を挙げる可能性がある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:人の力を借りて事を成すが、自分の功績はさほど多くない。
金運:命を受けて動けば、幸い利益を得られる。
家庭:離れの家でも吉。
健康――歩行に支障がある。

初九の変卦
"周易第55卦的其中之一变卦卦的卦图

初九が変爻すると、周易の第40卦「雷水解」になる。これは異なる卦が重なり、下が坎、上が震である。震は雷と動、坎は水と険を表す。険は内にあり、動きは外にある。厳冬には天地が閉ざされ、静止が極まると動きが始まる。万物が新たになり、冬が去って春が来て、すべてが解ける。これが解である。

初九爻の哲学的意味

豊卦の初爻、爻辞:「初九。其の配主に遇う。旬なりと雖も咎なし。往けば尚ばる。」爻辞の解釈。
「配」は釣り合う、ふさわしいという意味。「旬」は均等、同等を指す。
この爻辞の意味は、自分と釣り合う主君に出会うということである。能力も学識も同等であっても問題はなく、今後の発展は上昇傾向を示す。
卦象から見ると、初九は陽爻で剛位にあり、正しい位置を得ている。陽爻は君子を表し、明るさと行動力を意味する。初九は上卦の九四とは正応ではないが、互いに賓客と主人の関係となり、二つの陽爻がともに進む形をつくっている。
『象』はこの爻を「旬なりと雖も咎なし。旬を過ぐれば災いあり」と解釈する。能力や学識が同等である限り問題はないが、均衡を超えれば困難が生じるということである。
この爻を得た人は、物事を行う際、自分と同程度の能力をもち志を同じくする人に出会う。二人は共通の事業のためにともに努力し、協力し合って相乗効果を生む。しかし、どちらが上か、どちらが強いかを争い、一方がいつも他方を上回ろうとすれば、問題が起こり、事業の発展に影響する。
初九:その配主に遇う。旬なりといえども咎なし。往けば尚ばる。
象伝にいう:「旬なりと雖も咎なし」とは、旬を過ぎれば災いが生じるということである。
周易第五十五卦・六二爻の詳しい解説
六二の爻辞
六二。蔀を豊かにし、真昼に斗が見える。進めば疑いの病を受ける。誠をあらわにすれば吉。
象伝にいう:「誠をあらわにする」とは、信によって志を発揮することである。
現代語による説明
六二:小さな敷物をつなぎ合わせて横になり、休む。真昼なのに、誰かが北斗七星が見えると言う。旅の仲間の一人が精神の平衡を失っているらしい。刺激を与えれば、正気を取り戻すかもしれない。
『象辞』はいう。心に誠をもち、一言一行にもそれが表れるのは、願いを率直に打ち明けているからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉:この爻を得た人は、長い困窮の後に財を得る幸運があり、訴訟中の人は弁明しなくても潔白が明らかになり、病人は快方に向かう。官職にある人は忠言が邪な意見に阻まれ、先に失い後に得る。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:正しい道を守り通せば、凶を吉に変えられる。
金運:人に誠実に接すれば、雲が晴れて月が現れる。
家庭:明るい環境がよい。初めは疑いがあっても、最後には和らぐ。
身体:心臓が狭くなる症状には、心を開かせる導きが必要である。

六二の変卦
"周易第55卦的其中之一变卦卦的卦图

六二爻が変じると周易の34卦、雷天大壮となる。これは異卦で、下卦が乾、上卦が震である。震は雷、乾は天を表す。乾は剛、震は動。天に雷が鳴り、雲と雷が轟き、声勢は壮大である。陽気が盛んで万物が成長する。剛壮で力があるため大壮と名づける。四つの陽爻が盛んで、積極的に事を成そうとする。上も正しく下も正しいため、標も正しく影もまっすぐである。

九二爻の哲学的意味

豊卦の第二爻、爻辞:「六二。蔀を豊かにし、日中に斗を見る。往けば疑疾を得る。孚ありて発若たれば吉。」爻辞の解釈。
「蔀」は草のむしろで作った屋根で、ここでは覆い隠すものを指す。「斗」は星、北斗七星。「発」は啓発すること。
この爻辞の意味は、屋根を覆う草むしろが大きくなり、覆い隠す範囲がさらに広がるということである。真昼の光が隙間から差し込み、満天の星のように見える。君主がこのように暗愚なら、賢者が出向いても疑いを受ける。謙虚な心で至誠を積み重ね、暗愚な君主を啓発してこそ、吉を得られる。
卦象から見ると、六二は陰爻で柔位にあり、下卦の中央を占めて正しい位置を得ている。六二は上で六五と敵応する。六五は陽位に陰爻があるため、暗愚な君主にたとえられる。光を覆い隠す「豊其蔀」の家に住んでいるようなものである。六二は進んで諫めようとするが、諫言の方法は誠をもって人を動かすものにしなければならず、責めたり不満を抱いたりしてはならない。そうして初めて効果が現れる。
『象』はこの爻を「孚ありて発若たれば、信以て志を発するなり」と解釈する。謙虚な心で至誠を積み、暗愚な君主を啓発するのは、信頼によってその大きな志を広げることだという。
この爻を得た人は、自分の企業や所属する団体の発展に力を尽くしたいと強く願い、その成長を自分の責任と考えている。しかし指導者は暗愚で、すでに十分発展していると思い込み、向上心を失い、忠臣と奸臣の区別もつかない。このとき改めるよう忠告すれば、必ず疑われ、災いを招く恐れがある。むしろ誠心をもって接し、職務を忠実に果たし、指導者への忠誠と企業・団体の大計を行動で実現するのがよい。そうすれば相手に何らかの啓示を与え、最終的に吉祥の結果を得られるかもしれない。
六二:蔀を豊かにし、日中に斗を見る。往けば疑疾を得る。孚ありて発若たれば吉。
象伝にいう:「誠をあらわにする」とは、信によって志を発揮することである。
周易第五十五卦・九三爻の詳しい解説
九三の爻辞
九三。蔽きがさらに広がり、真昼に暗さが見える。右腕を折る。咎なし。
象伝にいう:「蔽きがさらに広がる」とは、大事を成すことができないということ。「右腕を折る」とは、ついには用いられないということである。
現代語による説明
九三:敷いた草を厚くして横になり、休む。真昼なのに、この人はまた鬼が見えると言う。右腕を折る。この恐怖を経験すれば、心を静められるかもしれない。
『象辞』はいう。敷いた草を厚くしても、大きな効果はない。右腕を折れば、一生不自由になる。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平:この爻を得た人は、計画の実現が難しく、明るいものが覆い隠されることがある。争いが次々に起こるか、手足を患って仕事が困難になる。官職にある人には、辞職・隠退の兆しがある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:運気が逆転している。災難に注意すること。
金運:上がり下がりが予測できず、かなりの損耗がある。
家庭:一時的な居住にしか向かない。
身体:右腕を負傷する。

九三の変卦
"周易第55卦的其中之一变卦卦的卦图

九三爻が変じると周易の51卦、震為雷となる。これは同じ卦が重なり、下卦も上卦も震である。震は雷を表す。二つの震が重なると反響が非常に大きく、鬱積した気を消し去り、物事を滞りなく進める。平時には、安らかなときにも危険を忘れず、恐れを抱いて怠らないようにする。そうすれば、突然の変事に遭っても平然としていられ、普段どおり談笑できる。

九三爻の哲学的な意味

豊卦の第三爻、爻辞:「九三。蔀を豊かにし、日中に昧を見る。右肱を折る。咎なし。」爻辞の解釈。
「沛」は「旆」と同じ意味で、旗や幕、カーテンのようなものを指し、「蔀」よりも覆い隠す程度が強いことを表す。
「沬」は「昧」と同じで、日光が明るさから暗さに変わり、見え隠れすることを指す。「右肱」は右腕を指し、補佐役のたとえである。
卦象から見ると、九三は陽爻で剛位にあり、離卦の最上爻に位置する。本来なら明るさの役割を発揮すべきだが、九三は上六と正応する。上六は陰の極み、暗さの極みの主である。
『象』はこの爻を「蔀を豊かにすれば、大事を成すことができない。右の腕を折れば、ついには用いられない」と解釈する。覆いがさらに増え、窓に幕まで掛かれば、その暗闇の中では大事を成し遂げることも任せられることもない。右腕を折って慎重に身を守るだけになれば、結局重用されず、何事も成し遂げられないということである。
この爻を得た人は、才能があっても認められず、指導者はひどく暗愚で、正しい仕事をまったくしないかもしれない。このような状況では能力を大いに発揮するのは難しく、ただ才能を隠して時を待つしかない。
九三:蔀を豊かにし、日中に昧を見る。右肱を折る。咎なし。
象伝にいう:「蔽きがさらに広がる」とは、大事を成すことができないということ。「右腕を折る」とは、ついには用いられないということである。
周易第五十五卦・九四爻の詳しい解説
九四の爻辞
九四。蔀を豊かにし、日中に斗を見る。その夷主に遇えば吉。
象伝にいう:「蔀を豊かにする」とは、位がふさわしくないということ。「日中に斗を見る」とは、暗くて明らかでないということ。「その夷主に遇えば吉」とは、行けば吉となるということである。
現代語による説明
九四:小さな敷物をつなぎ合わせて横になり、休む。真昼なのに、まだ北斗七星が見えると言う。まだ正常に戻っていないようだ。幸い、昔の宿の主人に出会い、その主人に身を託したので、これで静かに安全に過ごせる。
『象辞』はいう。小さな敷物をつないでその場で休むのは、置かれた場所がふさわしくないことを示す。九四の陽爻が陰位にあるのと同じである。真昼に北斗七星が見えるのは、空が暗くぼんやりしているためかもしれない。昔の宿の主人に出会うのは、吉となる行いである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
平:この爻を得た人は、明晰さを覆われても、人に説明してもらえば吉となる。官職にある人は上司や同僚から疑われ、立場が安定しない。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:巡り合わせはよくないが、暗闇から明るさへ向かう。
金運:暗い状況から抜け出し、買い手を見つける。
家庭:成否は人にかかっている。思いがけず良縁に出会う。
身体:目の病には名医を待つべきである。

九四の変卦
"周易第55卦的其中之一变卦卦的卦图

九四爻が変じると周易の36卦、地火明夷となる。これは異卦で、下卦が離、上卦が坤である。離は明るさ、坤は従順を表し、離は太陽、坤は大地を表す。太陽が地中に沈み、光明が損なわれ、前途が見えない。環境は困難なので、時に従って内なる光を養い、正しい道を守ること。外見は愚かに見せても内には知恵を保ち、才能を隠して時を待つべきである。

九四爻の哲学的意味

豊卦の第四爻、爻辞:「九四。蔀を豊かにし、日中に斗を見る。その夷主に遇えば吉。」爻辞の解釈。
「夷」は異民族を指す。ここでは、自分と能力は同程度だが同じ党派には属さない上級指導者を指す。
この爻辞の意味は、屋根を覆う草むしろが大きくなり、覆い隠す範囲がさらに広がるということである。真昼の光が隙間から差し込み、満天の星のように見える。国君が暗愚であっても、国君と同じ派閥に属さない有能な人物に出会い、その評価を得れば、吉祥を得られる。
「夷主に遇う」の「夷」は、文王と商の紂王の時代を踏まえると理解しやすい。「夷」とは、当時東南にいた淮夷・島夷・莱夷などを広く指す呼称である。商の紂王の末期、紂王は東夷の諸族を征服したが、彼らは心から帰順したわけではなかった。九四爻の「その夷主に遇う」とは、紂王が征服しようとした東南の夷族の君主たちと交わり、厚く遇することを意味する。武王が牧野で紂王を討ったとき、紂王の兵士は次々と寝返ったが、その多くは捕らえられた東南の夷族の奴隷にすぎなかった。彼らが「武器を返して戦い、武王のために道を開いた」からこそ、周の武王は紂王討伐に勝利したのである。
『象』はこの爻を次のように分析する。「蔀を豊かにする」とは、位がふさわしくないこと。「日中に斗を見る」とは、覆いによって暗くなり、明らかでないこと。「その夷主に遇う」とは、行動すれば吉となることである。屋根を覆う草むしろが大きくなったというのは、九四の爻位が不適切であることを示す。真昼の光が隙間から差し込み星のように見えるのは、覆いによって暗くなっているためである。国君と同じ派閥に属さない有能な人物に出会い評価されれば、行動はなお吉祥をもたらす。
この爻を得た人は、所属する組織の指導者が暗愚で、そのため大いに苦しんでいる。しかし、指導者が暗愚だからといって怠けず、着実に仕事をすること。自分の持ち場で責任を果たし、能力を十分に示せば、会社内の対立する部門の指導者があなたを見いだし、評価してくれるかもしれない。より良い機会を得る可能性がある。
九四:蔀を豊かにし、日中に衝突を見る。その夷主に遇えば吉。
象伝にいう:「蔀を豊かにする」とは、位がふさわしくないということ。「日中に年を見る」とは、暗くて明らかでないということ。「その夷主に遇う」とは、吉であり、行動することである。
周易第五十五卦・六五爻の詳しい解説
六五の爻辞
六五。明らかな賢者を招けば、慶びと名誉がある。吉。
象伝にいう。六五の吉は、めでたい出来事があることを表す。
現代語による説明
六五:美しい玉を得て、皆が祝福し称賛する。これは吉兆である。
『象辞』はいう。六五の爻辞が吉なのは、めでたいことがあるからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
吉:この爻を得た人は、善良な人物に引き立てられ、望みどおりに事が進む。学ぶ人は優れた成績を得る。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:実力が名声に見合えば、自然に吉となる。
金運:商売が成功し、利益と名声の両方を得る。
家庭:名門の正しい家柄。天が定めた縁。
身体:名医に治療してもらう。

六五の変卦
"周易第55卦的其中之一变卦卦的卦图

六五爻が変じると周易の49卦、沢火革となる。これは異卦で、下卦が離、上卦が兌である。離は火、兌は沢で、沢の中には水がある。上の水は下へ注ぎ、下の火は上へ昇る。火が盛んなら水は乾き、水が大きければ火は消える。両者は互いに生じ合い、また克し合うため、必ず変革が起こる。変革は宇宙の基本法則である。

九五爻の哲学的意味

豊卦の第五爻、爻辞:「六五。章を来たせば、慶誉あり。吉。」爻辞の解釈。
「来」は招き寄せる、引きつけること。「章」は明らかで輝かしいこと。「慶」は福と喜び。「誉」はよい評判である。
この爻辞の意味は、徳のある賢能な人材を招き寄せて補佐してもらえば、喜びと名誉がもたらされ、吉となるということである。
卦象から見ると、六五は陰爻で陽位にあり、謙虚で従順な徳を備えているため、賢能な人材を招いて補佐してもらうことができる。『象』はこの爻を「六五の吉は、慶びがあるからである」と分析する。六五は非常に吉祥で、必ずめでたいことが起こるという。
この爻を得た人は、賢能な人材を広く受け入れることが自分の仕事の発展にどれほど重要かを理解すべきである。したがって、指導者として高い所に立つ態度を捨て、部下に謙虚に接すること。より多くの人の利益を図り、その利益を考えることができれば、広い称賛と名声を得られる。
六五:章を来たせば、慶誉あり。吉。
象伝にいう。六五の吉は、めでたい出来事があることを表す。
周易第五十五卦・上六爻の詳しい解説
上六の爻辞
上六。家を大きくし、その家を覆い、戸口からのぞいても、ひっそりとして人がいない。三年たっても姿を見せない。凶。
象伝にいう:「家を大きくする」とは、天の果てを飛翔するように、志を得意にしていること。「戸口からのぞいても、ひっそりとして人がいない」とは、自ら身を隠していることである。
現代語による説明
上六:家は空っぽで、屋根には草むしろが乱雑に掛かっている。戸の隙間からのぞいても、ひっそりとして誰もいない。どうやら何年も人が住んでいないらしい。これは不吉な兆しである。
『象辞』はいう。家を増築して大きくするのは、この人が青空を飛ぶ鳥のように、志を遂げて大いに財を得たように見えるからである。戸の隙間からのぞいてひっそり誰もいないのは、財が身を害し、突然の災難に遭って逃げ延びたからである。
北宋の易学者・邵雍の解釈
凶:この爻を得た人は、血縁者同士が傷つけ合い、祖先の家を離れて別に家庭を築き、口論を免れにくい。官職にある人は地位が高いほど危険がある。
台湾の国学大家・傅佩栄の解釈
時運:使命はあるのに人がいない。想像を絶する状況である。
金運:経営する人がなく、打つ手がない。
家庭:没落した家。結婚はよくない。
身体:大きな寿限が近づいている。

上六の変卦
"周易第55卦的其中之一变卦卦的卦图

上六爻が変じると周易の30卦、離為火となる。これは同じ卦が重なり、下卦も上卦も離である。「離」は麗、すなわち付着の意味で、一つの陰爻が上下二つの陽爻に付着している。この卦は火を象徴し、内は空しく外は明るい。離は火と明るさを表し、太陽が昇り沈むことを繰り返し、休むことなく運行する。心の本質は柔順である。

上九爻の哲学的意味

豊卦の第六爻、爻辞:「上六。其の屋を豊かにし、その家を蔀い、其の戸を窺えば、闃として其の人なし。三年觌えず。凶。」爻辞の解釈。
「窺」はひそかにのぞくこと。「闃」は静寂。「觌」は会う、姿を見ること。
この爻辞の意味は、家を建て、住居を草むしろで覆い、窓から外の世界をのぞいても、静まり返って人影がないということである。何年も外へ出て世間を見ようとしなければ、必ず凶となる。
卦象から見ると、上六は陰爻で柔位にあり、豊卦の頂点に位置するため、収穫の成果を独占する象がある。上六は六五と逆比の関係にある。高い位置にあって高慢になり、謙虚に君主に従えず、自分の暗い家に閉じこもり、人との協力を拒むので、危険を招く。
『象』はこの爻を次のように分析する。「家を大きくする」とは、天の果てを飛翔すること。「戸をのぞけば、ひっそりとして人がいない」とは、自ら身を隠すことである。人の世で大きな成功を得た者も、世俗を超越できないなら、巧みに身を隠さなければならない。そうしなければ、結果は憂慮すべきものとなる。
この爻を得た人は、他人が自分の財産を狙うのを恐れて、守銭奴のように門を閉ざし、外界と交わらなくなると、人々はあなたから離れ、孤立する。いったん何か起きても、助けようとする人はいなくなる。これはあなたにとって非常に危険である。
上六:其の屋を豊かにし、その家を蔀い、其の戸を窺えば、闃として其の人なし。三年觌えず。凶。
象伝にいう:「家を大きくする」とは、天の果てを飛翔すること。「戸をのぞけば、ひっそりとして人がいない」とは、自ら身を隠すことである。